嫉妬の冒険譚16話
ベル君達のご飯の誘いを断ってから数日。
共同探索をいつするのか話していなかったことに気づき、探索の合間にベル君とリリを探していた。
だが、運が悪いことに、数日経った今でもベル君達とは会えていなかった。
「はぁ……今日も会えなかったな」
思わず溜息が零れる。
ベル君達のことを考えながらダンジョン探索してたら、何度か怪我しそうになるし、集中し直して探索してたら夜もだいぶ更けてるし……帰ったら神様になんて言おうかなぁ……。怖いなぁ……。
別に今すぐ決める必要は無いんだが、快諾した手前、時間をかけすぎるのも失礼だと思うし、あんなに嬉しそうにしてくれたベル君にも答えてやりたいからな。
「……エィラさんに頼んでみるか」
魔石の換金ついでにエィラさんに話を聞いて協力してもらう。
ベル君の情報か、言伝でもしてもらえれば大いに助かるんだが……まぁ、行ってみたらわかる話だな。
「ん〜……ベル・クラネルさんですか……聞いたことはあるんですよね……シルバーバックにトドメを指した駆け出し冒険者。ダイダロス通りの件によって有名となった白髪の、兎のような少年。後は……そうだ、私の後輩のエイナの担当でしたね!彼女なら登録した時から明日の彼の予定くらいまでなら知ってそうですね!管理と言いうかお世話という名目でステイタスまで知ってそうです!」
「自虐ですか?」
「その節は、誠に申し訳ありませんでした」
「いや、気にしてないのでそんな頭を下げないでください……」
ちょっとした軽口で言ったら思ったよりも本気の謝罪をされてしまった……いや、よく考えたら生死に直結する個人情報なわけだからこのくらいの対応が当然なのか?
まぁ、エィラさんに見せたのは俺の意思だし、エィラさんなら他言無用の約束は守ってくれるから問題ないだろう。
「それで、そのエイナさんは何処に……」
「呼びました?」
「呼べば来てくれると思いますよ?」
「呼ぶ前に来てくれましたよ??」
なんかエィラさんの後ろからヌッと現れましたよ?手馴れてそうでちょっと怖かったです。
「貴方は……エィラ先輩の担当、ズィーヤ・グリスア氏ですね。初めまして、エイナ・チュールです」
「あ、これはどうもご丁寧に……改めて、ズィーヤ・グリスアです」
「それで、私に何かご用でしょうか?」
「貴女の担当冒険者、ベル・クラネルに言伝をお願いしたいのですが……」
「ベル君に……?」
やや顔を険しくし、警戒した様子のエイナさん。
ベル君の名前を出しただけでこの反応するとは……さてはベル君、かなりの人誑しだな?
とはいえ、警戒されたままじゃ話しずらいし、ここは誤解を解かないとな。
「勘違いしないで欲しいんですが、ベル君に何か問題があった訳では無いんです。彼に共同探索を誘ってもらったんですが、その日時を決めてなかったので、会うか、最悪俺の可能な日を言伝して欲しいんですよ」
「ベル君が共同探索を……ふーん……なるほどぉ……私には一言もないんだ……へぇ〜……そういうことでしたら私の方から言伝しておきますね」
「はは、エイナって束縛強そうだね」
「エィラ先輩、ちょっと黙っててください」
……なんか、承諾してもらうまでに怖い間があったな。神様に隠し事がバレ時と同じような気配がする……うーん、冒険者は危うきに近寄らずだな。
「じゃあ、明日と明後日の朝、ダンジョン前のベンチで待っていることを伝えて貰えますか?」
「明日と明後日ですね、かしこまりました。ベル君に伝えておきます」
「お願いします」
よし、これでようやく、ベル君との約束も果たせる。
2人に挨拶をしてギルドから出る。ダンジョンへ向かう人も、ダンジョンから出てくる人もほとんど居ない夜。
明日も探索が控えているし、今日はさっさと帰って休もう。
大きく1つ深呼吸をしてから歩き出すと、ダンジョンへ向かう白い影。見間違えじゃなければ、白髪で軽装な少年だった気がするんだが……
「いやいや、流石にそんなわけ……」
ないだろうか?
本当に、ないと言えるだろうか?
ベル君は性根の優しい少年だ。誰かのために、行動することが出来る人間だ。
そんな彼が、軽装でダンジョンに駆けるということは、何か重大な事件に巻き込まれて、ダンジョンに向かわざるを得ない状況になっている可能性はないだろうか?
それこそ、買ったという軽鎧すら身につける余裕が無いほどに……
ベル君の姿は既に遠い。敏捷値を考えれば、俺が速度で彼に追いつくのは難しいだろう。
だが、ダンジョンの構造なら俺の方が理解している。
最短距離で進めば、どこかで彼と接触出来るかもしれない。
階層を繋ぐ道は一つだ。そこに立っておけば間違いは無い。
「間に合ってくれよ……!」
ダンジョンへ続く道をかける。
彼のような純粋な人間が死んでは、悔やむに悔やめない。
「ちっ、何処だ……?」
ダンジョン6階層
最短距離を最高速度で走ってきたが、道中にベル君の姿はなかった……追い越したか?
ここで待ってもいいが、目的地が6階層以前だったら無駄骨だ。やはり、不確定でも走り回った方がいいか。
来た道を駆け上がり、5階層を走り回る。道中現れる魔物は無視し、ひたすらベル君の姿や痕跡を探す。
「5階層には居ない……」
上がった息を整え、4階層へ駆ける。
4階層に入ると、小規模の爆発音のようなものが聞こえた。不規則な時間を置いて断続的に聞こえる爆発音、よく聞けば誰かの声も聞こえる。
戦闘?こんな時間に、上層4階層で?爆発音が聞こえるほどの規模、あるいは魔法が使われる?
「ベル君っ……!」
絶ッ対に巻き込まれている!もしくは首を突っ込んでいる!
俺の考えすぎなら問題ない。
だが、ダンジョンとこの都市では何が起こっても不思議では無いのだ。
今朝話していた冒険者が翌朝死体になっていることも、昨晩酒を飲み交わした仲間が朝には冷たくなっていることも、数時間前まで穏やかだった日常が血に塗れることも、珍しくないのだ。
「──ォ!」
微かに聞こえたベル君の声と共に響く爆発音。
やはりベル君が巻き込まれていたかっ!しかも、俺が聞いただけでも複数回。より長く戦闘している可能性もある。
魔法を使っている時点で相手は人間、冒険者と仮定。対人経験が足りないベル君ではいつ戦えなくなるか分からない。
声の聞こえた方へ全力で駆ける。周囲には焦げたような形跡と魔石が幾つか転がっていた。
「──ボルトォ!」
「近いっ!」
右隣の通路、壁を挟んだ先、この先の通路から右には交差点となる小さな広場があったはずだ。そこで戦っているのか!?
目の前の曲がり道を減速せず曲がり、見えた広場へ全力で駆ける。
広場の中央では見慣れた白髪の少年が無防備な姿で倒れていた。
「ベル君っ!無事か!?」
「……」
意識がない……だが、外傷もほとんどない?
大きな汚れや攻撃された形跡もほとんどない……そして、この意識の失い方……
「……まさか」
魔法が発現した喜びから、深夜のダンジョンにこの装備で突入して、喜びのあまりこんな所まで潜って、精神疲弊意識を失った……?
「はぁ……人騒がせな……」
いや、勝手に騒いだのは俺なんだけどさぁ……
明日にでもりりと一緒に確認すれば……いや、ベル君みたいな夢見がち少年に、魔法なんて発現したら、我慢なんてできるはずもなかったな……。
とりあえず、ここで寝かせても危険だし、さっさと地上に戻ってホームで寝かせますかね……
ベル君の体を担ごうとした時、前方の通路から人の歩いてくる影が見えた。
「……あ」
「……おや」
「【剣姫】に【
金の長髪をたなびかせ、無表情ながらも可愛らしさを感じさせる美貌を持った【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン
翡翠のような美しい髪を束ね、落ち着いた大人の雰囲気と、神々すら見惚れる美貌を持ったハイエルフ。都市最高級の魔法使い【
【ロキ・ファミリア】の中核的人物が、何故こんな上層に……?
【剣姫】の傷ついた装備、下層……いや深層で戦ってきたのか?それでこの時間になった、といった感じだろうか?
「君は確か……【メガイラ・ファミリア】の」
「お会いできて光栄です。【メガイラ・ファミリア】のズィーヤ・グリスアと申します」
「そう固くならなくていい。君の噂は1度耳にしたことがある。なんでも、悪人に容赦のない恐ろしい少年だとか」
リヴェリア様は気やすげに軽口も混ぜて話しかけてくるが、迸る魔力と強者の雰囲気を前に緊張するなと言うのは難しい話だ。
ヴァレンシュタインさんは俺の足元で眠るベル君の方をじっと眺めたまま、一言も発さないし……。
「ところで、そちらの倒れた少年は?見たところ外傷は無さそうだが……」
「精神疲弊で倒れたようで、今から担いで帰ろうと思っていたんです」
「なるほど、君達はパーティーを?」
「いえ、ただの友人ですよ」
「…………」
ヴァレンシュタインさん、何故そんなに俺の方を見つめてくるんですか?さっきまでベル君に夢中だったじゃないですか。
「……ミノタウロスの時の」
「ん?あぁ、もしやこの2人が?」
「その件は、助けていただきありがとうございました。本来ならお礼をしに伺うべきところですが、私達のような弱小ファミリアでは返せるものがなく……平に、ご容赦ください」
「気にするな。ミノタウロスの件は私達の失態だ。寧ろ、私達が君たちに対して謝罪の品を用意すべきところだ」
ここが手打ちといったところか。
なんでダンジョンで探索と全く別の事柄に気を使わなきゃならないんだ……これだから人間は……っと、ここに長居してもなんだからな。さっさと帰ろう
「では、私は失礼します。ベル君も寝かせなくてはならないので……ヴァレンシュタインさん?何故私の腕を掴んでいるんでしょうか?」
何?折られるの?俺の腕
「……私、この子に償いをしたい」
「ほう……?」
「償い……ベル君に?何の?」
ベル君が償うなら分かるが、ベル君に償うは全く分からない。
「……ズィーヤ・グリスア、君の友人をアイズに貸してやっても構わないか?」
「え、俺は大丈夫ですけど……何をするつもりなんですか?」
「アイズの償いというのを叶えてやりたい。そのために、膝枕をさせようと思ってな」
はぇ〜【剣姫】の膝枕……都市の男連中が聞いたら憤死すること間違いなしだな。
それを償いにさせるつもりなの?大丈夫?ベル君明日裏路地とかでボロ雑巾になってない?
「……それは、丁度いい償いでしょうね」
まぁ、第一級冒険者の提案だ。それに、ベル君自身にとってはヴァレンシュタインさんみたいな美人に膝枕されて本望だろうし、ダンジョンにおいてこれ程心強い枕もないだろう。
リヴェリア様がヴァレンシュタインさんに膝枕の仕方を教え、不思議そうな顔をしながらも手順に従ってベル君の頭を膝に乗せる。
「では、私は先に帰っているからな」
「私も、ここで失礼します。ベル君のこと、よろしくお願いします」
「うん……」
相変わらず無表情気味ではあるが、償いができるのがそんなに嬉しいのか、ベル君の顔を眺めながら嬉しそうな雰囲気を醸し出している。
邪魔者は、さっさと退散しますかね……。
「ちょうどいい。君は私が送っていこう」
「いえすみません結構です大丈夫ですお手を煩わせるまでもありません失礼します」
「そう邪険にしなくてもいいだろう。噂を聞いてから少し話を聞いてみたかったのだ」
貴女の立場と強さを考えれば恐れ多いから是非とも遠慮したいんですよねぇ〜!
あの、いやホント大丈夫なんで、ほら疲れてるでしょう?俺みたいな駆け出し気にしないで、帰って休んだ方が絶対いいですって、いやあの、ホント、大丈夫なんでぇ……なんでそんなついてくるんですかぁ?!
「ふっ……」
「おや、えらくご機嫌だねリヴェリア」
「フィンか。あぁ、随分愉快な駆け出しに出会ってな」
「へぇ……君がそれほど気に入るとは、一体どこの誰なんだい?」
【ロキ・ファミリア】本拠地『黄昏の館』共同執務室
書類の整理をしていたリヴェリアは思わずと言った様子で小さく吹き出す。
普段から落ち着き、いっそ冷たいとすら言える冷静さを持っているリヴェリアが思い出し笑いをする。
長い付き合いのあるフィンと言えども、珍しい彼女の姿には手を止め、聞き出す姿勢に移行した。
「あぁ。今日の帰りにダンジョンで【メガイラ・ファミリア】のズィーヤ・グリスアと偶然会ってな」
「あぁ、噂の彼か」
「これが中々愉快な奴でなぁ……」
思い出したように手を目に当て、堪えきれないとばかりに口の端から笑い声を漏らすリヴェリア。
普段のリヴェリアからかけ離れたその姿に思わず引き攣った顔になってしまうフィン。
その姿に気づいた訳ではないが、大きく深呼吸をして笑うのを止める。
リヴェリアが落ち着いたのを見計らって、フィンはより詳しく話を聞こうとする。
「……それで、彼はどう愉快だったんだい?」
「あいつは、私の事を驚く程に
「それは……」
フィンをして驚かざるを得なかった。
リヴェリアはその実力や美貌、ハイエルフという立場から避けられることはあれど、嫌われるということはない。
寧ろ、立場や強さを抜きにしても、その人間性を好意的に思っている人間の方が多いはずだ。
だが、件のズィーヤ・グリスアはリヴェリアのことを明確に嫌っていたらしい。
「とはいえ、本人に自覚はないだろうがな」
「どいうことだい?」
リヴェリアは上機嫌な様子で天井を仰ぎ、ダンジョンで出会ってから地上で別れるまでの一幕を思い返す。
『お前はどうしてそれ程私のことを避ける?』
『いや、別に避けてはないですよ?ただ、恐れ多いので適切な距離感を大切にしようと思っているだけです』
『ふむ、そういうものか?あぁ、そこの曲がり角にコボルトがいるぞ』
『……そういうの、第一級冒険者ともなると分かるものなんですか?』
『む?まぁ、経験を積み、ステイタスが上がれば自ずと分かるようになる』
『……そうですか』
たったこれだけの会話。
だが、この会話で彼は確実に自分を嫌っていると肌で感じとれた。いや、「嫌っている、」というよりは「嫉妬している」の方が適切だろうか?
暴言を吐くことも妬みを口にすることも無く、ただコボルトのいた道を眺め、チラリとリヴェリアを見てから顔を顰める。そして、何事も無かったかのように進み始める。
劣等感、嫉妬、それらを持ち、リヴェリアに対して不敬と取られても仕方の無い反応をする。
しかも、そのことを指摘してみても本人にまるで自覚がない。
自覚なくリヴェリアに嫉妬し、自覚なく嫌悪感を持った瞳を向けられる。
あまりにも異常なその姿に、愉快だと思ってしまった。
リヴェリア自身にとってもそんな自分は悪趣味だと感じてはいた。だが、自分よりも圧倒的に弱い存在から嫌悪感を向けられるという経験はリヴェリアには皆無に等しかった。
格上ならばある。同じ強さのものでもある。だが、自分よりも弱いものからはない。
いつも畏怖と尊敬、崇拝ばかり向けられていた中で、一際強い嫌悪を向けられた時は口角が無自覚に上がってしまった。
「……悪趣味だろう?」
「あぁ。……でも、いいんじゃないかな?」
リヴェリアが自嘲気味の笑みを浮かべ、趣味の悪い自身を呆れる。
そんなリヴェリアにフィンは同意する。しかし、彼自身はかつての彼女を知っているからこそ、その悪趣味を肯定した。
【ロキ・ファミリア】の最古参にして団長と副団長。
長い長い関係には、それ以上の言葉は不要だった。
「……」
ホームの裏庭でズィーヤは鍛錬に励む。
先の見通せない暗闇の中で、泥色の棍棒を振り、幅広の大剣を薙ぎ、湾曲した刀を持って振り抜く。
一通りの動きを確認し、徐々にその速度を上げていく。
上段から下段、下段から中段、中段から上段へ持ち上げ振り下ろす。
同じ動作をひたすら速め続ける。
かつて、暗いダンジョンでミノタウロスに振るわれた【剣姫】の剣速を求めて。
かつて、燃え盛る都市で見た黄金の風のような澱みのない速さを求めて。
ひたすらに、実直に、愚直に、鍛錬を積み重ねる。
「ふふ……何か、いい出会いでもあったのかしら?」
月明かりの差し込む部屋で、眼下の闇を見つめる女神。
祝福を予感させる言葉ながら、部屋の闇をもってなお犯せない暗い瞳は深く澱んでいた。