「う、あ……」
スピネルは酷く寝心地の悪い場所で目を覚ました。
寝具の類ではない、床ですらない、地面の上での起床。
だが、寝起きの不快感など、周囲の様子を見たら一瞬で吹き飛んだ。
「ひっ!?」
そこは、不気味という言葉を煮詰めたような空間だった。
恐らくはダンジョン内の
その空間の全てを、緑色の肉が侵食していた。
緑肉は不気味に胎動し、その肉に根を張るようにして植物型のモンスターが生えている。
モンスターより人間の方が怖いという精神で、ダンジョンの恐怖を振り払ってきたスピネルだが、ここまで不気味だと、さすがにビビる。
「起きたか」
そんな彼女の様子を見て、話しかけてくる存在がいた。
赤髪の目つきの鋭い女性だ。
彼女はまるでこの空間の主のように堂々と居座り、妙な色合いの魔石をかじっていた。
魔石を、かじっていた。
「……………美味しいんですか?」
「味はしないな」
混乱のあまり、大量にある突っ込みどころをスルーして一番にしてしまった質問に、赤髪の女性は普通に答えてくれた。
真顔だった。
「思ったより落ち着いているな。直前までの記憶はあるか?」
「記憶……ッ!?」
記憶を思い出すことを促され、そこでようやくスピネルの認識が現実に追いついた。
そうだ。
自分は無謀にも中層に足を踏み入れて、あの緑肉を蠢かせる怪物に殺されたはずだ。
心臓を貫かれた感覚があったから間違いない。
しかし、慌てて胸部を確認してみれば、そこには傷一つ無かった。
「覚えているようだな。そうだ。お前は一度死んだ。そして、私と同じ化け物として蘇った」
「死んで、蘇る……!?」
死者蘇生なんて聞いたことがない。
そんなこと、神が天界に強制送還されることと引き換えに、ルールを破って本来の力を使いでもしなければ不可能だろう。
しかも、女性の口ぶりからするに、ただ蘇っただけというわけでもない。
化け物とは、どういう意味だ?
「まあ、見た方が早いか」
「なっ!?」
女性は、いきなり自身の胸部を引き裂いた。
飽満な胸を左右に割って、肋骨の中身を見せつけてくる。
突然のグロに吐きそうになったが、吐く前に驚愕が押し寄せてきた。
女性の胸の中には……魔石が埋まっていたのだ。
さっき彼女がかじっていたのと同じ、通常の紫紺とは色合いの違う極彩色の魔石が。
「私は人間と
「ッ!?」
引き裂かれた女性の胸が再生していく。
回復魔法もポーションも無しに。
それは間違いなく、高位のモンスターの一部が持つとされる自己再生能力。
本当に、目の前の女性は人間じゃない。
彼女の言うことが真実なら、スピネル自身も人間ではなくなってる。
「!!」
「ほう。躊躇なく自分の胸も裂いて確認するとは。中々見どころのありそうな奴だな」
信じたくないという気持ちが暴走して同じことをやらかしたスピネルに、女性はちょっと感心したような目を向けた。
……彼女の言う通り、スピネルの胸の中にも魔石が埋まっていた。
目の前の女性と同じ、極彩色の魔石が。
そして、人間なら明らかに致命傷である傷が塞がっていく。
「嘘……!?」
「事実だ。その証拠に、こいつらもお前を襲わないだろう?」
そう言って、女性はこの場にひしめく大量の植物型モンスターを見た。
確かに、その通りだ。
モンスターといえば、人間に対して殺意全開で襲いかかってくるのがデフォルトなのに、この植物型モンスターはスピネルに対して何もしない。
多分、同族認定をされているから。
「なんで……!?」
モンスターは、人類にとって不倶戴天の敵だ。
滅ぼすべき宿敵だ。
なんで、自分がこんな化け物に成り下がってしまったのか。
わけがわからなくて、スピネルは頭を抱えながら悲痛な声を上げた。
「お前には怪人になる素質があった。だから、
お前、こいつらと同種のモンスターに体を調べられただろう?」
「!!」
女性は「こいつら」と言って、植物型のモンスター達に視線を向ける。
そうだ。
スピネルはこのモンスターに見覚えがある。
怪物祭の時、シルバーバックに追われるベルとヘスティアを追いかけようとした時。
いきなり現れて、蔓でスピネルの体を貫いた植物型のモンスターにそっくりだ。
そういえば、あの時も腹に突き刺さった蔓で、体の中をまさぐられるような感覚があった。
もしかして、あれは素質とやらを調べていたのだろうか?
「私も、こいつらも、あいつの操る触手だ。
協力者の助力で僅かな触手を地上に出せた時、本命を探す中で偶然お前を見つけたようでな。
それ以降、お前が触手で絡め取れる場所まで、ダンジョンの奥まで入ってくるタイミングを伺っていたというわけだ」
「ッ!?」
ああ、そうか。
結局、これもまた自分の愚かな暴走が招いた結果か。
愚かな死が、愚かな生き恥にすり替わっただけ。
けれど、どんな形にせよ命を繋いだというのなら、
「ヘスティア様……!」
帰らなければ。
約束したのだ。
無茶をしても、死にかけても、最後は必ずヘスティアのところに帰ると。
死にかけるどころか一回死んだらしいし、体もこんな化け物になってしまったが、それでもヘスティアなら受け入れてくれるはず。
「行くのか。別に構わんが、帰った後の人生に期待は持たん方が良いぞ。
どこまでいっても、お前はもうあいつの操り人形にしかなれん」
哀れみの言葉をかけてくる女性を無視して、スピネルは駆け出した。
なんとしてもヘスティアのところに戻る。
その一心で、彼女はダンジョンの中を駆け抜けた。
「グォオオオオオ!!!」
「あれって……!?」
どうやら、ここはダンジョンのかなり奥地のようで、明らかにヤバそうなモンスターが山のようにいた。
けれど、彼らにも同族認定されているのか、積極的には襲ってこない。
それと、怪人になった影響なのか、スピネル自身の身体能力も異様に上がっていた。
これなら走り抜けることができるかもしれない。
『ハジメマシテ』
頭の中に声が響いた。
怖気を感じる女性の声が。
『仲良クシマショウ』
多分、この声の主が自分を怪人に変えた存在なのだろう。
人間としてのスピネルを殺した存在なのだろう。
けれど、今だけはそれもどうでもいい。
ヘスティアのところに帰らなければならない。
スピネルの心にあるのは、ただそれだけだった。