嫉妬の冒険譚


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作:凪 瀬
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15話 受付嬢と兎とサポーターと女神?


 

「はいぃ?7階層ぅ?」

 

 ギルドのカウンターにてエィラさんから訝しげな表情で睨まれる。

 丸ぶち眼鏡の奥に見える髪色とおなじ薄緑の瞳は細められ、不服さと不可解さを灯していた。

 

「ズィーヤ君、つい1週間前に6階層への探索を許可したばかりですよね?何がどう転がったら7階層へ行きたがることになるんですか?自殺志願者ですか?何事も一歩一歩丁寧に、堅実に進めいいくべきです。まして!ダンジョンのような危険な場所に向かう冒険者は、より徹底するべきなんですよ!今回はどんな理由があろうとも許可は出しませんよ!」

 

 ほぼ一息で俺への忠告と文句を言いきったエィラさん。

 乱れた呼吸とズレた眼鏡を直してから、何事も無かったかのように笑いかけてくる姿は、下手な魔物よりも怖い。

 

「いや、勘違いさせて申し訳ないんですが、今すぐ7階層に降りようと思ってるわけじゃないんですよ」

「え、そうなんですか?」

「先日、7階層の共同探索に誘われまして、今の俺が7階層へ入っても問題ないかどうかを聞きたかったんですよ」

「そういう事でしたか……うーん……」

 

 エィラさんは形のいい眉を寄せ、目を強く閉じる。その表情のままに頭を傾げ、分かりやすく悩んでいる様子だった。

 時たまジロリと俺の顔や体を見ては、また頭を揺らして唸り声をあげる。

 普段から冷静かつにこやかなエィラさんが頭を悩ませる姿が珍しいのか、周囲の人々が物珍しそうに視線を向けている。

 暫く待っていると、腹積もりが決まったのかパンッと手を打ち鳴らして目を見開く。

 それから一度深呼吸をして、改めて真剣な表情を向けてくる。

 

「ズィーヤ君、君は7階層でも闘うことは出来ると思います。ただ、6階層に比べれば危険度は跳ね上がります。理由は分かりますか?」

「キラーアントの習性、ですね」

「その通りです。キラーアントは瀕死になれば仲間を呼びます。Lv1……いえ、Lv2のソロでも危ういでしょう」

 

 そこで1つ息を入れ、少し俯くエィラさん、光の反射で眼鏡が白く染まり、その奥にある瞳は見えなくなっていた。

 

「……ですから、7階層へ向かうならパーティを推奨しています。ただ、今回はパーティに誘われている様子なので問題なさそうですね!」

 

 次に顔を上げた時には、いつも通りのにこやかな笑顔をうかべるエィラさんであったが、無理やりいつも通りを装っているような、そんな痛々しさを感じた。

 

「……エィラさん、大丈夫ですか?」

「何がですか?」

「何か、無理してませんか?」

 

 あ、まずった。

 こういうのは、人に触れられたがらないものだ。

 優しさからだとはいえ、無遠慮に他人の事情に踏み込み、自分の力で対応しきれないのに聞き出すなんて言うのはありがた迷惑もいいところだ。憤慨されても納得の悪事だ。

 善意から踏み込まれても応えられず、寧ろそういう心配をされて罪悪感や自己嫌悪が出る類のものである。

 

「いや、すいません。少し踏み込み過ぎました。気にしないでください」

「……ズィーヤ君は優しいですね」

 

 優しく微笑んで、俺の頭を撫でてくるエィラさん。大衆の面前でこういうことをされるのはきはずかしいが、嬉しそうな悲しそうなエィラさんの顔を見て、拒絶することは出来なかった。

 俺の頭を撫でるのに満足したのか、心なしかご機嫌になった様子のエィラさん。

 撫でられていた俺としては気恥しさでご機嫌ナナメって感じなのだが……エィラさんが笑顔になれたなら、まぁ、いいか。

 

「あ、そういえば聞いていませんでしたね。一体どこの冒険者さんに共同探索の誘いを受けたんですか?」

「【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルと【ソーマ──」

「たったの18500ヴァリスっ!?俺は丸1日ダンジョンに潜ってたんだぞ!?」

 

 隣から怒鳴り声が響く。

 俺の話を遮られたのは多少ムッと思いつつ、文句をつけるほどでもないので黙って話が終わるのを待つ。

 俺くらい穏やかな人間なら、話を遮られたとしても、穏やかじゃない空気が真隣で展開されていたとしても、微笑みを浮かべて待つことができるんだよ。

 なんでエィラさんはちょっと苦笑い気味なんですか?俺の顔そんなに変ですか?

 

「そう言われましても、魔石の数やドロップ品の品質からしてもこの値段が妥当かと」

「クソっ!ふざけやがって!なぁ!何も倍にしろって言ってんじゃねぇんだ!もう少しだけ色つけてくれてもいいだろ!?」

「規則ですので」

「クソ、こんな金じゃ……!」

 

 目の下に濃い隈、こけた頬、伸びた無精髭、全身の汚れ具合から丸1日ダンジョンに潜ってたってのも嘘ではないんだろう。

 自分の体を使い潰すほど酷使して、金を欲しがる……いや、本当に求めているのは別の物、か……。

 

「また【ソーマ・ファミリア】よ……」

「怖いわね……」

「【ソーマ・ファミリア】ねぇ……」

 

 酒を司るソーマ様を主神としたファミリアで、探索系でありながら生産系ファミリアとしての側面も持つ。

 主神であるソーマ様はファミリア運営に関心がなく、趣味である酒造りに傾倒しているらしい。

 このファミリアの厄介なところは、団員のほぼ全てがソーマ様ではなくソーマ様の作る酒を求めて活動しているところだ。

 ファミリア内に明確なカーストが存在し、上納金の多い者と幹部だけがソーマ様の作った酒を飲む事ができる。

 故に、団員は金を求めて無茶な探索や横暴な態度をとり、しばしば問題となっているようだ。

 結局、男は換金した金を持ち、怨嗟の声を上げながらギルドを出ていった。

 血走った目や口の端から泡が出ている姿から、まともな精神状態では無いことが(うかが)える。

 

「……それで、何方に誘われたんですか?」

「あ、隣のアレは流すんですね」

「ああいうのを一々気にしてたら、受付嬢なんてできませんから」

 

 にっこりと擬音まで聞こえてきそうな朗らかな笑顔だったが、細められた目から垣間見える闇が受付嬢という仕事の苦労を感じさせる。

 ホント、いつもお疲れ様です……

 

「えーっと、【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルと【ソーマ・ファミリア】のリリルカ・アーデのパーティですね」

「ふむふむ、ベル・クラネル……リリルカ・アーデ……しかし、【ソーマ・ファミリア】ですか……」

 

 リリの所属ファミリアが件の【ソーマ・ファミリア】ということもあり、書類へ書き込む手を止め、難しそうな顔をするエィラさん。

 俺としてもその懸念は理解出来る。実際、真横でその異様な姿を見せつけられたわけだし、リリも同じように金の亡者と言うべき存在ではないかと疑問に思うのも仕方ないだろう。

 だが、俺が実際に会った彼女は理性的だった。

 酒の魔力に酔っているわけではなく、常に冒険者を警戒し、見限り、見下す彼女が先程の男のような存在に堕ちるとは思えなかった。

 

「まぁ、話して見た感じリリルカ・アーデは金の……酒の亡者になっている様子はなかったので、問題ないと思いますよ」

「うーん……実際に会ったズィーヤ君がそういうのなら、大丈夫なんでしょう。ですが、もし何か問題が起きた時は報告してくださいね!」

「はい。頼りにさせてもらいます」

 

 ギルドを出て、ダンジョンへ向かう。

 思ったよりも時間が取られたし、今日は少し長く潜るか。

 ダンジョンは今日も変わらず、深く暗い大口を開けて、冒険者のことを待っていた。

 

 

 

 ダンジョン6階層

 泥色の槌を振り回し、溢れ出るウォーシャドウを吹き飛ばし続けるズィーヤ。

 周囲を囲む8匹のウォーシャドウに怯むことなく、密集していた2匹の方向に突貫し、一振で2体とも吹き飛ばす。包囲から突破した先にいた個体を、振り抜いた勢いのまま、体を捻ることで槌を振り上げ、叩き潰す。

 無防備な背中を晒すズィーヤに勝機を見出し、4体が同時に突きを放ち、2体が左右から爪を薙ぎ引き裂こうとする。

 そんな6体の連携を嘲笑うかのように、全身の力を抜き体を倒すことで避け、近くにいた4体の足を払うことで体勢を崩す。

 倒れた4体が壁となり攻撃できずにいた2体を頭部を槌によって吹き飛ばす事で絶命させ、足元の1体を叩き潰す。

 体勢の整えられたウォーシャドウが攻撃しようとするが、槌を手放し空いた手を使う事で、体勢の整えられていない個体へと投げ飛ばす。

 後は手にした槌で1体ずつ潰して、戦闘は集結した。

 

「……帰るか」

 

 周囲にちらばった魔石を回収し膨らんだ皮袋を振り、中から立つ乾いた音から換金額を計算するズィーヤ。

 静寂が広がる周囲を見回し、追加のウォーシャドウが現れる様子もなかった為、ダンジョンから帰還することにした。

 

「うっ、眩し……」

 

 ズィーヤが地上に出た頃には燦然と輝く夕焼けが都市を茜色に染めていた。

 暗闇に慣れた瞳が猛烈な明るさに晒され、思わず呻く。周囲にいた幾人かの冒険者も同じように目を細め、無事に地上へ戻ってこれた事に安堵する。

 人の波に乗るようにズィーヤも歩き出し、街灯がつき始めた道を進む。

 

「ん、あれは……」

 

 暫く歩いていると、先日見たばかりの後ろ姿を見かけ、ズィーヤの口に笑みが浮かぶ。

 

「やぁ、ベル君にリリ。探索帰りか?」

「ズィーヤさん!」

「ズィーヤ様!お疲れ様です!」

 

 ズィーヤに声をかけられ、嬉しそうに反応する2人。その素直な姿にほっこりとした思いが湧き上がるズィーヤ。

 

「そうだ。この前の共同探索の件なんだが、改めて受けさせてもらいたい」

「本当ですか!?」

「あぁ、担当アドバイザーに聞いてパーティなら7階層でも問題ないだろうってことで許可は貰ったからな」

 

 ズィーヤが共同探索を受けてくれるということで小躍りしそうなほど喜んだ様子のベル。

 それほど喜ばれるとは思わっていなかったズィーヤは苦笑いをうかべてしまう。

 

「そうだ!これからリリとご飯を食べに行くつもりなんですけど、ズィーヤさんも一緒にどうですか?」

 

 嬉しそうな表情で誘ってくるベルに対し、ズィーヤは少し考える仕草をする。

 事前にメガイラへ連絡すれば問題ないが、今回は突発的に誘われてしまった。

 これに頷きベル達と食事をすることをメガイラは許すか、許さないか。

 後輩からの誘いと女神との晩御飯を秤にかけて、女神の方を優先するべきだと判断し、ズィーヤは断りを入れる。

 

「誘ってくれてありがとう。俺は──」

「あら、ズィーヤ。こんなところで何をしているの?」

「神様。今帰りですか?」

 

 言葉を紡ぐ途中だったズィーヤの肩に細い指がかかる。

 突然現れたメガイラに心底驚いた表情をしているベルとリリ。指をかけられたズィーヤといえば、何事も無かったかのようにメガイラと話始めていた。

 

「今、2人から食事の誘いを受けたんですけど、神様に事後報告するのもどうかと思ったので断るところだったんですよ」

「あら、そうなの?気にせず行ってもよかったのに」

 

 朗らかな笑顔を浮かべてズィーヤへ食事へ行く許可を出すメガイラ。しかし、傍から見ていたリリにはわかった。

 断ろうとしてなかったらロクなことになっていなかった。持ち前の危機管理能力によってメガイラの恐ろしさに気づいたリリは一歩後ずさる。

 

「そっちの娘には自己紹介していなかったわね。私はメガイラ、ズィーヤの主神よ」

「……リ、リリルカ・アーデです。【ソーマ・ファミリア】所属の、サポーターです」

 

 ズィーヤと同じように、あるいはそれ以上に全てを見通すような瞳でリリを見つめるメガイラ。

 過去も魂も、何もかもを見透かされるような恐怖に体を震わせるリリ。

 周囲の喧騒が遠く、メガイラ以外の全てが止まって見えるような圧力の中で、呼吸と鼓動の音が加速していく。

 

「……まぁ、いいでしょう。ベル君共々、ズィーヤと仲良くしてあげてね」

「っ……は、い」

 

 メガイラが自分から視線を外し、朗らかな笑顔を浮かべる。圧力から解放されて始めて、リリは自分が息を止めていた事に気づいた。

 

「?リリ、大丈夫?」

「……はい!少し緊張してしまいまして、もう大丈夫です!」

 

 息を乱したリリに心配げな声をかけるベル。

 ここで不審がられては困るので、持ち前の精神力で乱れた息を整え、何事も無かったかのように笑顔を振りまくリリ。

 その姿を、ズィーヤとメガイラは見つめていた。

 

「それで、えーっと……ズィーヤさんは神様と帰られますか?」

「あぁ、悪いなベル君。また明日にでも誘ってくれ」

「ごめんなさいね……次は、事前に誘ってくれると嬉しいわ」

「いえいえ!僕も急に誘っちゃってすみません!」

 

 夕焼けが壁の向こうへ沈み、夜の犯す暗闇へと歩いていくズィーヤとメガイラ。

 その姿に、妙な恐ろしさを感じてしまい、ナイフに手が向かってしまう。

 

「ベル様?」

「っ!……どうしたの?リリ」

「?いえ、そろそろ行かないと満席になっちゃいますよ?」

「あぁ、うん……じゃあ行こうか」

 

 2人は並んで街灯の照らす道を歩く。

 

「あっ!ズィーヤさんといつ共同で探索するのか決めるの忘れてた!」

「……次に会った時に決めましょうか」




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