英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか


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作:カゲムチャ(虎馬チキン)
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13 決定打


ついに……。


 気づいた時、酷く落ち着くベッドの上で、酷く見覚えのある天井を見上げていた。

 ホームである廃教会のベッドと天井だ。

 スピネルにとって、人生で唯一の幸せな思い出の詰まった場所。

 そして、今は大嫌いなものが混入してしまった場所。

 

「えええ!? ぼ、僕が、ランクアップ!?」

「しーーー! 声が大きい! スピネルくんが起きちゃうだろ!」

「あ、ご、ごめんなさい、神様!」

 

 ……悪夢のような会話が聞こえてしまった。

 微睡みが一瞬にしてかき消され、起きて早々、気分が絶望のドン底に落とされる。

 反則的な天才は、どうやらスピネルの想像など容易く越えて、レベルの壁すら軽々と飛び越えてしまったらしい。

 

「……あと、新しいスキルも発現したよ。ほら」

「え!? や、やったーーー!!」

「だから、声が大きい!!」

 

 ヘスティアも充分に声が大きい。

 オーバーキルの追撃に、気分がドン底を通り越して、もはや乾いた笑いしか出てこない。

 

「おめでとう、ベル」

「あ、スピネルさん! 起きたんですね! よ、良かったぁ」

「ス、スピネルくん!? あ、その、聞いてた?」

「聞いてましたよ。もうランクアップなんて凄いですね。本当に凄い」

「い、いやぁ。えへへ」

 

 笑顔で祝福されてベルは幸せそうな顔をし、ヘスティアはスピネルの笑顔に逆に戦慄した。

 こんな状況なのに、とても自然に見える笑顔を浮かべていることが、死ぬほど怖い。

 本当に致命的な部分が壊れてしまったようで。

 

「じゃあ、私もステイタスの更新するから、どこか行ってて。なんなら、ダンジョンでレベル2の力を試してきたら?」

「あ、はい! じゃあ、行ってきます、神様! スピネルさん!」

 

 ベルが軽やかな足取りで駆け出していく。

 順風満帆、幸せの絶頂という感じだった。

 そして、ベルがいなくなった瞬間、スピネルの顔色が虚無に染まる。

 なんの感情も読み取れない能面のような顔に、ヘスティアは心底彼女の心を案じた。

 

「ス、スピネルくん……」

「ステイタスの更新をお願いします。私も頑張ったんです。もしかしたら、私もランクアップしてるかも」

「! あ、そ、そうだね! それじゃあ、早速やろう!」

 

 そうだ。

 ここでスピネルもランクアップしていれば、多少なりとも劣等感を払拭できるはずだ。

 ベルの一ヶ月半という記録に比べれば霞んでしまうが、四ヶ月半でも充分過ぎるほど早い。

 というか、ベルを除いたランクアップの歴代最短記録が、剣姫の1年という記録だ。

 ここでランクアップできれば、スピネルは単純計算で、オラリオ最強の女剣士と呼ばれる剣姫の3倍くらい凄いことになる。

 ヘスティアはそこに一縷の希望を見出し……。

 

━━━━━━━━━

 

スピネル

Lv.1

 

力:D510→D517

耐久:D535→D555

器用:D532→D540

敏捷:D520→D526

魔力:I0→I0

 

【魔法】

 

 

【スキル】

 

━━━━━━━━━

 

「どうですか?」

「あ、いや、えっと、その……!」

 

 ヘスティアは慌てた。

 ランクアップどころか、伸び率が明らかに落ちている。

 今回は前回までに比べればダンジョンに居続けた時間も短く、加えてステイタスは上がれば上がるほど伸びなくなっていくので当然ではあるが、今はその当然が何よりも残酷だった。

 そんなヘスティア様子を見て、スピネルは全てを察した。

 

「……ランクアップには届かなかったんですね。スキルか魔法は発現しましたか?」

「え!? その、あの……!?」

「……それすら無しですか」

 

 「はぁ」と、スピネルはため息をついた。

 スキルや魔法は、本人の資質や想いによって発現する。

 それが出ないということは、まだ何もかもが足りないのだろう。

 努力も、意志も、苦しみさえも。

 

 ……もっとも、ヘスティアと違って恩恵を授けた経験が豊富な神あたりが聞いたら、どんなに努力しようが、どんなに強い想いを抱こうが、最低限の『才能』が無い限り、恩恵を授かって僅か半年足らずでスキルや魔法が発現するわけないだろうがとでも言うだろうが。

 想いは種で、才能は土だ。

 どれだけ凄まじい可能性の詰まった種でも、植えられた土に栄養が足りなければ開花は遅れる。

 

 ベル・クラネルには、憧れと恋心で『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』という種を芽吹かせられるだけの、最低限の才能があった。

 スピネルには、それすら無い。

 彼女の中に生まれた禍々しい想いの種を芽吹かせるには、まだ土を肥やす時間が足りない。

 

「ダンジョンに行ってきます」

「スピネルくん!?」

 

 そんな状態で、まだスピネルはダンジョンに向かおうとした。

 ヘスティアは全力で阻止しようとする。

 ロキ・ファミリアに保護された後、ベル共々、丸一日意識が戻らなかったのだ。

 本当なら、流れで行かせてしまったベルだって、引き止めてお説教の一つでもするべきだった。

 スピネルは、ベルより遥かに心身ともに重症。

 絶対に行かせるわけにはいかない。

 

「ごめんなさい」

「ぐぇ!?」

 

 しかし、前回同様、抉るようなボディーブローが飛んできた。

 力技を前にしては、ヘスティアは無力だ。

 今回は当たりどころが悪かったらしく、一瞬で気絶してしまった。

 

「……本当に、ごめんなさい、ヘスティア様。恥の上塗りばかりする愚かな娘を許してください」

 

 スピネルは気を失ったヘスティアを優しくベッドの上に移動させ……すがるようにギュッと抱きついた。

 

「行ってきます。今度こそ、ランクアップできるようになって帰ってきますからね」

 

 実の母のように思っている大切な(ひと)から離れ、代わりに貰った鎧を身に纏い、新しい武器を買うために、自分の分のお金を握りしめて、スピネルは廃教会を飛び出した。

 最近は経験値ばかり優先したせいで、蓄えもすっかり無くなってしまった。

 ランクアップしたら、バリバリ稼がないと。

 ……元々は、レベル2になることで、強さでも稼ぎでもベルを大きく突き放すつもりだった。

 今まで経験値ばかり優先した分のツケを帳消しにして余りあるほどのリターンがあるはずだった。

 けれど、今となっては、たとえランクアップできたとしても、ベルは既にその領域に踏み入っていて……。

 

「あああああああああああああ!!!」

「ギッ!?」

「グギャ!?」

 

 ダンジョンに入ったスピネルは、限界を越えた激情を吐き出すように、迷宮に八つ当たりするように、凄まじく苛烈にモンスターを殺しまくった。

 そのままの勢いで、彼女は下へ下へと突き進んでいく。

 適性レベルの10階層を越え、前回敗走した11階層すら越え、後先を考えず12階層まで走り抜けて……。

 

 13階層。

 レベル2に至った冒険者が、パーティーを組んで攻略しなければならない場所。

 最初の死線(ファーストライン)と呼ばれる『中層』への入り口を踏み越えてしまった。

 

「あああああああああああああ!!!」

 

 そこでも勢いの衰えないスピネルは、上層とは比べ物にならないモンスターの大群を、片っ端から潰していく。

 神の鎧に任せてダメージを軽減し、悪運に頼って死期を先延ばしにし、ボロボロになりながら中層をひた走る。

 もうランクアップがどうとか、そのための偉業を成さなきゃいけないとか、そんなことは頭に無い。

 偉業を求めて中層に踏み入ったわけじゃない。

 ただただ、心を焼き尽くす嫉妬と憎悪の炎に耐えられなかったのだ。

 こうして吐き出さないと、おかしくなりそうだったのだ。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッッッ!!」

 

 怨嗟の声を上げながら、世の理不尽を恨みながら、そのドロドロの感情をひたすらモンスターにぶつけ続ける。

 ヘスティアに褒められたい。

 最初はただそれだけだった。

 それが、いつからこんなに歪んだ?

 

 自分よりベルの方が凄いと思われるのが嫌で、張り合っているうちに、いつしかヘスティアの褒め言葉の全てが受け入れられなくなった。

 褒め言葉を嘘だと感じるようになった。

 他ならぬ自分自身が、ベルよりも役に立てない己を認められなかった。

 幸せの受け取り方が、いつしかわからなくなっていた。

 

「戻りたい……! 戻りたいよぉ……!」

 

 一月半前までのことが、ひたすらに懐かしい。

 戻りたい。あの頃に戻りたい。

 小さな幸せを噛みしめていた、あの穏やかな毎日に戻りたい。

 スピネルは、小さな子供のように泣き喚きながら戦い続けて……。

 

「あ……」

 

 ━━とあるモンスターの攻撃を食らった。

 鎧の上から心臓を貫かれた。

 致命傷だ。とうとう最後の悪運すら尽きた。

 ベルを妬んで、嫌って、追いかけて。

 最後はこんなどうしようもない、何も残せない終わり方。

 

(…………ごめんなさい、ヘスティア様)

 

 愚かな娘でした。

 自分の感情に振り回されて殺された、愚か極まりない娘でした。

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 今際の際に心中を支配したのは、ヘスティアへの尽きることの無い謝罪の言葉。

 涙を流しながら死にゆく愚かなハーフエルフ。

 そんな彼女を看取るのは、愛しき女神でも、大嫌いな後輩でもなく、彼女の胸に穴を空けたモンスター。

 

 不気味な緑色の肉を蠢かせる怪物だけだった。

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