「おい、聞いたか?【死願者】の話」
「おいおい……今月も出たのか?」
「今度は6階層らしいぞ?」
「どんどん深くなってるな……」
とある酒場の一卓で、壮年の冒険者同士が話している。
周囲の明るい喧騒の中、彼らのテーブルだけは怪談を行っているかのような薄暗さと冷ややかさがあった。
「──今回はウォーシャドウの大軍と戦ってたらしいわよ」
「えぇ……私、あれ1体と戦うのだって御免なんだけど……」
別の酒場のカウンターで、女性冒険者が姦しく噂話を繰り広げる。
壮年の冒険者たちと同じく、とある冒険者の目撃情報を、まるで幽霊が出たかのような恐れを含んだ瞳で話していた。
「──【死願者】?」
「あぁ、どうやら中堅探索ファミリアの冒険者を中心に噂が広がっているらしい」
【ロキ・ファミリア】の本拠地である『黄昏の館』にて団長フィン・ディムナと最古参にして【\九魔姫《ナイン・ヘル》】の二つ名をもつLv6の第一級冒険者リヴェリアが話していた。
終わりの見えない執務作業の息抜きに行う片手間の雑談。その話題の一つには、冒険者間の噂話も入っていた。
「あぁ、何でも狂気的な探索をしている存在らしくてね」
「狂気的だと?」
リヴェリアは自分達のファミリアの現幹部であり娘のようにも思っている
在りし日の彼女は強さを求めて無茶な探索を行い、リヴェリア含む幹部達の頭を悩ませ続けていた。
特に、アイズに対して母親のように接してきたリヴェリアにとっては、何をしていてもアイズの事で頭を捻っていた。
と、【ロキ・ファミリア】の問題児のことは置いておき、フィンは詳しく話し始める。
曰く、それは
曰くそれは
曰く、それは魔物を引き寄せる。
曰く、それは
曰く、それは獣の如き咆哮を上げながら戦っている。
曰く、それは常に血を流し、死にかけの状態で戦っている。
曰く、曰く、曰く……
フィンが一つ一つ情報を列挙していく事にリヴェリアの顔は呆れで歪んでいく。
事実としてありそうなものと、絶対にありえないもの、噂話なんてものは尾鰭がついて当然ではあるが、だとしても嘘が多い。
「全く……なんだそれは。尾鰭が着きすぎてどれもが嘘くさい。いっそその全てが事実だと言われた方が噂話としての出来がいいぞ……」
「はは、確かにそうだ。だが、僕はこの何割かはそのまま事実だと考えている」
「何……?」
執務作業の手を止め、両指を組んで意味深長な笑みを浮かべるフィン。時折見せるそのただならぬ雰囲気に真剣さを覗かせるリヴェリア。
「見た目の情報は無視でいい。確認のしようも無いしね。僕が目をつけたのは『魔物を引き寄せる』『常に血を流し、死にかけの状態』という点だ」
「……それの何が事実になると?仮に自分の意思でそのようなことをするのは唯の自殺志願者かダンジョンの危険性を理解できない阿呆かのどちらかでは無いか」
訝しげながらも呆れを含んだ瞳でフィンを見つめるリヴェリア。まさか執務作業のし過ぎで精神的に病んでしまったか?とすら考えていた。
リヴェリアの疑問に首を横に振るフィン。得意げなその微笑みに若干イラッ☆としながらも、話の腰を折らないために抑える。
「僕は……僕らはこの『試練』を知っているはずだよ。リヴェリア」
「『試練』だと?……いや、まさか、有り得るのか?そのようなことが……だが、奴らは既に……」
「あぁ、かつての最強は既にこの都市を去った。舞い戻った彼らも悪となり……僕らが討ち取った」
「討ち取った」その一言を発するために浮かべられた複雑な表情は筆舌に尽くし難い。だが、それらを飲み込んだ発した
「つまり、その【死願者】とやらが彼らの生き残り。ないしその後継だ、と?」
「……流石にそこまで言うつもりは無い。だが、彼らがしていたことと類似点が多すぎて、事実であれば何か関係があるのかもしれない」
「……所詮は噂話だろう」
「…………そうだね。その通りだ」
彼らは会話を打ち切り、各々の作業に戻る。
カリカリと音を立てるペンよりも速く、フィンの脳は動き続けていた。
「(……所詮、噂。だが、僕は実際にそれを見た)」
偶然だった。フィンが偶然ダンジョンへ降りていた時、
ダンジョンの広間で、見るからに死にかけな姿で、力強く魔物を殴り飛ばす彼の姿を。
装備はなかった。姿は見えたが、それよりも魔物の数が多かった。魔物の波の中で彼は必死に手を動かし、裂帛の声と共に魔物を蹂躙していた。
『限界を超える』その強い……強すぎる意思のみが、微かに見えた青の瞳から感じ取ることが出来た。
フィンは、手助けしようと構えた槍を崩し、ひたすらに眺めた。いつかの、【最強】達が行っていた『試練』の様子を幻視しながら。
「(……まぁ、言ってもしかたがないことだ。彼の名もファミリアも分からない。姿だって、男であることと青眼であること。そして、黒髪であることくらいしか分からなかった)」
魔物の血にまみれ、血反吐で口周りを汚し、乾いた血が全身を黒く塗りつぶしていた。どれだけ戦い続けたのか、想像することも難しいソレ。
自身に死を強要するかのような、その過酷さに【死願者】の名を聞いた時は納得したものだ。
実際に目撃したフィンに、無謀だと、確実に死んだと感じさせた2ヶ月前の出来事。
それが、今なお噂となるほど続いているということは……
「(……彼が悪では無い事を祈るとしよう)」
その後、静かな執務室で会話が起こることは無かった。
「【死願者】ねぇ……」
バベルの塔最上階。
美神フレイヤは独りごちる。
冒険者をして恐ろしいと思わざるおえない狂人の噂。
さる情報網から手に入れた他愛ない噂の一つだと思っていたソレは、思っていたよりもずっと興味深かった。
『死を願うかのように無謀を繰り返し、生き残る者』故に呼び名は【死願者】。
その行動の無茶苦茶さや常に血に濡れた姿に、具体的な情報はなかったもののフレイヤに【最強】を思い出させるには十分であった。
「少し調べてみようかしら……」
手元で遊ばせていたワインが僅かに零れ、赤い絨毯に黒い染みを作った。
「エィラ先輩、【死願者】の噂って知ってます?」
「【死願者】?」
書類整理をしていたエィラはミィシャに振られた言葉に首を傾げる。
「最近冒険者たちの間で広がってる噂なんですけど……なんでも、ダンジョン内で死にかけながら戦い続ける亡霊なんですって!」
「何よその噂……」
噂話好きの後輩に呆れた目を向け、手元の書類を処理していく。所詮、噂は噂。まして、亡霊なんて信憑性の欠けらも無い。
「本当なんですって!なんでも、ボロボロの死に体で致死量の血を流しながらでも、魔物の大群と戦い続ける黒い存在を見たって人がいるんですよ!」
「はぁ……それこそ無いでしょ。死にかけながら魔物の大群と戦えるのなんて人じゃないナニカでしょ」
「だから亡霊だって言われてるんじゃないですか〜!」
手元の書類から目を離すことなくミィシャの戯言を受け流し続けるエィラ。そしてふと、怪物祭前日にズィーヤがギルドに報告へ来なかったことを思い出す。
本人は探索へ行くと言っていたし、魔物と出会わなくても彼なら報告へ来るはず……疲れてたのかな?
エィラがズィーヤのことで頭を動かしていると、無視され続けて腹が立ったのかミィシャが腰に手を添え、私怒ってますというポーズで、座った状態のエィラを見下ろす。
「んもぅ!何も信じてないんですね!どうするんですか?これが実は先輩の担当君の事だったら!」
ミィシャのあからさまな煽りに、思わずフッと鼻で笑い、その勢いで爆笑してしまうエィラ。
「ははは、無い無い。あの子はそんな無茶しない堅実な冒険者だよ」
ギルドの夜は長い。それからも姦しさが止むことなく、夜は更けていった。
「っくし!」
「あら、風邪かしら?」
「いやぁ、どうでしょう。誰かが俺の噂してるだけかも知れませんよ?」
「ふふ、この前は八面六臂の大活躍だったものね」
「ははは、いやぁ、照れる」
【死願者】の噂を知らない駆け出しが1人。主神と共に呑気に笑いあっていた。