「君! 大丈夫か!? 生きているか!?」
「う、あ……」
意識が飛んでいた。
閉じていた目を開けると、そこにいたのは美しきエルフの女王。
【
「! 息はあるな! 待っていろ! 今、回復させる!」
気高く慈悲深い
前に殺気を向けてきた人とは思えない優しさだ。
まあ、前回のあれで顔までは割れていないからこそだろうが。
「『ヴァン・アルヘイム』!」
まずはポーションで最低限の治療をされた後、リヴェリアは長い魔法の詠唱をして、優しい魔力がスピネルを包み込む。
回復魔法。
これならきっと命は繋がるだろう。
相変わらず、普段の運は悪すぎるくせに、最後の最後の悪運だけは異様に強い。
ある意味、バランスが取れている。
(えっと、何があったんだっけ?)
意識を取り戻したばかりで、頭が混乱する。
確か、自分はミノタウロスにボロ雑巾にされて、それで……。
「ッ!!」
そうだ。ベルがいたんだ。
ミノタウロスと戦い始めたんだ。
それは、どうなった?
「あ……」
その答えは、リヴェリアの後ろにあった。
戦っている。
ベル・クラネルとミノタウロスが互角に戦っている。
周りには、何故か観戦するようにロキ・ファミリアの幹部達がいた。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
【
【
【
ロキ・ファミリア団長、【
「凄い……」
「アルゴノゥトみたい……」
彼らは、まるで陶酔するように、その戦いを見ていた。
ベルがミノタウロスの攻撃を防ぎ、受け流し、反撃する。
振るわれるナイフが、放たれる炎の矢が、ミノタウロスに流血を強いる。
レベル1の少年が、一月前はただの新米だった少年が、中層の怪物と互角に戦っている。
それを『始まりの英雄』と呼ばれた、伝説の人物と重ね合わせてすらいた。
「ち、がう……!」
「喋るな! 今は回復に集中するんだ!」
血を吐く口を無理に動かして言葉を発しようとしたスピネルを、リヴェリアが咎めた。
そのリヴェリアも、ベルの戦いに魅入られている。
凄いものを見る目をベル・クラネルに向けている。
「ち、がう……!!」
蚊の鳴くような声で、スピネルはベルの戦いを否定する。
あんなものは、ロキ・ファミリアの、オラリオ最強派閥の強者達が褒め称えるような戦いなんかでは断じてないと。
「『ファイアボルト』!!」
「オオオオオオオオオ!?」
炎の矢が放たれる。
あの魔法が自分にあれば、もっと上手く使いこなせた。
「ああああああ!!!」
「ヴォオォオオオオ!!!」
ベルのナイフがミノタウロスの大剣と何度もぶつかり合い、弾き、受け流し、斬る。
あんなにミノタウロスと張り合えるほどのパワーが自分にあれば、最初の攻防で勝負はついていた。
「だぁああああああ!!!」
「ヴヴォオオオオオオオオオオオ!!!」
ベルはレベル1とは思えない身体能力で動き回り、ミノタウロスを翻弄する。
むしろ、あれだけの身体能力があって、まだ決められないのかと言いたくなる内容だ。
確かに、ミノタウロスに比べれば遥かに劣っているだろう。
確かに、ベルにとっては圧倒的な格上との戦いだろう。
それでも、魔法と、パワーと、スピードと、スピネルから見れば充分すぎるほどのスペックが彼には備わっている。
あの能力を持ってあそこにいるのがスピネルだったら、もう10回くらいはミノタウロスを殺している自信がある。
なのに……。
「なんなんだよ、あいつは……!?」
「興味深いね」
ロキ・ファミリアの関心が向くのは、ベルばかり。
強者達が褒め称えるのはベルばかり。
ついさっき、彼より遥かに劣るステイタスでミノタウロスに立ち向かったスピネルのことなど誰も知らない。誰も見ていない。
シルバーバックの時といい、今回といい、彼は観客にまで恵まれるのか。
「『ファイアボルト』ォォォオオオ!!!」
「!!!???」
最後は胸に突き刺したナイフを起点に魔法を放ち、ミノタウロスを体内から焼き尽くして、上半身を消し飛ばすことでベルは勝った。
……あれだけ深々とナイフを刺せるなら、あんな派手なことをせずとも、背骨でも刺せば終わりだったろうに。
「勝ちやがった……!」
「立ったまま気絶してる……!?」
そして、限界まで魔法を使ったことで、ベルは立ったまま気絶。
激闘で服が破れ、背中に刻まれた恩恵が丸見えになっていた。
恩恵は相当の学がある者でなければ読めない
「アビリティオールS……!」
「「「!?」」」
スピネルの治療を終え、マナー違反を押してベルのステイタスを確認したリヴェリアの言葉に、ロキ・ファミリアは揃って驚愕した。
スピネルも驚愕した。
自分より上だろうとは思っていたが、まさかレベル1の最高峰にまで届いていたとは……!
アビリティSなんて、一つあるだけでも大天才と呼ばれるはずなのに、全てのアビリティがSだ。
ありえない。本当に、ありえない。
「彼の名前は?」
「ベル。ベル・クラネル」
団長の質問に、何故か剣姫が誇らしげに答えた。
ベル・クラネル。
その名前を、ロキ・ファミリアの強者達は心に刻む。
新たな英雄の誕生でも見届けたかのような荘厳な雰囲気に……スピネルは堪え切れないほどの吐き気を覚えた。
「違う……!」
傷は治ったとはいえ、疲労を限界以上に溜め込んだ小さな体。
大きな声は出せず、掠れるほど小さなその声は、この場の誰の耳にも入らなかった。
違う。違うのだ。
そいつは凄い人達に褒められるような奴じゃない。
アビリティオールSなんて、ズルして得た薄汚い力だ。
だって、スピネルはずっと見てきた。
パーティーを組んでいた頃は近くで直接。
パーティーを解消した後も、ヘスティアやアドバイザーを通して、ベル・クラネルの積み上げたものを見てきた。
薄っぺらい。
ベル・クラネルの積み上げた努力は、経験値は、そうとしか言えないものだ。
断じて、こんな化け物みたいな領域に到れるようなものではない。
スピネルの方がずっと努力している。
頑張った時間も、立ち向かった苦難の数も質も、圧倒的にスピネルが勝っているはずなのだ。
なのに、恩恵は経験値を力に変換するはずなのに、薄くて少ない経験しか積み上げていないはずのベル・クラネルが、スピネルよりも遥か高みにいる。
ズルだ。不正だ。何かの不具合だと声を大にして叫びたい。
(おかしいよ……! こんなの、絶体におかしいよ……!)
スピネルの積み上げた努力は、経験値は、あんな薄っぺらいものの数十分の1の価値しかないものだったのか?
頑張ったのに。
頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張ったのに。
心配するヘスティアの手すら振り払って、本当に死ぬほど頑張ったのに。
スピネルがダンジョンで己を擦り減らしている間、地上で女の子を引っ掛けていたような奴に、こんな大差をつけられて負けた?
認められない。
断じて認めるわけにはいかない。
それをしてしまえば、積み上げた努力の全てを否定することになる。
だから、スピネルは絶対に、
(お前を、認めない……!)
骨まで焼き尽くすような、強い強い嫉妬と憎悪の炎。
禍々しい熱に包まれながら、スピネルは蓄積された疲労に耐え切れず、意識を失った。