ヘスティア様をホームに運び、空き部屋のベッドにヘスティア様を寝かせる。
運ぶ途中で揺らしても起きる気配はなかったが、規則正しく呼吸は続いてる。
苦しんでいる様子も発熱している様子もない。やはり、深く眠っているだけのようだな。
よく見れば目の下には隈が浮かんでいる……薄いから気づかなかったが、しばらく眠れていなかったのか?
まぁ、ここまで数十分様態が変わらず、時たま寝返りを打ったり寝言を言ったりしているから過労で確定していいだろう。
部屋を出て、リビングで待機してもらっていたベル君へ声をかける。
「ベル君」
「ズィーヤさん!神様はっ?!」
「落ち着いてくれ、症状から過労とみて間違いないだろう。暫くは眠り続けると思うから、君も休んでいていいぞ?」
「いえ、そういうわけには……」
申し訳なさそう……と言うよりは、ヘスティア様のことが心配なんだろうな。
互いに互いを心配しあって大切にしている2人の様子に、思わず暖かい目を向けてしまう。
「……じゃあ、俺はギルドにいる神様を迎えに行ってくるよ。ついでに、事の始終を聞いてくる。留守の間は自由にしてくれて構わないから、よろしくね」
「あ、はい!分かりました」
シルバーバックとの激戦で疲れているであろうに、元気に返事をして頭を下げるベル君。
純粋ゆえの素直さは俺には少し眩しく感じられる。
家から出て、少し歩いた路地裏で膝を付く。
そりゃそうだ。体力も精神力もほぼスっからかんの状態で、ヘスティア様の病態の確認やら雑事やらをやってたんだ。体だって限界に決まってる。
何故かまだまだ体力に余裕のありそうだったベル君の前で、先輩である俺が無様な姿は見せられない。まして、敬愛する主神があんな状態で、俺まで倒れられたらベル君も困るだろう。
「……あー、すいません神様。迎えに行くのはちょっと遅れそうです」
視界が霞んで、意識が──
頭を、優しく撫でられている。
昔、昼寝している俺を良く撫でてくれてたみたいに……優しく、撫でて、目を開けたら微笑んでる母さんがいて、俺もつい笑って……
柔らかい枕が、気持ちいい……ずっと寝ていたい、でも、神様を迎えに行って、ベル君の様子を見なきゃ……あぁ、眠いな。
「ズィーヤ」
何……?
「そろそろ、起きてくれてもいいんじゃないの?」
いやだ、まだ眠っていたい……この枕暖かいな……柔らかくて、すべすべで……ん?柔らかくてすべすべ?
閉じていた瞼を開けて、飛び込んだ強い光に顔を顰める。
少しずつ目を慣らしてしっかりと目を開ければ、俺の事を見下ろす神様が居た。
「ようやく起きたわね。こんな所で寝てると危ないわよ?」
「神様……」
「えぇ、貴方の主神、メガイラよ」
「……ッスーー………神様、これには訳があってですね?」
「どうせ、シルバーバックと戦って精神力も体力も使い切ったのに無理に活動してここで力尽きたって当たりでしょう?全く、心配ばかりさせて……」
ははぁ……流石神様、よく分かっていらっしゃる。
呆れたと言わんばかりのため息の後で、柔らかに微笑んで俺の頭を撫でる神様。
倒れた時は冷たくて暗い裏路地たと思ったが、こうしてると意外と日の光は入ってくるし、神様がいるからか木陰みたいな穏やかさがあるな。
「……神様はなんでここに?」
「事件も終息して私の仕事も無くなったから家に帰ろうとしていたのよ。そしたら、家の近くで貴方が倒れてて、凄く慌てたのよ?」
「ご心配おかけしました……」
ということは、神様はまだベル君やヘスティア様とは会ってないのか。
2人とも悪事とは無縁そうな人と女神だし、神様が1人で会っても問題と思うが、状況説明できる人間は必要だろうからな。
「そういうことなら、早く帰りましょうか」
「そうね……貴方が退いてくれないと立ち上がれないのだけど?」
「あ、すいません……膝枕、ありがとうございました。おかげで懐かしい夢を見られました」
「あら、私の足を痺れさせておきながら夢を見るなんて……随分いいご身分ね?」
「……それは本当に申し訳なく思っておりまして……えぇ、はい。すいませんでした」
「ふふ、冗談よ。気にしないで?それで、どんな夢を見ていたの?」
さっきまで俺の事を膝枕していたとは思えない軽やかさで立ち上がり、何事も無かったかのように会話を続ける神様。
もしかして。足が痺れたのくだりも冗談だったんですか?いや、痺れてないなら良かったんですけとね?
「母に、頭を撫でられる夢です」
「……そう。いい夢ね」
「えぇ、いい夢でした」
「あ、おかえりなさいズィーヤさん!それと、ズィーヤさんの主神様ですか?」
「えぇ、ズィーヤの主神をしているメガイラよ。貴方は?」
「僕はベル・クラネルと言います!シルバーバックの時は、ズィーヤさんに凄く助けてもらっちゃって……」
「あら、そうなの。何はともあれ、2人とも無事で良かったわ」
「ベル君、ヘスティア様の様子はどうだ?」
「まだ眠ってます。ただ、身動ぎすることが増えたのでそろそろ起きるかもしれません」
「あら、ヘスティアもいるの?」
「神様、ヘスティア様と知り合いなんですか?」
「知り合いどころか天界で仲の良かった神友よ。いい娘よね、ヘスティア。……もしかして、ベル君はヘスティアの眷属なのかしら?」
「あ、はい!【ヘスティア・ファミリア】に所属しています!」
「まあまあまあ!」
途端、喜色満面と言わんばかりに顔を輝かせた神様はベル君の手を握り上下へと勢い良く振り回す。
「あの子の眷属だからいい子とだと思っていたけど、貴方みたいな子になら安心して任せられるわ!何かあったら言ってちょうだい!多少の手伝いはしてあげるわ!」
「は、はい……ありがとうございます……」
突然両腕を上下に揺さぶられ、困惑した様子で目を白黒しているベル君。
多少休んで回復したとはいえ、彼もまた疲れているはずだ。ここでさらに疲れさせるのも酷というものだろう。
「ほら神様、ベル君も困ってますから、その辺にしてあげてください」
ベル君の手を握っていた神様を振りほどき、改めてソファに腰をおちつける。
「ありがとうございます、ズィーヤさ……ひっ!」
「……どうした?ベル君、何か怖いものでも見たのかい?」
「い、いいえ!ナンデモナイデス!」
「そうか?まぁ、何かあったら言ってくれよ。俺も後輩のために力になろう」
「あ、あありがとうございますぅ……」
どうしたんだ?まるで恐ろしいものを見たみたいな怯え方をして、ここにいるのは優しい神様と俺だけだぞ?
「もう、ズィーヤ、そんなに怖い顔しないの。手なら何時でも握ってあげるわよ?」
「別に怖い顔なんてしてませんよ。いつだって俺はハピネススマイルですよ。な?ベル君」
「はひっ!そうだですねんや!!」
「ん〜これは大分怯えられちゃってるわね。兎みたい」
全く、俺の何が怖いというのか……誠に遺憾である。
表情筋を含めた全身に力を入れて、直ぐに脱力する。そして、一度深呼吸すれば、残っていた眠気も覚めて、フラットな状態になった。
「んん〜ベル君〜……べるくぅん〜!」
2階からヘスティア様のくぐもった声が聞こえてくる。
ベル君にも聞こえたのか、俺たちが立ち上がるよりも速く動き出し階段を駆け上がる。
余程心配だったのだろう、机のコップが倒れかねないほどの勢いだった。
俺もヘスティア様の様態を確認するために部屋に向かおうとすると、神様が俺の手を引いて引き止める。
「今は、2人っきりにしてあげて」
「……神様がそういうなら、そうした方がいいんでしょうね」
こういう時の神様の助言はよく当たる。
全知の神だからと言うよりは、雰囲気というか空気を察知するのが異常にうまいと言うべきか。
座り直し、無意味に天井を眺める。上では、ベル君とヘスティア様が何か話しているのか、ボソボソと声が聞こえてくる。
集中すれば聞き取れそうだったが、2人の時間を盗み聞きするほど、俺も無粋じゃない。
遠く聞こえる街の喧騒と誰かの小さな泣き声を響かせながら、ゆったりと時間は過ぎ去っていった。
「随分心配させたみたいですまないね!」
完全復活とばかりの元気さで動き、クルリと回ってピースを決めるヘスティア様。
後ろでは、目元を赤く染めたベル君がヘスティア様の元気な姿に苦笑いを浮かべていた。
「本当ですよ……一応回復したとはいえ、全快したとは言えないんですから暫くは安静にしていてくださいね。いいですか?ヘスティア様」
「そうよ、ヘスティア。貴女は無理する時とことん無理するんだからちゃんと休むのよ」
「お、おう……わかったよ。ホームを貸してくれてありがとう、とても助かったよ!このお礼はいつかさせてもらうぜ!」
「おふたりとも、本当にありがとうございました!ズィーヤさんはシルバーバックの件も含めて、感謝してもしたりません!」
「いいんだよ。困った時はお互い様って言うし。それに、シルバーバックの件は君もいなきゃ勝てなかったんだ」
ベル君の肩に手を置いて、目線を合わせながら笑みを浮かべる。爺さんは、よくこういう風に褒めてくれ。
「誇れ。お前はちゃんと強い」
「っはい!」
泣いていたせいで涙腺が緩んでいたのか、また涙を流しそうな顔で返事をするベル君。俺は苦笑いだったが、神様達には微笑ましいものに見えたのか、随分優しい目で見ていた。
それから、2人は自分達のホームへ戻り、俺も神様も日常へと戻って行った。
夕暮れの街は少し崩れていたが、きっと明日から賑やかに改修工事がされるんだろう。
「──結局、事件が終わっても祭りを回り直せませんでしたね」
「当然といえば当然だけど、悲しいものは悲しいわね……」
じゃが丸くんを食べながら、今日の事件を振り返る。
ギルドは死者がいなかったことを正式に発表。人の集まる祭り会場で魔物が脱走したというのに死者がいなかったことは、冒険者の尽力と早期対応があったからだという。
また、一般人の多くが闘技場に集まっていたことも大きな要因だろう。守りやすく、攻めずらい闘技場は一時避難にうってつけであった。
今回の件を受けて怪物祭の安全性については見直されることだろう。主催であり、魔物の脱走を許した【ガネーシャ・ファミリア】の信用も落ち、別の波乱が起きてしまうかもしれない。
だが、とりあえずは、今回の事件が死者なく終わったことを喜ぶとしよう。
「「ご馳走様でした」」
食事を終え、ゆったりとソファに体を預ける。
意識を失う形とはいえ、昼に眠ったが、やはり体に溜まった疲労は抜けきらないらしい。
「ズィーヤ、寝る前にステイタスの更新だけしておきましょう?」
「……はい」
鉛の瞼をこじ開けて、体重が3倍くらいになった体を引き摺って神様の部屋に向かう。
普段神様の使っているベッドの上にうつ伏せで寝転がる。自分の使うベッドとは違った甘いような花のようないい匂いが意識を微睡ませる……
いや、普段神様が使ってるベッドの匂いで寝るな。危うく変態だぞ。
神様は気にしないだろうが、俺は気にするので鋼の意思で意識を保つ。
背中に跨る神様の重みと暖かさと柔らかさがなんとも……不敬っ!!落ち着け、疲れてるからって思考が下半身すぎる。律せよ己を、神メガイラの眷属なんだぞ俺は。
「──終わったわよ」
「ぎゃんっ!!!」
「……そんなに驚かれるとは思わなかったわ」
いや違うんですよ、意識しないよう意識を集中させて意識してないところに、耳元で囁かれたら誰だってそうなると思うんですよ。で、何が終わったんでしたっけ?俺の人生?
「これ、更新した貴方のステイタスよ。全く、随分無茶をしたようね……」
「いやぁ、それ程でも……」
「別に褒めてないわ」
ペシりとデコピンをしてくる神様。ステイタスがあるので全く痛くは無いのだが、心配をかけていることには心が痛む。
無茶はしない。だが、俺という人間は漠然と強さを求めてしまうものなのだ。許して欲しい。
ズィーヤ・グリスア
力 :F304→F325
耐久:F371→F383
器用:F332→F351
敏捷:F330→F346
魔力:E438→E468
【魔法】
『
合計99、3桁にはギリギリ、本当にギリギリ届かなかったが格上一体と戦って殺しきらなくてもこれだけ貰えたんなら破格だな。
力と器用、魔力の上がりがいいな。
1番上がりのいい魔力は、槍を三本にシルバーバックの一撃を避けるために暴風を一回。精神力欠乏になりかけるほど使ったからか。
力は槍を胸に突き刺した時やら足の甲へ捻じ込んだ時なんかに上がったのか。格上で硬い肉体に力を入れて叩き込んだからな。
器用はちまちまと殴ってた時のやつか。穂先やら石突きは勿論、柄の部分で打ち付けて逸らすみたいなのもやって技能判定があったのか?ステイタスの判定はいまだによく分からない。
個人的に敏捷は伸びてると思ったが、そうでもなかったな。走るのが足りなかったのか攻撃の速度が足りなかったのか……まぁ、伸びやすさみたいなのもあるらしいし、気にしても仕方ないか。
ステイタスの写しを暖炉の中で燃やす。泥で作った炎はよく燃えて、一瞬で灰に変えてしまった。
「それじゃあ、俺も今日は寝ますね」
「えぇ、お疲れ様。明日は探索するの?」
「ん〜……ステイタスの具合も確認したいですし、普段より短めに探索して、それからは鍛錬することにします。【ガネーシャ・ファミリア】も今は俺達へ仕事を斡旋する暇もないでしょうし、休む程疲れ切ってもないですからね」
「そう。油断しないようにね?何時ミノタウロスのようなイレギュラーがあるか分からないんだから」
「分かってます。じゃあ、おやすみなさい」
「えぇ、おやすみなさい」
神様の部屋から出て、目の前の自分の部屋へ入り、ベッドに倒れ込む。
疲れきってないのは本当だが、疲れてないわけじゃない。自室ということもあって、微かに張られていた緊張の糸も完全に切れてしまった。
明日も、頑張る、かぁ……
「……やっぱり天才よね」
ズィーヤのステイタスを思い出し、しみじみと零すメガイラ。
いくら格上とはいえ高々魔物一体と戦っただけでこれだけステイタスが伸びるのは異常の一言に尽きる。まして、ほぼ全てのステイタスが高水準で上がっているのだ。
一般的な冒険者は素質の有無によってステイタスの伸びは違う。極端にいえば、ズィーヤのような戦いを経ても、素質のないステイタスは一桁しか伸びないこともある。
だが、ズィーヤは全てに高い素質があり、耐久と魔力は群を抜いている。
稀代の天才、英雄候補
メガイラをしてそう言わしめる天賦の才は本人の自覚しえない部分で伸び続けている。
ステイタスが圧倒的に劣っている状況で、シルバーバックに対して優位に立ち回った?技術があったとしても、ほぼ不可能と言っていい。
シルバーバックは基準となるステイタス評価がLv1のB〜Sである上層11階層以降から現れる。当然、高くてもE、全体がFのズィーヤが勝てる相手では無いのだ。
そう、本来ならば。
その不条理を、不可能を覆い、致命傷となる一撃を与えたズィーヤは、ステイタスに関わらない天才。
「人々を、神々を唸らせる才能……でも、今はまだ曇っている」
悪事を見抜き、善性と悪性を見分けるメガイラの瞳にはズィーヤの魂さえも見えていた。
美神フレイヤの持つそれに比べれば精度は落ちるが、生の中で刻まれた悪性や善性を見る力はフレイヤさえ凌いでいた。
眷属の眠る部屋の扉を開け、ベッドで眠るズィーヤの頬を撫でる。
霧の中にあるような曇った魂、それは漠然と強さを求め続け、無茶を繰り返すズィーヤの異常な行動として現れている。
「貴方が、貴方の持つ輝きに早く気づけることを祈っているわ」
深く眠り、規則正しい呼吸を繰り返すズィーヤの頭を撫で、額にキスを落とす。
月光に背を向け、濃い影のかかった瞳は、渇望と期待が渦巻き、どこか澱んでいた。
女神の居なくなった部屋で、眠り続けるズィーヤを半分近く削れた月が見下ろしていた。