英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか


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作:カゲムチャ(虎馬チキン)
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11 限界


「ハァ……ハァ……」

 

 今日も今日とてボロボロの体で、スピネルはダンジョンを進んでいた。

 いや、戻っていた。

 焦りに支配され、適正レベルを超える11階層に足を踏み入れたのだが、これが大失敗。

 シルバーバックにぶん殴られ、ハードアーマードに歯が立たず、インファントドラゴンに殺されかけた。

 

 転がるように逃げ出して、現在地は9階層。

 こんなんじゃいけないとわかっていても、どう頑張っても一足飛びには強くなれない。

 想いだけじゃ越えられない壁がある。

 壁を越えるために必要なのは、長い時間をかけて積み上げた経験値だ。

 築き上げた足場が無ければ壁は越えられない。道理である。

 問題は、その道理を無視している存在がいることなのだが……。

 

「……ランクアップ」

 

 そんな理不尽を覆す方法として、スピネルは一縷の望みを込めてその現象の名を口ずさむ。

 ランクアップ。

 恩恵の最重要項目『レベル』を一つ上の位階へと昇華させることをそう呼ぶ。

 レベルは一つ違えば、大人と子供ほどの力の差が生じる。

 レベル1の最上位とレベル2の最下位が戦った場合ですら、一対一ならまず間違いなくレベル2が勝つと言われるほどだ。

 

 そして、レベル1とレベル2では潜れる階層がまるで違う。

 ダンジョンは奥に行けば行くほど、稼げる金額も天文学的に跳ね上がっていく。

 レベルが一つ違えば、ヘスティアへの貢献度も天と地の差なのだ。

 もしも、ベルより先にランクアップを果たすことができれば、確実にベルよりも強くなれる。

 レベル2になってバリバリ稼げば、ベルよりも遥かにヘスティアの役に立てる。

 

 頑張れば頑張った分だけ経験値が溜まって強くなるという恩恵のシステムの中で、レベルだけは少し異質だ。

 ランクアップには特殊な経験値がいる。

 その特殊な経験値は、どれだけモンスターを倒そうが、どれだけ鍛錬を重ねようが手に入ることは無い。

 位階の昇華に必要なのは『偉業』。

 神ですらも『凄い』と思うような偉業を成した時、ランクアップに必要な特殊な経験値が溜まっていく。

 それが一定量に達し、なおかつ基礎アビリティのどれかがDに到達していればランクアップできる。

 

 アビリティDは達成した。

 なら、あとは偉業を成せばランクアップできる。

 強くなれる。ベルに勝てる。ベルよりも役に立てる。

 さすがの反則野郎でも、レベルの壁まではそう安々と越えられないはずだ。

 そこまで逃げ切れば、しばらくは追いつかれる心配をしなくてよくなる。

 スピネルにとって、ランクアップこそが一つのゴール。

 何より、恩恵が偉業を認めたのなら……ヘスティアの褒め言葉を素直に受け取れるような気がした。

 

「頑、張ろう……!」

 

 痛みと疲労の蓄積した体で、スピネルは一縷の希望を支えに動き続ける。

 偉業。凄いこと。

 それすなわち、圧倒的格上に勝つとか、絶体絶命の状況を切り抜けるとかだ。

 絶体絶命の状況はもう何度も乗り越えているはずなのに、未だにランクアップは成っていない。

 なら、必要なのは格上の強敵か。

 もう一度下の階層へ行って、上層最強と呼ばれるインファントドラゴンに挑みかかってみようか?

 

「ヴヴォオオオ……!!」

「!」

 

 そんなことを考えたスピネルの耳に、聞き覚えのある唸り声が届いた。

 見れば、見覚えのあるシルエットが、迷宮の闇の中から現れるところだった。

 牛頭人体の怪物、ミノタウロス。

 角が片方欠けていて、天然武器ではない、冒険者が使うような大剣を持っている。

 

「ああ……!」

 

 強敵だ。格上だ。

 しかも、ミノタウロス。

 思えば全てが狂い始めたキッカケは、前にミノタウロスに襲われた時だったような気がする。

 上層には現れるはずのないミノタウロスが現れて、剣姫に助けられて。

 その直後くらいから、手のかかる後輩が、視界に入れたくもない存在へと徐々に変わっていった。

 

 温かな未来が破綻するキッカケになったのなら、ベルの飛躍のキッカケになったのなら。

 責任を取って、今度は自分の飛躍のキッカケになってくれ。

 やり遂げよう、格上殺し。

 またしてもイレギュラーで上層に現れたミノタウロス。

 こいつを倒して、ランクアップを果たす。

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオ!!!」

「ああああああああああああああ!!!」

 

 ミノタウロスとスピネルは互いに咆哮を上げて、目の前の相手に突撃した。

 ……今の声が格下を問答無用で強制停止させる、ミノタウロスの種族特性としての咆哮(ハウル)でなくて助かった。

 もしそうなら、この舞台に立つ資格すら無かった。

 ミノタウロスがそれをやらなかったのは、強者の驕りか、それとも身につけた力を振るう相手を求めていたからか。

 

「ヴヴォ!!」

 

 ミノタウロスが大剣を振るう。

 モンスターにしては綺麗な太刀筋。

 さすがの身体能力で剣速も速い。

 けれど、他のモンスター同様直線的だ。

 避けられる。

 

「フッ……!」

 

 スピネルは斜め前に踏み込んで、大剣を回避。

 そのまま、すれ違い様に剣でミノタウロスの脇腹を薙いだ。

 ゴブリンの首を狩っていた頃から磨いてきた、回避と攻撃を同時に行う動き。

 だが……天然武器の剣はミノタウロスの肉体に傷一つ付けられず、逆に剣の方が砕け散った。

 

「硬ッ……!?」

 

 ミノタウロスの肉は硬いと聞いたことはあったが、これほどとは……!

 

「オオオオ!!」

「!」

 

 ミノタウロスの反撃。

 背後へと抜けたスピネルを、後ろへ振り向きながら大剣で薙ぎ払おうとする。

 ミノタウロスが大剣を握っているのは右手。

 当然、振り向く時も、右手の大剣を後ろに回すために右回転。

 だからこそ、スピネルはミノタウロスの背中に張りつくように左手側に跳んで、薙ぎ払いを回避した。

 

「やぁあああああ!!」

 

 そして、腰から取り出したナイフを振るった。

 モンスターから奪った使い捨ての天然武器じゃない。

 いざという時のために温存してきた、結構な値段で購入した業物のナイフ。

 

 狙いは背骨の隙間だ。

 人間に似た構造の怪物なら、脊髄を断てば動けなくなるはず。

 背中側に張りついた今の状況を最大限に活かし、渾身の力を込めてナイフを突き刺す。

 

「ッ!?」

 

 だが、それも通じない。

 脅威の背筋が、スピネルの一撃を止めていた。

 盛り上がった背中の筋肉が刃を阻み、ナイフが刺さらない。

 彼女の力では、薄皮一枚裂いて、その下の筋繊維を僅かに傷つけるのが精一杯。

 もっと凄い武器があれば、あるいは力のアビリティがSに届いていれば、この一撃で勝負を決められていたかもしれない。

 しかし、それは無いものねだりでしかない。

 

「オオオオオオオ!!!」

「くっ!?」

 

 刃を突き立てられたことに腹を立てたのか、ミノタウロスがやたらめったら大剣を振り回す。

 それを避けるために、スピネルは大きく距離を取った。

 一撃でも食らえばアウトだ。

 膂力の差を考えると、受け流すことすらできない。

 全て避けるしかない。

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 離れたスピネルに、ミノタウロスは突進。

 モンスターのくせに構えのようなものを使い、上段に構えた大剣を豪快に振り下ろした。

 それも恐れず、斜め前に踏み込んで避けたスピネルは、すれ違い様に今度は膝を狙った。

 関節にヒビでも入れば、動きを大きく制限できるはずだ。

 

(なんだろう。相手の動きがよく見える。痛みも疲れも感じない)

 

 疲労が一周回ってハイになっているのか、スピネルは今の自分が絶好調で動けているように感じた。

 ダンジョンに居続けたせいか、神経が鋭敏になったように、完全に戦いというものに順応したかのように、ビックリするくらい体が良く動く。

 ビックリするくらい、敵の動きがよく見える。

 死地での開花とでも言うべきか、己を削り続ける鍛錬の果てにスピネルという原石は研磨され、今の自分にできるピッタリ100%の動きを引き出せているような気がした。

 

「!」

 

 針の穴を通すように、ナイフは正確にミノタウロスの膝を捉えた。

 器用のアビリティによる補正ではない。

 純粋に、ここ最近の異様な密度の戦闘経験によって獲得した技術。

 努力の結晶。

 それでも……。

 

「うっ……!」

 

 ナイフが直撃したはずの膝は、当然のようにかすり傷。

 あと五十回は斬りつけなければ、目に見えるダメージにはならないだろう。

 なら、あと狙えそうなのは眼球くらいしかないが、

 

(高い……!)

 

 ミノタウロスの身長は2M半。

 対して、スピネルの身長は150C程度。

 眼球どころか首筋も狙えない。

 それでも、そこしか有効打にならないのなら、無理をしてでも狙うしかない。

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 弱いくせに中々捉えられない敵にイラ立ったのか、より苛烈になるミノタウロスの攻撃を避け続けながら、スピネルはチャンスを伺った。

 眼球を狙えるくらい頭を下げる瞬間か、隙の大きすぎるジャンプ攻撃を確実に当てられそうな瞬間。

 受け流すこともできない暴力の嵐を避け続けながら、凄まじい集中力で隙を探し続けた。

 ……だが。

 

「あ……」

 

 戦闘開始から約1分後。

 カクンと、膝が崩れた。

 突然、足に力が入らなくなった。

 蓄積していた痛みと疲労が、ハイになってごまかされていた無茶の代償が、ここにきて彼女に牙を剥いた。

 隙を晒したのは、ほんの一瞬。

 圧倒的格上を前にしては、あまりに致命的すぎる一瞬。

 

「オオオオオオオオオ!!!」

「がはっ!?」

 

 避けられなかった。

 ミノタウロスの一撃がスピネルを吹き飛ばした。

 せめて少しでもダメージを軽減しようと盾にしたナイフがへし折られ、それを支えた腕も叩き折られ、大剣は胴体にぶち当たって、体重の軽い彼女はボールのように弾き飛ばされる。

 そのまま飛ばされて迷宮の壁に叩きつけられ、戦闘不能となった。

 

「あ、がっ……!?」

 

 体中が痛い。

 骨という骨が折れている気がする。

 ヘスティアに貰った鎧が無ければ即死だった。真っ二つだった。

 けれど、即死を免れたというだけだ。

 追撃されれば死ぬし、放置されても他の怪物に襲われて死ぬ。

 奇跡的に怪物が来なくても衰弱死する。

 むしろ、死ぬまでの苦しみが増えた分だけ不運かもしれない。

 

「フゥゥゥ……!」

 

 ミノタウロスは血まみれでピクリとも動かないスピネルを見て死んだと判断したのか、追撃はしてこなかった。

 ……結局、倒すどころか、ロクなダメージも与えられなかった。

 自分の攻撃を当てられても、敵の攻撃を避けられても、攻撃力の不足だけはどうにもならなかった。

 純粋なステイタスの不足。

 いくら己の100%を引き出せても、肝心の能力が低いのでは話にならない。

 資質も低ければ、研磨にかけた年月も足りない。

 これが冒険者歴四ヶ月半の凡人の限界。

 そして……。

 

「ひっ!?」

「な、なんで9階層にミノタウロスが!?」

 

 次にミノタウロスが目をつけたのは、年若い冒険者とサポーターの二人組だった。

 ベル・クラネルと、リリルカ・アーデだった。

 まだ目と耳は生きているスピネルの目の前で……ベル・クラネルによる、ミノタウロスとのリベンジマッチが始まる。

 冒険者歴四ヶ月半どころか一ヶ月半、スピネルの三分の一のキャリアしか持たないはずの少年が見せた、目を疑うような、到底納得などできるはずのない戦いが。

 あまりにも残酷すぎる『才能』の差を、これでもかと見せつけてくる戦いが。




能力値10の奴の100%<<<能力値100の奴の70%
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