スピネル
Lv.1
力:E480→D500
耐久:E499→D521
器用:E499→D522
敏捷:E490→D511
魔力:I0→I0
【魔法】
【スキル】
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「……魔力以外のアビリティオールD。凄く上がってるよ。本当に凄い」
数日間ダンジョンから帰らず、その分の経験値で一気に上げたステイタス。
それを見て、ヘスティアは心からそう思った。
冒険者歴たったの四ヶ月ちょっとで、魔力以外のアビリティオールDというのは、お世辞抜きで本当に凄い。
殆ど全てのアビリティを、ランクアップする上での最低ラインに乗せた。
かなり才能のある冒険者でも難しいことだろう。
「ベルは?」
「…………」
「ベルは、どうなんですか?」
焦点の合わない目で尋ねてきたスピネルの言葉に、ヘスティアは答えられなかった。
言えない。言えるわけがない。
ベルのステイタスは魔力以外のアビリティオールDどころではなく、魔力も含めて最高峰のアビリティオールSに至っているなど。
だが、あんなのはバグみたいなものだ。
本来ならアビリティオールSなど、大天才が年単位の時間をかけたところで達成できない。
本当に、ベルがおかしいだけなのだ。
「……そうですか。ベルには届いてないんですね」
ヘスティアの沈黙の意味をそう受け取ったスピネルは、フラフラとしながら上着を着て、立ち上がった。
「じゃあ、もっと、頑張らないと……」
「待つんだ!!」
そのまま鎧を着込もうとしたスピネルを、ヘスティアは全力で止めた。
いけない。
このままだと、近いうちに彼女は壊れてしまう。
「君は充分に頑張った! 天才でも難しいことをやったんだ! 本当さ! だから……」
「でも、ベルには届いてないんですよね?」
ギョロリと、虚ろに染まったスピネルの瞳がヘスティアを捉えた。
神ですら気圧されてしまいそうな恐ろしい目だったが、ヘスティアは一歩も引かずに、スピネルを思いっきり抱きしめる。
「それがどうした!? ベルくんに届いてないからって、君の努力が否定されるわけじゃない!
スピネルくんは本当に凄いことをやったんだ! ボクの自慢の一の眷族さ! 君はボクの自慢の娘だ!」
「嘘だ」
ヘスティアの心からの叫びを、スピネルは嘘だと切り捨てた。
なんの迷いもなく、それが絶対的な答えであるかのように。
「嬉しくない。嬉しくないんです、ヘスティア様。
褒めてもらってるのに、ビックリするくらい心に響かないんです。
だから、今の言葉は嘘だ。嘘じゃなきゃダメなんだ」
「ッッ!?」
スピネルの心は……劣等感に焼かれて、望んでいたはずの言葉すら素直に受け入れられないようになってしまっていた。
ダメなのだ。
いくら褒めてもらえても、本人がそれを嘘と感じてしまうのでは意味が無い。
彼女の心に幸せを注ごうにも、底が焼け落ちて穴が空いてしまったのでは、注いだ端からこぼれ落ちてしまう。
「大丈夫。ようやく『ゴール』も少し見えたんです。
私、頑張りますから。絶対にベルに勝って、ベルより凄くなって、嘘じゃない言葉で褒めてもらえるように頑張りますから」
「スピネルくん……!!」
壊れたような笑顔で望みを口にするスピネル。
その夢が叶うことは無い。無いのだ。
それくらいベル・クラネルの才能はぶっ壊れていて、反則としか思えなくて、追いかけようと手を伸ばせば、強すぎる光に身も心も焼き尽くされる他に無い。
「じゃあ、行ってきます」
「待って!! 待ってくれ、スピネルくん!!」
しがみつくヘスティアを振りほどいて、スピネルはまたダンジョンへと向かおうとする。
必死に泣いて喚いてすがりついたが、もうヘスティアのことすら見えていないかのように、スピネルは歩みを止めない。
「うぐっ!?」
「ごめんなさい。帰ってきたら、ちゃんと謝りますから」
それどころか、しつこいヘスティアのボディに一発入れて意識を刈り取るなんてことまでした。
下界では一般人程度の力しか持たない神が、恩恵を授けた冒険者の一撃を前に意識を保っていられるはずもなく。
ヘスティアは薄れていく意識の中で、必死にスピネルに手を伸ばす。
「スピ、ネル、くん……!」
スピネルの姿が遠ざかっていく。
扉を開けて、外へ行ってしまう。
ダンジョンへ行ってしまう。
「あ、ああ……!」
愛しい娘に何もしてあげられなかった全知零能の神は、絶望と共に意識を失った。
◆◆◆
「頑張らなくちゃ……。頑張らなくちゃ……」
ヘスティアに貰った鎧に身を包み、いくつかの天然武器で武装したスピネルは、フラフラとしながらダンジョンを目指した。
そして、その途中で見たくもない顔を見つけた。
「あ、スピネルさん!」
「……ベル」
バグッた大天才ベル・クラネルが、元気良く手を振りながらスピネルに近づいてきた。
その顔は笑顔だ。
スピネルのことなど何も聞かされていないし、何も知らないのだろう。
「お久しぶりです! 最近いませんでしたけど、まだ神様と喧嘩してるんですか?」
ああ、そういえば、ベルには彼に会わない理由として、そんな風に言っていたんだったか。
ちょっとヘスティアと喧嘩したから、家出して頭を冷やしてくると言って、ベルと顔を合わせなくても良い理由を作った。
まさか家出した先がダンジョンで、数日籠りっぱなしなんてことがザラにあったなんて思いもしないだろう。
本当のことを話すにしても、ヘスティアは彼になんと説明すればいいんだという話だし。
「ベル様、こちらの方は?」
と、そこで彼の傍らにいた少女が声を上げた。
巨大なバックパックを背負った
出で立ちからして、例のサポーターだろうか?
「あ、紹介するね! この人はスピネルさん。同じファミリアの先輩で、冒険者を始めた頃に凄いお世話になった人なんだ!」
「な、なるほど……。そうなんですね」
ベルの説明を聞いて、サポーター少女は何故か複雑そうな顔をしていた。
「これは強敵出現かもしれません……!」とか小声で呟いている。
彼女の様子には、ベルへの好意のようなものを感じる。
スピネルが比喩でもなんでもなく死ぬほどの努力を重ねている間に、こいつは女の子を引っ掛けていたらしい。
そのサポーター、何やら面倒な事情があるという話だったろう?
それを解決するために、どれだけの労力を使った?
どれだけの思考をその子のために割いた?
こっちは強くなることだけに死力を尽くしているのに、なんで、それだけのハンデがあって追いつけない?
しかも、アドバイザーがポロッと漏らした話によると、どうやって口説き落としたのか、最近は剣姫との個人トレーニングまでやっているという話だ。
恋愛的な意味でも、経験値的な意味でも恵まれ過ぎている。
なんで、ベルだけがそんなに幸せなんだ。
剣姫に見てもらえて、サポーターにも好意を寄せられて、その上でスピネルが死ぬ気で追い求めてる強さまで持っていて。
これだけ頑張ってるのに、なんで全部持ってる奴の一つにすら追いつけない?
そんなに沢山幸せがあるなら、せめてヘスティアくらいこっちに譲れ。返せ。
ヘスティア・ファミリアから出ていって、どこか他所でやれ。
とてつもなくイライラする。
「はじめまして、スピネル様。リリと申します」
「…………よろしく」
スピネルは興味なさげにリリと名乗ったサポーターに気のない返事だけして、すぐにダンジョンの方へ歩き去ってしまった。
大分失礼な態度に、リリはちょっとカチンときた。
「これだから冒険者は……!」
「あ、あはは。ごめん、リリ。スピネルさんは人見知りな人なんだ。悪い人じゃないんだよ」
背後でそんな会話が聞こえる。
どうでもいい。
ベルが女の子にうつつを抜かしている間に、もっと強さを……。
「スピネルさん! たまには帰ってきてくださいね! 神様も寂しがってますから!」
見当違いな言葉をかけてくるベル。
……そのヘラヘラとした態度が、能天気な様子が、酷く癪に障る。
自分を超えているのなら、せめて、あなたになら負けても仕方がないと納得させてくれよ。
自分よりも努力して、自分よりも苦しんで、自分よりも必死な顔をして、その上で力強く笑うような立派な奴であってくれよ。
今のベル・クラネルは、どうしてもそんな立派な人間には見えない。
スピネルはギリッと歯を食いしばりながら、ベルの言葉に答えることなく、無言でダンジョンへ向かった。
「あ、えっと、機嫌悪いのかな……?」
「ベル様! あんな人、放っておけばいいんですよ! 私達も早く行きましょう!」
そうして、ベル達もポーションなどの必要品を買い足してからダンジョンへ。
酷く異なる熱量の差。
なのに、業火のように燃え盛るスピネルよりも、ぬるま湯のような環境にいるベルの方が遥かに強い。
悔しくて、悲しくて、スピネルはこぼれ落ちそうな涙をぐっと堪えた。