英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか


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作:カゲムチャ(虎馬チキン)
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9 別行動


「ハァアアアア!!!」

「ぶぎゃ!?」

 

 豚頭人身の巨体のモンスター、オークの頭を棍棒で叩き潰す。

 買い直したナイフは、またもあっさり壊れた。

 今使っているのはモンスターから奪った武器、ダンジョンがモンスターに与える天然武器(ネイチャーウェポン)というものだ。

 

 現在地はダンジョン10階層。

 モンスターの武器が用意され始め、濃い霧による視界妨害というダンジョンギミックが設置された、スピネルの適性ギリギリの階層。

 ベルはいない。

 彼はシルバーバック戦を経て更に急成長した力を見せつけ、ウォーシャドウ以上の新米殺しとして有名なキラーアントの群れを一方的に蹂躙し、明らかにスピネル以上の速度と攻撃力を彼女に見せつけた。

 

 嫌な予感は現実となった。

 ベル・クラネルは、既にスピネルを追い抜いていたのだ。

 もう胸を焦がす感情が我慢できないほどに膨れ上がり、スピネルは適当な理由をつけてベルとのパーティーを解消して、別行動することを決めた。

 ベルがまだ寝ている朝早くにダンジョンへ行き、ベルが寝静まった夜中まで帰らない。

 

 そんな生活を続けて、今日で何日目だろう。

 時間感覚も曖昧になるくらいダンジョンに潜り続けたせいで、ボンヤリとしかわからない。

 

「!!」

「うっ!?」

 

 霧の中から奇襲してきたウォーシャドウの攻撃に対応し切れず、鎧を貫かれてダメージを受けた。

 痛みを無視して、即座に反撃。

 天然武器の棍棒をウォーシャドウに振るう。

 だが、当たらない。

 ウォーシャドウは速い。

 鈍重な棍棒では捉えられない。

 

「なら!」

 

 棍棒をウォーシャドウに向けてぶん投げ、それを目眩ましにして、腰から岩石のような短剣を引き抜く。

 さっき、ゴブリンから奪った天然武器だ。

 使い慣れたナイフに近い武器は温存しておきたかったが、そうも言っていられない。

 

「やぁ!!」

「カッ!?」

 

 数度の打ち合いの末、ウォーシャドウの胸の魔石を短剣で貫く。

 岩石の短剣は、それだけで少し欠けていた。

 天然武器は、鍛冶師が丹精込めて打ち上げた武器に比べれば、様々な分野で劣る。

 そうじゃなければ、誰がタダで手に入る天然武器ではなく、わざわざ高い金を払って売っている武器を買うのかという話だ。

 

「キュラアアアアア!!」

「ッ……!?」

 

 休む間もなく、次のモンスターが来た。

 バットバット。

 怪音波で集中を乱してくるコウモリ型モンスター。

 短剣を投げつけて始末する。

 あれが残っていると、他のモンスターとの戦闘が最悪なことになる。

 

「!」

 

 その時、迷宮の壁がヒビ割れた。

 

「『怪物の宴(モンスターパーティー)』……!」

 

 10階層以降で起こる、モンスターの同時多発発生。

 ヒビ割れた壁の向こう側から、オーク、ゴブリン、コボルト、インプ、バットバットと、次々にモンスターが現れる。

 さすがに、あの数を一度に相手にするのは無謀だ。

 

(けど……!)

 

 無茶をしなければ、ベル・クラネルには届かない。

 スピネルは先ほどウォーシャドウに投げつけた棍棒を拾い直して構えた。

 そんな彼女を守るように、砕かれた神の鎧がゆっくりと修復されていく。

 これが、鍛冶神が直接造り上げたこの鎧の効果。

 ヘスティアの神の血を混ぜ込んで造られた鎧は、眷族であるスピネルが生きている限り修復され続け、装着者の成長と共に強度を上げていく。

 ヘスティアに守られていることを実感しながら、スピネルはモンスターの群れに突撃を開始した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 鎧がダメージを軽減してくれたおかげで、ズタボロになりながらも、なんとかスピネルはモンスターの群れを全滅させた。

 一歩間違えれば死んでいた。

 この数日で、そんな死線を何度も潜った。

 さぞ経験値も入っていることだろう。

 

 これなら、少しはベルに追いつけたはずだ。

 なんか最近、ベルは荷物持ち(サポーター)との契約がどうの、そのサポーターの女の子の事情がどうので時間を使っているらしい。

 女の子にうつつを抜かしていやがる。

 つまり、今が差を縮めるチャンス。

 頑張ろう。頑張れ。

 

「さすがに、疲れた……」

 

 けれど、死ねばそれまでだ。

 無茶をすることと自殺は違う。

 帰ってくるとヘスティアと約束した以上、自殺するわけにはいかない。

 

「……帰りたくないなぁ」

 

 ホームには大好きなヘスティアがいる。

 でも、顔を合わせたくないベルもいる。

 好きなものと嫌いなものが混ざった場合、大抵の場合は嫌いなものが好きなものを塗り潰してしまうものだ。

 前はあんなに帰るのが楽しみだった廃教会が、徐々にトラウマばかりが残るあの娼館のように見え始めている。

 良くない兆候だ。

 

「はぁ……」

 

 また多くなってきたため息をつきながら地上を目指す。

 10階層から退散し、9階層、8階層と登っていって。

 他の冒険者の姿が見えないことから、多分外は夜なんだろうなと思ったりして。

 

「ん?」

 

 そして、かなり上の階層に来たところで、何やら変な音が聞こえてくることに気づいた。

 ドッカンドッカンと、何かをぶっ壊すような音だ。

 モンスターなら帰る前に最後の経験値に変えていこうと思って、音の鳴る方向に近づいてみると……。

 

「『ファイアボルト』! 『ファイアボルト』! 『ファイアボルト』!」

 

 そこには、実に嬉しそうな顔で、掌から炎の矢を撃ちまくるベルの姿があった。

 炎の矢を撃ちまくるベルの姿があった。

 あまりの光景に、思わず二度見した。

 

「………………は?」

 

 なんだ、あれは?

 いや、あの現象自体はわかる。

 『魔法』だ。

 基礎アビリティとは違う形で恩恵に刻まれる権能の一つ。

 剣姫だって、前に風の魔法を使っているところを見た。

 決しておかしなことではない。

 おかしなことではないのだ。

 ただ━━ベル・クラネルがまた飛躍したという事実があるだけで。

 

「あ、ああ……!」

 

 一応は魔法に愛されたエルフの血を引いているスピネルより先に、ベルは魔法まで習得した。

 絶望に膝を折りそうになる。

 焦燥に心を焼き尽くされそうになる。

 

「なんで……!?」

 

 なんでだ?

 こっちは死ぬほどの努力をしてるのに、なんで差が縮まるどころか広がる?

 最近のベルはサポーター関連のことに時間を使っているという話だっただろう?

 なんで、他のことに時間を使ってる奴が、寝る間も惜しんで死地に赴いてる自分より成長してるんだ?

 頑張れば頑張った分だけ確実に強くなれる恩恵のシステム上、ありえないだろう?

 ありえないはずだろう?

 

「あっ……」

「あ」

 

 その時、ベルが唐突に意識を失って倒れた。

 多分、マインドダウンというやつだ。

 魔法を使うために必要な精神力(マインド)が枯渇して気を失う現象のこと。

 バカじゃないだろうか?

 夜に一人でダンジョンに来て、後先考えずに魔法を連射して気絶とか。

 これ、冗談抜きでモンスターに食われるぞ。

 

(……それも良いかも)

 

 ベルがいなくなれば、またヘスティアと二人きりになれる。

 もう、こんな醜い感情に焼かれることも無くなる。

 別にスピネルが殺したわけじゃない。

 ただ、間抜けの醜態を見なかったことにするだけ。

 バカがバカやった結果の自業自得。

 大分擦り切れてきた心のままに、スピネルはベルが怪物の餌になることを祈って……。

 

「ん? これは……」

「あ、この子……!」

 

 そこに他の冒険者が現れた。

 ロキ・ファミリア副団長、【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 そして、ベルの憧れの女性【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 あまりにもタイミングが良すぎる登場だった。

 

「知り合いか、アイズ?」

「直接話したことは無いんだけど、あの、ミノタウロスの時の」

「なるほど。我々の不手際で巻き込んでしまった少年か」

 

 しかも、この二人にはベルを助けるに足る理由がある。

 ダンジョン内で他の冒険者が助けてくれるなんてことは、かなり珍しい幸運だ。

 誰も彼もが自分のことで精一杯。

 中には追いかけてきていたモンスターを押しつけてきたり、普通に襲ってきたりする輩だっている。

 なのに、気絶という最大のピンチで現れたのが、この二人。

 まるで誰かがお膳立てしたんじゃないかと思うほどの、ありえないくらいの幸運だ。

 

「リヴェリア……私、この子に償いがしたい」

「ふむ。なら……」

 

 更に、二人は珍妙なことを始めた。

 なんと、副団長リヴェリアの悪ノリなのかなんなのか知らないが、彼女の提案で剣姫がベルに膝枕をしたのだ。

 バカがバカやって自業自得の報いを受けるはずが、何故か憧れの女性の膝枕なんてご褒美を貰っている。

 地獄から天国だ。

 またしても、行動と報酬が見合っていない。

 いや、それどころか反転している。

 もう、なんなんだと叫びたい。

 

「さて、私は先に戻る。それと━━そこのお前。妙な気は起こすなよ」

「ッ!」

 

 立ち去る間際、リヴェリアがスピネルの隠れている方向に軽く殺気を向けた。

 軽くとはいえ、第一級冒険者の殺気。

 オラリオの最高峰、レベル6の殺気。

 全身が震えて胃が引き絞られ、吐きそうになった。

 

 レベルとは、一つ違えば大人と子供ほどの力の差が発生する、恩恵の中で最も重要な項目だ。

 一つ違うだけでそれなのに、リヴェリアとスピネルのレベル差は5つ。

 もはや、生物としての格が違い過ぎる。

 蟻が竜に睨まれたようなものだ。

 気絶していないだけ奇跡。

 こんな殺気をぶつけられて、妙な気など起こせるはずがない。

 

「ッッ……!」

 

 ほの暗い愉悦の感情すら吹き飛ばされ、残ったのはひたすらの惨めさだけ。

 なんで、こんな思いをしなければならないのだろう?

 そんなに悪いことをしただろうか?

 確かに、ベルを見捨てようとはしたが、直接手を出したわけじゃない。

 それに、こんな思いを抱いてしまうに足る理由がある。

 こっちの事情を、感情を、少しはくんでくれないものだろうか?

 

 教えてほしい。

 ベル・クラネルを嫌いになるのは、そんなに間違っているだろうか?

 

「……戻ろう」

 

 剣姫に膝枕されるベルから意識を外し、スピネルは満身創痍の体を引きずって歩き出した。

 だが、向かう先はホームではない。

 またダンジョンの奥に戻るのだ。

 

 ベル・クラネルは魔法を手に入れた。

 尋常ならざる幸運まで持っている。

 なら、もっともっと頑張らないと勝てない。

 

「頑張らなきゃ……。頑張ろう……。頑張れ……」

 

 うわ言のように、自分を鼓舞する言葉をブツブツと呟きながら、スピネルはダンジョンの奥に消えていった。

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