「ハァアアアア!!!」
「ぶぎゃ!?」
豚頭人身の巨体のモンスター、オークの頭を棍棒で叩き潰す。
買い直したナイフは、またもあっさり壊れた。
今使っているのはモンスターから奪った武器、ダンジョンがモンスターに与える
現在地はダンジョン10階層。
モンスターの武器が用意され始め、濃い霧による視界妨害というダンジョンギミックが設置された、スピネルの適性ギリギリの階層。
ベルはいない。
彼はシルバーバック戦を経て更に急成長した力を見せつけ、ウォーシャドウ以上の新米殺しとして有名なキラーアントの群れを一方的に蹂躙し、明らかにスピネル以上の速度と攻撃力を彼女に見せつけた。
嫌な予感は現実となった。
ベル・クラネルは、既にスピネルを追い抜いていたのだ。
もう胸を焦がす感情が我慢できないほどに膨れ上がり、スピネルは適当な理由をつけてベルとのパーティーを解消して、別行動することを決めた。
ベルがまだ寝ている朝早くにダンジョンへ行き、ベルが寝静まった夜中まで帰らない。
そんな生活を続けて、今日で何日目だろう。
時間感覚も曖昧になるくらいダンジョンに潜り続けたせいで、ボンヤリとしかわからない。
「!!」
「うっ!?」
霧の中から奇襲してきたウォーシャドウの攻撃に対応し切れず、鎧を貫かれてダメージを受けた。
痛みを無視して、即座に反撃。
天然武器の棍棒をウォーシャドウに振るう。
だが、当たらない。
ウォーシャドウは速い。
鈍重な棍棒では捉えられない。
「なら!」
棍棒をウォーシャドウに向けてぶん投げ、それを目眩ましにして、腰から岩石のような短剣を引き抜く。
さっき、ゴブリンから奪った天然武器だ。
使い慣れたナイフに近い武器は温存しておきたかったが、そうも言っていられない。
「やぁ!!」
「カッ!?」
数度の打ち合いの末、ウォーシャドウの胸の魔石を短剣で貫く。
岩石の短剣は、それだけで少し欠けていた。
天然武器は、鍛冶師が丹精込めて打ち上げた武器に比べれば、様々な分野で劣る。
そうじゃなければ、誰がタダで手に入る天然武器ではなく、わざわざ高い金を払って売っている武器を買うのかという話だ。
「キュラアアアアア!!」
「ッ……!?」
休む間もなく、次のモンスターが来た。
バットバット。
怪音波で集中を乱してくるコウモリ型モンスター。
短剣を投げつけて始末する。
あれが残っていると、他のモンスターとの戦闘が最悪なことになる。
「!」
その時、迷宮の壁がヒビ割れた。
「『
10階層以降で起こる、モンスターの同時多発発生。
ヒビ割れた壁の向こう側から、オーク、ゴブリン、コボルト、インプ、バットバットと、次々にモンスターが現れる。
さすがに、あの数を一度に相手にするのは無謀だ。
(けど……!)
無茶をしなければ、ベル・クラネルには届かない。
スピネルは先ほどウォーシャドウに投げつけた棍棒を拾い直して構えた。
そんな彼女を守るように、砕かれた神の鎧がゆっくりと修復されていく。
これが、鍛冶神が直接造り上げたこの鎧の効果。
ヘスティアの神の血を混ぜ込んで造られた鎧は、眷族であるスピネルが生きている限り修復され続け、装着者の成長と共に強度を上げていく。
ヘスティアに守られていることを実感しながら、スピネルはモンスターの群れに突撃を開始した。
◆◆◆
「ハァ……ハァ……!」
鎧がダメージを軽減してくれたおかげで、ズタボロになりながらも、なんとかスピネルはモンスターの群れを全滅させた。
一歩間違えれば死んでいた。
この数日で、そんな死線を何度も潜った。
さぞ経験値も入っていることだろう。
これなら、少しはベルに追いつけたはずだ。
なんか最近、ベルは
女の子にうつつを抜かしていやがる。
つまり、今が差を縮めるチャンス。
頑張ろう。頑張れ。
「さすがに、疲れた……」
けれど、死ねばそれまでだ。
無茶をすることと自殺は違う。
帰ってくるとヘスティアと約束した以上、自殺するわけにはいかない。
「……帰りたくないなぁ」
ホームには大好きなヘスティアがいる。
でも、顔を合わせたくないベルもいる。
好きなものと嫌いなものが混ざった場合、大抵の場合は嫌いなものが好きなものを塗り潰してしまうものだ。
前はあんなに帰るのが楽しみだった廃教会が、徐々にトラウマばかりが残るあの娼館のように見え始めている。
良くない兆候だ。
「はぁ……」
また多くなってきたため息をつきながら地上を目指す。
10階層から退散し、9階層、8階層と登っていって。
他の冒険者の姿が見えないことから、多分外は夜なんだろうなと思ったりして。
「ん?」
そして、かなり上の階層に来たところで、何やら変な音が聞こえてくることに気づいた。
ドッカンドッカンと、何かをぶっ壊すような音だ。
モンスターなら帰る前に最後の経験値に変えていこうと思って、音の鳴る方向に近づいてみると……。
「『ファイアボルト』! 『ファイアボルト』! 『ファイアボルト』!」
そこには、実に嬉しそうな顔で、掌から炎の矢を撃ちまくるベルの姿があった。
炎の矢を撃ちまくるベルの姿があった。
あまりの光景に、思わず二度見した。
「………………は?」
なんだ、あれは?
いや、あの現象自体はわかる。
『魔法』だ。
基礎アビリティとは違う形で恩恵に刻まれる権能の一つ。
剣姫だって、前に風の魔法を使っているところを見た。
決しておかしなことではない。
おかしなことではないのだ。
ただ━━ベル・クラネルがまた飛躍したという事実があるだけで。
「あ、ああ……!」
一応は魔法に愛されたエルフの血を引いているスピネルより先に、ベルは魔法まで習得した。
絶望に膝を折りそうになる。
焦燥に心を焼き尽くされそうになる。
「なんで……!?」
なんでだ?
こっちは死ぬほどの努力をしてるのに、なんで差が縮まるどころか広がる?
最近のベルはサポーター関連のことに時間を使っているという話だっただろう?
なんで、他のことに時間を使ってる奴が、寝る間も惜しんで死地に赴いてる自分より成長してるんだ?
頑張れば頑張った分だけ確実に強くなれる恩恵のシステム上、ありえないだろう?
ありえないはずだろう?
「あっ……」
「あ」
その時、ベルが唐突に意識を失って倒れた。
多分、マインドダウンというやつだ。
魔法を使うために必要な
バカじゃないだろうか?
夜に一人でダンジョンに来て、後先考えずに魔法を連射して気絶とか。
これ、冗談抜きでモンスターに食われるぞ。
(……それも良いかも)
ベルがいなくなれば、またヘスティアと二人きりになれる。
もう、こんな醜い感情に焼かれることも無くなる。
別にスピネルが殺したわけじゃない。
ただ、間抜けの醜態を見なかったことにするだけ。
バカがバカやった結果の自業自得。
大分擦り切れてきた心のままに、スピネルはベルが怪物の餌になることを祈って……。
「ん? これは……」
「あ、この子……!」
そこに他の冒険者が現れた。
ロキ・ファミリア副団長、【
そして、ベルの憧れの女性【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
あまりにもタイミングが良すぎる登場だった。
「知り合いか、アイズ?」
「直接話したことは無いんだけど、あの、ミノタウロスの時の」
「なるほど。我々の不手際で巻き込んでしまった少年か」
しかも、この二人にはベルを助けるに足る理由がある。
ダンジョン内で他の冒険者が助けてくれるなんてことは、かなり珍しい幸運だ。
誰も彼もが自分のことで精一杯。
中には追いかけてきていたモンスターを押しつけてきたり、普通に襲ってきたりする輩だっている。
なのに、気絶という最大のピンチで現れたのが、この二人。
まるで誰かがお膳立てしたんじゃないかと思うほどの、ありえないくらいの幸運だ。
「リヴェリア……私、この子に償いがしたい」
「ふむ。なら……」
更に、二人は珍妙なことを始めた。
なんと、副団長リヴェリアの悪ノリなのかなんなのか知らないが、彼女の提案で剣姫がベルに膝枕をしたのだ。
バカがバカやって自業自得の報いを受けるはずが、何故か憧れの女性の膝枕なんてご褒美を貰っている。
地獄から天国だ。
またしても、行動と報酬が見合っていない。
いや、それどころか反転している。
もう、なんなんだと叫びたい。
「さて、私は先に戻る。それと━━そこのお前。妙な気は起こすなよ」
「ッ!」
立ち去る間際、リヴェリアがスピネルの隠れている方向に軽く殺気を向けた。
軽くとはいえ、第一級冒険者の殺気。
オラリオの最高峰、レベル6の殺気。
全身が震えて胃が引き絞られ、吐きそうになった。
レベルとは、一つ違えば大人と子供ほどの力の差が発生する、恩恵の中で最も重要な項目だ。
一つ違うだけでそれなのに、リヴェリアとスピネルのレベル差は5つ。
もはや、生物としての格が違い過ぎる。
蟻が竜に睨まれたようなものだ。
気絶していないだけ奇跡。
こんな殺気をぶつけられて、妙な気など起こせるはずがない。
「ッッ……!」
ほの暗い愉悦の感情すら吹き飛ばされ、残ったのはひたすらの惨めさだけ。
なんで、こんな思いをしなければならないのだろう?
そんなに悪いことをしただろうか?
確かに、ベルを見捨てようとはしたが、直接手を出したわけじゃない。
それに、こんな思いを抱いてしまうに足る理由がある。
こっちの事情を、感情を、少しはくんでくれないものだろうか?
教えてほしい。
ベル・クラネルを嫌いになるのは、そんなに間違っているだろうか?
「……戻ろう」
剣姫に膝枕されるベルから意識を外し、スピネルは満身創痍の体を引きずって歩き出した。
だが、向かう先はホームではない。
またダンジョンの奥に戻るのだ。
ベル・クラネルは魔法を手に入れた。
尋常ならざる幸運まで持っている。
なら、もっともっと頑張らないと勝てない。
「頑張らなきゃ……。頑張ろう……。頑張れ……」
うわ言のように、自分を鼓舞する言葉をブツブツと呟きながら、スピネルはダンジョンの奥に消えていった。