怪物祭
【ガネーシャ・ファミリア】が主催で行われるその祭りは、近年始まった新しい祭りでありながら、既に【オラリオ】の一大行事となっていた。
屋台や出店、この祭りオリジナルの物品も販売され、メインストリートは祭りを楽しもうとする人々でごった返し、まともに前へ進むことも困難となっている。
メインストリートの人混みも酷いが、それ以上に人が集まるのが闘技場だ。
怪物祭という名の所以である【ガネーシャ・ファミリア】のテイマーによるダンジョンから輸送した魔物の調教ショーが行われる闘技場。
普段は魔物と関わることもない一般人や非探索系ファミリアの団員などが魔物を間近で見ることの出来る数少ない機会だ。
そのためか、毎日のように魔物と命を削る戦いをしている冒険者よりも一般人のほうが熱狂する祭りとなっている。
当然、安全面での懸念は毎回上がるのだが【ガネーシャ・ファミリア】への信頼と都市でも数の限られる上級冒険者が複数人いるという点から、毎年開催を許されている。
「人が……人が多い……」
「ここまでとは……少し予想外ね……」
そんな都市を挙げての祭りに参加している俺と神様。
闘技場でのショーに興味は無いが、出店や屋台飯を食べることで祭り気分を楽しむため、探索を休み神様に手を引かれてメインストリートを歩き回っている。
もう一度言おう。神様に手を引かれている。
フフォォォォォォォン!!!
荒ぶる感情、何この衝動、至る情動、不純が始動で流石に不敬っ!!!
ふぅ、危うく神に不敬を働く怪物になってしまうところだった……まさか、これが怪物祭の所以?違うか?違うか。
「どうしましょうか……メインストリートから離れても屋台は出ているようだし、そっちに行ってみましょうか?」
「そうしますか。そっちの方がのんびり歩けそうですしね」
「ふふ、そうね……そっちの方が、貴方も私を意識してくれるもんね?」
何だこの女神様俺のこと大好きか?俺も大好きです!
人のごった返すメインストリートから一つ横にズレた道。
こちらも人が多いが、歩けないほどでは無い。寧ろ、このくらい人がいる方がお祭り感があって俺としては好みだ。
神様も賑やかな方が楽しいのか普段の微笑みも3割増くらいで深くなっている。
「お、神様クレープありますよ。食べませんか?」
「いいわね。いちごを使ったのがあるといいんだけど……」
「俺はチョコとかあると嬉しいですね」
屋台のメニューを確認すればいちごはあったがチョコはなかった。仕方が無いのでバナナに練乳をかけたクレープを頼む。
「……ズィーヤって凄く甘党よね」
「そうですかね?あんまり自覚は無いです」
「それは流石に練乳をかけすぎだと思うわよ?」
練乳を好きな量かけていいって言われたからバナナが隠れる程度に抑えたんだが……思い返せば、店主も恐ろしいものを見た……とばかりに引き攣った顔をしていた。
そうか、俺って甘党だったのか……屋台近くにあったベンチでクレープを食べながら少し考える。
子供の頃は暗黒期で甘いものなんて食べられなかったし、爺さんと暮らしてる頃も誕生日にシフォンケーキを自分で作って2人で食べるくらいしかしなかった……そう考えると、知らない自分を知る機会ができたのは、神様のおかげと言えるのか。
「神様、いつもありがとうございます」
「なんで私に突然感謝を……?こちらこそ、いつもありがとう」
隣でいちごクレープを頬張っていた神様は首を傾げながらも笑みを浮かべて、俺にも感謝を伝えてくれる。
俺が感謝を伝えて神様も感謝を伝える。こうやって感謝の伝え合いっていうのができるのも、神様が一緒にいてくれるからだ。
祭りという賑やかさの中で、穏やかに心が満たされた。
「なぁ、俺たちは何を見せられてるんだろうな?」
「俺に聞くなよ。ちょっと辛くなってきたんだからよ……」
「私も、帰ったら神様にありがとうって伝えてみようかしら……」
「やめときなさい、アンタのとこは『どしたの急に?金が欲しいの?』みたいなこと言うでしょ」
「そうかな?そうかも……そうだわ」
「眩しい……あの
「そりゃあのメガイラが絆される訳だわ……うぅ、私のところはあんなに敬ってくれないのに……」
「見て見て、口から砂糖出てきた」
「そうか、俺もコーヒー頼んだつもりが練乳だったみたいだ」
クレープを食べ終えてからはまたフラフラと屋台を見て回る。
肉串やじゃが丸くん、饅頭を売っている店。
石や硝子を加工してアクセサリーにした店、珍しいものだと貝殻を加工したアクセサリーを売っている店なんかもあった。
「どう?似合うかしら」
普段、その艶やかな長髪で隠れる耳を見せつけ貝殻のイヤリングを翳してみせる神様。
光沢のある黒髪と複雑な発色をする貝殻は相性が良く、互いが互いを引き立たせ合いとても魅力的だった。
「良くお似合いですよ」
おいイヤリングそこ変われ。
やっぱ変わるな、そこじゃ神様の顔が見えない。
「そう?なら、奮発して買っちゃおうかしら」
「神様は普段そういうのを買わないんですし、いいんじゃないですかね?」
「ふふ、じゃあ、これを付けて毎日ズィーヤに可愛いって言ってもらおうかしら」
それって毎秒でもいいですか?
俺が『神様可愛いの賛歌』を大熱唱しそうになった時、祭りに似つかわしくない悲鳴が上がる。
「逃げろ!」
「モンスターだ!」
「いやぁ!た、助けて!!」
「クソっ!【ガネーシャ・ファミリア】は何やってんだよ!」
「あぁ!足首をくじきましたァ!」
賑やかで楽しげだった祭りは一転、悲鳴木霊する混乱の坩堝に変わってしまった。
「神様、一旦逃げますよ!」
「えぇ!」
そう言って両手を広げる神様。………えっと?
「神様?逃げんるんですよ……?」
「えぇ、でも私こんな格好でしょう?自分で走るよりも貴方に抱えてもらった方が速いと思うの」
そこに俺の理性に対する配慮はありますか?
いや、今は緊急事態。俺の理性も緊急事態ではあるが、神様の発言も合理的だ。
周囲が混乱から無秩序に逃げるような危機的状況の中、余裕の微笑みを浮かべ、ともすれば俺を揶揄する意思すら見えそうな意味深な笑みだったが、ここは危険な戦場に変わったのだ。
両手を広げる神様を横向きに抱え、俗に言うお姫様抱っこをする。
俺のステイタスを持ってすれば神様を1人抱える程度は余裕でできる。この状態で戦うことも出来なくは無いが、神様を危険に晒すことになるため避難を優先。
一心不乱に逃げようとする人々の波に乗り、人が1人入ることが出来そうな小道に入る。
左右の壁をステイタスにものを言わせて踏みしめ、屋根に向かって飛び上がる。
力み過ぎたのか少し壁が崩れたが、緊急事態ということで許してもらおう。
屋根の上まで逃げる人はいなかったらしく、下の人混みが嘘のように見晴らしの良い屋根の上を神様を抱えて一直線に駆ける。
目的地はギルド。あそこなら神様の安全もある程度は確保されるだろう。
何より、魔物が脱走したであろう闘技場から遠く、多くの人が助けを求めて集まるだろうから安全性は上がる。
強いて問題があるとすれば、神様が悪事を見ないかどうかなんだが……まぁ、こんな状況で悪事を働くような奴に容赦も慈悲も必要ない。
「神様、大丈夫ですか?」
先程から大きめの動きが多く揺れが酷いだろう。
今もかなりの速さで移動してるから、風圧や寒さは大丈夫だろうか?
緊急とはいえ、神様を苦しませてまで急ぐ必要も無い。
既にそこそこの距離は離れたし、多少速度を落としても問題は無い。
「……神様?」
「スゥー…………はァー……………スゥー……」
何で俺の胸元に顔埋めて深呼吸してるんですか?
「あの、神様?」
「はァー………あら、何かしらズィーヤ」
「いや、何やってるのかなぁ〜って……」
「気にしないで?」
「いやでも」
「気にしないで?」
食い気味に言ってくる神様の圧が恐ろしかったため、これ以上の追求は止めることにする。
胸元から聞こえる呼吸音を努めて無視し、ギルドまで辿り着いた。
入口では職員達が避難誘導を行い、冒険者に協力を仰ぐことで防御体制を整えていた。
職員の中に見知った薄緑色を見つける。
「エィラさん!」
「ズィーヤ君!無事だったんですね……状況、理解出来てますか?」
止めてください。そんな度し難いものを見る目は。
抱っこしていた神様を降ろし……降ろ、降ろし……全っ然放さねぇこの神様!ちょ、今緊急事態なんで!話聞かなきゃなんで!はな、放してください!ね!?さっさと解決して一緒に屋台巡りましょ!ね!?
……神様を降ろし、未だ度し難いものを見る目をしているエィラさんに状況を確認する。
「それで、脱走した魔物は?」
「……脱走したのは上層の魔物ばかりですが、中には10階層以降に出現する魔物もいます。Lv1の冒険者では対処が難しいため、今は【ロキ・ファミリア】の【剣姫】ら上位冒険者に討伐を依頼。他の冒険者には避難誘導や安全のための警備を担当してもらっています」
「なら、俺も避難誘導か警備手伝いますよ。どこに行けばいいですか?」
「ありがとうございます……ダイダロス通り方面の人員が少ないため、そちらの手伝いをお願いします。魔物が現れた際は対応可能な階層……ズィーヤ君なら6階層までの魔物は対応し、それ以外の場合は自身の安全を考慮して時間稼ぎ、もしくは逃走を意識してください」
「分かりました。それじゃ神様、俺はいってきます」
「えぇ、くれぐれも気をつけて」
見送ってくれる2人に背を向けてダイダロス通りに向かって走る。
ダイダロス通りは元々区画整理のされていなかった複雑な区間ではあるが、違法建築や違法増築によって更に複雑になっている。
一度入り、迷ってしまえば出ることが困難なことから、地上のダンジョンとも言われる。
そう、あくまで構造が複雑であり迷路のようだから地上のダンジョンと呼ばれるのだ。
決して、決して、この区間に魔物が現れるからダンジョンと呼ばれている訳では無いのだ。
「シルバーバック……!」
ダンジョン上層11階層から出現する白い大猿。
人間の3倍ほどある体躯とそこから繰り出される膂力はLv2であっても吹き飛ばし戦闘不能にする程らしい。
全身を覆う毛皮は下手な剣では傷付けることが出来ず、太刀筋が適切でなければ切り裂けない。更に、毛皮を切り裂けたとしても、敷き詰まった筋肉によって致命傷を与えることが難しい。
図体が大きいため動きが鈍いと思われがちだが、実際は猿らしい軽々とした身のこなしで冒険者を追い詰める。
11階層〜12階層は霧のこもった洞窟ということもあり、猿らしい立体的な動きは無いが、建築物の立ち並ぶ地上ならどうだ?
特殊な力は無いが単純な強さを持った魔物。それが、圧倒的な速さを手に入れた。
今の俺では対処不可能な格上。
幸い、俺の事に気づかなかったのか、攻撃されることはなかったが、もう一度出会った時は分からない。
討伐が不可能な以上、周囲の避難を最優先にすべきだろう。
「皆さん!こちらです!こちらからメインストリートに出て、ギルドまで向かってください!動けない人はサポートします!急いで!」
シルバーバックに気づき怖気付いた様子の人々へ避難を促す。中には失神してしまった人もいるため、肩を貸しながら避難する。
遠くからは家の崩れる音が響く。シルバーバックが暴れているのか、振動が建物を通して俺たちの方まで届くほどだ。
その度に足を止めてしまう人達。冒険者ではなく、一般人として生活している彼らには経験の少ない魔物の恐怖は、姿が見えないながらも彼らの心身を蝕んでいるようだった。
「足を止めないで!メインストリートまで出れば、多くの冒険者がいます!せめて、そこまでは足を動かしましょう!」
「うぁぁ!お母さん〜!!」
「大丈夫、大丈夫よ……!」
クソ……!俺じゃ安心させてやれない!
魔物も倒せない、彼らを安心させてもやれない、クソ!クソ、クソ!もどかしい!
泣いてる子供も不安に震える母親も必死に走る男にも恐怖が貼りついている。俺じゃ、俺の強さじゃ、それを引き離してやることは出来ない……!
「あと少しでメインストリートです!頑張ってください!」
声を掛けて、誰かに頼ることしか出来ない!クソ、情けねぇ!
無事、メインストリートに出ることができた。
未だ混乱は抜けきっていないが、周囲が見渡せて人が多いことに安心したのか、へたり込む人も何人かいた。
周囲の冒険者に声をかけ、護衛と倒れた人を運ぶよう頼む。
「俺は向こうに戻って逃げ遅れた人がいないか確認してきます。彼らのこと、よろしくお願いします」
「あぁ、任された。そうだ、シルバーバックは白髪の少年と女神様を追いかけていたらしい。もし見かけたら助けてやってくれると助かる」
「白髪の少年……?」
おいおい……まさか、だよな?
「……分かりました。それでは」
「あぁ、この人たちはしっかりと護衛しよう。そちらも生き残ってくれよ」
先輩冒険者に背を向けてダイダロス通りへ戻る。
白髪の少年……この都市でそんな珍しい特徴を持っている人間を、俺は彼しか知らない。
「無事でいてくれよ、ベル君……!」
駆け出しも駆け出し、支給品のナイフを使って探索するようなベル君がシルバーバックと戦って生き残れるとは思えない。
だが、彼の敏捷なら逃げ切れる可能性はある。ミノタウロスから逃げ続けた足は、このダイダロス通りならばシルバーバックすら振り切れるかもしれない。
今は、その可能性に賭けるしかない。
「……屋根か」
入り組んだダイダロス通りを最速で駆けるなら屋根を走るのがいい。
だが、今はシルバーバックがいる。
屋根を走る中でシルバーバックとかち合えば、ほぼ確実に死ぬ。
だが、ここで走らなければ確実にベル君が死ぬ。
「なら、一択だな」
壁を蹴り、屋根へ飛び乗る。
違法建築が重なり、家々の高低差が酷いが俺のステイタスを持ってすれば障害たり得ない。
耳を澄まし、遠くから聞こえる悲鳴と倒壊する音、それらは俺からドンドンと遠ざかっていく。
「生き残っててくれよ、ベル君!」
遠く、大猿の咆哮が聞こえた。
「はぁ……はぁ……!くっ!」
複雑怪奇なダイダロス通りを少年が駆ける。
新雪のような白髪に鮮紅の瞳、手にした泥色のナイフは微かにひび割れ、鈍い鉄色を晒していた。
「(ズィーヤさんに強化してもらってなかったら、もっと早く壊れていた……!)」
シルバーバックから逃げる過程で何度かその拳を受け止め、時には受け流し、時にヘスティアを守るため攻撃までこなしたナイフには、ズィーヤの施した泥の強化が解けかかる程の負荷がかかっていた。
「神様は、逃げられたかな……」
シルバーバックからヘスティアを守るため、自分が囮となりヘスティアを逃がしたベル。
ベルにとって唯一の家族を守るため、自分の命を賭けた逃走劇は今も尚続いている。
断続的な倒壊音、獣の息遣い。
青空の元でありながら、高く伸びる建物によって光は遮られ、地下のような薄暗さをベルに与える。
薄暗い迷路、自分を追い立て、命を狩りとろうとしている魔物。
ベルにとって、ここは紛れもなくダンジョンだった。