「ヘファイストス! この通りだ!」
ベルが無茶をした2日後。
前日に神々の宴(暇神どもの集まり)があり、そこで再会した
ヘファイストスには、かなりの恩がある。
下界に来た当初、右も左もわからなかったヘスティアを養ってくれて、グータラ過ぎて追い出された後も、ホームとして廃教会を譲ってくれたり、バイト先を紹介してくれたりと、マジで世話になりまくった。
だが、ヘスティアは恥を忍んだ土下座にて、ヘファイストスにもう一つ恩を売ってもらおうとする。
可愛い眷族達の武器を作ってほしい。
ベルは一昨日に、夜のダンジョンに突撃するという無茶をした。
こんなことは二度とするなと釘は刺したが、あんな神に目をつけられそうな上に悪目立ち待ったなしのスキルを持っていれば、厄介事は向こうからやってくるだろう。
そうなれば、スピネルもそれに巻き込まれる。
苦難に見舞われそうな眷族達の、せめてもの力になりたい。
ヘスティアは強くそう思ったからこそ、ヘファイストスへの土下座を敢行したのだ。
「…………はぁ。今回だけよ。それと、代金は何百年かけても返しなさい」
「恩に着る!!」
面倒見の良すぎる女神ヘファイストスは、ちょっと甘くし過ぎてるなと思いながらも、土下座までする
そうして、鍛冶の神が自ら鎚を取る。
◆◆◆
ベルの飛躍に気づいてから3日、無茶をした日から数えれば5日が過ぎた。
本日はお祭りの日。
人数ならオラリオ最大派閥の『ガネーシャ・ファミリア』が開く、観客の前でモンスターを華麗に
地上はどこも楽しげな雰囲気が漂っている。
そんな日に……スピネルはいつもと何も変わらないダンジョンの中にいた。
「ハッ!」
「ガッ!?」
振るったナイフがウォーシャドウの魔石を貫く。
前回はお荷物を抱えていたから大苦戦した強敵も、一人で挑めばそこまで怖くはない。
ただ、強くなりたいのなら、もっと自分を追い込む必要がある。
「足りない……!」
スピネルは次の獲物を求めてさまよう。
稼ぎを捨て、堅実さを捨て、強くなるためだけの冒険をする。
現在地はダンジョン8階層。
スピネルのステイタスに見合った階層。
彼女はここで、もうかなりの数の怪物達を灰にしていた。
ヘスティアの意識がベルに向くようになってから、スピネルは悲しみと焦燥を抱いた。
ベルは凄まじい速度で成長し続け、あと数日もしないうちにスピネルを追い抜きそうな勢いだ。
スピネルが三ヶ月半をかけて鍛え上げたステイタスを、たった一週間かそこらで。
あまりにも成長速度が違い過ぎる。
追いつかれたら、もう追い越せない。
そうなったら、ヘスティアはますます自分を見てくれなくなると思った。
ヘスティアに褒められたい。
けど、ベルより劣るようになったら、褒めてもらえない。
だったら、ベルより強くなるしかない。
未だ12歳。
しかもロクデモナイ環境で育ってきた、脆く、未成熟で、視野の狭いお子様であるスピネルは、愚かにも視野狭窄に陥り、焦燥感に駆られた。
ベルより強くなりたいのなら、ベルのいない間が勝負だ。
普段はヘスティアの仲良くしてほしいという望みもあって、二人でパーティーを組んで探索をしている。
だから、スピネルがベル以上の経験値を稼ぐ機会は、寝る間も惜しんだ鍛錬か、ベルがダンジョン以外にうつつを抜かしている今日のような日しかない。
本当なら今日も二人でダンジョン探索の予定だったのだが、途中で豊穣の女主人の店員の一人『シル・フローヴァ』に財布を届けてほしいとか言われて、ベルはシルが向かった怪物祭の方へ行った。
何やらシルに目をかけられているベルは、彼女と知り合い以上友人未満くらいの関係だ。
その友人モドキのために、ベルは時間を使った。
平気で鍛錬以外にも時間を使ってるくせに、あんなスピードで成長しているのはムカつくが、その怠慢が好都合なのも事実。
この隙に少しでも経験値を稼いで、ベルを突き放さなければならない。
「あっ……」
だが、そうは思えども、意気込みだけではどうにもならないこともある。
「ナイフが……」
武器として使っていたナイフが、激戦に耐え切れずに刃こぼれした。
先ほど、10階層あたりから出てきたと思われる、ダンジョン産の武器を装備したモンスターとやり合い、一気に寿命を擦り減らしてしまったせいだろう。
もちろん、武器の破損に備えて、普段からナイフはメインと予備の二本を持っていたが……残念なことに、今刃こぼれしたのが予備の方だ。
メインは武器を持った強敵との戦いでへし折れてしまった。
予備のこれも、これ以上の戦いを続ければ、地上に戻る前に砕け散るだろう。
丸腰になったら、さすがに生きて帰れない。
「…………しょうがない。帰ろう」
数も仕留めたし強敵も倒したとはいえ、時間的にはまだまだこれからといったところだった。
せっかくの数少ないチャンスの日に、このまま帰るのは惜しい。
けど、それで死んだらヘスティアが悲しむ。
そうしたら、もう褒めてもらえなくなる。
それだけは嫌だと考えながら、スピネルはダンジョンを逆走した。
……滅茶苦茶後ろ髪を引かれながら。
◆◆◆
「……うるさいなぁ」
地上に戻ってみれば、怪物祭の熱狂がダンジョンの入り口にまで届いていた。
イライラを抱えた今の彼女には、ひたすらに煩わしい。
(とりあえず、新しいナイフを……手持ちが無い)
今回の探索は経験値を重視し、魔石を回収する暇も惜しんでモンスターと戦い続けた。
結果、収入無しの上に、ナイフ二本を失うという大赤字。
新しいのを買うにしても、ホームに保管してある自分のお金を取りに行かなければならない。
「はぁ……」
ため息が出てくる。
最近、酷く調子が狂う。
前はこうじゃなかった。
堅実に、自分にできる範囲での最高効率を求めて、稼ぎも経験値もバランス良く入手していた。
赤字なんて、ダンジョンに慣れていなかった最初の頃以外、出したこともなかったのに。
過剰な強さなんて望んでなかったはずなのに。
「はぁ……」
またため息をついて、スピネルは重い足取りでホームへの道を歩き出した。
けれど……その途中で事件は起きた。
怪物祭の会場となっている、円形闘技場の近くを通った時に。
「きゃあああああ!?」
「モンスターだぁああああ!?」
「ッ!?」
ガネーシャ・ファミリアが怪物祭用に捕獲していたはずのモンスター達が逃げ出したのだ。
何体もの怪物が地上に解き放たれ、恩恵を持たない一般人に襲いかかる。
そんな悪夢のような光景の中で、スピネルは見た。
巨大な猿のようなモンスターに追いかけられる、ヘスティアとベルの姿を。
「ヘスティア様!!」
大好きな主神のピンチに、スピネルは全速力で逃げた二人の後を追った。
しかし、その足は強制的に止められる。
地面の下から飛び出してきた、植物のようなモンスターによって。
「シャアアア!!」
「あぐっ!?」
花の部分が禍々しい口のようになっている植物型のモンスターは、咆哮を上げながら蔓の部分でスピネルを攻撃した。
ミノタウロスより遥かに速くて鋭い攻撃。
レベル1が相手にできる領域ではなく、スピネルは為す術もなく腹部を貫かれる。
「あ、がっ……!?」
蔓がお腹の中で蠢く。
まるで体内をまさぐられるように、蔓は無遠慮にスピネルの中を蹂躙した。
想像を絶する痛みに悲鳴すら出せない。
「『
その時、声が聞こえた。
前にも一度自らを助けてくれた、美しい少女の声が。
呟かれた言葉は、恐らく魔法の詠唱。
その証拠として、美しき女剣士は『風』を纏って現れた。
「ハッ!」
「シャ!?」
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが植物モンスターの蔓を斬り裂き、スピネルを救出してくれた。
自分では手も足も出ない相手を、あっさりと退けるその姿。
レベル5。第一級冒険者。
相変わらず、
「大丈夫!?」
「助かり、ました……」
スピネルは腹に刺さったまま蠢く蔓を強引に引き抜く。
さっき以上の凄まじい痛みが走り、彼女の躊躇の無い行動にアイズは目を見開いた。
「う、うぅ……!」
痛みに耐えながら、出血多量で死ぬ前に、ありったけのポーションを傷口にふりかける。
ダンジョン探索が途中で中断されたせいで、携帯していたポーションが残っていたのが幸いした。
もっとも、下級冒険者の稼ぎで無理なく買えるような品質のポーションでは、この大怪我を完治させることはできない。
それでも、動けるくらいにはなる。
「行かなきゃ……!」
「そ、その怪我、動かない方が……ッ!?」
スピネルを心配してくれたアイズを、植物型モンスターの攻撃が襲う。
簡単に防ぎはしたが、走り去るスピネルを引き止める余裕は無い。
目の前の敵を放置して追いかけるわけにもいかない。
「ハァ……ハァ……!」
アイズから離れ、スピネルは走る。
痛みと疲労で悲鳴を上げる体に鞭を打って走る。
ヘスティアが危ないというのは、彼女を動かすこの上ない原動力となった。
「どこ……!? ヘスティア様、どこ……!?」
さっきベルと一緒に逃げていった方向に走り、街並みに残る破壊の痕跡を追いかける。
ヘスティアを追いかけていたあの大猿のモンスターは、恐らく『シルバーバック』だ。
アドバイザーに聞いた話では、11階層に出てくるモンスター。
スピネルの適性レベルを越える階層の住民。
さっき直接見て感じた威圧感からして、仮に体が万全でも勝ち目は薄いだろう。
そんな怪物にヘスティアは追いかけられていた。
最悪の想像が脳裏を過る。
いや、まだだ。まだ大丈夫だ。
背中の恩恵が消えていないということは、まだヘスティアは死んでいないはず。
神が下界において死んだ時に発生するという、天へと還る『送還』の光も発生していない。
「私が、助けるんだ……!」
ヘスティアの一の眷族として、大恩ある女神をなんとしてでも助ける。
強い決意が痛みと疲労を忘れさせ、スピネルの体を強引に動かすエネルギーとなる。
走って、走って、走って。
「グォォォオオオ!!!」
「!」
見つけた。シルバーバック。
大暴れしている。ヘスティアの姿も近くにある。
今、助けに……。
「………………え?」
スピネルが飛び出そうとした瞬間━━シルバーバックが灰になって崩れた。
魔石を砕かれた怪物の末路。
彼女が動く前に、他の冒険者が奴を倒したのだ。
それ自体は喜ばしい。
怪物を倒して女神を守った英雄が……ベル・クラネルでさえなければ。
「なん、で……!?」
あれは万全の自分でも敗色濃厚の敵だ。
なんで、ベルがそれに勝っている?
まさか、もう追いつかれた?
いや、下手したら追い抜かれた?
ミノタウロス事件から、たったの6日。
そこから実際に戦って経験値を稼いだのは、僅か4日。
たったそれだけの時間で……!?
わかってはいたことだが、積み上げた経験値に対して、現在の強さがあまりにも釣り合っていない。
一緒にダンジョンに潜っていたからこそ断言できる。
ずっと一つ屋根の下で暮らしてきたからこそ断言できる。
ベル・クラネルの積み重ねてきたものでは、絶対にシルバーバックを倒せるはずがないと。
そんな言葉が脳裏を過ぎった。
「やった! やったよ、ベルくん!!」
「はい! ありがとうございます、神様!」
「ッ!?」
ヘスティアが飛び跳ねんばかりに喜びながら、ベルに抱きついた。
それを見て、スピネルは胸を掻きむしりたくなるような苦しみに襲われた。
「なんで……!? ヘスティア様……!?」
なんで、そんな反則野郎をそんなに褒めるの?
私のことは、あんな風に褒めてくれなくなったのに。
なんで? なんで?
「すげぇ! すげぇぞ、兄ちゃん!」
「カッコ良かったぞ、冒険者!」
周囲の住民まで、シルバーバックを倒したベル・クラネルを褒め称える。
違う。そいつは凄くなんかない。
何かズルいことをして、相応の努力もせずに異様なステイタスを手に入れただけの反則野郎だ。
そう叫びたいのに、喉の奥が焼けついたように言葉が出ない。
「…………あ、そうだ。ダンジョンに、行かなきゃ」
さっきとは違う何かが痛みも疲労も麻痺させ、スピネルは幽鬼のような足取りでダンジョンへ戻っていった。
(強く、ならなきゃ。ベルより、強くならなきゃ)
大きなショックを受けて混乱した頭は、壊れたようにそれだけを体に命じた。
ベル・クラネルより強くならなければ、ヘスティアに褒めてもらえない。
そんな短絡的な考えだけが、スピネルの頭の中でグルグルと巡っていた。