「は?」
あのミノタウロス事件から3日後。
ダンジョン上層にて、スピネルは信じられない光景を目にしていた。
この3日は、確かにいつもと違うことがいくつも起きた。
まずミノタウロス事件。
あれはどうやら、ロキ・ファミリアが中層で倒し損ねた奴らが上層まで逃げてきたことが原因らしく、言ってはなんだが、剣姫に助けてもらったのはマッチポンプ的なあれだった。
もちろん、意図してのことではないのだが。
しかし、ベルにとって、そんなことはどうでもいいらしく、絶体絶命の窮地をカッコ良く救ってくれた美しき女剣士に恋しちゃってる様子だ。
シチュエーションがビックリするくらい性癖に刺さったらしい。
当日は混乱と羞恥のあまり逃げ出したことを土下座で謝罪してきた後、何度も何度も剣姫の話をしてきて大変ウザかった。
慈愛の化身のようなヘスティアですら、頬を引きつらせるレベルで。
そして、その翌日のこと。
ダンジョン探索の後に、色々あって三人で『豊穣の女主人』という店で外食をしたのだが……そこでもちょっとした事件が起きた。
件のロキ・ファミリアもその店に入ってきて、幹部の一人が酒の席での話題として、アイズを前に逃げ出したベルのことを盛大にネタにしたのだ。
『いかにも駆け出しのひょろくせぇガキが、逃げたミノタウロスに追い詰められてよ!
一緒にいた女は気張ってナイフ構えてやがったのに、そいつはすっかりブルッちまってたんだぜ?
女が気張ってる横で、男が腰抜かしてるなんざ、みっともねぇにもほどがあるぜ!』
……なんというか、うん、まあ、その。
とりあえず、そのミノタウロスを逃した張本人が言っていい台詞ではない。
そこはロキ・ファミリア副団長にも突っ込まれてしまい、その幹部は最終的に吊るし上げ(物理)の刑に処されたのだが……。
『ッ!』
『ベルくん!?』
ベルはあまりの悔しさにぷるぷると震え、逃げるように店を飛び出してしまった。
『おのれ、ロキィィィ!!!』
『げっ!? ドチビ!?』
ヘスティアは大事な眷族を傷つけられたことに激怒して、宿敵ロキに殴り込みを敢行。
そして、スピネルは、逃げたベルの捜索を頼まれた。
『いない……』
ひと通りベルの行きそうな場所を探したが見つからず。
『まさか……!?』
まさか、悔しさのあまり力を求めてダンジョンに行ったのでは?
そう思い至り、覚悟を決めて夜の迷宮に踏み込んでみれば、そこでモンスター相手に八つ当たりするように暴れるベルを見つけた。
1階層からシラミ潰しに捜索したため、発見までに数時間以上の時間がかかってしまったのだが、よくもまあ生きていたものだ。
夜のダンジョン、特に上層は昼より遥かに危ない。
日帰りできる階層を活動拠点にしている冒険者は、当然のことながら昼に働いて夜には帰る。
すると、昼は多数の同業者に分散して襲いかかっていたモンスターが、夜は数少ない獲物に集中するのだ。
発見した時のベルは、もう少しモンスターの密度が濃くなっていれば、あるいはスピネルが駆けつけるのがあと少しだけ遅ければ危ないという状態だった。
どうにか無事に助け出すことができたが、一歩間違えていれば、いや運が良くなければ死んでいた。
ベルを連れ帰る頃には朝になっており、当然のごとくベルはヘスティアに雷を落とされた。
しかし、気持ちは察せられたため、最後は優しく慰められた。
スピネルも今回ばかりは譲ってやろうと思って、ベルを抱きしめるヘスティアの様子に何も言わなかった。
次の日はベルに一日休養が言い渡され、夜の戦いでは経験値を優先して魔石を一切集めていなかったベルの代わりに、スピネルは普通にダンジョンへ。
彼女もベル捜索のために半ば徹夜していたので、ひと眠りしてからの短時間しかダンジョン探索ができず、その日の稼ぎは悪くてホゾを噛んだ。
で、3日目となる今日。
スピネルは信じられない光景を目にした。
「ハァアアアア!!!」
ベルがモンスターの群れに向かっていく。
スピネルと同じ武装のナイフで、ゴブリンの首筋を斬り裂き、コボルトの胸を突き刺し、ダンジョンリザードをズタズタにして、フロッグシューターの中距離攻撃を俊敏に避ける。
どう見ても、動きが3日前までとはまるで違う。
基礎アビリティの評価が何段階か上がってるんじゃないかと思うほど、スピードもパワーも精密さも桁違いだ。
「どうなってるの……!?」
スピネルがあのレベルの動きができるようになるまでに、どれくらいの時間をかけただろうか。
最低でも一ヶ月はかけていたはずだ。
スピネルが一ヶ月かけた成長を3日で……?
いや、昨日は休養していて、今日は始まったばかりなのだから、ベルをここまで飛躍させたのは、一日分の探索と例の夜戦で稼いだ経験値だけということになる。
「ありえない……!」
夜戦でよっぽど頑張ったとでも?
それなら、ベルを探して同じく夜のダンジョンを駆けずり回ったスピネルも同じくらい成長していないとおかしい。
いくらステイタスの伸びは成長すればするほど緩やかになるとはいえ、ここまでの差が出るはずがない。
神の恩恵は平等だ。
才能の差はあるにせよ、頑張れば頑張った分だけ、努力に応じた量の経験値が入って成長する。
そのはずなのに、ベルは明らかにスピネルの数十分の1の努力で、スピネルの数十倍の成長率を叩き出している。
本当に、何がどうなっているというのか。
だが、スピネルにとって最重要なのはそこじゃない。
彼女にとって、一番ショックを受けたのは……。
「うん。スピネルくんは順当に伸びてるね。偉いぞ」
ステイタスを更新してくれる時のヘスティアの様子が、明らかに以前と変わったこと。
スピネルの
彼女のステイタスと比較して、ベルのステイタスにばかり気が行っている。
……当然、ヘスティアにスピネルよりもベルを優先するような意図は無い。
ただ、ベルに発現したスキルのあまりの特異性と、それがもたらすバグじみた成長速度に、どうしても気を取られてしまっただけだ。
『
・早熟する。
・懸想が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。
剣姫アイズ・ヴァレンシュタインへの憧れと恋心によって発現したスキル。
アイズへの想いが募れば募るほど、成長速度が上がっていくという効果。
早熟するなんて、聞いたこともない効果の
他の神に知られたら何をされるかわかったものじゃない。
娯楽に飢えた神々にとって、珍しいものとは貪るものなのだ。
それが頭痛の種となっていたから、どうしてもヘスティアの意識はベルに向いてしまう。
そんなヘスティアの様子が……スピネルには酷く悲しかった。