英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか


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作:カゲムチャ(虎馬チキン)
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5 運命の歯車が狂った日


「ハァ……ハァ……!」

「だ、大丈夫ですか、スピネルさん!?」

「なんとか……。はぁ。やっぱり、5階層なんか来るんじゃなかった」

 

 ベルの冒険者登録から2週間。

 どうにか戦力として見れるくらいにまで成長したベルの提案で、二人はダンジョン5階層にまで足を踏み入れていた。

 

 冒険者の背中に刻まれた恩恵は鍛えれば鍛えるほど、戦えば戦うほど、目に見える『数値』という形で成長していく。

 レベル、スキル、魔法と、恩恵の力は多岐に渡るが、その中で最もわかりやすい成長をするのが『基礎アビリティ』と呼ばれる項目だ。

 

 力、耐久、器用、敏捷、魔力の5つのアビリティ。

 最高値が『S999』、最低値が『I0』。

 5階層は、この基礎アビリティの評価がG~Fくらいあれば通用すると言われている。

 スピネルは無茶こそしなかったが、冒険者になってからの三ヶ月半、遊びもせずに毎日毎日ダンジョンか鍛錬のどちらかを継続し続け、ミッチリと自らを鍛え上げ、魔力を除いた基礎アビリティの平均がEに到達している。

 

 もっとヘスティアに褒められたい。

 それだけを喜びとして、他のことには一切目もくれず、積み重ねた努力の結晶。

 もっと下の階層に行きたいとか生意気なことを言い出し、バッサリ切り捨てても集中力を欠いてウザかった後輩を黙らせるため、5階層を軽く見学させて、自身の力不足を思い知らせるくらいは問題無い……はずだった。

 

「本当に、ついてない……」

 

 スピネルは思わずそう呟く。

 5階層に降りて少ししたあたりで、二人はいきなり『ウォーシャドウ』という、上層の中ではかなり強めのモンスターに襲われた。

 こいつは『新米殺し』の異名を持つモンスターの一体であり、新米のくくりから脱し始めているスピネルでも苦戦する強敵だ。

 本来なら6階層以降に出現するのだが、モンスターの階層間移動は無い話ではない。

 

 そんな強敵と、ベルというお荷物を抱えながら戦ったのだ。

 普段意識している安全マージンも何もあったものじゃない。

 滅茶苦茶な死闘となり、どうにかウォーシャドウの魔石を砕いて仕留めた時には、もう疲労困憊になっていた。

 しかも、余裕が無くて弱点の魔石を砕いてしまったため、収入は得られず、得られたのは恩恵を成長させてくれる経験値(エクセリア)だけ。

 たまに灰にならずに残ってくれるドロップアイテムも、今回は無かった。

 正直、報酬が労力に見合っていない。

 

「ふぅ。でも、これでわかったでしょ。あなたに5階層はまだ早い。大人しく上に戻りましょう」

「は、はいぃ!」

 

 ベルは泣きそうな顔で、ブンブンと勢いよく首を縦に振った。

 彼に己の力不足をわからせるという当初の目的だけは達成できたようだ。

 なら、これで良しとしておこう。

 下の階層に挑みたいなら、もっと時間をかけて努力を積み上げてからにしてくれ。

 

 そうして、4階層に続く階段へ引き返そうとした、その時。

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオ!!!」

「「ッ!?」」

 

 少し遠くから、そんな咆哮が聞こえてきた。

 身の毛のよだつような、怪物の声。

 声を聞いただけで、体が危険信号を発している。

 本能が、この声の主には勝てないと叫んでいる。

 新米のベルだけでなく、下級冒険者と呼べるくらいの強さに至ったスピネルも同様にだ。

 

「逃げよう。今すぐ。何を置いても」

「は、はい!」

 

 二人は一も二もなく逃走を決意。

 今の声の主はどう考えても、ウォーシャドウごときとは比べ物にならないレベルの化け物だ。

 アドバイザーに教えてもらった上層に出現する怪物の中に、これほどの威圧感を放つ化け物の心当たりは無い。

 だが、ダンジョンでは何が起こるかわからない。

 何かしらのイレギュラーでも発生したのだろう。

 ダンジョンに潜る以上、覚悟していて然るべき事態だ。

 ゆえにこそ、慌てず騒がず、最適解である逃走を選ぼうとして━━その決断は少しだけ遅かった。

 

「フゥゥゥ……!」

「!?」

「な、あ……!?」

 

 通路の先から、そいつが現れる。

 身長2M半ほどの巨体を持つ、牛頭人体の怪物。

 ミノタウロス。

 ダンジョンの中層に出現する怪物。

 レベル1では絶対に勝てない、ランクアップを果たした上級冒険者達が相手にする化け物。

 断じて、こんな浅い階層にいていい存在ではない。

 モンスターの階層間移動にしても、あれはせいぜい上下二階層という話だっただろう!

 

「走って!!」

「!?」

 

 その瞬間、スピネルはベルの手を引っ張って駆け出した。

 ウォーシャドウ戦で消耗した体力が回復していない。

 加えて、ステイタスの低いベルを引っ張って走らなければならない。

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 ミノタウロスが追いかけてくる。

 速い。さすがは中層の怪物。

 あれから逃げ切る方法は……無くはない。

 簡単だ。ベルを囮にしてしまえばいい。

 足手まといがいなくなるだけでも非常に助かるし、ミノタウロスの標的がベルに向けば、スピネルは確実に生きて帰れる。

 けれど……それをヘスティアが許すとは思えなかった。

 

「ああ、もう!」

「ひぃぃぃぃ!?」

 

 結局、スピネルは足手まといを見捨てることができずに、ミノタウロスから逃げ続けた。

 一応、逃走劇が成立はした。

 奴は中層の怪物の中では遅い方なのか、それとも単に遊ばれているだけか、ミノタウロスは付かず離れずの距離で追いかけてくる。

 即座に追いつかれはしない。

 ただ、振り切ることもできない。

 

「ヴゥムゥンッ!!」

「でぇ!?」

「ッ!?」

 

 背後から一気に加速したミノタウロスが、その蹄を踏み抜いた。

 どうにか避けたが、足場を砕かれ、その砕かれた足場にベルが足を取られて転んだ。

 体力切れにつき、スピネルも転ぶベルを支え切れず、巻き込まれて地面をゴロゴロと転がり……追い詰められた。

 

(マズい……!)

 

 もうミノタウロスは目と鼻の先。

 しかも、攻撃動作に入っている。

 立ち上がって回避する余裕は無い。

 詰みだった。

 

(ああ、本当についてない……)

 

 自分の人生はいつもこうだ。

 運が悪かった。

 その一言で、あらゆる理不尽が襲ってきた。

 やっとの思いでそこから逃げ出し、ようやく幸せと呼べるものを手に入れたというのに、たった三ヶ月ちょっとで、それも終わりか。

 

(ごめんなさい、ヘスティア様……)

 

 最後に大好きな主神への謝罪の言葉を心中で呟き、せめてもの抵抗としてナイフを構えた、その時。

 ━━銀の閃光が、ミノタウロスの体を薙いだ。

 

「「え?」」

「ヴォ?」

 

 胴体、首筋、脚と、銀の閃光は何度も怪物の体を走った。

 そして、ミノタウロスが細切れとなって崩れ落ちる。

 魔石までやられたのか、亡骸は一瞬にして灰となって消えた。

 絶望が去った。

 こんな唐突に。

 

「大丈夫ですか?」

 

 誰かが声をかけてくる。

 血の滴る銀の剣を持った、人形のように整った顔立ちの金髪の少女。

 見覚えがある。遠目から見たことがある。

 

 オラリオ最強派閥の片割れ、ロキ・ファミリアの幹部。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 上級冒険者の中でも更に別格。

 4回ものランクアップを果たした、レベル5の第一級冒険者だ。

 

「あの、大丈夫、ですか?」

 

 放心していたら、再度声をかけられた。

 スピネルはようやく状況を飲み込めてきて、自分の悪運もどうやら捨てたものではなかったらしいと心底思った。

 不幸は何度も何度も何度も何度も味わってきたが、ヘスティアに拾ってもらえたことといい、剣姫に助けられたことといい、最後の最後、追い詰められた時の悪運だけは強いようだ。

 

「あの、助けていただいて、ありがとうございま……」

「うわぁああああああああああああ!!!」

「え?」

「は?」

 

 その時、ベルがなんか勢い良く逃走を開始した。

 ミノタウロスからではなく、何故か剣姫から逃げた。

 残された少女二人は呆然とするしかない。

 

(◑♧▽☆♀♦✚♂▽♠♡!?)

 

 死にかけた恐怖+助かった安堵+命を助けられた状況での吊り橋効果+憧れの英雄のようなカッコ良さ+スピネル並みにドストライクの容姿+スピネルの足を引っ張りまくった上に腰を抜かしていた今の自分の醜態。

 =この人に今の自分を見られたくない!

 頭と心の許容量を大きく越えて混乱しまくったベル・クラネルは、グッチャグチャになった思考回路で、反射的に逃走という選択肢を選んでしまった。

 そんな内心を知らぬ少女二人からすれば理解不能だ。

 本人ですら何やってんだと思うような、数分後には我に返って、やっちまったと思って、スピネルに土下座するまでがセットになるだろう謎行動。

 

 

 

 これこそが運命の出会い。

 一人の少年が美しき英雄に一目惚れし、それが本人の資質や想いを『スキル』や『魔法』という形で発現させる恩恵に影響を与え、ベル・クラネルは発現させたスキルを武器に、ここから大きく飛躍を始める。

 

 彼は『英雄』となるだろう。

 剣姫という本物の英雄と出会い、彼女を追いかけていくうちに、まるで運命に愛されるかのように、英雄への階段を凄まじい速度で登っていくだろう。

 まるで何かの物語の『主人公』のように、その歩みは多くの人々を引きつけ、神々すらも魅了し……。

 

「なんなの……」

 

 その絶大な光で、すぐ隣にいた『端役』の心を焼き焦がすこととなる。

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