嫉妬の冒険譚


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作:凪 瀬
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5話 ダンジョンとステイタスと担当と


「え?ダンジョン封鎖されてないんですか?」

 

 ミノタウロスの上層進出というイレギュラーに遭遇した翌日、俺はイレギュラーの調査状況を知るために冒険者ギルドに訪れた。

 受付カウンターで仕事をしていたエィラさんに声をかけ話を聞いてみると、俺の予想とは異なりダンジョン封鎖は行なわれず、ギルドによる調査も行われていないらしい。

 

「はい。ズィーヤ君の報告の後【ロキ・ファミリア】に確認をとってみたらアッサリと原因が分かり、調査も済ましてくださったようで、封鎖する必要がなくなってしまったんですよね……」

「なるほど……いや、俺たち冒険者としては有難い話なんですけど……なんというか、拍子抜けしちゃいまして」

「その気持ちも分かりますよ。私も調査の準備や費用について考えていたのに、【ロキ・ファミリア】の行動が迅速すぎて肩透かしを食らった気分ですから……」

 

 言いながら苦笑いを浮かべるエィラさん。俺から注意喚起して色々手を回そうとしてくれていたのがアッサリと解決してしまって、喜ぶべき事だが準備や心構えが無駄になってしまったことに少し不服らしい。

 とはいえ、日々気が触れてしまいそうな程の冒険者と書類を処理している受付嬢。自分の複雑な感情も俺と会話し終わった頃には整理して切り替えが完了したようだ。

 

「ところでズィーヤ君。少し確認したいことがあるんですが……お時間大丈夫ですか?」

「はい、時間の余裕はありますけど……?」

 

 突然真剣な表情となったエィラさん、ただならぬ雰囲気に気圧され、一歩後ずさってしまう。い、一体何を確認するというか……特に問題という問題を起こした記憶はないぞ?寧ろ、冒険者としては秩序と規律を守って生活してるぐらいなんだが……

 目が四方八方に飛び回る俺を見兼ねてか真剣な雰囲気を和らげ、眉を下げて苦笑いを浮かべるエィラさん。この人、俺と喋る時大体苦笑い浮かべてるよね、俺そんなに問題児じゃないと思うんだけどな?

 

「そんなに怖がらないでください。ちょっとした確認と、確認した内容によっては少し注意するだけですよ」

「あ、注意されかねないような内容なんですね」

 

 それだけで怖さが膨れ上がったんですけど?大丈夫ですか?謹慎処分とかになりませんよね?収入が無くなると装備の手入れとか日用品とかの買い出しの時困るんですよ……え?そのレベルでは無い?注意と小言、あとは研修が入るだけ?まぁ、その程度なら……

 俺との攻防が一段落したところで、エィラさんはコホンとあからさまな一拍を置いて、真剣な雰囲気に戻った。

 

「ズィーヤ君。君が冒険者となってから3ヶ月と2日、これは間違いありませんか?」

「はい。2日に関してはちょっと分からないですけど、3ヶ月なのは間違いないです」

「ありがとうございます。では、次に最高到達階層が6階層というのも、間違いないですか?」

「はい。間違いありません」

 

 途端、エィラさんの視線が鋭くなる。

 

「……ズィーヤ君。ダンジョンの階層にはステイタスの基準があることはご存知ですか?」

「え、はい……知ってますけど……?」

 

 エィラさんはカウンターの下へ手を伸ばし、数枚の用紙を出てきた。

 用紙にはダンジョンの上層と階層ごとの基準ステイタスが一覧として乗っており、図や数字を用いて説明されているため大変見易い内容となっていた。

 エィラさんは6階層に当たる部分に指を指して説明し始める。

 

「いいですか?ダンジョン5階層から7階層までの基準ステイタスはG〜Fと言われています。5階層へは1つでもG評価のステイタスがあれば探索できますが、6階層は3つ以上のステイタスがGであることを求められます。ステイタスには単純に相性があるので、3つ以上Gのステイタスになる為には冒険者となってから半年程度かかると言われています」

 

 そこまで言ってからカウンターから乗り出し、俺の顔に向けて指先を突きつけてくる。当たらないように配慮されていたが、突然目の前に物を突き出すのはやめていただきたい。ビックリするので。

 少々の不満を込めた視線を投げかけるも、エィラさんは気にした様子もなく俺の資料を改めながら続きを話していく。

 

「ズィーヤ君は魔力がGだったので5階層に進出する時は許可しましたが、いつの間に6階層まで進出していたんですか?ずる賢くも私へ伝えずに!君の情報を整理している時に首を傾げたんですからね。あれ?私6階層進出の話聞いてないな?誰が聞いたんだろうな?って。全く、担当である私がステイタスの確認をとっていないのに進出しちゃダメじゃないですか。しかも、これ見る限り一週間前に進出してるじゃないですか。随分最近じゃないですか!私が5階層進出を許可したのは今から2週間程前なんですよ?その時点では魔力以外Gに届いてなかったじゃないですか!それでも早いなぁって目を疑ったのに……!冒険者歴が短いソロだから生き残れるか不安だったのに!それなのに、日を置かずに6階層へ進出するなんて死に急いでるんですか?!」

 

 徐々に語気を強めて詰め寄ってくるエィラさん。瞳孔は開き切っているのに表情自体は無表情なのがダンジョンとは違った恐怖を俺に与えてくる。

 正直、エィラさんの圧と早口で内容の半分くらいは聞き取れなかったが、どうやら俺が報告無しで6階層に進出したことを怒っているというのはわかった。

 いや、だって……エィラさんが見当たらなかったからミィシャさんに確認して、許可が出たからその足でダンジョンに潜ってポーション消費行脚しただけなのに……耐久と力と魔力の上がりが異様に良かったことは明言しておこう。

 受付嬢がカウンターに乗り出し、担当冒険者の鼻と鼻が触れ合いかねない距離でありながら、エィラさんから発せられる圧が強すぎるせいで受付嬢含めて周囲の人々はそそくさと距離を取っていった。くっ、薄情者共め……!

 

「どこを見ているんですかズィーヤ君?さぁ、キリキリ吐きなさい。誰が貴方に6階層進出の許可を出したんですか?そして、今の貴方のステイタスを赤裸々に語りなさい」

「いやあの、流石にステイタスを報告するのは無理なんですけど……」

「はい?」

「あ、それでエィラさんの気が静まるなら全然問題ないですね」

 

 こうして、俺は襟首をエィラに引っ張られながら別室に連れていかれ、洗いざらい吐かされた。ついでにステイタスも見せる羽目になってしまった……因みに、冒険者ギルドってここまでする権限あるんですか?え?黙ってろ?はい……

 

「魔力がFに、それ以外は全てG……これは……」

 

 背後から震えたエィラさんの声がする。随分近づいて見ているようで、吐息が背中にかかってくすぐったい……

 俺が上裸で悶えている間にステイタスの確認は終わったようだ。特に動いた訳でもないのに、いやに疲れた溜息をつくエィラさん。ソファの背もたれに広がる薄緑の長髪が彼女の疲れを表しているようにシナシナと垂れ下がる。

 

「それで、俺のステイタスは大丈夫でしたかね?」

「あぁ、はい……6階層に進出するには十分なステイタスでした……申し訳ありません、本来ならステイタスの詮索や開示はプライバシーの侵害として認められないんですが……」

 

 あ、やっぱり認められてないんですね。

 

「いや、いいですよ。それだけ心配してくれたってことでしょう?それに、エィラさんなら他言することは無いでしょう?」

「勿論です。神に誓って、君のステイタスを他言することはありません」

「だったら大丈夫ですよ」

 

 笑顔で言ってみれば、エィラさんは形容しがたい顔をしていた。

 なんというか、あえて形容するなら喜びと悔しさと怒りを混ぜ合わせて、隠し味に照れをつっこんだような……そんな表情だ。

 

「えっと……どうしました?」

「いえ、なんでも……コホンっ、ところでですが、ズィーヤ君のステイタスについてお聞きしたいことがあります」

「はい?」

 

 佇まいを真剣なものに直し、簡単なステイタスの写しをテーブルに置いてエィラさんは話し始めた。

 

「ズィーヤ君のステイタスの伸びはハッキリ言っておかしいです。既に冒険者1年目の平均と同じか少し下位のステイタスをしています。これについて、神メガイラはなにか仰っていましたか?」

「あ〜……俺には冒険の才能がある、というのは仰っていましたね」

 

 ふむふむと相槌を打ちながら、手元のメモ帳に書き込んでいく。所々に付箋が打たれ、年季の入った様子のメモ帳だが、躊躇なく書き込んでいくエィラさんの姿は魅入ってしまうほど様になっていた。内容を書き終えたのか、エィラさんは改めて俺の目を見て質問を続けた。

 

「才能ですか……では、ダンジョン探索の他に誰かに師事しているようなことはありますか?」

「いえ、誰かに武術を習う、みたいなことはしてないですね。あ、でも鍛錬はしてます」

「おぉ、いい心がけですね!ダンジョン探索だけが成長の道じゃないですし、最近の冒険者は技や駆け引きと言ったものを軽視する傾向があります。自己流とはいえ鍛錬をするのとしないのでは雲泥の差ですからね!具体的に、どんなことをしているんですか?」

「大抵は魔法で武器を作って、ダンジョンの魔物を仮想敵にして戦うって言うのをしてますね。魔力の伸びがいいのはその影響もあると思います」

 

 カリカリとペンの駆ける音が響く一室。

 外からは冒険者達と受付嬢達、依頼人達の喧騒で騒がしく、ここだけが世界から隔離されたような妙な居心地の悪さと少しの興奮が胸中に飛来する。

 ペンが止まると共に、エィラさんはパタリとメモ帳を閉じ、集中して書き込む間に乱れた髪を手櫛で簡単に整えた。

 

「さて、質問はこれで以上です。重ね重ねになりますが、貴重な時間をいただいてしまい申し訳ありません……」

 

 目を伏せ、恭しく頭を下げるエィラさんの姿に慌ててしまい、無意味に腕をワタワタと動かしてしまう。

 俺よりも大人な人が自分に頭下げる状況って逆に恐縮しちゃって無意識に慌てちゃうよね。だとしてもワタワタは無いな。恥ずかしっ

 

「いや、ホント気にしないでください。これでエィラさんの心配事が無くなるなら良かったですよ」

「そう言っていただけるなら助かります」

 

 そう言って、柔らかく微笑んだエィラさんは溜まってしまった仕事を片付ける為に自身のカウンターに戻っていく。

 エィラさんの後ろ姿は、心なしか軽やかだった。

 さて、なんだかんだ不測の事態で時間が取られてしまったが、俺も元々の予定であった【ガネーシャ・ファミリア】の手伝いの為に【オラリオ】でも一二を争う異様な姿の建造物──主神ガネーシャ様の姿をした本拠地──【アイアム・ガネーシャ】に向かって走る。

 あんまり他所のファミリアに対して言うことじゃないんだが、本拠地の姿と名前はもうちょっとどうにかならなかったのか?

 

 

 

「あれ?エィラ先輩じゃん、どうしたんですか?妙に難しい顔して」

「……ミィシャ、貴女ですか」

 

 ギルドカウンターの奥には普段から受付嬢達が書類の処理や情報の確認をしている場所が存在する。

 眉間に皺を寄せ、険しい顔つきで整理された机に広げられた数枚の書類とメモ帳を見つめるエィラと彼女に話しかけるミィシャ。

 2人は先輩と後輩の関係にあたり、お調子者ながら明るいミィシャと真面目ながら柔軟な思考を持ちながら筋はしっかり通すエィラ、一見反りの合わなそうな組み合わせであるが、実際には自他共に認められる良好な関係を築くことが出来ていた。

 悩むエィラに遠慮なく話しかけ、多少雑に対応するところからも2人の信頼関係は見て取れる。

 

「およ?それってエィラ先輩の担当くんじゃないですか。確か……ミノタウロスに追いかけられてイレギュラーの報告に来た子でしたっけ?」

「そして、貴女が担当アドバイザーである私に通さず6階層進出の許可を出した冒険者でもありますよ」

 

 ミィシャの肩がビクリと跳ね上がる。顔は青ざめ、涼しい室内だと言うのに顔から滝のような汗を流し始める。目は大いに泳ぎ、何度か白目を見せていた。

 

「あああたし、そんなことととしましたっかけっ??」

「動揺しすぎよ……別に叱るわけじゃないわ。ただの嫌味よ」

「そんな堂々とした嫌味はないんじゃないですかね……?」

「……」

「え?無視ですか?」

 

 「ねぇ、エィラ先輩〜!」と後ろで賑やかなミィシャを無視して、メモ帳に記録した内容を反芻する。

 女神が才能があると称する成長速度、単純計算で通常の冒険者の成長速度の2倍。全てのステイタスがGを超え、恐らく適性のある魔力は頭一つ抜けてFまで届いている。

 自己流の鍛錬。魔力で作った剣による仮想敵との模擬戦。技術を高めるでもなく、只管に実践。それと並行した魔法の上達。

 3ヶ月間、誰にも師事することなく己の思考と努力のみで辿り着いた。

 

「天才……」

 

 それも、現状でも現在の第一級冒険者【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに並ぶ程の才能。

 エィラの背筋が震える。

 もしかしたら、彼ならば辿り着くかもしれない。第一級冒険者という冒険者の頂点に。【オラリオ】の英雄の一人に。

 初心者である冒険者には重すぎる期待。だが、否定し抑圧するだけの確証と理性をエィラは持っていなかった。

 

「……ひとまず、死なないように言い含めておきましょうか」

 

 どれだけ才能があろうと、死んでしまっては意味が無い。

 冒険者という常に死と隣り合わせの危険な立場で才能に溺れ、油断と慢心から死んでいった冒険者なんてごまんといる。

 自分の担当である彼にまで、そんな末路を歩んで欲しくはなかった。

 

「……なんて、私が言ったところでか……」

 

 書類を片付け、メモ帳を閉じてから席を立つ。今日の業務はまだ続く。コーヒーの1杯でもなければやっていけない。目を覚ますほど、舌を痛めるほどの苦いコーヒーがなければ。

 

エィラ・ヴィーン

担当冒険者  :ズィーヤ・グリスア

合計担当数  :8人

合計担当死亡数:7人

異名     :【死の受付嬢】

 




エィラさんの合計担当数にはズィーヤ君も入っております。

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