ズィーヤ・グリスア
力 :G255→G270
耐久:G290→G297
器用:G285→G297
敏捷:G260→G298
魔力:F357→F363
《魔法》
【
基本能力の合計上昇は78か。
敏捷値の伸びを見ると、やはりミノタウロスとの逃走劇は大きな経験になったか。他はミノタウロスと遭遇するまでに狩ったモンスターの影響か……まぁ、妥当な上昇か。
それにしても、命懸けの経験をしても敏捷がこの程度しか上がらないのを考えると少し不服だな……いや、寧ろ逃げただけでこれだけ経験値が貰えたことを喜ぶべきか……
ステイタスの写しを見ながら唸る俺へ苦笑いを浮かべる神様。俺の隣で洗濯物をたたんでいるため、神様自身の肌面積が皆無に近い、奥ゆかしさを与える服装も相まって新妻感が凄い。あれ?俺神様と結婚してたっけ?不敬っ!!
「普通一日で50以上も基本能力が上昇することの方が珍しいのよ?焦らないで、貴方には才能があるわ。冒険をする才能が」
神様は柔らかな手で俺の顔を撫でる。魔石灯の光が反射した紫の瞳には俺に向けてくれている深い愛情が見える。それだけで、無意識に燻っていた焦燥感が霧散していく。
顔に触れる神様の手を包み、改めてその熱を確かめる。俺の手の中で折れてしまいそうなほど儚く、たおやかな指には俺と同じように人の温かみがあった。
どれくらいそうしていたろうか、永劫にも一瞬にも感じた、この数瞬。
互いの熱を確かめる俺と神様の、静謐で神聖で……ともすれば凄くいい雰囲気な接触は、ぐぅぅと盛大になる腹の虫によって終わってしまった。
クスクスと愉快そうに笑う神様と熱を自覚できるほどに顔が赤くなった俺。先程までの雰囲気とは真逆のワイワイとした団欒の雰囲気へと変わっていた。
いや、朝飯食べてから夜まで何も食わずにいたらお腹も減るでしょうね!しょうがないよね!
「ふふ、腹ぺこさんもいるようだし、少し遅いけどご飯にしましょうか」
「……そうですね」
未だ顔の熱が冷めない中、晩御飯の準備を進める。ソファの前に机を持っていき、調節可能な足を伸ばしてソファに座りながらでも食べやすい高さにする。
神様はキッチンの方から大皿を持ってくる。山のように積まれた安い・美味い・腹に溜まると有名かつ人気な「じゃが丸くん」
極貧ではないが無用に贅沢できるほどの余裕もない。貯蓄や探索の準備費、生活費などの為にも日常の無駄な出費は控えるべきだ。
神様もこの考えには賛成してくれていて、貧しい思いをしながらも笑って付き合ってくださっている。本当に有難い話だ……ただ、流石に3ヶ月間ほぼ毎食じゃが丸くんは流石に辛いものがあります。え?今日はソースで味変?それ一昨日もやったんですが……6食前なら実質やってない?そんなわけな……いっていうのは素人ですね!はい!
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
2人隣合って手を合わせる。神様曰く、食べ物に携わった全ての者への感謝を込めた挨拶らしく、食前には必ず行うようにしている。
神様はこういう他者への挨拶や祈りを大切にしている。復讐を司り、嫉妬の意味を持つ神であるからこそ、同じくらい他者への感謝と慈しみを持っている。
そんな彼女の眷属である俺が挨拶や祈りを疎かにするわけがなく、それを抜きにしても日常の何気ない仕草が俺を人間たらしめている様に感じて、俺個人としても好きなのだ。
じゃが丸くんを齧りながら互いに一日のことを話す。
神様が散歩で見かけた子供の元気さや老人の優しさ、冒険者同士の競い合いながらも肩を組む友情、花屋で真剣に花を見る青年、皮袋を覗いてはニヤニヤとする女性など、オラリオに住む人の営みを覗いてはユラユラと漂うように歩いていく。それの繰り返し。
神様にとって、俺たち人間は可能性であり子供なのだ。
愛する子であり自由と不自由であり可能性。
神様はそんな人を見ることが好きらしく、オラリオを散歩するのが好きらしい。俺の知らない誰かの日常を聞くと、俺の知らないオラリオを知ることができたようで少し嬉しい。
2人で話しながら食べれば山のように積まれたじゃが丸くんも直ぐに消え、程よい満腹感が襲ってくる。6食前なら実質やってない理論、案外あるかもしれない……飽きなかったもんな。全然食べられちゃったもんな。
普段ならもう眠っている時間だが、さっきまで寝てたせいで眠れる気がしない。腹ごなしも兼ねてちょっと鍛錬してくるか……
「神様、俺はちょっと外で……神様?」
「……ん〜?ど〜したのぉ?」
明らかにとろんとした目に普段に比べ更にゆったりとした口調。普段寝ている時間を超過して起きていた弊害か、それとも満腹感で刺激されたか……ともかく神様はお眠な様子だ。
さて、どうしよう。正直今の神様は大変に大変だ。超美人がとろんとした目で無防備に微笑みを浮かべているこの状況、正直クルものがある。
いやいや、流石に尊敬し敬愛する神様ですから?襲うなんてことは絶対にしないけれど、ちょっと生唾を飲み込んでしまうのはしょうがないと思う。年若い青少年だからね、しょうがないね。
「ん〜……」
目を閉じて体をゆらゆらとふらつかせる神様。意志を持つかのように同時に揺れる三つ編みと豊満なおっ……胸部装甲。落ち着け、落ち着いて行動するんだ。まずは、大きく息を吸って深呼吸だ。ヨシ、神様のいい匂いがいっぱいに広がったな!死!!
ととととりあえず、神様を自室に運ぼう。そうしよう。
隣に座る神様に向き直り、ゆっくりと膝下に手を滑り込ませる。そして脇に肩を滑り込ませる形で背中に手を回し、神様に負担をかけないようゆっくりと持ち上げる。
「あら〜、ズィーヤは力持ちねぇ」
「そうですよ。神様のおかげです」
体に触れる柔らかさと匂い、なんか色々と削られる感覚を務めて無視しながら階段をあがり神様の部屋を開ける。
中に設置された清潔なベッドにゆっくりと横たわせれば、神様は元からそうだったように、直ぐに寝息をたてはじめた。
あまりにも無防備で安心しきったその姿に、緊張とか興奮とかは削がれてしまった。代わりに心を満たしていくのは安心と愛おしさとでも言うべき、暖かな気持ちだった。
神様に布団をかけて、音を立てないよう部屋を出る。神様がゆっくりと休めるよう願いながら、扉を閉める。
家の裏にはちょっとした庭がある。庭と言っても手入れされた空き地くらいの場所だがな。
そんな家の庭は俺の鍛錬場所として重宝している。月や太陽が頂点に届かない限り、光が入り込まないため。常に薄暗いこの場所はダンジョンと同じような暗闇と恐怖を与えてくれる。冒険者である俺にとって、これほど鍛錬に向いた場所は無い。
「『深く望むは我が理想 未だ見えぬ羨望の果て 嫉妬に汚れた泥の理想 変われ、変われ、変われ 嫉妬を満たせ 羨望の道を駆けろ
俺の手から溢れ出した泥は数秒をかけて形を変え、両刃の片手剣へと変わる。込めた魔力によって変化の速度や硬度、想像したものにどれだけ近づけるかが変わる、俺の魔法。
元々は変化に最低量でも十数秒かけていたのを、鍛錬によって多めに込めても数秒で変わるようになっていったが、やはり実践で使うには遅すぎる。詠唱に十数秒、変化に数秒……一秒が生死を分ける探索では致命的すぎる。
ダンジョンに入る前や18階層にあるらしいセーフティゾーンで準備して探索を開始するくらいしか有用な活用が思いつかない。少なくとも、戦闘中に使うことは危険かつ困難だろう。
だが、何にでも形や能力を変える汎用性の高さは神様も俺も認める魔法だ。
作り出した剣を振るう。暗闇の中で、泥色の剣は剣線すら見えず感覚と記憶によって動きを磨く。
上段、正眼、下段、独学の不格好な体術を交えながら絶え間なく動き、呼吸を止めないよう意識をしながら仮想敵と切り合う。
暗闇の中で降り注ぐ爪や拳、獣の牙を避け、受け流しながら急所をイメージして振り下ろす。時に泥の剣が溶けてしまった為、同じ量の精神力を消費して剣を作り直す。それを繰り返し、汗と土埃で全身が汚れた頃に精神力も体力も限界を迎えた。
「はぁ、はぁ、ゔっ……はぁ……」
調子に乗った……やりすぎた、気持ち悪い疲れたダルい……このまま倒れ込んでしまいたい……あ〜立ってるのが辛い……いや、せめて風呂に入ろう。こんな汚れた姿で明日神様を心配させるのはダメだろ……
搾りカスのような体力を使って風呂に入り、眠る直前に塵のように残った精神力を使って指先程度の泥を作ったところで、精神力欠乏によって意識を落とした。
「ふふ……怪我も命懸けの逃走劇も感じた恐怖も全てを忘れて、無自覚に強くなるため、鍛錬をする……そんな貴方も好きよ……ズィーヤ」
光のない部屋の中で、その女神は闇を眺める。目が闇に慣れれば、蠢く影を微かに視認できるが、ズィーヤを眺める女神にはハッキリとその姿が見えているようだった。
穏やかに挙げられた口角は優しげだが、昏い光を灯す瞳には地獄で燃え盛る業火のような熱が込められている。
「強く、もっと強く燃え盛って……貴方が貴方の熱を知った時、きっと世界は今よりずっと輝くわ……」
女神の愛を一身に受け、眷属は暗闇に剣を振り下ろす。
月は未だ、頂点には届かない。