俺と神様は元雑貨屋を借りて生活している。ギルドからもダンジョンからも徒歩20分、住宅区と商業区の境にあるこじんまりとした一件屋。人が2人住むには十分な広さと設備の揃った良物件だ。
元々は雑貨屋を営んでいた爺さんが住んでいたんだが、寄る歳には敵わず店を閉めることになった。店は立地が良かったのもあり、売ればそこそこの金になったが爺さんに家族はいないし、蓄えもあったため金を得たところで無用の長物だった。
そこで、雑貨屋の手伝いとして住み込みで働いていた、気の知れた子供である俺に家を譲ってくれたのだ。これがつい半年程前の話だ。
俺に家を明け渡した爺さんと言えば、その一月後にはぽっくり逝きやがった。後始末やらなんやらは俺が任され、知り合い達から教わりながら無事に埋葬してやることが出来た。
その後、紆余曲折ありながらもファミリアを結成し、ホームとして使わしてもらっているのだ。
雑貨屋だった為か手入れは行き届いており、築年数を感じさせない綺麗さを持つ我らがホーム。今日も神様によって綺麗に掃除され清涼な雰囲気だ。
一階には雑貨屋の名残として壁際には大きめの戸棚やカウンターがあり、今はリビング兼客間として活用している。奥には2階へつながる階段が設置されていて、上がると空き室含めて4部屋あり俺と神様の自室と物置として活用している。
「それじゃあ、ソファに座らせるわね?」
「すいません、ありがとうございます」
リビングに設置されたソファにゆっくりと座らされる。少し動かすだけでも足首に鈍痛が走る。かなり強く捻ったのか、探索の中である程度怪我の痛みになれた俺でも少し呻いてしまう。いや、言うて3ヶ月ちょっとだから慣れもクソも無いのだけど……
「捻挫にポーションって効くのかしら……?多分効くとは思うけど……この場合かけるのがいいのかしら?それとも飲んだ方がいいのかしら?」
「あ〜……とりあえず冷やしてポーション飲んでみましょうか。それで効かなかったらかけてみて、ダメだったら医療院に行くって形で」
「そうしましょうか」
カウンターに向かって行く神様の後ろ姿を眺める。尻尾の様に揺れる腰まで届きそうな三つ編みは、纏められながらも触れてしまいたくなる美しい光沢を放っている。
歩みに合わせて足元で翻るロングスカート。暗くなったそのスカートの内側には肉感的で蠱惑的な御御足が──そこまで考えて額を殴る。
不敬だ。確かに神様は美しいが、唯一の眷属である俺がまじまじとそういう目で見ちゃダメだろ……!
落ち着け、疲れてるせいで思考がしっちゃかめっちゃか頓珍漢になってる……神様が言うには、こういう時は何かを数えるといいんだ……なんだっけ…ほ、そ、そ……?いや、うだったか?
う、う……兎、だったろうか?とりあえず兎を数えよう。兎が一羽……兎が二羽……兎が三羽……兎と言えば、あの少年は大丈夫だろうか?帰り道にダンジョンで見かけたりしなかったから、無事に外へ出られたとは思うんだが……
兎少年(仮称)の無事について考えるのに集中していたせいか、神様が隣に座って、俺の顔を眺めていたことに気づかなかった。思わず肩を跳ねあげる驚き方をした俺は悪くないと思う。女神の美貌が視界いっぱいに広がるのは心臓に悪い……
「ズィーヤ、氷嚢とポーションを持ってきたわよ」
「ありがとうございます……ところで、なんで俺の顔を眺めてたんですか?声をかけてくださってもよかったのに……」
「ズィーヤが集中してたみたいだから、邪魔するのも悪いかと思って。それに、ズィーヤの考える時の顔が好きだから……ね?」
『ね?』ってなんですか?悪戯っぽく目を細めて緩く笑みを浮かべるのなんなんですか?可愛いですか?可愛いな。うちの女神様が可愛すぎる件について。可愛いな……いや可愛い〜……困った可愛すぎて顔が熱い。
「……そうですか」
「あら、照れてるの?そんなズィーヤも可愛いわね」
「やめてください、いやホント、限界なので……」
くっ……勝てない!顔を背ける俺の方を見ながら、うふふと手を口に当てて笑ってる神様の姿が見えるみたいだ……!この包容力がありながらも年頃の娘のような行動するから心臓に悪い……いや、そういうところも好きなんですけどね……!
敗色濃厚な状況を打破するため、手渡されたポーションを飲み干す。普段は怪我をしないギリギリを見極めながら探索をしているため、ポーションの類は貯蓄があるのだ。寧ろ、怪我をしなくても「念の為」と言いながら神様が定期的に買ってくるため、かなり余ってしまっている。一応効果のある内に消費するため、月に何度か普段よりも深い階層で探索することもある。
試験管のような器に入った緑っぽい液体を飲み干し暫くすると効果が出てきたのか、足の痛みが和らいでいくのを感じる。この様子なら直ぐに完治するだろう。
まぁ、完治したとしても探索は暫く出来ないだろうけどな……イレギュラーの原因、予兆、現在の被害状況、他に発生していないのか……調べる必要があることは幾らでもある。それらが解決、解消されるまでは入れないだろう。
それ抜きにしても、暫くは休ませて欲しいけどな……あんな命の賭け方は懲り懲りだ。
「神様、俺は数日くらい探索を休むので、ガネーシャ・ファミリアの手伝いしますよ」
「あら、そうなの?怪我が辛いなら無理する必要は無いのよ?」
「いや、そんな大した怪我じゃないですし、ポーションのおかげで痛みも殆ど無くなりましたから大丈夫ですよ。ただ、今回のイレギュラーを受けて暫くダンジョンには入れなさそうですし……その間収入がないのは問題でしょう?」
「気にしなくてもいいのに……」
「それに、何もしないでいると体が訛ってしまいそうですから」
冗談めかしてそういえば、神様は困ったように笑って下さった。心配そうな顔をさせるよりは、笑顔でいてもらった方が俺も気持がいい。
足の痛みも引き、家に帰ってきたこともあり、一気に意識が微睡み始める。
「眠いのなら寝てもいいわよ。雑事は私がやっておくわ」
「……すぃません、お言葉に甘えて……起きたら、ステータスを……」
「えぇ、任せてちょうだい」
神様の暖かな手を目に当てられて、暗闇の中で意識を落とした……
「ふむ、ミノタウロスの大群が逃げ出して上層へ、5階層に進出した個体を【剣姫】が討伐したのを最後に完全に駆逐した、と?」
「あぁ、その通りだ」
ギルドの一室にて、2つの存在が対峙する。片方はフワリとウェーブがかった薄緑の長髪で丸ぶち眼鏡をかけた受付嬢。3ヶ月前に冒険者となった少年、ズィーヤの担当であるエィラ
もう一方は、小人族特有の低身長ながら深い知性を持った瞳をしている【ロキ・ファミリア】の団長【勇者】フィン・ディムナ
彼らはズィーヤの報告にあったダンジョン上層に出現したミノタウロスについて情報のすり合わせを行っていた。
本来なら、ダンジョンへの侵入を一時制限し、原因究明やイレギュラーの対処などしなければならない。しかし、原因は分からずとも、【ロキ・ファミリア】によって既に全てのミノタウロスは討伐され、その後に行われた探索調査によって他のイレギュラーが発生している様子もなかったらしい。
であるならば封鎖する必要もなく、ギルドとしてこれ以上干渉する必要も無くなった。
「そうですか。調査の情報提供、感謝いたします」
「いや、礼は必要ないよ。寧ろ、こちらとしては逃げ出したミノタウロスの討伐をもっと急ぐべきだった。上層まで進出してしまったのは僕たちの失態だ。すまない」
悔やんだ様子で頭を下げるフィン。今回は早急な対応もあってか、上層での被害者は出なかった。しかし、上層までミノタウロスを進出させてしまった点、ひいては他の冒険者を無用な危険に晒してしまったことは事実だった。
だが、ギルド上層部としてはオラリオの二大派閥が片翼へ罰則を与え、経済に損害を与えたり不満を持たせギルドへ不利益を齎されることを望まない。そのため、フィンが失態だと考えていてもその責任を問われることはまず無いだろう。まして、もう片翼である【フレイヤ・ファミリア】に比べて話がわかり、住民からの信頼も厚い【ロキ・ファミリア】と上層で燻っている冒険者では、重要視のされ方は全く異なる。
つまり、被害者が出ようと出まいと、【ロキ・ファミリア】に重大なペナルティが出ることはなかったのである。
とはいえ、それはギルド上層部の意見。実際に探索している冒険者や主神からすれば溜まったものではなく、不満が出るという懸念がある。
だからこそ、フィンは失態であることを認め謝罪することで、ギルドに対して罰則を与えるよう暗に伝え、民衆からの不満を解消しようとしているのだ。
エィラとて、フィンの真意の全てが分かる訳では無いが暗に民衆を納得させる程度の罰則を求められていることは理解していた。
結果、この一室で行われた会談では【ロキ・ファミリア】に対する罰則金を求めることで集結した。
フィンが出ていった部屋の中でエィラは資料とにらめっこし、唸り声を上げながら考える。
資料には彼女の担当冒険者である『ズィーヤ・グリスア』の名が記されていた。
今回の事件の報告者であり、事件の早期解決の要因の一つとなった彼について、改めて情報を整理する中でエィラに違和感を与える情報があった。
「……探索速度が、速い?」
『ズィーヤ・グリスア』
所属【メガイラ・ファミリア】
最高到達階層:6階層
自身の膝の上で眠る眷属を眺める。
手入れした黒髪はサラリと流れ、未だ幼さを残しながらも徐々に大人になっている顔立ち。
やや細身の体ながら無駄な贅肉は少なく、猫のような上品さを感じさせる。
自分の眷属であるズィーヤの頭を撫でながら、女神は思考する。
今でも強く愛おしいこの
寝顔をより近くで見るため、前屈みになりながらゆったりと首をもたげる。その拍子に垂れた三つ編みの毛先が彼の首に触れる。
帳のようにかかる前髪から見える紫の瞳には見たものを焦がすほどの強い熱が込められていた。
女神に見初められた彼が目覚める時は、そう遠くない。