この世界には、無限にモンスターを生み出す大穴がある。
その大穴は
ここはそんな封じられたダンジョンの上に造られた街、迷宮都市オラリオ。
そして、この世界には『神様』がいる。
古代の英雄達の活躍に感化され、全能の力を自ら封じて、天界からこの下界に降りてきた神々が。
廃教会に住み着く黒髪の美少女、ヘスティアもそんな神々の一柱だ。
下界においては全知零能、一般人と大差無い力しか持っていないがゆえに経済力も無く、こんな廃墟に住み着いているが、歴とした神様なのだ。
そんな女神様は今……。
「ヘスティア様! ただいま戻りました!」
「お帰り! スピネルくん!」
念願叶って一人目の眷族と巡り合い、下界に来た時にヘスティアが誓った目標、宿敵ロキに負けないほどのファミリアを作るという夢への第一歩を踏み出していた。
ファミリア。
それは神と人とが作る、家族のごとき共同体だ。
神は例外的に封じられていない権能『
命を救われ、生まれて初めて優しく思いやってもらえたスピネルは、誘われた時に一も二もなくヘスティアの眷族となった。
『ヘスティア・ファミリア』の第一号、ヘスティアの一の眷族だ。
まあ、下界に降りてきたばかりのヘスティアには地位も権力も財産も無く、オラリオに掃いて捨てるほどいる零細ファミリアの中でも最下層に位置するため、一の眷属と言っても全く偉くもなんともないのだが。
「今日は結構稼げましたよ! なんと、10,200ヴァリス! 1万ヴァリスを超えました!」
「おお! 凄いじゃないか、スピネルくん! いや、ホントマジで!」
「えへへ。運良くドロップアイテムが結構出まして」
笑顔で本日の収入を報告するスピネルを、ヘスティアが跳び跳ねて喜びながら褒め称える。
実際、この金額は割と凄い。
現在、スピネルが就いている職業は『冒険者』。
命を懸けてダンジョンに挑み、そこでモンスターを倒して、富を持ち帰ってくる仕事。
しかも、5人程度のパーティーを組んで、報酬を頭割りした場合の金額。
スピネルは報酬を独り占めできるソロで活動……というより、彼女の心的外傷による人間不信+最下層ファミリア所属の新米と組もうとする相手もいないからこその必然的ソロ活動をしているが、これは報酬の独占と引き換えに、安全面に多大な不安がある。
ダンジョンは最も安全な1階層ですら、新米が一人で行動するのは危険だ。
つまり、スピネルはそこらへんのリスク管理を頑張りながら、平均収入額の二倍を稼いでみせたのだ。
もちろん、これは今日が特別運が良かったというだけの話で、いつもは平均額を下回るくらいの稼ぎしか得られていない。
冒険者を支援し管理する組織『ギルド』のアドバイザーに助言を貰っているとはいえ、実地で継続的に教えてくれる先達すらいない中、殆ど手探りで冒険者をやっている以上は仕方のないこと。
だからこそ、今日のような運の良かった日は、一層の特別感がある。
「よし! 今日はお祝いにどこかに食べに行こう! ボクの奢りだ! じゃんじゃん食べなさい!」
「え!? い、いえ、ここは私が出しますよ! そのための稼ぎなんですから!」
「いやいや、そのお金は君の身を守る装備とかに使うべきだ。
なーに! ボクだってバイトを頑張ってるんだ! こういう時は、素直に
「……はい!」
スピネルはその言葉に弱い。
彼女が最も欲していたのは『愛情』だ。
愛してくれる人が欲しい。
その人に褒められたい、甘えたい、よくやったと言ってほしい。
それだけが、スピネルの望みで、喜びで、幸せなのだ。
ヘスティアはそれを満たしてくれた。
スピネルの命を助けてくれた後、事情を聞いて同情してくれて、我がことのように怒ってくれて、自分の
スピネルに幸せをくれた。
だからこそ、即行で懐いて眷族になったのだ。
ヘスティアが幸せをくれる限り、彼女はいくらだって頑張れる。
「というわけで、お店に行くぞー!」
「お、おー!」
元気の良いヘスティアに合わせてテンションを上げる。
あの娼館では絶対にできなかったこと。
誰一人として、スピネルをこういう風に扱ってくれる人はいなかった。
職員は『物』を見る目しか向けず、客は『食い物』を見る目を向けてきて、実の母親に至っては『汚物』でも見るような目でスピネルを見た。
ヘスティアのキラキラとした純粋な目に見られるのは、この上ない喜びだった。
ヘスティア・ファミリア。
苦行に満ちた人生の果てにスピネルが手に入れた、小さな幸せの世界。
決して裕福ではない。
地位も、名誉も、財産も、強さも無い。
主神一柱と、眷族が一人だけの最下層ファミリア。
それで良かった。
このまま稼ぎが増えなくてもいい。
冒険者として大成できなくてもいい。
『英雄』になんてなれなくていい。
ただ、ヘスティアと今日を笑い合えていれば、それで良い。
これ以上を望むとすれば、せいぜい現在挑んでいるダンジョンの上層から確実に帰還できる程度の強さを求めるくらいだ。
そのための努力だけは欠かしていない。
背中に刻まれたヘスティアの
(ああ、この幸せがずっと続くと良いなぁ)
上機嫌にお店への道を歩くヘスティアと手を繋ぎながら、繋いだ手の温もりに幸せを感じながら、スピネルは心からそう思った。
そんな彼女の細やかな幸せは━━二人目の眷族の加入をキッカケに、徐々に歯車が狂っていく。