英雄(ベル・クラネル)を嫌いになるのは間違っているだろうか


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作:カゲムチャ(虎馬チキン)
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1 プロローグ


「お、お母さ……」

「来るな!! この薄汚い血が!!」

「ッ……!」

 

 中途半端に長い耳をした金髪紅眼の幼い少女が、母にすがろうとして拒絶された。

 母は潔癖で知られるエルフだ。

 それが攫われ、売られ、ここに辿り着いたらしい。

 違法な奴隷娼婦を提供する、この地獄のような娼館に。

 

 そして、少女『スピネル』は、そんな母と客との間にできた子供だった。

 妊娠が発覚した時、眉目秀麗なエルフの子供なら高く売れそうだという理由で、墮胎もさせてもらえずに産まされたらしい。

 たった今、母だと聞かされていた女性にすがろうとして拒絶されたスピネルに、娼館の職員がネタバラシとばかりにヘラヘラしながら語ったことだ。

 

 そんな理由で産まれてきたがゆえに、スピネルは幼い頃から淫技を覚えさせられた。

 5歳になる頃には、ロリコンの客を取らされた。

 ロリコン以上の変態性癖を持つ客も取らされ、何度も何度も痛くて苦しい目に合わされた。

 苦しみから逃避するために母にすがろうとしてみれば、鬼のような剣幕で拒絶された。

 

「ま、運が悪かったと思って諦めろ」

 

 職員はヘラヘラと笑いながら、絶望するスピネルの肩をポンと叩いてそう言ってくる。

 運? 運が悪かった?

 なんだそれは? そんなことで自分の人生は決められてしまうのか?

 

「ふざけるな……!」

 

 ふざけるな。

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!

 

 そう思えども、幼く無力な彼女にできることは無い。

 逃げ出すだけの力も無く、今日も今日とて籠の鳥。

 変態性癖持ちの客に滅茶苦茶にされる毎日。

 

「ああああああああ!?」

 

 痛い、辛い、苦しい、気持ち悪い、助けて。

 一日としてそう思わない日は無かった。

 そんな感情すら徐々に擦り切れて諦めに変わっていくような暮らしが1年続き、2年続き……。

 7年が過ぎて12歳となり、ロリコン以外のスタンダードな客の相手をさせられ始めた頃に、とうとう彼女の精神は限界を迎えた。

 諦めを通り越して爆発した。

 

 一か八か、この娼館から逃げ出そう。

 外の世界のことなど何も知らない。

 行き倒れる可能性が極めて高い。

 それでも良い。

 行き倒れて死んでもいいから、もうここにはいたくなかった。

 

 スピネルは客の相手をしてボロボロにされた直後、職員の監視が一番緩むタイミングを狙って逃げ出した。

 窓から飛び出して、我が身を顧みずにダクトの上などの危険な場所を走り抜き、外へと脱出した。

 酷い雨の日だったのが幸いした。

 彼女の音も匂いも、全てを雨が覆い隠してくれる。

 代わりに足下が非常に滑りやすくなっており、一歩間違えていれば行き倒れる前に死んでいたのだが。

 

 脱出後、スピネルは走った。

 とにかく遠くへ、誰も追ってこないくらい遠くへ。

 それだけを考えて足を動かし……やがて、どことも知れない場所で力尽きた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 息が切れる。体がダルくて重い。

 変態に虐げられた直後の疲弊状態でよく逃げたと言うべきだろう。

 彼女は実に10K以上の距離を走破した。

 

(あ、多分このまま死ぬ……)

 

 せめて、最期は雨を凌げる場所で穏やかに死にたい。

 そう思ったスピネルは、最後の力を振り絞って、廃墟のような建物の中に潜り込んだ。

 雨漏りが酷い場所ではあったが、どうにか屋根が機能していそうな場所まで進むことができた。

 

 その廃墟は、壊れてなお、どこか神聖な感じのする場所だった。

 自分にしては悪くない死に場所を引き当てたなと思いながら、スピネルは目を閉じ……。

 

「うぎゃー! 酷い雨! こんな日に限ってバイトが長引くとか、下界は本当に世知辛……って、誰か倒れてるーーー!?」

 

 なんか、うるさい声が聞こえてきた。

 自分とそう年頃の変わらなそうな少女の声だ。

 閉じようとしていた目を開けてみれば、霞む目に眉目秀麗な母よりも遥かに美しい、人とは思えない美少女が映り込んだ。

 

「き、君!? 大丈夫かい!? あああ、見るからに大丈夫じゃないよね!? 待ってて! 今、助けるから!!」

 

 美少女はスピネルをお姫様抱っこして、廃墟の中にあった下に通じる扉を開いた。

 地下室があったらしい。

 その中は上の廃墟と違って、ちゃんと人間が生活できそうなスペースになっていた。

 

「ッ!? 体が冷え切ってる……!? ど、どうすればいいんだ!? と、とりあえず体を拭いて布団で温めればいいのかな!?」

 

 美少女はめっちゃ慌てながら、スピネルの介護を始めた。

 まずはびしょ濡れになった服を脱がし、タオルで全身を拭こうとする。

 その時、必然的に彼女の体に刻まれた狼藉の跡を目にすることとなった。

 

「ッ!! こ、これは……!?」

 

 痛ましい姿に目を見開き、次の瞬間にはハッとして介護を再開。

 できるだけ手早く体を拭き、自分の服を着せて布団に叩き込む。

 次いで、友神に貰った回復薬(ポーション)があったことを思い出し、ダッシュで取ってきてスピネルの口に当てた。

 

「君! 飲めるかい!? というか、意識はあるかい!? あるなら飲んでくれ!!」

 

 スピネルの意識は半ば落ちた状態だったが、それでも生存本能の為せる技か、美少女が持つ薬液を少しずつ飲んだ。

 娼館にいた頃、プレイの後に飲まされたやつと同じ味がした。

 効果もまた同じで、彼女の体に刻まれていた狼藉の跡が消えていく。

 

「よし! あとは体を温めるだけだ!」

 

 そして、美少女はスピネルを毛布で包み込み、自分の体でも包み込んで、人肌で温め始めた。

 

「お、母さん……?」

 

 その温もりは、スピネルが何度も夢想し、されど決して味わうことのできなかった『母の温もり』を想起させた。

 もう殆ど意識の無いスピネルは、目の前の美少女のことを、何度も妄想した『優しい母』に重ね合わせ、弱々しい力でギュッと抱きつく。

 美少女はその言葉を否定せず、拒絶せず、ただ己の温もりを彼女に分け与え続けた。

 

「うん。(ボク)にとって、君は子供のようなものだ。だから、安心して抱きついてくれていい。……ゆっくりお休み」

「う、あ……」

 

 涙が出た。

 生まれて初めての、安心できる温もり。

 それに包まれて、スピネルの意識は落ちていく。

 介護の甲斐あって死んだわけではなく、優しい眠りに落ちた。

 

 それが、スピネルと神ヘスティアとの出会いだった。

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