リヴィラの街。迷宮の安全地帯に作られた上級冒険者たちによる交易場。冒険者が立派になったら訪れたいと考える一番の街であり、冒険者ならではの荒くれさに塗れている地中の楽園。人はそこで物を売ったり買ったり、英気を養ったり思い思いに過ごしている。そして、
綺麗な薔薇には棘がある。注意不足はすぐに死に目に合う。
いつの時代の冒険者にも共通する教訓である。
要するに、ルインは絡まれた。
「へいへい、
哀れなのは最近大仕事を終えた冒険者。遠征で資金を集め今日は休養日だぁ!と朝から酒を呑んでパァっと過ごしていた丸腰の男。それでも侮るなかれ。なんと彼のレベルは4、中堅ファミリアの団長レベルにもなる世界全体で上から数えた方が早い傑物である。
だが、相手が悪かった。
今、男の目の前にいる存在は傑物を越えた規格外。内心、舌なめずりして鴨がネギを背負ってやってきたことを喜んでいるだろう。今のルインには金がない、モノがない、情報がない。無い無い尽くしの状態である。だが、それを補っても余りあるほどに力がある。
ルインの行動は早かった。
「『
囁くような声で詠う超短文詠唱。魔法陣は無く周囲からも目立たない。だがしかし無視できない影響力を生む。音が消えた。辺り一帯から足跡も、他の冒険者の喧騒も消えてしまう。まるで深夜の様な静寂。痛々しい程の無音。男は酒によって麻痺した感覚では咄嗟に気づくことは出来なかったが徐々にヤバさを感じたり戦闘体勢へと移る。
異質の魔法、【チェナコロ・ヴィチアーノ】。能力は消音魔法。効果は精神力を使用した分周囲の音を…より具体的に言えば波を消す魔法である。効果を選択することで範囲内だけ音を消すことも、範囲外からの音を届かせなくすることも出来る奇襲特化。それが超短文詠唱にて発動するのだ。
「ねぇ、カッコいいお兄さん?」
「……お、おう?なんだよ」
「君って強いの?ボク、ここに来るの久しぶりで感覚鈍っているんだよね」
「うん?」
「君がどのくらい強いのか?君がどのくらい物知りなのか?ボクはそれが知りたい。どうかな…ものによってはボク、サービスしちゃうかもよ?」
「お?おっ!?……いやぁ〜俺は中々やる方だぜぇ!!
無音の空間でこてんと首を傾げる。第一級手前の男の自信満々な態度に疑問を覚えながら、
「無いね」
と言って手刀を振りかぶる。男は何か貰えると勘違いしたようだが今くれるのは暴力しかない。手加減も手加減、それでも品定めの一撃。それを。
「……〜ッ!?!?なんの!」
ギリギリ返した。ルインは少し驚愕に染まる。ルイン的にぶっちゃけると今のオラリオは弱すぎる。それはもうびっくりするほどに。自分の知っているオラリオは大通りを最強と最恐が暴れ回り毎日がお祭り騒ぎの迷惑状態だ。それがどうだ?今は過ごしやす過ぎる。
ルイン程の男が往来を闊歩していたらいつも悲鳴が聞こえた。それが黄色いものかはさておき。面倒ごとになることが多いと地下に潜っても理不尽が大量に待っていた。それが今は無い。
自分の命を持っていく程の脅威が少ないのだ。
それに対して安心するとともに、信じられないと思う疑問があり、恐怖があった。ここは自分の知っている迷宮都市なのか?英雄都市の割に平和が過ぎないか?と。だから試した。酒を呑んでいる未だ未熟な男に、ギリギリ避けられない程度の攻撃を見舞って。迷宮内で推定前衛職が脅威を受けられないのであれば……ここは自分の知っている場所では無いと思っていた。
しかし受けきった。そして安心した。自分は神々の言う「ウラシマタロウ」なんかではなかったと。ならば自分のやることはこれまでと変わらない。いつか主神が来るまで大人しく過ごそうと。ここにオラリオの平和が守られた。
もし、この男が攻撃を受けて絶えられなかったら。ルインは今すぐ自重を捨て迷宮の外へと出ていっただろう。元より喧騒が嫌いな身の上だ。これから忌々しいギルドに縛られて見せ物になるくらいなら暴れてみようと思った筈だ。
街中で階層主レベルの化け物が暴れることは無くなった。
「…………うん。お兄さん、更新薬ってこの辺売ってない?」
「う…嘘でしょ…?今殺しにこなかった?絶対殺しに来たよねぇ!?なんでなの?なんでそんな日常みたいにまた雑談に戻せるの?怖いだけど!?」
「……五月蝿い」
「…あ、はい。質問に答えます(というか普通に犯罪紛いの品物探してない?)」
それが男にとってどれほどいい未来かは別だが。