ご質問ありがとうございます。宇宙全体がユニタリ発展しているかどうかを実証できる観測データは現在ございません。量子力学は対象系と観測者の合理的な分離ができるときに使えるものですので、本当の意味での宇宙全体には量子力学は適用できません。観測者を決めたとき、宇宙の観測者以外の系がユニタリ発展するかしないかしか議論はできない構造になっています。ご参考になれば幸いです。
古典系(古典力学)では、無知としての確率が出てくると考えるので、そもそも最初から1つの古典状態であるということです。量子力学とは異なります。
12時間ご質問ありがとうございます。そのとおりです。138億年前から宇宙に蓄えられていた「情報」としての量子状態は、観測者であるあなたにとっての「今」収縮します。この収縮は、宇宙背景輻射の中の光子を今、観測者が観測するという因果関係だけですので、因果関係は壊れません。量子的な重ね合わせ状態にある「宇宙の量子歴史書」を開いた「今」、それを読んだ観測者にとっての宇宙の量子状態が収縮するだけです。ご参考になれば幸いです。
19時間ご質問ありがとうございます。暖かいお言葉も感謝です。多世界解釈ですが、異なる無限個の基底に対して分岐が起きるという機構がわからないというのが、このnoteでの指摘となります。もし言葉どおり多世界解釈派の言い分を信じるならば、ご質問の中にあるとおりのことが起きるはずです。無限個の「今ここの私」が出てくることになってしまって、我々の経験とずれますという指摘なのです。多世界解釈はこの基底選択問題を解決していないし、また解決できる目途も全くないという欠陥があるということになります。ご参考になれば幸いです。
1日ご質問ありがとうございます。量子力学における情報保存則である「ユニタリー性」が壊れなければ、宇宙開闢までの歴史も、コップ、音、光、自分自身の情報も、どこかには保存されていることになります。ただそれがどこに、どのような形で保存されているかは様々なので、現実にその情報を掘り出してくるのは難しいというだけです。ご参考になれば幸いです。
4日Aが死んだり、記憶喪失になる場合でも、それまでにaとAの間に構築された量子もつれは、そのままあります。その量子もつれは観測者Bには実験的に確認することも可能です。意識を持った観測者としての資格をAは失うだけなので、Aにとってのaの量子状態という概念が無意味になるだけの話になります。
7日お気遣いありがとうございます。とくに必要がなければ、2冊目購入はご遠慮いたしますので。
9日ご質問ありがとうございます。まったく、その通りです。例えば4準位系だとSU(4)の生成行列15個と単位行列の線形和で任意のハミルトニアンは書けます。つまり2次元単位行列Iと3つのパウリ行列を使った
という4次元エルミート行列の線形和で、そのハミルトニアンは書けます。これは結局上の行列の組が4×4エルミート行列の基底を成すからで、あるエルミート行列であるハミルトニアンもそれで一意に展開できるためです。ご参考になれば幸いです。
10日(10日更新)1で、「別人に変わらなければ」という意味がとれません。2では、「別人Bでの測定で収縮した結果は、一般には、Aの最初の測定とは異なる」も、意味が取りづらいです。Bが得たaの測定結果は、aとAの間の量子もつれのせいで、Aが得ていたaの最初の測定結果といつも同じになります。3は、不必要に見えます。
11日測定対象の状態が収縮するかどうかも、観測者依存の概念です。1では、「観測者Aにとって」の対象の状態が収縮していますが、「観測者Bにとって」の対象の状態はまだ収縮していません。3で、初めて観測者Bにとっても対象の状態は収縮します。
11日なるほどです。つまり下の図のような状況ですね。すると、先ほど挙げられていた数学の定理とは関係なさそうです。ベクトルの数が∞であれば、確かに素朴にはベクトルの矢印の頂点は球面を稠密に覆えます。とくに、問題はないかと思います。
11日ご質問ありがとうございます。まずデコヒーレンスで密度行列の非対角成分を零にしても、それは混合状態のままですので、デコヒーレンスでは波動関数の収縮は出てきません。情報としての価値がなくなることで、量子が粒子化するという考え方だと、「粒子」という実在が関わっている気がしそうですが、情報理論である量子力学においては、そもそもそのような実在像は近似でしかありません。ご参考になれば幸いです。
11日「球の中心」とは球の表面ではなく、動径rが零となる球の体積部分の中心点のことでしょうか?また「ベクトルの向きをぐるぐる変えた」という文章の、「ベクトル」は経路に沿って移動する単一のベクトルなのか、それともある領域内で各点に様々なベクトルを置くベクトル場なのか、判然としませんでした。ベクトルの「無限の数」とは具体的に何を指されているのでしょうか?
12日すみません、ご質問の問題の意図を取り違えたようです。それは球面上の1つのベクトルの移動ではなく、球面上にベクトル場を置くときの話かと思います。1つのベクトルならば、自由に球面上を移動できますし、その移動の経路も球面上でいくらでも長くできるので、球面上に稠密に配置することも可能です。一方で、ベクトル場だと球面上の各点に1つのベクトルを生やすことになりますので、有限の長さのベクトルを各点に張り付けようとすると、特異点が生じます。しかし、球面上のある領域にだけ、長さが非零のベクトル場を置くことは、特異点なしでも作れます。
12日ご質問ありがとうございます。三次元における球面は、結局は二次元の円を連続的に繋いで構成できるので、そに意味では、特に三次元だけの特性というものはないと思います。ご参考になれば幸いです。
12日まず重要なことは、状態ベクトルや密度行列や波動関数は、対象系だけでなく、それを観測し、そして1つの事象だけを認知記憶する主体としての「意識」が仮定されるのみ、登場できます。ですから1の場合、DVDが意識をもつ観測主体であるかないかをどう仮定するかで、状況は異なります。もしDVDが意識をもつという仮定ならば、ネコの状態はチャーリーのときと同じように、ネコの状態ベクトルをDVDは考えることができ、その状態は|↑>か|↓>かのどちらかです。もしDVDが意識をもたない物体だという仮定ならば、そもそも「DVDにとっての」ネコの量子状態という概念は使えないのです。ご参考になれば幸いです。
12日1でもDVDとネコは相互作用をしますよね。するとDVDにとっても、ネコは|↑>+|↓>という変わらない初期の状態のままではいられません。
12日場合1のチャーリーではなくDVDであっても、この場合、DVDの記録が↑であれば、DVDにとってネコは|↑>ですし、↓であればネコは|↓>です。2の場合のチャーリーと同じで、|↑>+|↓>ではありません。ウィグナーの立場では、おっしゃるとおり、1でも1でも重ね合わせ状態になります。ウィグナーにとっては
|↑>|上>+|↓>|下>という状態になります。
12日と
では、意味が違ってまして、おっしゃる通りでsとτの違いです。sは空間距離の拡張としての時空間隔を指し、τは時間間隔の拡張としての時空間隔を指しています。2つの時空点の4元距離が正の場合は、その2つの時空点は「空間的(spacelike)に配置されている」と呼びますし、負の場合は「時間的(timelike)に配置されている」と呼ばれます。ですから、sとτでの4元距離の2乗の符号は反転をしているのです。相対論的な粒子は、常に時間的(timelike)に運動しますから、その作用はおっしゃるとおり、dτの積み重ねで書かれます。
12日二人の観測者AとBが、同じ一つのaという量子的な物体を観測する問題ですね。その場合は、AもBも、古典領域にあるマクロな量子系であるため、ほぼ古典的な特殊相対論と同じ扱いになります。従って、観測者Bから見た測者の波動関数ψ(p)も、ほぼ古典領域の波動関数になるため、古典論で近似して良いのです。ですから物体aの波動関数には影響を与えません。
17日この話では、薄いシェルでなくてもOKです。球対称につぶれるものならば、動径方向に厚みがあっても、地平面近傍では激しいローレンツ収縮を起こすので、thin shellと同じ効果が得られます。
21日ご質問ありがとうございます。「プラズマ生命体」を存じ上げないのですが、この定義次第かと思います。とくに「生命体」をどう捉えるかです。これは概念として似ているものの、「生物」とも違うものと思えます。人がそれを観察をして「生命がある」、「生きている」と思えるという条件だけならば、現時点でもプラズマ流体の中に生命を感じる人はいるかと思います。ただ本物の人工生物をプラズマで作りたいと希望すると、高度なプラズマ操作技術が必要なはずです。私は、プラズマ工学の専門家ではないので、そのような技術が何年後に創り出されるかは、お答えしかねますが、大変長い年月を要するだろうとは推察できます。
23日ご質問ありがとうございます。「真空のエネルギー」を、アインシュタインが導入した宇宙項というものだと考えると、その場合は、局所的な光速度は宇宙項がない場合と同じ値になっています。物質中では光速度は変わり、真空に比べて遅くなることが知られていますが、真空のエネルギーを変えることでは、光速度は変化をしません。真空中の光速度を一定の値にしているのは、そのような時空の本性だと今は考えられています。ご参考になれば幸いです。
29日ご質問ありがとうございます。観測者Aをふくむ測定過程を外部観測者Bから記述するときには、おっしゃるとおり、Aもマクロな量子系として重ね合わせ状態になりますので、基本的に記事の内容もよろしいかと思います。
29日ご質問ありがとうございます。場の量子論(QFT)でのプロパゲーターや他の2点関数は、量子もつれの計算には出てきますが、それそのものは量子もつれではありません。空間的に十分離れた2地点の、その周りの揺らぎについては、量子相関だけでなく、古典相関も含んでいます。しかし空間を2つに分けて、その2つの領域の間のエンタングルメントエントロピーを計算するときには、使う2点相関関数も、基本的はユークリディアン計量の時空での2点相関関数を考えます。その場合にはオフシェルのファインマンプロパゲーターではありません。ご参考になれば幸いです。
1か月再度のご質問ありがとうございます。量子カオスは不確定性関係のために存在しないのではと前世紀には言われていたのですが、今世紀になって、時間順序相関関数(OTOC)というものを使って再定義されて、ブラックホール物理でもよく使われるようになりました。古典系での半古典的密度行列近似でのリアノノプ指数も、そのOTOCと繋がっているというのが最近の理解です。その意味でもカオスから生まれる熱力学の理論という文脈で合っています。 ただ無限次元自由度をもつ場の理論の場合は、まだ数学が熟していないため、その離散的な近似モデルで量子カオスは扱われています。ご参考になれば幸いです。
1か月ご質問ありがとうございます。「ならす」ことで、量子系と同じ、密度行列や状態ベクトルの記法で記述できる場合も多いです。ただし少ない数の物理量の確率分布だけで、他の全ての物理量の確率分布が予言できてしまうなどの条件が必要です。また拙書第15章のPR箱理論のように、相関が量子系より強い場合には、許される物理操作が限定されてしまうこともあるので、いつでも「量子系」と同じということはありません。ご参考になれば幸いです。
1か月ご質問ありがとうございます。私はそうは考えません。多数の観測者を考える場合、1人の観測者にとっての対象は、その観測者以外の観測者全員と対象系Sの合成系です。その全ての系に対する状態ベクトルの自由度もいれる必要があります。A2が、A1やA0の情報を得て、このマクロ系全体の状態が1つに選ばれたとしても、それは観測者A0の状態がその前に1つになっていたという証拠にはなりません。A2にとっては、A0の状態もA2が観測したときに収縮をしています。ご参考になれば幸いです。
1か月ご質問ありがとうございます。超対称性理論では、ニュートリノにも「スニュートリノ」というパートナー粒子は考えられています。なお相対論的な場の理論で考えますので、電子とその反粒子である陽電子は1つのフェルミ場で統一的に記述をし、その超対称性パートナーも、粒子と反粒子を合わせて1つの命名をするのが慣習です。「selectron」と言えば、電子のパートナー粒子と、陽電子のパートナー粒子の両方を指して使われるが普通なので、spositronという呼び名は一般的ではありません。ご参考になれば幸いです。
1か月ご質問ありがとうございます。私の意見では、「ギリギリ回避」は、できていないと思うのです。「A0のアウトプットをA0にフィードバックしているだけ」ならば、A1はそもそも議論の中には要りません。またA0とは異なる、本当の観測者としてのA1が居るのならば、そのA1にとってのA0は、独立したマクロな量子系です。A1=A0とするならば、どうしても矛盾が出てきます。ご参考になれば幸いです。
1か月ご質問ありがとうございます。量子力学は観測対象と観測者の合理的な分離ができる設定で、初めて定式化されるものです。ですのでA1をA0自身とすることはできません。小澤先生の証明がやはり合理的です。自分が自分を観測する場合については、関連記事として下記がありますので、ご参考にしてください。
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