夜に包まれた『英雄都市オラリオ』に冒険者の喧騒が鳴り響く。
常時であればそれは英雄都市を賑わせる一種の名物の様なものではあるが今回は少し毛色が違った様だ。
その原因となる、とある酒場の前で二人の漢が向かい合っている。一人はオラリオ随一と謳われるフレイヤファミリアの【猛者】と並ぶロキファミリア
もう一人は商業系都市最大の派閥の一つであるデメテルファミリアでありながら都市最高の第一級冒険者の中でも上澄と謳われ、金時と同じくレベル6まで上り詰めた異端の漢。レベル6【朱槍】クー・フーリン。
正に一つの頂上決戦とも言える闘いが今始まろうとしていた。
「いや、冷静に解説してないで、さっさと止めてくれません?」
周りを囲む冒険者に混じり一人脳内解説をしていた僕に隣から声をかけたのは今は豊穣の女主人のウェイトレスをしている呼延灼だった。
薄い緑のワンピースと白いエプロンを組み合わせた様な可愛らしい格好をした彼女は私に近づき、酒場の入り口の方に向け指を指す。
そこには仁王立ちで腕を組み、何故か僕の方に視線を向ける怒り心頭の様子の店主の姿がそこにあった。
「マジカヨ」
『いや、僕の所為ではないだろ。』はたして、この言葉を堂々とあの店主に言え者は、どれほど居るだろうか。残念ながらこの英雄の現身を持つ今の僕であろうとも今のあの店主に立ち向かう勇気は無かったのである。
しかし、この状況を何とかしなければいけないのもまた事実。謂れ無い批判は受け付けないことを常としている僕ではあるが、今の僕は【聖騎士】だ。
例えどれ程、面倒でやりたくない事であろうとも、この二つ名とファミリアの名前を汚す様な行いは出来ないのだ。
「金時、クー・フーリン、少し落ちーー」
「戦場は此処か!」
僕が二人を止めようと一歩踏み出した瞬間、荒ぶる戦バカことアストレアファミリアのレベル6【
その格好は彼女にしては珍しく、白い下地に黒い蝶が舞う可愛らしい着物を着ていた。だが、その纏う雰囲気は階層主すらも怯ませる様であった。
金時とクー・フーリンの二人は景虎の乱入に好戦的な笑みを浮かべ拳を握り直す。他派閥のレベル6がこうも一堂と会すると正にオラリオ頂上決戦が始まろうとしているのかと周りの冒険者達も更に興奮すると言うものだ。
さて、三者が睨み合い正に場は一触即発の雰囲気となる。しかし、ここまで騒いでしまうとやってくるのはこの街の自警団となるファミリアだ。
「これはどう言うことですか」
三人を囲んでいた冒険者達は彼らを見ると先程まで騒乱であったその声を収め、彼らガネーシャファミリアに道を開けて行った。
その先頭に立つのはガネーシャファミリア団長であり、都市を護るオラリオ最強の『弓使い』。レベル6【守護者】アルジュナ。
「今すぐに解散なさい。そうすれば今回は大目に見ます。」
静かに、しかし依然として話す彼の言葉に周りの冒険者は鎮まり、多くの人々はこの喧嘩も終わりを迎えるものだと考えているだろう。
しかし、『思い通りに行かないのが彼等』だと僕は心の中で諦観していた。
ーーなぜなら。
「「「断る」」」
コイツら全員、現身だけとは言え一騎当千、万夫不当を謳われた英雄達だ。戦いを目前に引くなど、ましてや己が意思を貫こうとする場において引くなど、彼らは絶対にしない。
「では、実力行使で行きます」
そして、このアルジュナもまた自身を曲げることをしない面倒な同志の一人である。
かくして、終息の気配さえあった混沌の喧嘩騒動は新たな混沌を迎え正に火に油の様、燃え上がる火に周りの冒険者達でさえ己が危険を抱き始めていた。
ガクガクと震えながら涙目で僕を揺らす呼延灼は可愛いものではあるが、どうやら店前で暴れられている店主が本格的に頭に来ているようなので、そろそろこの喧嘩と+αに決着を着けるとしようか。
(はぁ、何でこんな事になってしまったのやら)
僕は今にも素手の殴り合いという名の戦いを始めそうな四人を止める為に歩き出し、何故この様なことになってしまったのか、と一人頭の中で回想を始めた。
空で燦々と輝いていた日が暮れはじめ、星々が薄ら顔を出し始めた頃。僕たちは各々が私服に帽子やローブ、眼鏡やゴーグルといった変装ともいえない絶妙な格好で【豊穣の女主人】と言う酒場の前に集まっていた。
そう、店の前だ。
本来なら待ち合わせは早く来た人から店内で待つ予定ではあったのだが、ならば何故、僕たちが店内に入らず店前で待っているのか、その理由はとある顔見知りのポンコツウェイトレスのせいだ。
「おっ、お待たせ致しました!八名様、直ちにご入店頂けます!」
勢いよく頭を下げ、若干涙目になっている彼女の名は呼延灼。かつては顔を隠しオラリオ最悪の時代である暗黒期に置いて【粛清者】と呼ばれ凄腕の暗殺者として名を馳せた女。しかしてその正体は元アストレアファミリアのレベル6【
その彼女が何故ここ【豊穣の女主人】のウェイトレスとして働いているのか、それは話せば長くなるのでまた今度。
「もー、遅いよ呼延灼」
そう言って計算し尽くされた、とても可愛い膨れっ面をした自称二十歳と謳う、この年齢詐欺なロリは名をダ・ヴィンチ。ゴブニュファミリアのレベル4【
だが、コイツの前世は男だ。如何に今が可愛く、本人もそれを自覚しているからこそ本来のダ・ヴィンチの気持ちがより分かるとか言って自分がとても可愛く見える画角を全て理解し、披露していたとしても。
コイツは、(元)男だ。
性格は絵に描いたような優しくて可愛いロリっこムーブをしている(自称)。でも窮地になると素の性格が出てしまい、とても口の悪いネット民の様になる。
「そう言ってやるな、ダ・ヴィンチ。呼延灼もあんまり気にしなくていいぜ。最終的にはそう待たずに入れたんだしよ」
そして爽やかにダ・ヴィンチを嗜め、呼延灼にもさり気なくフォローをした彼の名はアキレウス。ヘルメスファミリアの(一応)レベル5【
前世ではタクシードライバーをしていたらしい。(僕はホストだと思っていた)性格はとても穏やかで優しい。でも誰かのために本気で怒れる強い面もある頼れる同志だ。
「それでは早速はいらせてもらおう」
そう言って白い着物に身を包んだ彼女、デュオニュソスファミリアのレベル5【
彼女を一言で言えば、静かに、そして美しい戦いに魅入られた別種の戦闘狂だ。暗殺や隠密だけで言えば格上であるはずの呼延灼すら凌駕する程の腕を待ち、緻密な計画と準備で数々の仕事をこなしてきた。
だが、そんな彼女も弱点が二つありその一つが酒だ。彼女は酒を飲むと普段の凛とした姿からは想像も出来ないほどの笑上戸になる。(彼女曰く前世からずっとそうらしい)もう一つの弱点は呼延灼とマシュしか知らないらしい。
今ここには僕を合わせて五人しか居ないが、後の三人はどうやら遅れて来るみたいだ。
「私たちも中に入りましょうか」
そんな彼ら彼女らを眺めていた僕に「ポン」と肩に手を乗せマシュが店内に入ろうと促す。
思えば彼女はこの僕たちが狂わせた世界では唯一、暗黒期を経験していない同志になる。
他の同志と比較的、付き合いが長いからか、どうにも彼女は僕の隣や後ろに張り付く癖の様なものがあるような気がする。そして何故かボディタッチを頻繁に行ってくる。
性格は臆病ながらも、止まらない暴走戦車の様な印象を受ける少女だ。そして僕ら同士達を繋げる一つのパイプ役をこなしてくれる頼もしい少女でもある。
「あぁ、呼延灼、案内を頼む」
僕がそう呼延灼に伝えると彼女は「かしこまりました!」と元気よく返答し、「ご予約のお客様の入店です!」と掛け声をかけ、しっかりとウェイトレスとして予め予約していたテーブル席に案内をしてくれた。
最初はこのポンコツに本当にウェイトレスが務まるのかと心配した日も少なくはないが、今は多少のミスはあれど、しっかりと仕事をしている様で安心したと言うものだ。
さて、今日、僕たちが集まるのには二つ理由がある。一つ目は僕たちの後ろのカウンター席に来るはずの
だが、それはそれとして、
「このパエリアとか美味しそう〜!」
「こちらのパスタも食べてみたいです!」
「とりあえずドリンクから頼むか」
「そうだな、私は果汁酒で頼む」
「僕は水を頼む」
「よし、分かったぜ」
「すいませーん」と最速の大英雄がウェイトレスを呼ぶ。よくよく考えてみれば、僕たち今その大英雄に注文取らせたんだよな。この現身となって早十数年たつが未だに慣れないな。
「はーい、ご注文を伺いますにゃ!」
そうしてやって来たのは黒い髪をショートにしたキャットピープルことクロエだ。彼女はアキレウスの顔を見た瞬間「げげ!にゃ!」と特殊な驚き方を披露し、「ビシッ!」と効果音がつきそうな手振りでアキレウスを指さす。
「な、なんでオミャアがここに居るにゃ!」
「なんでって酒場に客が居るのは普通だろ」
「そ、そうじゃなくて、私が言いたいのはーー!」
「とりあえず注文はーー」
「ちょっ、ちょい待つにゃ!」
そう言ってアキレウスはクロエの動揺はお構いなしに注文をしていく。クロエは慌てながらもアキレウスが言った注文内容を確認し、少し後ろ髪を引かれる様にしながらも注文内容を言いにキッチンの方に向かって行った。
「…あの、クロエさんとアキレウスさんとの間に何かあったんですか?」
先程の会話から気になったのであろうマシュが僕に小声で質問を投げかける。「あぁ、それはーー」と僕は彼女に回答しようとしたが、「ただ昔、戦ったことがあるだけだ」とアキレウスは僕の回答に被せてきた。
まぁ、何も隠す様なことはないが、それが彼の答えとするなら、それを尊重するか。
そこからは料理の来るまでの間にたわいのない会話を一通り楽しんだ。そして料理が来てからは各々がその料理や酒に舌鼓を打ち、これまた楽しんだ。
そしてーー
「いらっしゃいませ!」
「こ、こんばんは」
「来てくださったんですね、
やはり、物語は進んで行く。