血濡れの少年が街を走っている。
周りの人々はその滑稽な、そして愉快なその少年の姿に笑いをこぼし、しかしまた僕もその少年の後ろ姿に期待と尊敬と多少の嫉妬を持って、笑みを浮かべ見送る。
多分、少年はギルドのエイナ氏の元に向かうのだろう。
若く、青く、そして純粋だ。
ーーあぁ、始まってしまうのか。
裏路地に足を運びながら、僕はこれから来る終わりと始まりを感じていた。
10年前、僕は今日という日を散々に待ち侘びた筈ではあるのだが、こうもあっさりと終わりが来てしまうと多少は残念と思ってしまう。
「いや、戯言だな」
これは元々、僕たちの物語ではない。
あくまでも僕たちは『異端者』であり、この世界にとっては『異物』でしかない。
どこまで行っても僕たちはこの世界の『部外者』。
しかし、僕たちはそれでも走り抜けた。
今日まで、今まで。
血反吐を吐き、狂気に怯え、信念に苦しみ、それでも叫んだ。
それはとても不恰好な『モノ』でお世辞にもカッコいいとか、キレイなんて言えたものじゃないが、
それでも、得るものはあった。
救えるものはあった。
だから、僕はーー
・・・・・
ーー何はともあれ、『祭り』を起こすまで2ヶ月と少し。
原作が順当に始まったとするなら、今日は何も起こらず明日の夕方の『豊穣の女主人』で原作が始まるはず。
ポンコツエルフの枠には我が『同志』の1人を当てがわせたが、あの打たれ弱いポンコツは大丈夫だろうか、、、
まぁ、レベルだけで言えば『あの女主人』と同レベルだし、大丈夫ではあると思うが。
兎にも角にも、今は
だが僕にとって良い方に考えれば今なら邪魔は入らない。
ーー第一段階の準備をするなら今しかないな。
僕はそう考え屋根に飛び乗る。
これより先は悲劇も惨劇も起こらせない。
「さて、お互いに頑張ろう、
そう言えば明日の夜には全員が『豊穣の女主人』に来るとは言っていたが、しっかり変装はするのだろうか。
、、、心配だ。
「こんな辺鄙な酒場に何の様だネ?」
ここはダイダロス通りにある酒場。名を【
誰しもが此処に故意に来ることが出来るわけではない不思議な酒場だ。
そのマスターとしてグラスを拭きながら僕に話しかけたのは壮年の男。
名を『モリアーティ』。
かつてオラリオにて『悪の博士』として畏怖され、そして討伐された筈の当時最高のレベル7であった
しかし彼が
その一つがアストレアレコードの改編だ。
アストレアレコードを改編するためには、どうしても
それも『悪』に染まらず『悪』を成せる、そんな内通者が。
故に彼の出番が来た、と言うだけのことだ。
ーーだが、それも過去のことだ。
彼はその内通者を演じきり、そして今は
言わば役目を終え劇場の舞台袖で次の出番を待つ影板の様な存在だ。
「酒を頼む」
そんな彼に、僕はいつも通りの注文をする。
あまり酒の知識に明るくない僕はいつもこの一言だけだ。
モリアーティは僕の曖昧な注文に少し不服そうにしながらも「かしこまりました」と了承の意を伝え、グラスに酒を注ぐ。
「特製の果汁酒だ、これを飲んでサッサと要件を言いたまえ。」
モリアーティはそう言って紫色に怪しく靄のかかる果汁酒(?)を僕のカウンターの前に置いた。
「相も変わらず、酷い見た目だな」
僕の少しからかいを含んだその言葉にモリアーティは「ふん」と鼻を鳴らし、それ以降の話はその酒を飲んでからだと言いたげに目を伏せ、次のグラスを拭き始める。
ゴクッ
グラスに入った果汁酒(?)を僕は一息に飲み干し、「まずい」と酒の感想を述べた。
「キミはどの酒を飲んでもそう言うネ」
呆れたように、或いは諦めたように、モリアーティはそう言葉を溢した。
事実、僕はどの酒を飲んでも美味しいとは感じないし、どれだけの量を飲んでも酔うことは今までで一度たりとも無い。
一つの考察として、これは僕が宿すとある『スキル』が影響しているものと考えているが、彼にはその事は話していない。
故に、モリアーティは少し僕のことを苦手に思っているかも知れない。
、、、あくまでも僕の仮説にすぎないと、信じてはいるが。
「それで今回はどの様な、ご依頼かネ」
三つ目のグラスを手にとり、モリアーティは僕に尋ねる。
「『祭り』をしようと思う。」
端的に返したその言葉にモリアーティはグラスを拭く手を止め、今日初めて僕と目を合わせた。
「それは、、、いや、分かった。」
モリアーティはそう言うとまたグラスを拭き始める。
「『何故』とは聞かないのか?」
僕はそう、モリアーティに問いかける。
彼は三つ目を吹き終え、二つ目のグラスに手を伸ばし、拭き始めた。
暫しの沈黙の後、彼は「ふん」と鼻を鳴らし、
「仮に私が君に何を言ったところで君は何も変えはしまい。」
「ならば、数少ない友として君に反論すべきことは無いサ。」
彼はそう言って少し悪どさがある笑みを僕に向けた。
確かに、彼の言う通りだ。他の誰が何と言おうが僕はこの選択を変えることはしない。
例えそれが、長き道を共に歩んできた同志であったとしても。
僕は、僕の選択を変えない。
むしろ、ここで変えてしまう様なら、あの日僕はもう一歩も歩いてはいないだろう。
「それにーー」
「その問いの答えは、既に
彼はそう言って二つ目のグラスを置き、次のグラスを手に取る。
僕はその姿に多少の驚愕と出し抜かれた様な悔しさ、そしてそれ以上の安堵と納得を感じた。
だが、伝えたい事は伝えられた。
僕は幾ばくかのお金をカウンターに置き、席を立つ。
モリアーティは何も言わず、ただ次のグラスを拭き始める。
「人の心理を理解するほどに、キミは己の道を見失って行くだろう」
扉を開けようとした僕に、モリアーティは声をかける。
「これまでのキミは、我らの信念を貫き、キミの道を歩んできた。」
「それは良くも悪くも、キミが他人を顧みなかった結果サ。」
「だが、それでは明日を進めないと言うのならーー」
「ーー荷物が重い時は、誰かに分けたまえ。」
それは、長年肩を並べ共に戦ってきた戦友の言葉。
いつも、どんな時も『モリアーティ』として生きてきた彼の僕が知る限り
ーーとても重い。とてもクサい。とても、『キャラ』じゃない。
何とも彼らしくない。
何とも『モリアーティ』らしくない。
でも、
ーー多分、本来の『キミ』らしいのだろう。
「、、、ありがとう」
小声で呟いた僕の声は彼には届いていないだろう。
そも、届けるつもりもない。
何故なら『
「ーー参考にしよう」
だから、彼に送る言葉はこれくらいで丁度良い。
その言葉を最後に、僕は酒場を後にした。