おっさんクレーマーの怒りはどこへ行くのか
本屋で騒がしく文句を言っているおっさんがいた。
聞き耳を立てていると、買いたい本が入ってこなかったみたいな様子。
「お前らが手抜きをしているから、なんなら棚卸やるぞ、情報と突き合せれば嘘をついていることが一発でわかる」
「4月のものが手前にあって、今は6月なのに新しいものは奥にある。あり得ない。古いのを買ってしまう」
「Amazonで頼めばすぐに届くのに、どうして本屋には届かないんだ」
「わざとか!それは法的には故意の過失になるぞ!」
本屋の店員さんは
「売れるものならうちは売りたいし、お客様が買えないようにわざと売り場を乱すようなことはしないけれど、すべての本棚をずっときれいにしておくことは難しいし、発注に漏れがあることも当然注意していても起きてしまう」
と、至極真っ当なお返事をしているのだけれど、おっさんは怒りが止まらない。
このおっさんは、いったいどうしたいのだろう。
本がスムーズに手に入らなかったことが、そんなにも腹立たしいのだろうか。
いや、違うだろう。
おっさんは、正義に燃えていた。
本屋は、いや、店はかくあるべきなのに、全くできていない、それに怒りの声を上げなくてはいけない。
おそらく、おっさんはそのような義憤に突き動かされていた。
本屋はありとあらゆる様々な競合に立ち向かうべく努力をしているし、逆にいうと客の自由も尊重している。どこで買っても自由なのだ。
なのに、本屋は客を選べないとは!!
おっさんの怒りは、まあ悪いもんじゃないけど、「社会の怒り」としては機能していないのだ。その怒りに意味はほとんどない。だからおっさんの怒りは「古い社会のルールを守らせようとするおっさんのエゴ」でしかなくなっている。
社会の形はあっという間に変わっていく。
特に商売は変化が激しい。
今までの常識があっという間にウソになる。
そういうところの最先端で毎日戦っている人間が、古い価値観しか持っていない人間をお客に対応してあげなきゃいけないのって、すごい負担になる。
おっさんの義憤は、ほんとに警備員呼んで出禁食らわせたいくらい迷惑な行為だ。
でも、おっさんはこれが正しいと思っているんだよね!
そこを分かり合う事は、難しいような気がするし、そこにコストをかけるなんて、ほんと困る。
お店もお客を選ぶ。が、お店がお客を選ぶなんて事があってはいけないと思っている常識はずれが、いつの時代にもいる。
昔ほどわかりやすく身分の違いが見えなくなっているから、そんなものはないと思っている人も多いけれど、実際にはわたしたちは今もありとあらゆる角度から格付けされて、選別されている。
お店のお情けで買い物をさせてもらっている状況も、多々ある。
これはもう良し悪しじゃなくて、現実問題そうだ。
おっさんの怒りは、誰も拾ってはくれない。
誰も同調したり、納得したり、その通りだと一緒に怒ってくれることはない。
おっさんは、孤独で、怒りというもので覆い隠されている本質は、ものすごく弱い。弱者といっていいほどに、弱い。
かわいそうに、と一瞬だけ思った。
その怒りは、人から疎まれるだけのものだ。
自分と社会と、文句を言っているお店を立派にしてやろうとしているその怒りは、何の役にも立たないどころか、最悪おっさんはクレーマーとしてつまみ出される。
自分の弱さに直面させられる事になる。
が、個人的には、そういうエゴに満ちた消費者という破壊者は全員改心するべきと思っているので、いつ店員が警備員を呼ぶのかまで見届けたかったけど、さすがに時間がなかったので、あきらめた。
ここから先は
¥ 150
つよく生きていきたい。



購入者のコメント