もしもアイズに、か弱い妹がいたら


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作:エヴァンオニオン
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2話



 感想や高評価が嬉しかったので、御礼です。なんなりとお受け取りください。


 

 夜。

 目の据わった姉から何とか解放されたアイネは、外出の許可を得るためリヴェリアのいる部屋へと赴いていた。

 

 部屋の主である王族の彼女は、幼い少女の来訪に柔和な笑みをもって真摯に応えてくれる。その気品溢れる美しい佇まいにアイネは一瞬目的を忘れて見惚れてしまうも、直ぐ様頭を振って思考をリセットした。

 

「ごめんなさい、リヴェリア。私なんかのために忙しい中貴重な時間を使わせてしまって」

「子どもが一々そんなことを気にするな。それに、自らを『なんか』などと表現する言い回しは、二度と使用しないようにと説いていた筈だが?」 

「あ、あれ……つ、使いましたか? ご、ごめんなさい」

「………」

 

 自然を装って考えていることをそのまま口にしたため、アイネは自らの吐いた言葉がどのような言い回しだったのかを全く把握していなかった。

 

 挨拶に含まれたほんの僅かなミスではあったが、リヴェリアはそれがアイネが慌てて言葉を吐き出したがために溢れた内側に潜む本心なのだと察し、眉を顰める。

 

 アイネは体調を崩しファミリアの者達に看病をしてもらっていた際、よく自らを卑下する言葉を使っていた。

 迷惑を掛けてごめんなさい、私なんかのために時間を使わせてごめんなさいと、熱に魘されながら必死に謝罪の思いを口にしていたのだ。

 

 アイネからすれば、それは大好きな皆の労力を無駄に使用させてしまうことへの単純な謝罪であったが、リヴェリアにはその途切れそうな想いと言葉はあまりにも重かった。

 

 まだ年齢一桁の少女が抱くものでは決してない。切実とも呼べる少女の叫びは、自らの運命を呪う言葉でも、境遇を嘆く言葉でもなかった。

 自分がどれだけ苦しみ、痛みに喘ごうとも、いつもそのことに対しては何の願いも恨みも言葉にせず、口にするのは決まって周囲の者達を慮る謝罪の言葉。他者を責めることもせず、少女は唯、只管に自分を下げて皆へ謝っていたのだ。全部、私のせいだと。

 

 それが、全てを受け入れ自らの終わりを悟っているかのような諦観から来るモノのように感じてしまい、その事実が、そのような謝罪を言わせてしまった己の無力がリヴェリアの心に深い傷を付けたのである。

 

 実際は、アイネが己の身体よりも皆の方が大事だからこその謝罪であり、自分の現状を別に諦観はしておらず、もっと言えば幸福で恵まれていると思っているが故の言葉だったのだが。

 

 無力感に苛まれているリヴェリアは、自分がどれだけアイネに好かれているのかを察することは出来なかった。

 

「さ、さて! 早速なのですが本題に入ってもいいですか!」

「ん……ああ、すまない。話してくれ」 

「では単刀直入に言いますね! 今回私は、リヴェリアにお願いがあってきたのです」

「お願い?」

「街に出る許可を下さい!」

「…………」

 

 その願いに、リヴェリアはもう一度眉間に皺を寄せた。

 

 街に出る許可がほしい……何も難しい願いではない。それどころか、とてもささやかな願いだ。願いとも呼べないほど、小さくて簡単なこと。

 叶えてあげたい気持ちは勿論ある。普段は願い事の一つも溢さない少女が初めて希ったことだ。きっと、本当に強く望んでいるのだろう。外に夢を織り込み、希望を見ているのだろう。

 けれど、故にアイネにとっては残酷なことだともリヴェリアは理解していた。

 

 闇が蔓延る暗澹とした今は、特に。

 

 まだアイネの外に抱く夢を壊したくない。だから、リヴェリアは覚悟を決めるしかなかった。

 

「……悪いが、それは許可できん」

「! ……そ、それは……どうして?」

「……私情だ」

「え、私情?」

 

 上手に表現を纏めたとしても、恐らくアイネを我慢させるだけ。だからリヴェリアは、せめてもの誠意だと心情を嘘偽りなく吐露することにした。

 私情……この言葉以上に、却下を出す本当の理由は思いつかなかったのだ。

 

 

 案の定、却下されるとしても身体方面での理路整然とした理由が述べられると思っていたアイネは、困惑の色をまるで隠せていない。

 

「えっ……と。……私情、とは?」

「私が、お前にまだ此処に居てほしい」

「え、え? そ、それはなぜ?」

「お前のことを……大切に思っているからだ」

「な、えっ」

 

 これほどストレートな物言いを、リヴェリアが使用しているところを見たことがない。憂いを帯びたその表情も相まって、アイネは言葉を失った。

 

 リヴェリアが勘違いしているような強い願いの感情ではなく、「許可が貰えたら嬉しいな」程度の軽い気持ちで街に行きたいと言ったアイネ。ラウルとのやりとりの延長線上のようなもので、全部が何気ない会話だった筈なのに、返ってきたのは普段は凛としている美しい女性の哀しげな重い影の色。

 動揺するなという方が無理があった。

 

「リ、リヴェリアがそんなに率直な言い方をするなんて、驚きました」 

「普段から思っていることだ。お前の言い回しを正そうというのだから、私が手本になるように心掛けるのは当然のことだろう」

「な、なるほど……?」

 

 それなら分からなくもない。しかし、であれば何故そんなにも苦悩の表情を浮かべているのだろうか。

 

 言動と表情が全く一致していないように感じて、やはりアイネは困惑の渦から抜け出せなかった。それを差し引いてもあまりある歓喜の気持ちが、リヴェリアの吐露した想いによりアイネの心身に染み渡ってもいるのだが。

 

「えっと……兎に角街に出てはいけないということでいいのでしょうか」

「……ああ。……すまない」

「い、いえ……えへへ、寧ろリヴェリアの想いを聞けてとってもハッピーです。私は、世界で一番幸せな人間ですね!」

「───……か、からかうのはよせっ」

「ふふ、普段から思っていること、です!」

「! ………ま、まったくッ」

 

 やり返しのようにリヴェリアの言葉をそっくりそのまま返すアイネ。とても楽しそうにしているため、苦言の一つを漏らすこともできやしない。

 

 こういうところは、フィンかロキにでも倣ったのだろうか。もしそうなのだとしたら、彼らとも話をする必要がある。殆ど八つ当たりにも似た感情を抱きつつ、リヴェリアは思わず表情を緩めた。

 

 そしてアイネの浮かべる眩しい笑顔を見つめ、暗い気持ちは僅かに軽く、温かいモノへと変化していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 リヴェリアと別れたアイネは、偶然近くを通り掛かったラウルを無理矢理捕獲していた。理由は勿論、話を聞いてもらうためである。

 

「許可、貰えませんでしたラウルさん」

「あ、そうっすか。良か──ゴホン!! そ、それはその……残念、でしたね?」

 

 ラウルとしては、解りきった答えだったために微妙な反応を返すことしかできない。身体を何時崩すか解らない重要な立場の少女を、今の暗雲立ち込めるオラリオの街へ送り出すなど頭を回さずともありえないと分かっていたからだ。

 

 けれど、それは飽くまで此方の事情。アイネからすればとても納得できることではなく、愚痴を溢したいのだろうとラウルは予想していた。

 

 

 

「よし、次の手を考えましょう」

「え、次の……手?」

 

 

 

 次の手とはなんだ。不穏な言葉に、ラウルは硬直した。

 

「リヴェリアに、此処に居てほしいと言われたので……リヴェリアに心配を掛けないように、街へと出なければなりません。何か良い手はありますか?」

「ちょ、ちょっとまってください!!」

 

 なんで当たり前のように次の手に移ることを考えているんだ。そして、なぜ自分も共犯の一人のような接し方をされているんだ。

 唐突な展開と扱いに、ラウルはついていけなかった。

 

「許可もらえなかったんですよね!? 諦めたんじゃないんすか!?」

「最初は許可を貰えたら良いな位の感覚だったのですが……この場でラウルさんを見つけてしまったからには、諦めるなんて選択肢は消えちゃいますよ、普通」

「なんすかその理由! どこが普通なんすか!!」

「全部、ラウルさんのお陰です……ありがとう」

「全然うれしくない!!」

 

 流れるように弾を撃ち込んでくるアイネの理解不能な言動の数々に、叫び声を上げるラウル。

 

 今この黄昏の館において、彼以上に頭を抱えたくなる衝動に駆られている者はいないだろう。

 しかし、呑まれるわけにはいかない。ラウルは、雰囲気と言動がまるで合致していない目の前の素っ頓狂な少女を抑えるべく、必死に言葉を繰り出した。

 

「許可が出てないのなら駄目ですよ! 大人しく部屋で休んでいてください!」

「フリですか?」

「フリじゃないです!!」

「では、休んでいるフリをして抜け出せという意味ですか?」

「違います! なんでそう言葉を曲解して受け取ろうとするんすか!!」

「じゃあ、どういう意味なんですか!」

「言葉通りのそのまんまの意味っすよ! 兎に角街に出ないで下さい!!」

 

 少女の勢いを抑えつけるように更に強い勢いで捲し立てるラウル。

 

 多少の効果はあったのか、アイネは勢いを弱め不満気に口を尖らせた。

 

「ならば、ラウルさんはどうすれば私が街に出ることが出来ると考えているのですか?」

「そ、それは……団長達に外出許可を得ることが出来れば──」

「どうすれば許可を得ることができるのですか。一番可能性のあるリヴェリアですら、一部の可能性を垣間見せることなく却下を突き出したのに」

「……そ、れは」

 

 無理だ。アイネがどれだけ希おうとも、今は絶対に許可が下りることなどないだろう。

 緊迫した現在のオラリオでは、僅かな隙ですら致命的な傷になりかねない。様々な要素が積み重なって、どう考えても団長であるフィンが許可を出す情景が、ラウルには想像できなかった。

 普段はちゃらんぽらんな主神のロキですら、そこは間違いなく弁えている筈だ。

 

「ほら、正攻法では何も思いつかないでしょう? だから私と一緒に外法に身を染めようと誓いあったではありませんか!」

「そんな誓いした覚えないんすけど!?」

 

 そんな物騒な誓いをしてしまっては、何名かの保護者にガチで八つ裂きにされかねない。その未来を具体的に感じ取ってしまい、ラウルの背筋には冷たい汗が流れた。

 

「そ、そうだ! アイズさんにまずは意見を仰いでみたらどうっすか?」

「え……お姉ちゃんに?」

「はい! 実の家族であるアイズさんなら、きっと自分よりも良い言葉をくれると思いますよ!」

 

 当然、ラウルは妹を誰よりも大切にしているアイズが、そんな危険な行為を許すとは全く思っていない。それどころか、フィンやガレス、【ロキ・ファミリア】の全員を説き伏せるよりも、アイズ一人を納得させることの方が、何倍も難易度の高いことだと確信していた。普段の執着度合いからしても、まず間違いないだろうと。

 

 そのためラウルは、自分では抑えきれないこの少女の対応を、最も特効のあるであろうもう一人の少女に押し付けることにしたのである。

 

 

 そのような思惑があるとも知らず、アイネはしどろもどろと歯切れが悪そうに言う。

 

「う、う~ん……お姉ちゃんは、その……不味い予感がするというか……こんなことを企てていると知られたら、何を仕出かすか分からないというか……」

「何を仕出かすか分からないのはこっちも同じなんで問題ないっすよ。それに、このまま何も言わずに抜け出したときの方が恐ろしいことになりますよ、絶対に」

「う……た、確かに」

 

 自分が居なくなったときの姉の顔を思い浮かべ、アイネは戦慄した。そして、大凡弁解の余地なく制圧されるまでの想像が容易に出来てしまい、恐怖で表情筋が引き攣る。

 

 手加減はされるだろうけど、絶対その後が怖い。過激な行動が更に跳ね上がる恐れだってある。それを知り、アイネは唸り声を上げた。

 

「で、では……まずはお姉ちゃんから外出許可を得るべきでしょうか」

「そうっすね、やっぱり一番はアイズさんだと思いますよ。そうすれば、皆納得の結果になる筈ですからね!」

「そう、ですね……うん、そうします! まずはお姉ちゃんは説き伏せてみせます!」

「その意気っす! 姉妹で納得いくまで存分に語らい合ってください!!」  

「ありがとう、ラウル! やはりあなたは最高の共犯者だ!」

「共犯者ではないんですけど!? ちょ、それ絶対にアイズさんに言わないでくださいね!? 約束っすよ!!?」

 

 『わかってます! 吉報を楽しみにしておいてくださいね!』と、ラウルの声に応えるような言葉を残し、アイネは去っていった。

 

 それを見送り、何とか軌道を危険な方から別のベクトルで危険な方へと持っていけた為、ラウルは一番の危険地帯からは逃れることが出来たと、安堵の溜息を静かに溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 覚悟と希望を胸に、アイズの所へと向かったアイネは。

 

 

 

「お……おねえ、ちゃん?」

 

「………………………」

 

 光の消えた瞳のアイズに、無言でベッドへと押し倒されていた。

 

 どうしてこうなったんだと考えると同時に、アイネは理解した。

 

 リヴェリアに怒られることよりも、怖いことが世界にはあるのだと。

 

 

 光のない姉の瞳に映る震える自らの姿を確認し、アイネはかなり後悔するのだった。

 





 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
 
 もう続かない……この小説は続かないんだぁ……
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