デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
トウカイテイオーが骨折した。
そのニュースは瞬く間にメディアを通じて人々の間を駆け巡り……二冠制覇のお祝いムードは一夜で終わってしまった。
私がまず真っ先に心配したのが、トウカイテイオーのメンタルだった。
彼女は無敗での三冠制覇に強い執念を抱いていた。今でもきっと変わらないだろう。いや、今だからこそ、よりその想いは強くなっているかもしれない。
:折れてるって言われるし、注射されるし、散々だよ〜
:久々に全力出しちゃったからかなぁ? とにかくボクはしばらくゆっくりするつもり
メッセージでお見舞いの言葉を送ってみたところ、返ってきたのは軽めのノリだった。
面と向かって声を聞けば彼女の内心も少しは察することもできるだろうけど……今はまだ、そっとしておこうと思う。
トウカイテイオーにも、自分の感情を整理する時間が必要なはずだ。
というか、私は私でそれどころじゃないかもしれない。
「遺憾ッ! 一部ネットにおけるナイスネイチャへの誹謗中傷は目に余るものがあるッ!」
「は、はぁ、そうですか」
私は今日、トレセン学園の理事長室に呼び出された。
部屋にはうちのトレーナー他、たづなさんと会長さんも同席している。
五者面談かなー? と現実逃避したいけど、この感じだと逃げられない面倒事なのは間違いなさそうだ。
「学園側としましては、SNSで自分の評判を調べる俗に言うエゴサーチというものを推奨していないので……こうして間接的にもナイスネイチャさんにお伝えするのは、その、憚られるのですが……」
「いやいや、たづなさん。私も現代っ子ですからもちろん知ってますよ。少しも耳に入れないわけにもいかないですし。あれですよね? 私がトウカイテイオーの骨を折ったーとか、そういう騒ぎの」
「憂慮ッ! 我々はナイスネイチャの精神面に悪影響が出ないものかと心配しているッ!」
しかしいつ聞いても元気だなぁ、理事長さんの声。
それに私のメンタルの心配って。こっちはむしろトウカイテイオーの方が心配なんですが。
「あー……そりゃ的外れな意見を目にすると私もムカッとしたりはしますよ? けど私の走りがヒール扱いされるのは今に始まったことではないですし……正直、今回も勢いあるなーとは思うけど、そのくらいです」
「僕もトレーナーとしてナイスネイチャさんのメンタル面も定期的にチェックしていますが、彼女も決して強がっているわけではなく、今もあまり無理はしていないと思います」
どういうチェックをしているのかは謎だけど、近くで私を見ているトレーナーさんもそう言うのだ。
実際に私は普通である。
なんだ、じゃあこの話はおしまいね!
と、ならないから今こうして偉い人たちが顔を突き合わせているんだろう。
机の上の資料がチラッと見えてるし……あー、もう嫌だなー……。
「ふふ……ナイスネイチャ君。そう露骨に嫌そうな顔をしないでくれたまえ」
いや、でもねえ会長さん。
嫌なものは嫌なんですよー……。
「さて、本題なのだが……トレセン学園側としては、メディアへの対応は基本的に今まで通り。つまり、ナイスネイチャ君の過度な露出を避ける方向でいく方針に変わりはない。のだが……しかし、現状のままではナイスネイチャ君の間違ったイメージが野放しになってしまう。君の走り方に吝がつくことは避けたいんだ」
「汗顔ッ! ごくごく一部ではあるが、URA内部にもナイスネイチャの走りについて苦言を呈する者がいるッ! それらは本当にごく僅かな者達なのだが、コメンテーターとして活動する者もおり発信力が皆無というわけではないッ! 今回我々はその一部の不届き者を掣肘するため、一計を案じることとしたッ!」
で、その一計とやらがこの机の上の資料、と。
「ナイスネイチャさんには是非とも、この特別番組の取材を受けていただきたいんです。これはナイスネイチャさんの世間における悪評を取り除くためでもありますし……必要な労力だと考えていただけたら、と……」
少し申し訳なさそうにたづなさんが提案してくる。
が、うん。もうここにいる人たちはみんな分かった上で私に提案してるんだろうなぁ……。
トレーナーも苦笑いだし。
いやわかるよ? わかりますよ?
ここで私の誤解を払拭する番組が放映されれば的外れな中傷も大きく減るだろうし?
それにまつわる面倒なクレームの電話とかお手紙とかも無くなりますからね? 私目線でもやらない手はないと思いますよ?
けどね……。
「……ぁあああっ! でも私が主役の特別番組とかほんとっ……無理ぃいいい!」
「ナイスネイチャさんは変なところでシャイですね……」
「懇願ッ! ウマ娘の間違ったイメージを払拭するため、力を貸してもらえないだろうかッ!」
「わかってますぅ! 出るのがみんなのためなんですぅ! でも私の番組とかそんなの、っあーッ! 絶対お母さんに録画されるやつじゃーん!」
しかも三位以内にも入ってないウマ娘のドキュメンタリーっておかしいでしょーが!
番組内で私どんな顔したら良いんだってば!
“G1に勝つ秘訣? それはもちろん……常に冷静に、ですかね……”
勝ってないし! せめて勝ってから番組作ってくれし!
ぬぁあああああ!
「破釜沈船。手間をかけることを申し訳なく思うが……トレセン学園のためだ。やってくれたまえ、ナイスネイチャ君」
「私からも、是非ともよろしくお願いします」
「ううっ……こちらからもよろしくお願いしますぅ……」
ここまで周到に用意され、偉い人たちから頼まれてしまっては、とても断ることなどできない私なのであった。
気は進まないけどね……。
「えー。ターボはねぇ。いつかナイスネイチャがやると思ってたよ」
「そういうドキュメンタリーじゃないわッ」
「うぴっ」
デコピンくらえ!
「普段は真面目な方でしたので、まさかあのような凶行に及ぶとは……」
「イクノも悪ノリすなッ」
「痛っ」
全くもう! 私は特別番組なんて出たくないのにさぁ!
「いてて……でも良いなぁ、ナイスネイチャ。特別番組ってことは、ナイスネイチャが主役のやつなんでしょ? あ、同じチームだしターボも映るかなぁ」
「映るんじゃない? 同じチームだし、そういう練習風景を撮らないと尺足りないでしょ……番組自体40分以上あるらしいし」
「ながっ! 映画じゃん!」
「ショートムービーですね」
「私のどこにそんな語るとこあるんだって話ですよ……」
今日のカノープスは外が雨ということもあり、作戦会議という名の愚痴披露会である。
ダービーでも四着だったし、散々三昧ですわ。にんじんジュース飲まなきゃやってられん。
「ふむふむ……なるほど。資料を見た限り、非常に真っ当なメディアを集めているようですね。少なくとも今噂になっているような書かれ方はしないはずです。ナイスネイチャさんにとっても、それは望むところなのでは?」
「そりゃーまぁねぇ。……けどなぁ、あまり手の内を晒したくないっていうのもあるしぃ……もちろん細かい部分は出さないつもりではいるけど……」
「名声よりも勝率優先、ですか」
「当たり前だよぉ……」
名声なんて最初からドブに捨ててる私だ。
正直に言ってこの特別番組とやらで名誉回復を望む気持ちはこれっぽっちもない。私自身、自分の走りが悪役じみていると思っているし、正道でないのは事実だからだ。
特に走りやトレーニングを研究されるのは厄介すぎる。番組もそこまで深く掘り下げないとは思うけど……見る人が見れば、っていうのはあるからなぁ……。
「しかし、ナイスネイチャの走り、その技術面に焦点が当たる事を私は嬉しく思いますよ。同じチームメイトとして、誇りたい気持ちがありますから」
「ターボも! ナイスネイチャのかっこいいとこ、テレビで見たいな!」
「ぐぅ、眩しい……悪役にその手の純粋な眼差しはやめてくれー」
「ふふ。覚悟してください。もし私がインタビューを受けることがあるなら、その際はナイスネイチャさんのこと、褒めちぎりますから」
「ひえー」
なんて酷いチームメイトたちだ!