デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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泥をかぶる覚悟

 

 

 

 皐月賞は最も速いウマ娘が勝つレースだと言われている。

 これに負けるのは、まあわかる。私は速くないから。言い訳を更に積み上げるなら距離も不利だった。

 

 けど次のレース。日本ダービーは、最も運の良いウマ娘が勝つと言われている。

 実際にそうじゃないのは皆わかっている。くじ引きで決まるような単純なものではない。

 

 この“運”というのは、かつては本当にクジ運だったのだという。

 今でこそ18人立てのレースだった日本ダービーも、一昔前は20人以上で走っていたらしい。それほど多ければ、枠番での有利不利があからさまになってくるのだから頷ける話だ。

 

 今日における“運”は、皐月賞からの日数の短さについてよく言われている。

 たった一月程度だ。皐月賞の疲れを抜くのがせいぜいだし、いざ鍛えようったってそのくらいじゃウマ娘の肉体も大きくは変わらない。むしろ激しいトレーニングは調子を崩してしまうだろう。

 それだけなら、皐月賞で勝ったウマ娘がそのまま勝つように思えるけど……そこは、日本ダービー。やっぱり少し違うらしい。

 

 距離の差。

 一生に一度しかない晴れ舞台への思いの差。

 ……様々な要因が重なって、レースは荒れる。

 

「荒れるレースでこそ、付け入る余地はあるってもんだけど……」

 

 本番まで後少し。

 そんな中、ライバルたちの走りを偵察し、研究していて思うのは……それぞれの想いの強さだ。

 

 彼女たちは本気だ。

 日本ダービーに文字通りレース生命を懸けている子だっている。

 そんな彼女たちの肉体に、精神に、付け入る隙を見出すのはとても難しい。

 

「……さーて、どうしましょうかねー……」

 

 焦る。

 

 2400だ。皐月賞より400長い。けど、だからといってライバルがその400でバテてくれるわけではない。

 当然ながら、レースに出る子は完走できるように仕上げてくる。

 

 私は……削りきれるのだろうか。皆のスタミナを。小細工で。小手先の技で。

 

 この前の模擬レースの中で改めて感じたのは、私の“個体”としての弱さ。

 私は弱い。積み上げた小細工を崩す圧倒的な末脚にやられて、私はそれを改めて悟った。

 

 ウマ娘として、私は弱い。

 全体で見ればきっとそうじゃない。でもレースにおいては、そんなことは慰めにもならないだろう。

 

 弱い私が強い皆に挑むには、もっともっと武器がいる。牙がいる。

 武器が欲しい。

 

 

 いや……。

 

 

「……相手の弱さが欲しい」

 

 今更になって主人公ぶるんじゃないよ。

 

 私はヒールなんだ。

 正統派のウマ娘じゃない、邪道のウマ娘。

 

 悪役が追い求めるのは、専用の強い必殺技ばかりじゃない。

 主人公(キラキラ)を蹴落とすための、ずる賢い策略だ。

 

「……」

 

 観客席から見下ろす夕暮れのターフの上で、トウカイテイオーがチームの皆と走っている。

 完成された広いストライド。風のような速さ。

 

 鬼気迫る表情に油断はない。走りに瑕疵はない。

 頭の中で何度自分の走りを重ね合わせても、私の残像は何度も何度も彼女に置いていかれてしまう……。

 

 完全無欠のヒーロー。

 皆のスター。

 きっと次のレースでも……。

 

「……ああ……」

 

 トウカイテイオー。あの子を蹴落としたい。

 負かせたい。私よりも後ろでゴールさせたい。

 

「……ははは」

 

 ……性格、悪くなっちゃったなぁ。

 

 トウカイテイオーのこと、大事な友達だって思っているのに。

 それだってのに、私は彼女をどう蹴落としてやろうか、どう調子を狂わせてやろうかと考えている。

 いいや、彼女だけじゃない。

 ダービーに出る他の子たちのデータだって、弱みを探るために調べたものばっかりだ。

 

 みんな一生に一度の晴れ舞台のために真っ当な努力を続けている。

 邪道を突き進んでいるのは私だけ。

 勝っても負けても、どちらにしても。きっと私はヒーローたちに、晴れ舞台に、真っ黒な泥を塗りつけてしまうのだろう。

 

「最高じゃん……」

 

 なら、泥だらけにしてやれ。怖気づく必要はない。

 キラキラするために他の皆が泥を被らなきゃいけないなら、被せてやればいい。

 どうせ私が勝つためにはそれしかないんだから、悩む必要なんかない。負けた時のことなんて考える意味なんてないだろ。今更。

 

「絶対に勝つ」

 

 なりふり構うな。

 

 私の勝利のために、全員を負かせ。

 

 遠目に映る練習風景を見て、私は拳を固く握った。

 

 

「容疑者はっけーん」

「……ん?」

 

 よくわからない声に振り向いてみると、……そこには、グラサンとマスクを装着したゴルシっぽい誰かが居た。

 あと、見間違いじゃなければさっきまでターフを走っていたはずの、同じチームのウマ娘も……。

 

「ウオッカ、スカーレット」

 

 ていうか、なんでみんなグラサンとマスク……。

 

「やーっておしまい!」

「えっ」

「おう、ゴールドシップ!」

「任せなさい! ゴールドシップ!」

「ちょわ待てなにす、ウワーッ!?」

 

 私はズタ袋を被せられ、ロープでグルグル縛られ、堂々と誘拐されたのだった。

 

 ……まさか、私以上の邪道に手を染める奴らがいたなんて!

 

 

 

「さあ、もう言い逃れはできねえぞ」

「いやあの、眩しいんですけど……」

 

 卓上ライトが眩しいっす。

 

「カツ丼食うか?」

「いまお腹すいてないんで……」

「カツ丼食えよ! 知らねえのか刑事の自腹なんだぞテメー!」

「いや本当にお腹すいてないんで! ていうか食べさせるつもりならせめて縄解いて!」

 

 今、私はチームスピカの部室に拉致され、ゴールドシップからの取り調べを受けている。

 いやわからん。取り調べなのかコレ。カツ丼食えしか言われてないからなんもわからんっす……。

 

「なあゴールドシップさあ。俺も勢いで手伝ったけどさあ、本当にナイスネイチャのせいなのかよ」

「知らね。なんとなく拉致った」

「はぁ!? そんなことでアタシを手伝わせたわけ!?」

 

 しかも身内で何か揉め始めたんですけどー。

 ……噂には訊いてたけど、チームスピカ。賑やかだなぁ……主にゴールドシップが。

 

「いやー、あのさぁ……そろそろどうして私が誘拐されたのかについて教えてもらえないかなーって……」

「なんでって、そりゃあ……なぁ?」

「アタシに振らないでよ……ほら、あれよ。トウカイテイオー」

「テイオー?」

 

 テイオーが一体どうしたっての。

 ……まぁ偵察はしてたけど。そんなの皆やってることだし……。

 

「被告ナイスネイチャ。おめーにはトウカイテイオー脅迫の容疑がかけられている」

「いやいやいや、脅迫なんてしてないですし」

「カツ丼キング盛りが良いか?」

「丼のサイズはどうでも良くて! いやほんと私トウカイテイオーに何もしてないですから! なんで私が疑われてるのさ!」

「マジで? そうか……いやぁ、なんかさっきナイスネイチャがすげー悪そうな目でテイオーにメンチ切ってたからさ。近頃テイオーが変にソワソワしてるし、ナイスネイチャのせいかなーって思ってよ」

「推定無罪でとりあえず解いてくれない?」

「チッ、しゃーねーな。キング丼を用意できなかったこっちの落ち度だ」

「だからいらんて」

 

 とりあえず私の拘束は解かれた。やれやれ。

 ウオッカとダイワスカーレットの二人は気まずそうに冷や汗を浮かべながら鼻の下を擦っている。

 素知らぬ顔してるけど共犯ですからね二人とも。

 

「んじゃあ次の犯人を捕まえてくるかぁ。誰かにカツ丼食わせて食レポ貰わねーとこのままじゃ引き下がれねえよ」

「まだやるの!? もうトレーニングに戻りましょうよ! アタシは手伝わないからね!」

「だったら俺も戻らせてもらうぜ。カツ丼はスペ先輩に食ってもらえよ」

「なんでい二人ともノリ悪いなぁ。おれぁ一人でもホシ追わせてもらうぜ」

 

 ……しかしいざ解放されてみると、うーん……テイオーがソワソワしてる、か……。

 

 私のせい? も……やっぱある、かも?

 

 けど、ソワソワしてる。落ち着きがない。心に隙があるのなら……。

 

 ……本番前に、テイオーにちょっかいかけてみるのも悪くないかな。

 

 

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