『転生したらフルフルベビーでした』in ダンジョン


メニュー

お気に入り

しおり
作:素晴らしい食品
▼ページ最下部へ


12/12 

第12話 : 未知との遭遇


 オリキャラ登場。

 苦手だったらすまぬ。

 

 

 


 

 

 

「……結局、手がかりなし、か」

 

 ぼやきが湿った空気に溶ける。

 仄かに光る苔が岩肌をぼんやりと照らし、頼りない明かりが男の影を揺らした。

 

 周囲には、無数のモンスターの死骸。

 崩れた人犬、腹の中心を穿たれた大蛙。

 淡く光る魔石が、わずかな生命の名残を感じさせる。

 

 矢じりにこびりついた鮮血を指で弾きながら、男は深く息を吐いた。

 

 ここはダンジョン『上層』、第3階層。

『ゴブリン』や『コボルト』といった低級モンスターが跋扈する場所。

 そして今、男は探索の末に辿り着いた『食糧庫(パントリー)』から出たばかりだった。

 

 男の名はレグ。

 

 ガネーシャ・ファミリア所属。種族は小人族(パルゥム)。弓使い。

 パーティの後衛を担い、索敵と遠距離支援を主とする下級冒険者(Lv.1)

 手にするのは、特殊矢を扱う強化ロングボウ。

 暗闇を見通す鋭い目と、冷静な射撃技術を持つ狩人。

 

 だが──

 

「何度も言ってるが、もう一ヶ月以上だぞ? さすがに手詰まりじゃないか?」

 

 低く呟く声には、苛立ちが滲んでいた。

 

 レグは矢じりの血を岩に擦りつけながら、忌々しげに肩をすくめる。

 暗闇に溶けるような静寂。湿った空気。漂う獣臭と血の匂い。

 そして、手応えのない探索。

 

 長引く捜索に、じわじわと苛立ちと疲労が積み重なる。

 こんな薄暗い洞窟の中を何度往復したか、数えるのも馬鹿らしい。

 思わず愚痴が漏れたが、それは彼だけの本音ではなかった。

 

「バカ言わないで。団長が調査を命じたの。続けるしかないでしょ?」

 

 鋭く言い返したのは、アマゾネスの女、ミーナ。

 

 艶やかな褐色の肌。

 戦士然とした肉付きのいい四肢。

 そして、獣のように闘争心を湛えた漆黒の瞳。

 

 彼女は、ついさっきまで『コボルト』の胸を素手で貫いていた。

 その心臓を握り潰し、魔石を引き抜き、まるでガラクタのように後ろへ放る。

 勿論、砕き割る事も忘れずに。

 

 ──全てが、慣れた手つきだった。

 

 拳闘士。

 武器を持たず、己の拳と脚だけで戦う者。

 その戦い方は獰猛で、荒々しく、迷いがない。

 

 そして、何よりも──

 

 彼女の余裕そうな表情が、無駄に癇に障る。

 

「それは分かってるっての。だが、こっちの体力にだって限界ってのがあるんだぜ?」

「え? 何々? もうバテたの? 弓使いのくせに? ホント情けないねぇ」

 

 レグが皮肉混じりに愚痴をこぼすと、ミーナはニヤつきながら肩をすくめ、あからさまに挑発してくる。

 

「何をぅ……?」

 

 ムッとしたレグが言い返そうとした、その瞬間──

 

「おめぇら、いい加減にしろ。ここは『迷宮(ダンジョン)』だぞ」

 

 低く響く声。

 静かな圧が、場を制する。

 

 ドワーフの男、ガルド。

 

 その言葉に、レグとミーナは反射的に口を噤む。

 

 身の丈こそ低いが、岩のように分厚い筋肉と、風格を感じさせる無骨な顔つき。

 背に背負った戦斧は、彼の存在感をさらに際立たせていた。

 

 ──叩き割る。

 

 それが、ガルドの戦闘スタイルを象徴する言葉だ。

 怪物であろうが、障害物であろうが、道を塞ぐものは何もかも粉砕する。

 その姿勢は戦闘に限らず、こうした場でも発揮される。

 

 だからこそ、彼が一声発するだけで、この場の空気は一瞬にして冷え込んだ。

 

「ガルドの言う通りだ。それに、今回はギルドからの正式な探索命令。私情を挟むなよ」

 

 冷静な声が、場を引き締める。

 まるで、静寂を強制するかのように。

 

 ──カイン。

 

 齢七十を超えた老練の冒険者。

 かつては第一線で名を馳せた実力者でもある。

 今は年齢による衰えを抱えつつも、その鋭い眼光と威厳は、衰えるどころかますます研ぎ澄まされていた。

 団長であるシャクティとも古くからの付き合いがあり、彼女の信頼を一身に受け、この探索隊の隊長を任されている。

 

 経験と実績が生み出す圧倒的な説得力。

 その言葉には、誰も逆らえない。

 

「……チッ、分かったよ」

 

 レグが舌打ちし、不満げに視線を逸らす。

 苛立ちが滲む表情。探索の長期化によるストレスは誰しも感じている。

 

 ──だが、カインの言葉には逆らえない。

 

 それを理解しているがゆえに、彼はそれ以上の文句を飲み込んだ。

 そんな彼の様子を、ミーナは面白そうに眺めている。

 

「へぇ~、皮肉屋のレグがすんなり従うとはねぇ?」

「……うるせぇ」

 

 ニヤニヤと笑うミーナに、レグは舌打ち混じりに睨み返す。

 しかし、それ以上の口論には発展しなかった。

 

「まったく、手間のかかる奴らだ」と言わんばかりに、ガルドが腕を組んでため息をつく。

 そんな中、ミーナは「お前もだぞ」と釘を刺されると、「ハイハイ」と適当に手を振る。

 だが、そのまま視線をカインへと向け、興味深そうに問いかけた。

 

「にしてもカインさん、『第二級冒険者(Lv.3)』ともなると、やっぱり体力の差が違うわけ? 全然疲れてなさそうだしさ~」

 

 軽口混じりの問いかけに、カインは喉の奥でくつくつと笑うと、手にした愛槍(ロングスピア)を軽く地面に突く。

 

「いや、違うな」

 

 ミーナが首をかしげる。

 

「歳には勝てんよ。昔ならともかく、今の私は無茶はできん」

 

 その言葉が零れた瞬間、場に一瞬の静けさが広がる。

 ミーナもそれ以上の言葉は飲み込むと、肩をすくめた。

 

「……そっか。でも、今でも十分化け物じみた動きだけどね」

「老獪って言え」

 

 カインが苦笑混じりに返す。

 そのやり取りを、どこか微笑ましげに眺めていた者がいた。

 

「でも、そんなこと言いながら、私たちよりずっと元気じゃないですか?」

 

 可憐な声が響く。

 エルフのセレナだ。

 

 華奢な体躯に澄んだ金色の瞳。

 若手の魔法使いであり、今回の探索には見習いとして参加していた。

 知識は豊富だが、実戦経験は少ない。

 ゆえに、彼女にとってこの調査は、貴重な学びの場でもあった。

 そしてそれに呼応するかのように、彼女の手にある短杖に埋め込まれた若葉色の魔法石が、わずかに煌めく。

 

「ははっ、若いエルフにそう言われるのも悪くはないな」

 

 カインが喉の奥で笑う。

 その表情には、わずかに誇らしげな色が滲んでいた。

 

「まぁ、体力の問題というよりは、長年の慣れってやつだ。経験がある分、無駄な動きをしない。それだけよ」

 

 その言葉に、セレナは「なるほど」と目を輝かせる。

 知識としては知っていても、実際に経験者の言葉として聞くと、また違った重みがあるのだろう。

 

「まったく、こんなババアを無理やり引っ張り出すとは……団長も人使いが荒いんじゃねぇの?」

 

 軽口を叩くレグ。

 それを聞いたカインは、苦笑しつつも、彼の頭にポンと手を置いた。

 

「そのババアがいなきゃ、お前らなんてとっくにダンジョンの養分だ。感謝しな」

「はいはい、ありがたーいお言葉っすね」

 

 レグがうざったそうに手を払いのける。

 だが、その口調とは裏腹に、その顔にはどこか安堵の色が滲んでいた。

 

「おい、レグ。そういうとこだぞ?」

 

 ガルドが腕を組み、低くぼやく。

 

「そんなんだから、あいつに振られるんだよ」

「はぁ!? 何の話だよ!!」

 

 唐突な話題にレグの声が裏返る。

 ミーナは隣で腹を抱えて大笑いした。

 

「はっはっは! レグってば、本当にモテないねぇ」

「うるっせぇ!! 今は関係ねぇだろ!!」

 

 茶化し合う二人に、セレナが小さく吹き出し、カインは呆れたように肩をすくめる。

 

「……お前ら、少しは緊張感持てよ」

 

 しかし、その言葉に滲むのは苦言というより、どこか微笑ましさだった。

 長引く探索の中で、こうした軽口のやり取りは、ある種の息抜きでもある。

 

 だが──

 

「さて、これ以上この付近を探しても無駄だな」

 

 カインが静かに結論を下す。

 その言葉が響いた瞬間、先ほどまでの穏やかな空気が一変する。

 場に漂っていた気の緩みが、きりりと引き締まった。

 

「ここに調査対象はいない。迷宮の自浄作用で痕跡もほとんど消えている。このまま無意味に歩き回るより、探索範囲を広げた方がいい」

 

 そう言いながら、カインは階層の奥へと視線を向けた。

 あの先には、まだ見ぬ『何か』がいるのかもしれない。

 

「──下へ降りるぞ」

 

 一同が表情を引き締め、無言で頷く。

 すでに一ヶ月以上続く探索。

 それでも、まだ終わらない。

 

『未知なる何か』を見つけるまでは──。

 

 慎重に隊列を整え、誰もが警戒を強めながら、彼らは静かに次の階層へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ダンジョン・リザード』の首を刎ね、血の飛沫が岩壁を汚した。──4階層。

『ニードルラビット』の魔石を貫き、絶命させた。──5階層。

 

 そして、6階層に差し掛かったとき──異変に気づいた。

 

「おい、見ろ……」

 

 本来の正規ルートから大いに外れた通路の一角。

 そこで、いち早く気配を察知したのは、弓を構える男。

 パルゥムの優れた視力を以て、警戒を滲ませた声で指し示す。

 

 そこにいたのは──赤黒い外殻を持つ蟻型モンスター。

『キラーアント』。

 

 単体での戦闘力は決して高くない。

 だが、厄介なのはその異様なまでの耐久力。

 岩のように硬質な外殻は並の剣では歯が立たず、真正面からの戦闘では時間を食う。

 

 さらに、奴らの『習性』が最悪だ。

 

 ひとたび襲われれば、危険信号(フェロモン)を発し、仲間を呼び寄せる。

 それだけではない。

 条件が揃えば、『怪物の宴(モンスター・パーティー)』──

 ダンジョン内のモンスターたちが一斉に集まり、襲いかかるこの現象は、小規模のファミリアなら即壊滅、中堅ですら全滅しかねないほどの脅威を持つ。

 

 だからこそ、キラーアントは『新米殺し』と呼ばれる。

 

 そして、それを悪用する者もいる。

 冒険者にモンスターを意図的に押し付け、処理を任せる行為──『怪物進呈(パスパレード)』。

 迷宮都市の暗黙の了解として、多くの者が知る卑劣な手段。

 

 そんな危険なモンスターが、今、奴らは──

 

 戦闘態勢を取るでもなく、彼らの存在を無視し、通路の奥へとひた走っていた。

 

 疾走するキラーアント。

 それだけなら、特に違和感はない。

 だが──

 

(……おいおい、冗談だろ)

 

 レグが弓を構えたまま、低く呟く。

 

 キラーアントは縄張り意識が異常なほど強い。

 本来なら、外敵を見つければ即座に襲いかかるはずだ。

 なのに、今の彼らはまるで別の何か(・・・・)に意識を支配されているかのように、群れを成して進んでいる。

 

 しかも、ただ走っているだけではない。

 動きが妙にぎこちない。

 ……いや、違う。

 

(キラーアントが……焦っている(・・・・・)?)

 

 カインの眉がピクリと動く。

 このダンジョンに生きる蟻型モンスターが、仲間を呼び寄せることもせず、何かに駆られるように前進している。

 

 ──何が、奴らをそこまで突き動かしている? 

 

 背筋を冷たいものが走った。

 

「……何かあったな」

 

 カインの低く響く声に、一同が息を呑む。

 

 この異様な光景が示すもの──それは、ただのモンスターの移動ではなく、ダンジョン内で何らかの異常事態が発生しているという明白な事実だった。

 

「どうする?」

 

 レグが矢をつがえたまま、声を潜めて問う。

 

「……当初の目的とは逸れるが、少し様子を見に行く。同業者が巻き込まれている可能性がある」

 

 カインは即断した。

 

 オラリオに生きる以上、ダンジョンでの戦いは自己責任だ。

 しかし、仲間を見捨てることが当たり前になってしまえば、この街の秩序は崩壊する。

 彼女らは『都市の憲兵(ガネーシャ・ファミリア)』──冒険者たちの安全を守り、オラリオ全体の治安を維持する者たち。

 

 だからこそ、彼女たちは進む。

 慎重に、しかし確実に。

 不気味な闇が潜む領域へと、足を踏み入れる。

 

 カインは無言のまま、歩調を崩さず進みながらも、思考を巡らせた。

 

 ──今のオラリオは、以前ほど安全ではない。

 それは、都市の中だけの話ではない。ダンジョン内でも、だ。

 

闇派閥(イヴィルス)】。

 裏社会の暗がりでくすぶっていた奴らが、今では堂々と蠢き、冒険者を襲撃する事件が多発している。

 手口は単純だが極めて悪辣。

 

 怪物(モンスター)を意図的に誘導し、獲物を追い詰める。

 戦闘で疲弊した冒険者を待ち伏せし、装備や金品を奪う。

 場合によっては、そのまま始末する。

 

 ──実に嫌な時代だ。

 

『最強の派閥』が健在だった頃ならば、こんなことはあり得なかった。

 だが今、その抑止力は失われつつある。

 

 この迷宮の闇は、日に日に深くなっている。

 そしてそれこそが、この探索が長引いている理由の一つでもあった。

 

「…………」

 

 誰もが無言のまま、息を潜める。

 洞窟の奥へと足を進めるごとに、空気が重く、圧迫感を増していく。

 周囲の鼓動すら聞こえるような静寂。

 

 ──そして、異臭が漂い始めた。

 

「……これは……」

 

 焦げた肉の臭い。

 それに混じる、奇妙な腐敗臭。

 

 鼻を突く刺激に、思わずレグが顔をしかめる。

 セレナも「うっ……」と鼻を押さえた。

 普段、迷宮内で漂う死臭とは明らかに違う、異様な臭い。

 

 そして、それは確実に風に乗り、漂っている。

 

 レグが周囲を警戒するように目を光らせ、慎重に視線を巡らせる。

 肌を撫でる空気が、じっとりと粘ついているように感じられた。

 

「焼け焦げた死骸の悪臭……いや、それだけではないぞ、これは」

 

 ガルドが唸る。

 ドワーフでも感じられる臭いが、異常をより鮮明に捉えていた。

 

 焦げた肉の臭い。

 それだけならば、強力な炎の魔法や魔剣による戦闘の痕跡とも取れる。

 だが、そこに混じる、異様なまでに生臭い腐臭──

 

 通常の戦闘ではあり得ない、違和感の塊。

 まるで、何かが内部から焼かれ、異質な方法で屠られたかのような。

 

「……なんか、嫌な予感がする」

 

 ミーナが鼻を押さえながら、顔をしかめる。

 普段は血と肉の臭いに慣れているアマゾネスでさえ、思わず眉をひそめるほどの強烈な臭い。

 

 その違和感を胸に、彼女らはさらに慎重に足を進めた。

 

 ──そして、進むにつれ、視界に飛び込んできたのは、尋常ならざる光景だった。

 

 焼け焦げたキラーアントの死骸。

 それも、一体や二体ではない。

 無惨に積み上げられた、山のような死骸の群れ。

 

 何故、これほどの死骸がそのまま残っている? 

 今も戦闘を繰り広げているのなら、冒険者が魔石を砕いていないのはなぜだ? 

 疑問が浮かび、消えない。

 

 しかし、それ以上に異常なのは──その焼け方だ。

 

 甲殻が溶け爛れ、中の肉が露出している。

 通常の炎ではない。

 あまりに高熱で、一瞬にして焼き尽くされたような痕跡。

 死骸は未だに煙を上げ、まるで燃え続けているかのように異様な熱を持っていた。

 

 さらに、辺りには不気味な匂いを放つ透明なゲル状の液体が散乱している。

 粘性の高いそれは、死骸にこびりつき、じわじわと内部を蝕んでいるように見えた。

 

 まるで、溶解するかのように。

 

「……強ぇ魔導士か、魔法剣士でも暴れてんのか?」

 

 レグが低く呟く。

 

「それにしちゃ、異様すぎるよ……」

 

 カインの眉が僅かに寄る。

 

 ──魔法ならば、もっと規則的な焼け方をするはずだ。

 それに、ここには魔力の余韻すら感じられない。

 魔法が行使された形跡がないのに、こんな焼け方をするのか? 

 

 そして、何より問題なのは、この奇妙な液体だ。

 

『キラーアント』が放出する酸に似ているが、あれは奴ら自身の外殻をも溶かすほどの強力なものではないはず。

 それが、どういうわけか甲殻を蝕み、内側の肉まで侵食している。

 

 直感が告げていた。

 

 ──これは、ただの戦闘ではない。

 

 未知なる『何か』が、ここで動いている。

 

 そして、カインの脳裏をよぎるのは、以前に報告のあった焼け焦げた強化種の死骸。

 確か、ダンジョンの奥で発見された強化種の『ゴブリン』。

 その遺骸は、灼熱の炎に焼かれたかのような惨状だったと聞く。

 

 ──まるで、今、目の前に積み上げられたこの肉塊たちのように。

 

 嫌な予感がする。

 背筋を這い上がる不快な感覚が、カインの本能を警鐘のように鳴らしていた。

 

 彼女は改めて周囲を見渡し、深く息を吐く。

 

「……慎重に進め。今ここは、普通じゃない(・・・・・・)

 

 声を低く、警戒を込めて。

 誰もが、無言のまま頷いた。

 もはや言葉は不要だった。

 

 この先に潜む『何か』が、決して冒険者ではない……ましてや、人間などというものではない──

 全員が、既にそれを察していた。

 

 焼け焦げた死骸。異様な熱。

 漂う異臭と、不気味な粘液。

 

 これは、ただのモンスター同士の抗争でも、ましてや冒険者の戦闘跡でもない。

 この奥にいる何者かは、ダンジョンの法則すら歪める存在かもしれない。

 

 異常事態の核心へと、彼らはさらに歩を進める。

 

 ──そして。

 

 通路の角を曲がった時。

 

 それ(・・)は、そこにいた。

 

「……なんだ、あれは……?」

 

 誰が呟いたのか、それすら定かではない。

 だが、全員が言葉を失っていた。

 

 視線の先。遠く離れた場所──

 

 そこには、跳ね回る白き異形(・・・・)

 雷を纏い、まるで生きた電流のように疾走する何か(・・)

 

 岩壁に張り付き、天井を駆け、無数の『キラーアント』を次々と屠っていく。

 

 動きが異常だ。

 素早すぎる。異様すぎる。

 まるで閃光そのものが意志を持ち、獲物を狩っているかのように。

 

 牙が閃く。

『キラーアント』が痙攣する。

 次の瞬間、弾けるように屍が崩れ落ちた。

 

 一撃、一撃が、確実に獲物の命を奪っていく。

 そして、そこには死の山が築かれていた。

 

『キラーアント』だけではない。

 

 ──頭の一部が欠損し、血を流しながら硬直する『ダンジョン・リザード』。

 ──角を折られ、四肢を痙攣させながら倒れ伏す『ニードルラビット』。

 ──羽を引きちぎられ、無惨に転がる『バットバット』。

 ──そして、さらに奥。

 

 黒き影のような亡骸が、壁際に横たわっていた。

 

「……『ウォーシャドウ』……?」

 

 少女の声が震える。

 

 ──『上層』で、『キラーアント』と並び恐れられる新米殺し。

 その異名を持つ怪物の死骸が、そこにあった。

 

「……冗談だろ……?」

 

 誰かがそう呟いた。

 

 戦闘の痕跡。焼け焦げた床。

 腐臭と焦げた肉の臭いが混ざり合い、空気は異様な熱気を帯びている。

 こんな光景、見たことがない。

 

 ──およそ、上層で見ていいものではない。

 

 だが、今まさに目の前で繰り広げられている。

 

 勿論、『キラーアント』たちも、ただやられるだけではない。

 口から粘性の高い酸を撒き散らし、床を焼き、壁を溶かす。

 その鋭い顎が鈍く光り、喰らい付かれれば骨ごと砕かれるほどの威力を秘めている。

 

 ──だが、届かない。

 

 あの白き『何か』には。

 

 仲間を呼んでも無意味だった。

 援軍は次々と駆けつける。

 だが、呼ばれたそばから肉塊へと変わっていく。

 雷光が閃くたび、新たな死骸が山に積み上がる。

 

 これは、戦闘ではない。

 

 殺戮だ。

 

『キラーアント』の群れは、抵抗しているはずだった。

 だが、それは獲物が……いや、餌が死に物狂いで足掻く姿に過ぎない。

 狩るものと、狩られるもの。

 その立場は最初から決まっていた。

 

 経験豊富なカインですら、目の前の光景に言葉を失う。

 

 そして、その中心にいるのは──

 

 未知の存在。

 

『調査対象』の正体を、今まさに目の当たりにした瞬間だった。

 

「……おい、マジかよ……」

 

 レグの声が震えた。

 普段は皮肉屋な彼も、今ばかりは冗談のひとつも出てこない。

 

「……こんなの……見たことが……」

 

 ミーナの息が詰まるような呟きが響く。

 普段ならどんな敵にも臆することなく飛び込んでいく彼女でさえ、この異常な存在を前に言葉を失っていた。

 

 まるで、違う世界のもの(・・・・・・・)を見ているような──そんな感覚。

 

 そして──

 

 白い。

 それが、最初に飛び込んできた印象だった。

 

 次に目に映るのは──細長い体躯。

 四方へ伸びる四本の突起。それらが意思を持つかのように蠢き、岩壁に、天井に、張り付いている。

 先に見えるは、牙が並ぶ異様な大口。

 尾の先は鋭く尖り、まるで槍のように振るわれる。

 

 ──生傷塗れの皮膚は、透けていた。

 内部の臓器や血管が薄らと見え、体液の脈動までもが生々しく浮かび上がる。

 その異様さに、戦慄が走る。

 

 そして、何より──

 

 雷を纏っている。

 

 バチバチと蒼い火花を散らしながら、瞬間移動するかのように空間を跳ね回る。

 まるで光そのもの。

 異常なまでの速度と機動力が、見る者の認識を拒むかのようだった。

 

 異様だった。

 不気味だった。

 

 長い冒険者人生の中で、カインは数多の怪物と対峙してきた。

 それでも、これほどまでに『違和感』を抱くモンスターを見たことがない。

 

 ──これが、本当にダンジョンのモンスター(・・・・・・・・・・・)なのか? 

 

 カインの脳裏を、理性では処理しきれない疑念が駆け巡る。

 

『パープル・モス』の亜種か? 

 あるいは、アルビノ個体の幼体か? 

 

 そう思った。しかし、すぐに否定する。

 姿形が違いすぎる。

 何より、『パープル・モス』に雷を操る種など存在しない。

 

 ──完全なる新種。

 ──完全なる未知の敵。

 

「……どうする?」

 

 ミーナが、息を潜めながら囁いた。

 その声は、かすかに震えている。

 

「戦う……のか?」

 

 レグの低い問いかけ。

 普段は軽口ばかり叩く彼の表情が、明らかに強張っている。

 誰もが、目の前の異形に飲まれそうになっていた。

 

「──馬鹿言え」

 

 カインが即座に否定する。

 その声音には、一切の迷いがなかった。

 

「撤退する」

 

 鋭い判断。

 こんな未知の存在に、安易に戦いを挑むのは愚策の極み。

『調査』が目的であって、『戦闘』ではない。

 まずは情報を持ち帰る──それが最優先だ。

 

「助かった……」

 

 小さく息を吐くセレナ。

 ミーナも、レグも、ガルドも、内心安堵していた。

 

 ──だが、その瞬間だった。

 

 それ(・・)が。

 

 白き異形(・・・・)が。

 

 跳ねる動きを止め、大口をゆっくりとこちらへと向けた。

 

 ──まるで、気配を察知したかのように。

 

 その瞬間、セレナが凍り付いた。

 喉が詰まり、手足の震えが止まらない。

 

 そして、次の瞬間──

 

「──ひぃっ!!」

 

 抑えきれずに、悲鳴が漏れた。

 

 それが引き金となった。

 

 セレナの金の双眸は恐怖に染まり、全身の毛が逆立つ。

 隣に立つレグも、思わず息を呑んだ。

 

「……嘘だろっ……こんなに距離があるのに……っ!?」

 

 ──見えているのか? 

 ──それとも、嗅ぎつけたのか? 

 ──いや、ただの偶然か? 

 

 それは定かではない。

 だが、異形の『目なき顔』が、確かにこちらを捉えていた。

 

 その事実だけが、圧倒的な恐怖を突きつけてくる。

 

 ──そして。

 

「──うあああああああああああぁぁっっ!!」

 

 突如、ミーナが叫びながら飛び出した。

 

「──ミーナ!? 戻れッ!! くそっ、レグ、援護しろ!!」

 

 カインの鋭い指示が飛ぶ。

 

 だが、ミーナは聞いちゃいない。

 理性が吹き飛んでいた。

 

 恐怖を、怒りに変えていた。

 この異形の存在を理解できないからこそ、拳で黙らせようとしたのだ。

 

(チッ……あれは完全にキレたな……!!)

 

 レグが舌打ちし、瞬時に矢を番える。

 矢尻には特製の麻痺毒。

 何が相手か分からないが、動きを封じるに越したことはない。

 

「──馬鹿野郎がっ!!」

 

 怒鳴りとともに、矢が宙を裂いた。

 ミーナの突撃に合わせ、異形の注意を逸らすため、狙いを定める。

 

 標的は、白く細長い胴の中心──

 

 ──が、

 

 雷光が弾けた。

 

 轟音と共に、青白い閃光が視界を焼き尽くす。

 

「ッ……!?」

 

 次の瞬間、レグが放った矢が──空中で霧散した。

 弾かれたわけじゃない。

 矢そのものが雷撃に飲み込まれ、瞬時に消滅した。

 

「ッ……!? クソ、効かねぇのかよ!!」

 

 レグが思わず悪態をつく。

 

 だが、その間にも、ミーナはすでに異形の間合いへと踏み込んでいた。

 

 踏み込みと同時に、地面を叩き割るほどの勢いで足をめり込ませ、全身を限界まで捩じる。

 筋肉が悲鳴を上げるほどの遠心力を生み出し、拳に全てを乗せる。

 

 狙うは急所──

 

 異形の『中心(ませき)』。

 

「──アアァァァァァッッッ!!」

 

 大気を震わせる絶叫と共に、全力の拳撃が閃く。

 衝撃波が生まれるほどの速度。

 狙いは正確。

 打撃は強烈。

 異形の細い胴体を粉砕し、そのまま魔石を砕き、灰へと変貌させる──

 

「……ッ!?」

 

 ──はずだった。

 

 拳が、止まった。

 

 否。

 

 弾かれた。

 

 ミーナの拳は確かに命中した。

 だが、その瞬間──

 まるで粘性のある肉を叩いたかのように、拳が沈み込み、反発する。

 

(……こいつ、固い!? いや、違う……柔らかい!? 弾力がある!?)

 

 拳闘士としての経験が、即座に異常を理解させる。

 硬質な外殻ではない。

 かといって、打ち砕ける軟体でもない。

 沈み込んだ拳を弾き返す、異様な弾性──

 

「ッ……!!?」

 

 次の瞬間、異形が動いた。

 バチバチと弾ける雷光、轟く静電音。

 空間を切り裂くように、異様にしなやかな触腕が走る。

 

 狙いは──ミーナの首。

 

 殺意に満ちた軌跡が、視界いっぱいに広がる。

 その動きの異様な速さに、脳が悲鳴を上げる。

 

(……クソッ、速い!!)

 

 咄嗟の跳躍。

 反射的な回避動作が、一瞬だけ死の縁を遠ざける。

 

 だが──それも計算済みだったかのように。

 

 雷撃。

 

 異形は触腕が届かないと悟るや否や、鋭く伸びた尾で地面を穿ち、周囲に爆ぜるような雷を走らせた。

 

「────ぐッッ……!!?」

 

 電撃の網が、ミーナの身体を捕える。

 筋肉が痙攣し、制御が効かなくなる。

 肌を焼くような熱が全身を駆け巡り、視界が一瞬、真っ白に弾けた。

 

(……クソ……こんな……!!)

 

 雷の衝撃に耐えながらも、意識が暗転しかける。

 焼ける皮膚の感覚、神経を焼き切るかのような麻痺。

 口元から、煙が立ち上る。

 

「ミーナ!!」

 

 カインの叫びが洞窟に響く。

 だが、その声が届くよりも早く、状況は悪化の一途を辿る。

 

(──マズい!!)

 

 白き異形は、すでに次の動作へ移っていた。

 

 蠢く触腕。

 その先端が、紫紺色に輝く何かを掴み、弾くように空間へと放り投げた。

 

 ──魔石。

 

 破壊されずに残された魔石が、闇に煌めきながら宙を舞う。

 

(……何故、魔石(それ)を……!?)

 

 理解不能。

 通常、魔石はモンスターが喰らうもの。自らが強化種となるべく。

 それなのに、この異形は結晶(それ)を拾い、意図的に投げた(・・・・・・・)

 まるで、自らの意志で何かを仕掛けようとしているかのように──

 

 だが、そんな疑問を考えている暇などない。

 

 異形の『口』が、ゆっくりと開く。

 

 無数の牙が露わになる。

 喉奥で雷が渦巻き、明滅し、殺意を孕む輝きを放つ。

 

(いかん……!!)

 

 閃光が集中する先。

 そこに立っていたのは──

 

 セレナ。

 

「……っ!?」

 

 異形は、目の前の痺れた獲物を見向きもせず、迷うことなく後衛へ狙いを定めた。

 

 ただのモンスターなら、こんな動きはしない。

 敵意の順番を理解し、脅威となるものを先に潰すなど。

 まるで、数多の戦場を生き延びた戦士のような冷徹な判断。

 

(信じられん……! こいつ、知能が……!!)

 

 驚愕が身を包むが、身に沁みついた経験が動きだけは止めなかった。

 

「──まずい!! 跳べッ!!」

 

 老兵が即座に叫ぶ。

 

「…………っ!?」

 

 しかし、少女は動けない。

 

 判断が遅れる。

 経験が乏しいゆえに、体が反応しない。

 

 だが──敵は待ってはくれない。

 

 黄金の瞳が見開かれる。

 避けられない。

 咄嗟に魔法を詠唱する余裕もない。

 雷撃が放たれれば、直撃は免れない。

 

 雷撃が来る──!! 

 

(間に合え……!!)

 

 カインは歯を食いしばりながら、全力で動き──

 

 瞬間、洞窟全体が眩い閃光に包まれた。

 

 

 


 

 

 

 カイン【アストレア・レコードから登場】

人間(ヒューマン)・女性・70歳・Lv.3)

 ベテランの風格を持つが、歳の影響で若い頃ほどの敏捷性はない。

 しかし、経験豊富で冷静な判断力を持つ。

 シャクティとは古くからの付き合いで、彼女の依頼を忠実に遂行する。

 冒険者歴は彼女の方が長い。

 武器はロングスピア。

 衰えた筋力を補うため、突き技に特化。

 ライトメタルを使用している。非常に頑丈。特殊な効果は無し。

 

 セレナ【オリキャラ】

妖精(エルフ)・女性・レベル1)

 若手の魔法使いでパーティ内では中距離及び後衛を担当。

 見習い枠として参加しており、知識は豊富だが実戦経験は少ない。

 武器は若葉色の魔法石が埋め込まれた、短杖。

 魔法の威力を高めるが、それ以外の特殊な効果はなし。

 

 ガルド【オリキャラ】

矮人(ドワーフ)・男性・レベル1)

 屈強な前衛戦士。

 普段は落ち着いているが、事が起きると感情的になりやすく、冷静な判断が苦手。

 武器は巨大な戦斧。

 非常に頑丈で、非常に重い。特殊な効果は無し。

 

 レグ【オリキャラ】

小人族(パルゥム)・男性・レベル1)

 弓使いでパーティ内では遠距離及び後衛を担当。

 俊敏で索敵が得意。性格は皮肉屋。

 武器は強化ロングボウを使用し、特殊矢を用いる。

 麻痺や、体力を奪う毒などを矢じりに塗っている。

 

 ミーナ【オリキャラ】

女戦士(アマゾネス)・女性・レベル2)

 拳闘士タイプで敵に近接し、素手で戦う。

 直情的で攻撃的な性格。

 武具は用いず、己の拳や脚のみでモンスターを叩き潰す。

12/12 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する




【ブルーアーカイブ】シュン&シュン(○女)ASMR~心地良い眠りに誘われて~ [Yostar]
  萌え バイノーラル/ダミヘ ASMR 学校/学園 ミリタリー