大陸の礎となるダラ・アマデュラってマジで何なんやろなぁ……
──咆哮が轟く。
洞窟の静寂を引き裂き、反響するその声は、まるで四方八方から響くように感じられた。
(……来る)
本能が警鐘を鳴らす。
身を伏せ、振動感知を研ぎ澄ます。
瞬間、嗅覚で認識するより先に、獲物の気配を捉えた。
──ヤモリ型の
すでに戦い、喰らった相手。
天井に張り付き、壁を這い、獲物の死角を狙う狡猾な動き。
だが、一度見切れば単純な行動パターンに過ぎない。
(もう、同じ手にはかからない)
地面を跳ね、低く這うように疾走。
獲物の動線を読んで、先回りする。
──そして、ヤモリ型のモンスターが舌を打ち出す刹那。
「────ッ!!」
雷鳴のように電流が炸裂した。
全身を駆け巡る痺れに、怪物の動きが鈍る。
勿論、その隙を見逃すはずがない。
俺は一気に喉元へ喰らいついた。
「グギャアッ……!!」
骨を砕く鈍い音。
牙が肉を裂き、噛み砕く感触が確かな手応えを伝えてくる。
ヤモリ型のモンスターは痙攣し、断末魔と共に崩れ落ちた。
(……やっぱり、前より楽に狩れるようになってる)
ヤモリと兎を初めて見たあの日から。
また俺は一つ『下』へと進んだ。
洞窟を進み、戦闘を繰り返すうちに、確実に俺は強くなっている。
油断はしない。
奢りもない。
死にかけたあの時から
ただ、客観的に俯瞰した時──
この層の怪物程度なら、もはや圧倒できる。
それは紛れもない事実。
(これで、次に進めるな……)
そう、思いを噛み締め、
風を切る音。
(────!?)
反射的に身を捻る。
直後、何かが俺の頭上を掠め、そのまま闇の奥へと消えていった。
僅かに感覚の端で捉えたのは、俺と同じか、それよりも小さな
(……なんだ?)
違和感が背筋を駆け上がる。
視線を巡らせ、嗅覚を研ぎ澄ます。
そして、
──
洞窟の天井。
黒い塊が無数にぶら下がっている。
否、それは影ではなく、翼膜──
(……蝙蝠型のモンスター?)
瞬間、鳥肌が立つ。
(マズい……!)
認識するは、無数に開かれた
理解するより先に、脳が悲鳴を上げた。
「──キィィィィィィィッッッ!!!」
大絶叫。
甲高い鳴き声が、洞窟の壁という壁にぶつかり、増幅しながら響き渡る。
次の瞬間、脳を直接揺さぶるような激痛が弾けた。
(……ッ!?)
頭の中が掻き乱される。
意識がぐらつき、感覚が歪み、思うように身体が動かない。
まるで、自分の体が自分のものではなくなったかのように。
そして、
(──ッ!)
鋭い風切り音とともに、背中に何かが叩きつけられた。
否、突き刺さった。
「チィィィィィィィッ!!!」
悲鳴めいた鳴き声とともに、皮膚に鋭利な牙が食い込む感触。
肌を裂く痛みとともに、何かが吸い上げられていく感覚。
(クソッ──吸血か!)
突き刺すような痛み。
体温がじわじわと奪われる、嫌な感覚。
……分かる。
こいつらの狙いは、まさしく俺と同じ。
噛みつき、絡みつき、獲物を弱らせる。
残酷なまでの、効率を求めた生存戦略。
だが決定的に違うのは──こいつらは
気付けば、天井を埋め尽くさんばかりの羽音。
上から、下から、四方八方から。
群れで襲いかかる一本角の兎と似た生態。
個々の戦闘力は低いが、数の暴力は侮れない。
少しずつ、しかし確実に血が奪われる。
意識が遠のきかけ、焦りが胸を満たしていく──が、耐えた。
(……まだだ)
あえて動かない。
意図的に隙を見せ、誘い込む。
それに対し、狙い通りか。
それとも単純に知能が足りないのか。
次々と、競い合うように群がる蝙蝠ども。
牙が突き立ち、肉が裂け、血が啜られる。
だが──喰われている
笑わずにはいられない。
何せ、この時点で
(……これ以上、喰わせるかよ!)
──放電。
俺を中心に、雷鳴が弾けた。
尾を地に突き刺し、溜め込んだ電気を一気に解放する。
刹那、閃光。
洞窟の闇を切り裂く、青白い稲妻が網を張り巡らせた。
「──ギャッッッ!!?」
群がっていた蝙蝠どもが、一斉に弾け飛ぶ。
翼膜が焼け焦げ、縮れ、天井から落下する影が次々と地に叩きつけられる。
綺麗な赤の花が、そこには咲いた。
辛うじて原型を保っている個体も、何が起きたか理解すらできていないのだろう。
驚愕の鳴き声を最後に、それらは地面の上で動かなくなった。
焦げた肉の臭いが鼻をつく。
(……クソ痛ぇ……面倒な奴らだったな)
ぼやき、全身にまとわりついた蝙蝠の死骸を振り払いながら、辺りを警戒する。
体が小さいせいか、それとも群れで行動するからか。
一匹一匹は驚くほど脆弱で、呆気なく死んだ。
だが、問題はそこではない。
遠隔攻撃、空を舞う機動力、そして──
(『音』による不可視の攻撃、か……)
そうなのだ。
見えないのに、避けられないのに、防ぎようがない。
怪音波とでも呼ぶべき攻撃は、脳を揺らし、感覚を狂わせる。
これは厄介だ。
俺がいくら戦闘経験を積んでも、
(……俺も、もっと機動力を上げられたらな)
そう思考を巡らせた──その時だった。
洞窟の奥。
闇が、ゆらめいた。
否。
闇の中から、それは滲み出るように現れた。
(……また連戦か……嫌にな────)
刹那。
思わず、思考が止まる。
止まらざるを得ない。
違和感。異常。理解不能。
脳が拒絶反応を起こすような、
──身の丈、およそ160センチ。
──異様に長い両腕。
──全身、漆黒に染まり、指先はナイフのように鋭利。
(……な、んだ……こいつ……?)
思わず後ずさる。
だが、理解する前に、『俺』の脳が危険を告げていた。
これは、『敵』だ。
これは、『怪物』だ。
そう断じてしまえばいいのに。
そう、断じてしまえば簡単なのに。
それなのに──俺の中で、
ありえない
(まさか……いや……そんなはずは……)
──まさか、目の前にいるのは、
『人間』なのか──?
思考が、鈍る。
いや、思考そのものが
今まで俺が相対してきたのは、『怪物』のみだった。
狩り、喰らい、凌ぎ、喰らい続ける。
それが、俺の生存のすべてだった。
だが──
目の前に立つ
『獣』でもなければ、『異形』でもない。
まるで、『人間』のようなシルエット。
(……初めて……
脳が混乱し、思考が絡まる。
俺は『
ならば、
それとも、恐れるべき
判断がつかない。
初めての遭遇に、足が竦む。
そして、そんな俺の戸惑いなど意に介さず、
──消えた。
(──ッ!?)
次の瞬間、
気配すら感じさせぬほどの静寂から、一転──
「──ギィィッッ!!」
『体』が警鐘を鳴らす。
跳べ、と。
考えるより先に、肉体が弾かれるように跳んだ。
直後、空間が
(……んなっ!!?)
這い回るヤモリなど比べものにならない、異常な加速。
異様に長い腕が、空を切る。
指先はナイフのように鋭く、目の前の獲物を刻む為に振るわれている。
(やばい……コイツは……!!)
影の
それは狩りに特化した者の動きだった。
そして、俺が反応するより早く、二度目の斬撃。
刹那、俺の嗅覚が、
(……間に合えッ!!)
咄嗟に跳躍する。
瞬間──
「ギギィィッ!!」
空間が裂け、衝撃波めいた振動が岩壁を砕き、無数の破片が宙を舞うが……それだけじゃない。
まるで風の刃のように、鋭利な圧が俺の皮膚を掠め、一筋の赤い線が刻まれる。
(クソッ、まともに喰らえば真っ二つか……!!)
一瞬の判断ミスが死に直結する。
心臓が激しく鼓動し、全身の感覚が研ぎ澄まされる。
──目の前の敵を、睨む。
……よく見れば、それは『人間』じゃなかった。
嗅覚が訴える。
『俺』が認識している存在では無いと。
驚かせやがって──と、怒りが燃え上がる。
だが、今はそれどころじゃない。
こいつ、姿がおかしい。
まるで闇に溶けるように、輪郭が消えたり、浮かび上がったりを繰り返している。
体全体を覆うように黒い靄が揺らめき、不透明な存在感を漂わせる。
まさしく、それは影そのもの。
(……ヤバいな、これは……)
連戦による疲労。
血を吸われ、削られた体力。
加えて、実体すら曖昧な、この不気味な敵。
(……勝てるか?)
一瞬、そんな考えが脳裏をよぎる。
だが、それを振り払う間もなく──
影が、動く。
そして、
まるで霧のように輪郭が溶け、次の瞬間には俺の死角へと回り込んでいた。
(……なるほどな)
しかし、理解する。
こいつは、消えているわけじゃない。
確かに速い。移動の瞬間だけ、知覚できるか、できないかギリギリの速度で移動している。
だが、一番の問題はそこじゃない。
こいつは、この影は──
『音』を立てない。
普通の敵ならば、足音、息遣い、爪の擦れる音。
わずかな気配が、何かしら察知できる。
しかし、コイツはそれすらない。
まるで虚無が動いているかのように、影は音すら残さず俺の
錯覚するのも当然だった。
『消えた』ように見えるのではない。
完全な沈黙の中で、音も無く俺の死角へと忍び寄っていたのだ。
そして、次の瞬間。
殺意を孕んだ刃が、俺を一刀両断しようと振り下ろされる──
──だが。
(──バカだな、お前)
電撃。
「────ッッ!!?」
一瞬の閃光が、闇を切り裂いた。
突発的な逆回転
予測不能な反撃に、影のモンスターはまともに直撃を受けた。狙い通りだ。
痙攣する影。
そして、黒い靄の中で、確かに
つまり──
(……やっぱり、肉体があるな)
ならば、倒せる。
こいつの強みは、速度と奇襲。
確かに、一撃を喰らえば即死は免れないだろう。
だが──逆に言えば、それしか『芸』がない。
(馬鹿の一つ覚えだな)
先程からの動き。
消えて、背後に回り、鋭い斬撃を放つ。
それを『二度も』繰り返した。
それしかできないのか、それとも──余程の自信があるのか。
今となっては、どちらでもいい。
事実として、こいつは動きを読ませるという致命的な欠陥を晒した。
背後を取る。
それを俺に『二度も』見せた。
ならば、対応出来て当然だろう?
(今だ)
跳びかかる。
全身をバネのように用いて。
そして、影の首元へと牙を突き立て──
「……ッ!?」
漆黒の肉を噛み千切る。
手応え、あり。
「──ギィィィィィッ……!!」
震えながら、影のモンスターが耳障りな悲鳴を上げた。
だが、それだけで終わらせるつもりはない。
四肢を触手のように絡め、絡みつき、影の奥。
奥に潜む枝のように細い漆黒の体を締め上げる。
逃がさない。
絶対に。
「……ッ?」
完全な密着。
敵が、一瞬の困惑を見せる。
すぐさま振り落とそうと、鋭い爪を突き立てようとする──が、もう遅い。
俺はすでに、その
それが意味することは、一つ。
──直接放電。
全力の雷撃。
雷の奔流が、黒き怪物の体を貫いた。
「──────ッ!!!!」
もはや、悲鳴すら聞こえない。
影を纏った体がビクンと跳ね上がり、暴れ狂う。
全身を振り回し、もがき、俺を振り落とそうとする。
だが、無駄だ。
俺の四肢は絡みついたまま。
さらに、さらに強く締め上げる。
肉が焦げ、黒煙が立ち昇る。
洞窟内に充満する、焼け焦げた悪臭。
「…………っ、…………っ、…………」
やがて、
影の塊だったそれは、崩れ落ちるように膝を折り──
沈黙した。
荒い息を吐きながら、俺は戦場を見渡す。
(……倒したか……)
ようやく、終わった。
だが、疲労は限界に達している。
全身が傷だらけで、体中の細胞が悲鳴を上げているのがわかる。
だが、それすらどうでもいい。
今はただ──
(……喰うか)
倒した獲物を喰らい、次の戦いに備える。
嗅覚を下ろし、黒の
こいつは人間じゃなかった。
よく見れば、人の形をしているが、実態はただの影だ。
影を纏った細い枝。そんな存在が人間なわけがないだろ。
(…………)
……だが、もし。
もし、こいつが本当に人間だったとして。
俺は、
分かっているだろう。理解しているだろう?
『俺』はもう、『人間』ではないのだから。
狩るか、狩られるか。
殺すか、殺されるか。
今さら、仲良しこよしなどできるはずもなく。
そんなものは、すでに捨てた。
覚悟は、しておくべきだ。
(……だが、まぁ……)
深く息を吐き、思考を切り替える。
それに、今の俺にとって重要なのは、「何を倒したか」ではなく、「何を喰うか」だ。
連戦による疲労。
考えることすら億劫だ。
とにかく食う。
それに尽きる。
(この瞬間こそ、至福の時だ……)
さて果て、こいつの肉はどんな味で、どんな食感なのか。
── 這い回るヤモリの肉は、引き締まっていて弾力があった。
味は淡泊だが、噛むほどに旨みが滲み出る。
── 一本角の兎は、肉が柔らかく、繊維質が少ない。
脂が多く甘みが強く、そして、まるで濃厚な肉汁。とても美味かった。
故に、期待が膨らむ。
壊音を響かせる蝙蝠。
そして、人型の影。
可食部が少なさそうなのが残念だが……まぁ、それはどうでもいい。
その肉は、どんな味がする?
どんな食感なのか?
喉が鳴る。
ヨダレが垂れる。
口を開き、身を近づけ、牙を今まさに突き立てる──
──その、矢先だった。
(…………)
背後。
──何かが、迫ってくる。
無数の足音。
数多の振動。
まるで地響きのように、足元から伝わる圧。
(……またか)
ため息混じりに牙を納め、振り向いた俺の
幾多の蟻の群れの列。
また新種。
また新たな敵。
整然とした隊列を組みながら、押し寄せる蟻たち。
まるで、動く肉の壁。
赤い眼光が無数に瞬き、洞窟の暗闇を照らし出す。
それは、獲物を捉えた捕食者の目。
そして、俺の喉が鳴る。
連戦に次ぐ連戦。
終わりなき戦闘。
絶え間なき闘争。
この洞窟の奥は、俺がいた『上』とは違う。
敵の数、攻撃の多様さ、そのすべてが桁違いだった。
戦闘の終わりがない。
休息の時間すら許されない。
一度の戦闘で襲いかかる敵の数は増え続け、気がつけば、疲労が根を張り始めていた。
吸血で肉体は癒えたとて、蓄積された疲労までは拭いきれない。
需要と供給。
そのバランスが壊れているのだ。
だが、
俺の唯一の安息。
戦いの合間に訪れる、ただ一つの『癒し』。
喰らうことで強くなる、その『成長の時間』。
それを、またしても邪魔するというのか。
それを、またしても阻むというのか。
許せるはずがない。
許すはずがない。
故に、
(──許さんぞ、
咆哮。
怒りを燃やす雄叫びが洞窟内に響き渡り、
俺は、再び戦闘態勢を取るのだった。