調査クエってギルクエってことか!?
どれほど眠っていたのか。
一時間か、一日か、一ヶ月か、あるいはそれ以上か。
時の流れすら曖昧で、俺はただ、暗闇の中を漂っていた。
意識の奥底に沈み込みながらも、確かに『生きている』という感覚だけは微かに残っている。
だが、全身は鉛のように重く、焦げ付いた神経は未だ鈍い疼きを訴え、肉体は限界を超えていた。
そんなぼんやりとした意識の中で、ふと、自分の体に違和感を覚える。
何かが、変わっている。
いや、変わりつつある。
まるで、内側から別の何かが生まれ出ようとしているかのような感覚。
俺はゆっくりと、体を動かそうとする。
指先──いや、指などない俺の体の端々が、微かに震えた。
(……動ける……?)
力を込めると、焼け焦げた皮膚が音を立てて剥がれ落ちる。
剥がれた箇所から、新たな皮膚が露出し、ゆっくりと俺の体を覆い始める。
この感覚──
(再生……しているのか?)
傷つき、ボロボロになったはずの肉体が、確実に回復している。
だが、それはただの回復ではなかった。
これは──進化の兆し。
体が、肉体が、根底から作り変えられていく。
まるで、今までの俺とは異なる存在へと変容していくかのように。
膨れ上がる熱。細胞の奥底から湧き上がる暴力的な再生。
肉体は一回り膨張し、表皮が剥がれ落ちる度に、より強靭な外皮へと生まれ変わる。
背にあった尾のような器官は、さらに細長く伸び、柔軟ながらも俊敏な動きを見せ、体の四方に飛び出していた突起物も、より長く鋭く変貌する。
言葉を選ばずに言えば、四本の棘しかないウニのような姿。
体は丸ではなく、相変わらず細長いミミズ状のままだが。
そして──嗅覚が、さらに鋭くなった。
俺はゆっくりと周囲の気配を探る。
僅かに空気の流れが変化している。
いや、それ以上に──
空気の匂いが、『蒼い』。
まるで、雷の力を孕んだかのような冷たさと、痺れるような刺激。
少しでも吸い込めば、体が麻痺してしまいそうな鋭い感覚。
それでいて、どこか神秘的で、幻想的な美しささえ感じさせる。
もし、俺に目があったなら、この空間はどんなふうに見えていただろうか。
俺だけの小さな隠れ家。その空間の中で、俺の体から漏れ出た電流が引き起こした変化なのだろうか。
それは、俺にも分からない。
(…………)
──そこで、ふと。
俺は隣に積み上げられた『結晶』の山に口を向ける。
硝子細工のようなそれを。
以前までは、ただの硬い異物として認識していたが、今ならわかる。
匂いで、わかる。
例え小粒であろうとも、その内部に『膨大なエネルギー』が満ちていることを。
今思えば、胸の中心に埋まるそれは、生物の根幹を司る器官だったのかもしれない。
言わば、命の源。
あの隻眼のゴブリンは、それを喰らうことで進化していた。
ならば、俺がこれを喰らえば──
(…………)
だが、一つ重大な問題がある。
『体』が疼かない。
吸血の時とは異なり、まるで反応を示さない。
今まで頼りにしていた高性能な嗅覚すら、それを成長の糧として認識していない。
それが何を意味するのか。
『体』が、それを求めていない。
喰らうべきものと、喰らうべきではないものと、明確に区別されているのだ。
(……食うべき、なのか……?)
迷いが生じる。
俺は、できればやりたくない。
あの隻眼のゴブリンが異常なだけであって、俺がそれに適応するとは限らない。
何より──『体』が望んでいないのだから。
けれど、選択肢は多くない。
俺は生き延びるために、進化しなければならない。
そして、さらなる力を手に入れなければならない。
それ故に──
俺は、ゆっくりと結晶へ口を伸ばした。
=====
結果から言えば。
俺は
(────ァガアアァァァッッッ!!!)
口に含み、噛み砕いた瞬間──地獄が始まった。
結晶の破片が粘膜に触れた刹那、灼熱が喉を焼き尽くし、血管の隅々まで痛覚が針のように突き刺さる。
まるで、毒でも飲み込んだかのように体内が反発しているのがわかった。
(ぐッ……ァ……ッ!!)
喉が痙攣し、胃が裏返るような衝撃。
反射的に吐き出すが、すでに遅い。微量ながらも取り込まれた『異質なエネルギー』が俺の細胞を蹂躙し、暴れ狂っている。
──これは電流じゃない。
俺の体内で生成される雷とは、まるで異なる未知なる力。
(……適応っ、できない……ッ!?)
予想はしていた。
だが、ここまでとは──。
俺の肉体は、この結晶を『糧』として受け入れなかった。
折角、死の淵から蘇ったというのに。
なのに、また瀕死に逆戻りどころか──このままでは本当に、死ぬ。
俺の肉体が進化したからこそ、今はまだ耐えられているだけ。
それがなければ、すでに砕け散っていたはずだ。
だが、それも時間の問題。
肉体が内側から引き裂かれ、大量の血が口から迸る。
(……ッ、なんとかっ、しないと……!)
──ズガァァンッ!!
突如、制御不能となり暴走した雷撃が、狭い洞穴の中で炸裂した。
電流が暴発し、周囲に積み上げていた結晶が巻き込まれる。
刹那、青の閃光が視界を焼いた。
──そして、爆発。
轟音とともに、洞窟内の空気が一変する。
その直後、俺の体を雷撃が襲った。
(──ッッッッ!!!??)
雷の直撃に、全身の神経が悲鳴を上げる。
──が、その瞬間、異変が起きた。
俺を内部から蝕んでいた『異質なエネルギー』が、雷の直撃とぶつかり合うように拮抗し始めたのだ。
(……俺の力が……コイツを、打ち消して……!?)
吐血しながらも、俺は本能的に全身に電流を流し込んだ。
放電し、帯電し、雷を巡らせる。
『異質なエネルギー』が、雷撃によって変質し始めている……!!
体内を駆け巡っていたエネルギーは、徐々に俺の細胞へと浸透し、拒絶反応を和らげていく。
やがて、異物だったはずの力が、自分の一部。
自分の力になっていく感覚があった。
(……これはっ……一体っ……!?)
痛みが完全に引いたわけではない。
それでも、確かに俺の内側は『何か』を得た。
細胞の奥深く、さらにその先へと、その『何か』が浸透する感覚。
──『器官』が強化されている。
(……はぁっ、はぁっ……!)
全身を苛む激痛の波が一旦引く。
それでも、ズキズキと疼く体を地面に横たえる。
目を覚ませば、俺はいつも傷ついてばかりだ。
それも、ほぼ自爆。
(もうなんか、
なんか、泣けてきた。
それでも、収穫はあった。
血は体力の回復を促し、肉は身体の成長を助け、
そして、結晶は『器官』を強化する。
──それが、わかった。
ただ、この方法では駄目だ。
結晶の力が肉体に適応するまでの負荷が異常すぎる。
もし、もっと前の段階……隻眼のゴブリンと戦う前の状態で試していたら、間違いなく死んでいただろう。
それに、強化された感覚はある。
あるにはあるが……『微々たるもの』だ。
割に合わない。
死の淵を彷徨ってまで得た力が、こんなにも微細とは。
凄まじいほどに非効率。
二度とやるまい。
あるいは、やるとしても、もっと先の話だ。
俺の肉体がさらなる進化を遂げ、『未知のエネルギー』を受け流せるほどの適応力を持ち、自らの雷撃すらも苦痛なく制御できるようになったとき。
そのときまで──封印だ。
(……やっぱり、あのゴブリンだけ特別だったんだな……)
思わず、そう確信せざるを得なかった。
普通のゴブリンとは違い、明確な知性を持ち、明らかに進化の意志を持っていたヤツの事を。
もう二度と関わりたくはない。
そして──。
(マジかよ……)
俺が集めていた結晶は、すべて爆発で吹き飛んでいた。
青白い閃光とともに、木っ端微塵になってしまったのだ。
だが不思議と、失っても惜しいと思うことはなかった。
今の俺には扱いきれない代物であると分かったから。
(……さて、どうするか……)
俺は、ぼんやりとした頭で考える。
当初の予定通り、洞窟の奥深く……『下』へ向かうのは変わらない。
だが──。
(その前に、一つだけ確認しておくか)
俺は、ゆっくりと身を起こしながら、崩れかけた岩壁に体を預けた。
奥へと続く道が、そこにある。
一呼吸おいてから、俺は岩壁を崩し、洞窟の奥へと這い進んでいった。
=====
俺は、洞窟の『休憩所』へと戻ってきていた。
果樹が生い茂り、湧水が潤いをもたらす穏やかな空間。
本来ならば、洞窟に住まう生命が息をつくための、心安らぐ場所。
だが、俺にとっては違う。
ここは、隻眼のゴブリンと死闘を繰り広げた戦場だ。
故に、否が応でも、心の臓が大きく音を立てる。
──しかし、俺が見たのは、信じがたい光景だった。
(……なんだ、これ)
目の前に広がるのは、まるで何事もなかったかのような景色。
本来なら、ここは戦いの傷跡で満ちているはずだった。
炎に包まれ、木々が燃え尽き、湧水が赤黒く染まったはずの場所。
なのに、今ここにあるのは──『元通り』の空間。
果樹は瑞々しい実をつけ、湧水は透き通り、空気は澄んでいる。
まるで、俺の戦いの痕跡など、初めから存在しなかったかのように。
(……ここまで綺麗に、元通りになるものか?)
違和感が、背筋を這い上がる。
ただの時間経過で、こうなるはずがない。
いくら植物の成長が早いとしても、俺の記憶と
『隠れ家』の入り口と同じだ。
この洞窟には、元の状態へと戻ろうとする法則があるのか?
(……やっぱり、普通じゃない)
俺の常識じゃ測れないことばかりだ。
この異様な環境。
この洞窟が持つ、不可解な『力』。
それが分かる日は、いつかくるのだろうか。
(…………はぁ)
だが──今はそれを確認しに来たわけじゃあない。
俺には、確かめなければならないことがあった。
──隻眼のゴブリンの死骸。
あの亡骸が、まだここにあるかどうか。
あるのならば、今、どうなっているのか。
それが、俺にとって最も重要な問題だった。
だが──
(……ない)
俺が最後に確認したはずの隻眼のゴブリンの死骸。
湧水の底に沈んだと思われる肉塊。
それが──どこにもない。
(……どこに消えた?)
俺は、嗅覚を研ぎ澄ませる。
周囲の気配を探り、微かな匂いの痕跡を追う。
(…………)
──そして、それは草むらの奥へと続いていた。
俺は這い進み、その場所へと辿り着く。
そして、そこにあったものを見た。
それは骨だった。
だが、それは元の形がほとんど分からないほどに欠けた骨。
ひしゃげ、散らばり、噛み砕かれた何かの亡骸の残滓。
(……
俺の嗅覚が、それが何だったのかを教えてくれる。
これは紛れもなく、あの隻眼ゴブリンの成れの果てだった。
──弱肉強食。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
生きている間は、圧倒的な『強者』だった。
だが、死してしまえばただの『弱者』……いや、それ以下のただの『餌』。
死した肉体は、ただの獲物に成り下がる。
強者だろうと、弱者だろうと、それは平等に。
(……本来なら、俺が食うべきだったんだがなぁ)
せめて、肉の一欠けらでも。
それだけで俺は強くなれたはずだ。
しかし、もう手遅れだった。
骨すらほとんど残っていないのだから。
あぁ、現実は無常である。実に残念だ。
だが、それ以上に重要な問題がある。
──『結晶』はどうなった?
隻眼のゴブリンの身に宿っていたはずの
ヤツは同族を喰らい続けた。
殺し、捕食し、取り込み続けた。
俺と対峙するよりも前に、もっと。
ならば──あの『結晶』もまた、強化され、より濃縮されていたはず。
本来ならば、骨の近くに、何らかの形で残っていてもおかしくない。
だが──
(……ない、な)
跡形もなく、一片たりとも。
骨すらも残らぬほどに食われたとしても、結晶はそう簡単には消えないはずだ。
俺が喰らった小粒の結晶ですら、その内に多大なエネルギーを秘めていた。
ならば、莫大なエネルギーを秘めている『それ』の痕跡を追うことは、決して難しくないはずだ。
(はず、なんだが……)
──『匂い』すら感じない。
(……まずいな)
もし、『何か』が、それを持ち去ったのだとしたら?
もし、持ち出した上で、この洞窟の別の『何か』が、それを喰らっていたとしたら?
──第二、第三の隻眼ゴブリンどころの話じゃない。
それ以上の『存在』が、生まれる可能性すらある。
(そんなことになったら、相当キツイんだが……)
ただでさえ、一体だけでもギリギリだった。
もし、
俺は 背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(……ここに長居は無用、か)
ここにはもう何も残っていない。
俺の探し物は、消えた。
ならば──
(……『下』に行くか)
俺の目的は変わらない。
この洞窟の奥へと進むこと。
より強くなるために。
より、生き延びるために。
(……いこう)
俺は振り返ることなく、洞窟の奥へと這い進んでいった。
おめでとう!
君の臓器は『電気袋』に進化した!