『転生したらフルフルベビーでした』in ダンジョン


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第8話 : 進化の兆し


調査クエってギルクエってことか!?

 

 

 


 

 

 

 どれほど眠っていたのか。

 一時間か、一日か、一ヶ月か、あるいはそれ以上か。

 時の流れすら曖昧で、俺はただ、暗闇の中を漂っていた。

 

 意識の奥底に沈み込みながらも、確かに『生きている』という感覚だけは微かに残っている。

 だが、全身は鉛のように重く、焦げ付いた神経は未だ鈍い疼きを訴え、肉体は限界を超えていた。

 そんなぼんやりとした意識の中で、ふと、自分の体に違和感を覚える。

 

 何かが、変わっている。

 いや、変わりつつある。

 まるで、内側から別の何かが生まれ出ようとしているかのような感覚。

 

 俺はゆっくりと、体を動かそうとする。

 指先──いや、指などない俺の体の端々が、微かに震えた。

 

(……動ける……?)

 

 力を込めると、焼け焦げた皮膚が音を立てて剥がれ落ちる。

 剥がれた箇所から、新たな皮膚が露出し、ゆっくりと俺の体を覆い始める。

 この感覚──

 

(再生……しているのか?)

 

 傷つき、ボロボロになったはずの肉体が、確実に回復している。

 だが、それはただの回復ではなかった。

 

 これは──進化の兆し。

 

 体が、肉体が、根底から作り変えられていく。

 

 まるで、今までの俺とは異なる存在へと変容していくかのように。

 膨れ上がる熱。細胞の奥底から湧き上がる暴力的な再生。

 

 肉体は一回り膨張し、表皮が剥がれ落ちる度に、より強靭な外皮へと生まれ変わる。

 背にあった尾のような器官は、さらに細長く伸び、柔軟ながらも俊敏な動きを見せ、体の四方に飛び出していた突起物も、より長く鋭く変貌する。

 言葉を選ばずに言えば、四本の棘しかないウニのような姿。

 体は丸ではなく、相変わらず細長いミミズ状のままだが。

 

 そして──嗅覚が、さらに鋭くなった。

 

 俺はゆっくりと周囲の気配を探る。

 僅かに空気の流れが変化している。

 いや、それ以上に──

 

 空気の匂いが、『蒼い』。

 

 まるで、雷の力を孕んだかのような冷たさと、痺れるような刺激。

 少しでも吸い込めば、体が麻痺してしまいそうな鋭い感覚。

 それでいて、どこか神秘的で、幻想的な美しささえ感じさせる。

 

 もし、俺に目があったなら、この空間はどんなふうに見えていただろうか。

 俺だけの小さな隠れ家。その空間の中で、俺の体から漏れ出た電流が引き起こした変化なのだろうか。

 それは、俺にも分からない。

 

(…………)

 

 ──そこで、ふと。

 

 俺は隣に積み上げられた『結晶』の山に口を向ける。

 硝子細工のようなそれを。

 

 以前までは、ただの硬い異物として認識していたが、今ならわかる。

 匂いで、わかる。

 

 例え小粒であろうとも、その内部に『膨大なエネルギー』が満ちていることを。

 今思えば、胸の中心に埋まるそれは、生物の根幹を司る器官だったのかもしれない。

 言わば、命の源。

 あの隻眼のゴブリンは、それを喰らうことで進化していた。

 

 ならば、俺がこれを喰らえば──

 

(…………)

 

 だが、一つ重大な問題がある。

 

『体』が疼かない。

 

 吸血の時とは異なり、まるで反応を示さない。

 

 今まで頼りにしていた高性能な嗅覚すら、それを成長の糧として認識していない。

 それが何を意味するのか。

 

『体』が、それを求めていない。

 

 喰らうべきものと、喰らうべきではないものと、明確に区別されているのだ。

 

(……食うべき、なのか……?)

 

 迷いが生じる。

 俺は、できればやりたくない。

 あの隻眼のゴブリンが異常なだけであって、俺がそれに適応するとは限らない。

 

 何より──『体』が望んでいないのだから。

 

 けれど、選択肢は多くない。

 俺は生き延びるために、進化しなければならない。

 そして、さらなる力を手に入れなければならない。

 

 それ故に──

 

 俺は、ゆっくりと結晶へ口を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば。

 

 

 

 

 俺は死ぬほど(・・・・)後悔した。

 

 

 

 

(────ァガアアァァァッッッ!!!)

 

 口に含み、噛み砕いた瞬間──地獄が始まった。

 

 結晶の破片が粘膜に触れた刹那、灼熱が喉を焼き尽くし、血管の隅々まで痛覚が針のように突き刺さる。

 まるで、毒でも飲み込んだかのように体内が反発しているのがわかった。

 

(ぐッ……ァ……ッ!!)

 

 喉が痙攣し、胃が裏返るような衝撃。

 反射的に吐き出すが、すでに遅い。微量ながらも取り込まれた『異質なエネルギー』が俺の細胞を蹂躙し、暴れ狂っている。

 

 ──これは電流じゃない。

 

 俺の体内で生成される雷とは、まるで異なる未知なる力。

 

(……適応っ、できない……ッ!?)

 

 予想はしていた。

 だが、ここまでとは──。

 

 俺の肉体は、この結晶を『糧』として受け入れなかった。

 

 折角、死の淵から蘇ったというのに。

 なのに、また瀕死に逆戻りどころか──このままでは本当に、死ぬ。

 

 俺の肉体が進化したからこそ、今はまだ耐えられているだけ。

 それがなければ、すでに砕け散っていたはずだ。

 だが、それも時間の問題。

 肉体が内側から引き裂かれ、大量の血が口から迸る。

 

(……ッ、なんとかっ、しないと……!)

 

 ──ズガァァンッ!! 

 

 突如、制御不能となり暴走した雷撃が、狭い洞穴の中で炸裂した。

 電流が暴発し、周囲に積み上げていた結晶が巻き込まれる。

 

 刹那、青の閃光が視界を焼いた。

 

 ──そして、爆発。

 

 轟音とともに、洞窟内の空気が一変する。

 その直後、俺の体を雷撃が襲った。

 

(──ッッッッ!!!??)

 

 雷の直撃に、全身の神経が悲鳴を上げる。

 

 ──が、その瞬間、異変が起きた。

 

 俺を内部から蝕んでいた『異質なエネルギー』が、雷の直撃とぶつかり合うように拮抗し始めたのだ。

 

(……俺の力が……コイツを、打ち消して……!?)

 

 吐血しながらも、俺は本能的に全身に電流を流し込んだ。

 放電し、帯電し、雷を巡らせる。

 

『異質なエネルギー』が、雷撃によって変質し始めている……!! 

 

 体内を駆け巡っていたエネルギーは、徐々に俺の細胞へと浸透し、拒絶反応を和らげていく。

 やがて、異物だったはずの力が、自分の一部。

 自分の力になっていく感覚があった。

 

(……これはっ……一体っ……!?)

 

 痛みが完全に引いたわけではない。

 それでも、確かに俺の内側は『何か』を得た。

 

 細胞の奥深く、さらにその先へと、その『何か』が浸透する感覚。

 ──『器官』が強化されている。

 

(……はぁっ、はぁっ……!)

 

 全身を苛む激痛の波が一旦引く。

 それでも、ズキズキと疼く体を地面に横たえる。

 

 目を覚ませば、俺はいつも傷ついてばかりだ。

 それも、ほぼ自爆。

 

(もうなんか、自爆(その)のクセがついてるじゃん……)

 

 なんか、泣けてきた。

 それでも、収穫はあった。

 

 血は体力の回復を促し、肉は身体の成長を助け、

 

 そして、結晶は『器官』を強化する。

 

 ──それが、わかった。

 

 ただ、この方法では駄目だ。

 結晶の力が肉体に適応するまでの負荷が異常すぎる。

 もし、もっと前の段階……隻眼のゴブリンと戦う前の状態で試していたら、間違いなく死んでいただろう。

 

 それに、強化された感覚はある。

 あるにはあるが……『微々たるもの』だ。

 割に合わない。

 死の淵を彷徨ってまで得た力が、こんなにも微細とは。

 

 凄まじいほどに非効率。

 二度とやるまい。

 

 あるいは、やるとしても、もっと先の話だ。

 

 俺の肉体がさらなる進化を遂げ、『未知のエネルギー』を受け流せるほどの適応力を持ち、自らの雷撃すらも苦痛なく制御できるようになったとき。

 

 そのときまで──封印だ。

 

(……やっぱり、あのゴブリンだけ特別だったんだな……)

 

 思わず、そう確信せざるを得なかった。

 普通のゴブリンとは違い、明確な知性を持ち、明らかに進化の意志を持っていたヤツの事を。

 もう二度と関わりたくはない。

 

 そして──。

 

(マジかよ……)

 

 俺が集めていた結晶は、すべて爆発で吹き飛んでいた。

 

 青白い閃光とともに、木っ端微塵になってしまったのだ。

 だが不思議と、失っても惜しいと思うことはなかった。

 今の俺には扱いきれない代物であると分かったから。

 

(……さて、どうするか……)

 

 俺は、ぼんやりとした頭で考える。

 

 当初の予定通り、洞窟の奥深く……『下』へ向かうのは変わらない。

 だが──。

 

(その前に、一つだけ確認しておくか)

 

 俺は、ゆっくりと身を起こしながら、崩れかけた岩壁に体を預けた。

 奥へと続く道が、そこにある。

 

 一呼吸おいてから、俺は岩壁を崩し、洞窟の奥へと這い進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、洞窟の『休憩所』へと戻ってきていた。

 

 果樹が生い茂り、湧水が潤いをもたらす穏やかな空間。

 本来ならば、洞窟に住まう生命が息をつくための、心安らぐ場所。

 

 だが、俺にとっては違う。

 ここは、隻眼のゴブリンと死闘を繰り広げた戦場だ。

 故に、否が応でも、心の臓が大きく音を立てる。

 

 ──しかし、俺が見たのは、信じがたい光景だった。

 

(……なんだ、これ)

 

 目の前に広がるのは、まるで何事もなかったかのような景色。

 本来なら、ここは戦いの傷跡で満ちているはずだった。

 炎に包まれ、木々が燃え尽き、湧水が赤黒く染まったはずの場所。

 なのに、今ここにあるのは──『元通り』の空間。

 

 果樹は瑞々しい実をつけ、湧水は透き通り、空気は澄んでいる。

 まるで、俺の戦いの痕跡など、初めから存在しなかったかのように。

 

(……ここまで綺麗に、元通りになるものか?)

 

 違和感が、背筋を這い上がる。

 ただの時間経過で、こうなるはずがない。

 いくら植物の成長が早いとしても、俺の記憶と全く同じように(・・・・・・・)修復するなど考えられない。

 

『隠れ家』の入り口と同じだ。

 この洞窟には、元の状態へと戻ろうとする法則があるのか? 

 

(……やっぱり、普通じゃない)

 

 俺の常識じゃ測れないことばかりだ。

 この異様な環境。

 この洞窟が持つ、不可解な『力』。

 それが分かる日は、いつかくるのだろうか。

 

(…………はぁ)

 

 だが──今はそれを確認しに来たわけじゃあない。

 俺には、確かめなければならないことがあった。

 

 ──隻眼のゴブリンの死骸。

 

 あの亡骸が、まだここにあるかどうか。

 あるのならば、今、どうなっているのか。

 

 それが、俺にとって最も重要な問題だった。

 

 だが──

 

(……ない)

 

 俺が最後に確認したはずの隻眼のゴブリンの死骸。

 湧水の底に沈んだと思われる肉塊。

 

 それが──どこにもない。

 

(……どこに消えた?)

 

 俺は、嗅覚を研ぎ澄ませる。

 周囲の気配を探り、微かな匂いの痕跡を追う。

 

(…………)

 

 ──そして、それは草むらの奥へと続いていた。

 

 俺は這い進み、その場所へと辿り着く。

 そして、そこにあったものを見た。

 

 それは骨だった。

 

 だが、それは元の形がほとんど分からないほどに欠けた骨。

 ひしゃげ、散らばり、噛み砕かれた何かの亡骸の残滓。

 

(……獣共(ヤツら)が食い荒らしたのか)

 

 俺の嗅覚が、それが何だったのかを教えてくれる。

 これは紛れもなく、あの隻眼ゴブリンの成れの果てだった。

 

 ──弱肉強食。

 

 そんな言葉が頭に浮かぶ。

 

 生きている間は、圧倒的な『強者』だった。

 だが、死してしまえばただの『弱者』……いや、それ以下のただの『餌』。

 

 死した肉体は、ただの獲物に成り下がる。

 強者だろうと、弱者だろうと、それは平等に。

 

(……本来なら、俺が食うべきだったんだがなぁ)

 

 せめて、肉の一欠けらでも。

 それだけで俺は強くなれたはずだ。

 

 しかし、もう手遅れだった。

 骨すらほとんど残っていないのだから。

 あぁ、現実は無常である。実に残念だ。

 

 だが、それ以上に重要な問題がある。

 

 

 ──『結晶』はどうなった? 

 

 

 隻眼のゴブリンの身に宿っていたはずのそれ(・・)

 

 ヤツは同族を喰らい続けた。

 殺し、捕食し、取り込み続けた。

 俺と対峙するよりも前に、もっと。

 

 ならば──あの『結晶』もまた、強化され、より濃縮されていたはず。

 本来ならば、骨の近くに、何らかの形で残っていてもおかしくない。

 

 だが──

 

(……ない、な)

 

 跡形もなく、一片たりとも。

 

 骨すらも残らぬほどに食われたとしても、結晶はそう簡単には消えないはずだ。

 俺が喰らった小粒の結晶ですら、その内に多大なエネルギーを秘めていた。

 ならば、莫大なエネルギーを秘めている『それ』の痕跡を追うことは、決して難しくないはずだ。

 

(はず、なんだが……)

 

 ──『匂い』すら感じない。

 

(……まずいな)

 

 もし、『何か』が、それを持ち去ったのだとしたら? 

 もし、持ち出した上で、この洞窟の別の『何か』が、それを喰らっていたとしたら? 

 

 ──第二、第三の隻眼ゴブリンどころの話じゃない。

 それ以上の『存在』が、生まれる可能性すらある。

 

(そんなことになったら、相当キツイんだが……)

 

 ただでさえ、一体だけでもギリギリだった。

 もし、隻眼ゴブリン(それ)以上の存在が現れたら──俺の生存率は、限りなくゼロに近くなる。

 

 俺は 背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

(……ここに長居は無用、か)

 

 ここにはもう何も残っていない。

 俺の探し物は、消えた。

 

 ならば──

 

(……『下』に行くか)

 

 俺の目的は変わらない。

 この洞窟の奥へと進むこと。

 より強くなるために。

 より、生き延びるために。

 

(……いこう)

 

 俺は振り返ることなく、洞窟の奥へと這い進んでいった。

 

 

 


 

 

 

おめでとう!

 

君の臓器は『電気袋』に進化した!

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