『転生したらフルフルベビーでした』in ダンジョン


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第7話 : 本当の姿


護竜、ガーディアン、造竜種。

イコールドラゴンウェポン……お前、存在したのか!?

 

 

 


 

 

 

 ……静寂。無音。そして、清閑。音なんてまるで聞こえない。

 

 まぁ、俺に耳なんてものはないのだが。

 目もなく、耳もなく、あるのは小さな体に不釣り合いな大きな口だけ。

 不気味で、弱く、ちっぽけな存在。

 今さらそんなことを思い出して、何になるというのか。

 なんて、思わず自嘲する。

 

 まるで世界が消えたかのような暗闇の中、俺は沈んでいた。

 血と泥に汚れた湧水の底。

 感覚は薄れ、意識は途切れがちで、まるで、自分の体が自分のものではないような感覚。

 

(……これが、死ぬってことか……?)

 

 考えることすら、億劫だ。

 息苦しさも感じない。

 むしろ、心地良さすらある。

 このまま、消えてしまうのも悪くない──

 

 ──いや、違う。

 

 何を馬鹿な事を……! 

 

 俺は、生きたい……!! 

 絶対に、死ねない……!! 

 死んでも、生き延びる……!! 

 

 生存本能が、朧げな意識の奥底から叫ぶ。

 しかし、俺の体はもう動かない。

 肉体は自らの雷撃によって焦げ付き、血も流し過ぎた。

 隻眼のゴブリンによって開かれた傷が、焼け焦げた際に皮膚と皮膚が溶けるように塞がったのが、不幸中の幸いか……? 

 

 そんなことを考えた刹那──

 

 それを思い出したかのように、身体は痺れ、内臓は焼けるような痛みを発し──

 

 それでも──。

 

 それでもなお、『俺』は──『まだ生きたい』と願っていた。

 

 

 

 だからだろうか。

 

 

 

 ──ズズッ……。

 

 何かが、口の奥に流れ込んでくる。

 

 ──ズズズッッ……。

 

 鉄の味だ、なんて。

 それが何かを理解するより先に、俺の『体』は、勝手に吸い始めていた。

 

(……ッ!?)

 

 意識とは関係なく、喉が勝手に脈動し、『何か』を啜る。

 口の中に広がる濃厚な鉄臭い味。

 

 ──濃い。

 

 血だ。

 それも、今までの吸血とは違う。

 ドロリとした、粘性のある、濃密な血。

 俺の唇が押し当てられているのは、水底に沈んだゴブリンの死骸。

 意識はある。

 しかし、動かせないはずの俺の体が、無意識に牙を突き立てている。

 

(何をしてる……!? いや、違う……これは……!!)

 

 ──止められない。

 

 俺の体は、『俺』の意思とは関係なく、本能のままに、血を貪っている。

 吸うたびに、ビリビリとした感覚が体を駆け巡り。

 あまりの痛みに再び意識が明滅し、消えてしまいそうになる。

 だが、吸血。

 その行為が行われるたびに、傷ついた肉体が内側から熱を持ち、血液が脈動し、崩壊しかけた細胞が蘇っていくのを感じ取る。

 

(……ああ、そうか)

 

 そして、理解する。

『俺』は、こうやって生き延びる生物なんだ。

 こうやって、命を紡ぐ生き物なんだ。

 瀕死の体でなお、肉体が悲鳴を上げていようと、限界を超え、血を啜る。

 

 吸血生物。

 これが、俺の本能。

 本来の、本当の姿。

 それを『体』が教えてくれている。

 

 ──グジュ……ジュルル……ッ! 

 

『体』は貪る。

 貪り尽くす。

 ただひたすらに、この肉体を動かすための血を吸い続ける。

 

 ──そうして、一体どれほど時間が経ったのか。

 

 気が付くと、俺は水面に浮かび上がっていた。

 

 呼吸が、戻っている。

 意識が、はっきりしている。

 肉体は焼けるように痛いが、それでも──

 

 ──生きている。

 

(…………ははっ……)

 

 俺は痛みを堪えながら、ゆっくりと水から這い上がった。

 そして、地獄のような戦場の光景を眺める。

 炎がまだ燻り、あたりには焼け焦げた木々と、水底に沈む黒く焦げたゴブリンの死骸。

 その全てを、俺は吸い尽くして生き延びた。

 

(……勝った、のか……?)

 

 心の中で呟く。

 勝ちかどうかはわからない。

 おそらく、それで言えば負けだろう。

 だが、今は何も考えられない。

 

 ともかく俺は、生き延びた。

 隻眼のゴブリンは死に、俺は生きている。

 

 ただ、生きている。

 

 それだけが、この世界の現実に変わりはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎は次第に収まりつつあった。

 辺りに散らばる焼け焦げた木々は、燻る煙を吐き出しながら朽ちていく。

 俺は、その光景を静かに見つめながら、戦いの余韻に沈む。

 

 そして振り返る。先の激闘を。

 

 俺は生き、隻眼のゴブリンは死んだ。

 これが、この戦いの結末。

 

 だが──

 

 本当に、これは勝利と呼べるのか? 

 

 終始、俺は追い詰められていた。

 一歩間違えれば、死んでいたのは俺だった。

 

 ヤツの憤怒。

 ヤツの執念。

 そして、ヤツの進化への狂気──。

 

 俺は、ただ運が良かっただけなのか? 

 それとも、俺が生き延びるべき存在だったのか? 

 

 いつぞやの蛙型生物の時と同じだ。

 強くなったと錯覚していたが、結局、何も変わっていない。

 ただの天任せ、天の気まぐれで命を拾ったに過ぎない。

 

 弱い。弱すぎる。

 嗤えるほどに、惨めなほどに。

 

 何が、『この付近なら敵などいない』だ。

 何が、『ここには餌しかいない』だ。

 

 俺のほうが、ちっぽけで、貧弱で、取るに足らない『餌』じゃないか。

 

(……………………)

 

 俺は、ゆっくりと息を吸い込む。

 血と煙と、鉄の臭いが入り混じる、淀んだ空気を。

 傷つき、焼け焦げ、それでも、俺はまだ生きている。

 

 ならば、やることは一つ。

 

 ──休息を。

 

 肉体も、精神も、そのどちらも。

 今は、ただ生き延びるために。

 

 俺は、周囲を慎重に嗅ぎ分けながら、安全な場所を探す。

 このままここに留まるのは危険だ。

 火の勢いが落ち着いたとはいえ、炭化した残骸がまだ熱を孕み、燻る煙が漂っている。

 その異臭は、遠くの獣共を呼び寄せるだろう。

 

(この匂いに引き寄せられてくる奴がいるかもしれない……)

 

 俺は、焼けつく皮膚の痛みに耐えながら、慎重に這い進む。

 動くたびに、焦げた皮膚が剥がれ落ち、鈍い痛みが神経を苛む。

 

(……っ。……くそ、全快ってわけじゃない……か)

 

 当たり前だが。

 吸血で回復したとはいえ、完全回復にはほど遠い。

 

 しばらく休める場所を──

 

 そう考えた俺は、『隠れ家』へと這い進む。

 

 この洞窟で生きるために必要なのは、狩りだけではない。

 休息を取れる場所。身を隠せる場所。確実に安全を確保できる拠点。

 それがなければ、生存は長くは続かない。

 

 そして俺は、それを偶然見つけていた。

 

 逃げ場を探しながら壁面を這い進んでいたときのことだ。

 ある岩壁の一部が、砂のように脆く、崩れやすいことに気づいた。

 ほんの少し触れただけで、さらさらと崩れ落ちる。

 

 最初は驚いた。こんな地盤の緩い場所が、この洞窟内にあるのか、と。

 しかし、その脆弱さこそが俺にとっての『隠れ家』になると直感した。

 

 入り口は、俺しか入れないほどの狭さ。

 その先の空間は決して広くはないが、俺が身を潜めるには十分な広さ。

 そして、何より奇妙だったのは、気づけば入り口が自然と塞がっていることだった。

 

 本当に偶然なのか? それとも、この場所には何かしらの法則があるのか? 

 俺には分からない。

 だが、一つだけ確かなことがある。

 ここは敵に見つかる心配のない、俺だけの『隠れ家』だ。

 

 今まで何度もここに戻り、身を休めてきた。

 狩りの合間に、疲れた体を癒やし、傷を癒し、次の戦いに備えるために。

 この場所があったからこそ、俺は生き延びることができた。

 

 そして、今も──

 

 俺は傷だらけの体を引きずりながら、辿り着く。

 岩壁と似た材質の土塊に触れ、慎重にその壁面を崩した。

 すると、じわりと砂が流れ、小さな空洞が開く。

 

 俺は慎重にその中へと這い込み、岩肌に身を寄せた。

 ひんやりとした感触が、焼けた皮膚に心地よい。

 

 深く息を吐く。

 全身が、重い。

 

 戦いの緊張から解放された途端、体の限界を改めて実感する。

 

(……これで、少しは休める……か?)

 

 しかし、ただ休むだけでは足りない。

 俺は考えなければならない。

 

 なぜ、俺は生き延びた? 

 なぜ、ヤツはここまで俺を執拗に狙った? 

 あの『結晶』とは、一体何だったのか……? 

 

 ヤツは、明らかに普通のゴブリンとは違っていた。

 

 常軌を逸する異様な『強さ』──。

 

(……まさか、アイツ……『結晶』を喰らって、強くなっていたのか……?)

 

 いや、そうなのだろう。

 そうだとしか思えない。

 だとすれば──

 

 ヤツが、同族であるモンスターを喰らい続けていた理由。

 そして、俺を喰らおうとしていた理由。

 すべてが、一本の線で繋がる。

 

 ──つまり、『結晶を喰らうことで、進化できる』ということなのか? 

 

(……もし、それが本当なら、俺も……?)

 

 ちらりと、隣に口を向ける。

 

 そこには、積み上げられた『結晶』の山があった。

 これまで、ただの硬い異物だと思い、『体』も興味を示さなかったため、特に意識することもなかった。

 だが、捨てておくのももったいないと感じた俺は、ここに集めていたのだ。

 

 これを全て喰らうことができるなら、さらなる境地が見えるのではないか──? 

 

(……………………)

 

 口先に力を込める。

 

 だが、今はそれを試す余裕はない。

 今はただ、生き延びることが最優先だ。

 

 この洞窟で生き続けるために。

 より強くなるために。

 もう一度、深く息を吸い、目を閉じる。

 

(あぁ……眠い…………)

 

 ──今は、少しだけ。

 

 ──ただ、生きるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮都市『オラリオ』の朝は、いつだって騒がしい。

 

 北西のメインストリート、通称『冒険者通り』。

 その一角に堂々とそびえる、荘厳なる建築物。

 

 まるで神々が集う万神殿(パンテオン)のような威厳を漂わせるその建物こそが、迷宮都市を統括し、冒険者たちを管理する都市管轄組織本拠地──通称、『ギルド本部』である。

 

 そして、今日もその空間は、例外なく喧騒に包まれていた。

 

 冒険者たちの怒号、換金所の受付嬢たちのやりとり、依頼を確認する者たちの足音。

 それらが混ざり合い、絶え間なく空間を満たしている。

 

「……また何かあったのか?」

 

 喧騒の中、ギルド職員のレーメルは、カウンター越しに立つ受付嬢へと問いかけた。

 受付嬢である女性──ローズは忙しそうに書類を整理しながら、ちらりとレーメルに視線を向ける。

 

「ああ、あんたね……ちょっと妙なことがあったのよ……」

 

 ローズは小さくため息をつきながら、視線をとある方向へ向けた。

 

「換金所か?」

「そ。さっき、駆け出しの冒険者が『魔石』を持ち込んだんだけど……それがどうにもきな臭いのよね」

 

 レーメルは眉をひそめ、彼女の言葉を待つ。

 

「何が妙だった?」

「単純な話よ。身の丈に合わない魔石を持ってきたのよ」

「……身の丈に合わない(・・・・・・・・)?」

「ええ。換金されたモノを見てみたけど、一緒に持ち込まれた小粒の魔石と比べれば、一目瞭然。大きさも質も違いすぎるの」

 

 ローズは肩をすくめながら、目の前の紙をペンで示した。

 

「駆け出しの冒険者が持ち込む魔石なんて、大抵が『ゴブリン』とか『コボルト』とか、あとは『フロッグ・シューター』とか、上層の雑魚モンスターのもの。でも、今回のは、明らかにそれとは別物だったわ」

 

 その言葉に、レーメルは嫌な予感を覚えながらも、聞かざるを得ない。

 

「……どれほどのものだった?」

『上層』最下層級、あるいは『中層』のものじゃないかって話よ」

 

 その言葉に、彼は小さく息を呑んだ。

 

「……駆け出しの冒険者が、『中層』の魔石を?」

「そういうこと。あり得ない話でしょう?」

 

 ローズは、紙を軽くトントンと机に打ち付けながら続ける。

 

「理由はいくつか考えられるわ」

 

 彼女は指を一本立てて言った。

 

「どこかから盗んだ」

 

 もう一本。

 

「同業者を殺して奪った」

 

 さらにもう一本。

 

「あるいは、本当に自力で手に入れた」

 

 最後の選択肢に、レーメルは苦笑する。

 

「それなら、それで問題だな。駆け出しが中層に飛び込むなんて、自殺行為以外の何物でもない。それに、そもそも辿りつけすらしないだろう」

「ええ。換金所の連中も、誰かが事情を聞くべきだって話になってるわ」

 

 一瞬の空白。

 喧噪に包まれたギルド本部。

 その片隅、まるで世界から切り離されたかのように、そこだけが静寂に沈む。

 

「……そいつの身元は確認したのか?」

「当然。駆け出しも駆け出し。超が付くド新人だったわ。ダンジョンに潜ったばかりの……ね」

 

 喧騒が遠のき、時間が一瞬だけ凍りついたかのような感覚。

 だが、それは束の間のこと。

 次の瞬間、現実が押し寄せ、騒がしさが再び耳を満たした。

 

 ローズは紙に書かれた名前を指でなぞる。

 

「何者なのかしらね。登録履歴も特に目立つものはなかったけど……」

「……監視対象にしたほうがいいかもしれないな」

 

 レーメルは腕を組み、静かに目を細める。

 

「……確かに。ギルドとしても、こういう異例の事態は看過できないしね」

 

 彼はちらりと換金所の方を見やる。

 

 冒険者たちが、魔石を換金するための長蛇の列を作っている。

 その中に、その駆け出しの冒険者がいるのか、それとも既に立ち去ったのか──。

 

 それに、最近どうも妙な噂が立っている。

『上層』のゴブリンが生息する区域で、異様に素早いゴブリンが目撃されたという話だ。

 通常の個体とは異なり、獲物を狩ることに執着し、明確な知性を示すこともあるとか──。

 

 それが本当なら恐らく『強化種』。

 

 確定的な情報が無いため、ギルドとしても依頼を出すまでには至っていない。

 だが、もし今回の魔石と関連があるのだとしたら……? 

 

「……さて、どうしたものか」

 

 レーメルは、騒がしい広間の片隅で、静かに思案するのだった。

 

 

 


 

 

 

ギルド職員、レーメル、茶髪に眼鏡、種族『犬人(シアンスロープ)』、男性。

受付嬢、ローズ、赤の長髪に美しい女性、種族『狼人(ウェアウルフ)』、女性。

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