『転生したらフルフルベビーでした』in ダンジョン


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第6話 : 逆襲の雷鳴


 ヒラバミのムービーがフルフルに見えたのは私だけじゃあないはずだ

 

 

 


 

 

 

 ──何かが、飛んでくる。

 

 嗅覚が警鐘を鳴らし、振動が微細な異変を告げた。

 

(──まずい!)

 

 本能が即座に危険を察知する。

 咄嗟に身体を捻り、跳躍。

 

(────っ!!)

 

 しかし、遅い。

 

 わずかに掠っただけ。それだけなのに、鋭い痛みが弾けた。

 皮膚が裂け、熱いものが滴る。

 

(何だ……今の!?)

 

 驚愕に身を震わせながら地面に転がる俺の目の前に、何かが地を穿つように深々と突き刺さっていた。

 

 白く、鋭く、不気味に光を反射する『牙』──。

 

 その形状からして、コボルトのものだろうか。

 

 痛みすら忘れ、硬直する俺の視線が、突き刺さった牙からゆっくりと移動する。

 

 その牙を投げつけた張本人へと。

 

 だが、その瞬間には、隻眼のゴブリン(ヤツ)がいた。

 俺の、目の前に。

 その異様な眼光で、じっと俺を捉えて。

 

 ──まずい。

 

 ゴブリンの左手が、すでに振り上げられている。

 

(──まるで瞬間移動じゃねえかっ……!)

 

 驚愕に反応が遅れる。

 

 いや、そんな暇はない──考えるより先に、体が動いた。

 

 反射的に全身に力を込める。放電開始。

 

 ──通常のゴブリンなら、一撃で痺れて動けなくなるほどの強力な電流。

 あまりに強すぎるせいで俺自身の体にも痺れが走るが──それでも、

 

(これで、コイツも動けなくなる……!)

 

 久々の自爆覚悟の全力攻撃。

 それだけの脅威だと、俺の本能が判断したが故に。

 

(動きさえ止めてしまえば、俺の勝ち────)

 

 ──そう思った、まさにその瞬間だった。

 

 隻眼のゴブリンの口元が、ゆっくりと歪む。

 

 それは──嘲笑。

 

 三日月を描くような、冷徹な笑み。

 

(……何だ、その顔は?)

 

 直後、ゴブリンは攻撃の動作を突如中断。

 次の瞬間、足元を爆発させるかのように跳躍した。

 

 俺の放電が虚しく空を裂く。

 

(──なっ!?)

 

 我が身を削るほどの全力の雷撃。

 それが、まるで最初から読まれていたかのように回避された。

 

 だからこそ、

 

(今の動き──分かって……!?)

 

 理解不能。

 二度目の驚愕が、全身を貫く。

 

 まるで俺の攻撃の性質を、俺の戦法を、事前に知っていたかのような回避。

 

(────理解できないことが多すぎる!!)

 

 混乱が、焦燥が、頭の中で渦を巻く。

 

 だって、おかしい。

 

 暴れ狂うモンスターたち。

 結晶を噛み砕いていた理由。

 倒したはずの獲物が、灰と化した理由。

 

 そして何より──

 

 俺の手の内が、完全にバレている理由も。

 

(意味が分からない……!)

 

 理解が追いつかない。

 状況が異常すぎる。

 

 今までの戦いとは、明らかに『何か』が違う。

 

(……こんな状態で、勝てるのか……!?)

 

 体の先がかすかに震える。

 本能が、脳髄に直接訴えかけてくる。

 

 ──逃げろ、と。

 

 だが、逃げ場などない。

 戦わなければ、ここで終わる。

 

 頼みの綱である放電が見切られているなら、俺に残された武器は──

 

 噛みつきと吸血。

 

 だが、それすらも問題がある。

 この隻眼のゴブリンは、尋常ではない速さで動く。

 

(……本当に、ゴブリンなのか?)

 

 到底、俺が知るゴブリンの動きじゃない。

 いや、それどころか──

 

 今の俺では、捉えきれない。

 

 さらに、連戦に次ぐ連戦。

 いくら吸血で体力を補っても、限界はある。

 動くたびに軋む体。

 呼吸の度に端に滲む赤血。

 

 疲労は、確実に俺を蝕んでいた。

 

 ──そんな俺を、ゴブリンは嘲笑うかのように。

 

 奴は、一切攻撃することなく、俺の周囲を駆け回り始めた。

 

(……一体、何を?)

 

 奴の動きには、明確な『意図』がある。

 これはただの威嚇ではない。

 

 ──狩る側の動きだ。

 

 疑問を振り払うように、嗅覚と振動で相手の行動を探る。

 そして、気付いた。

 

 ──隻眼のゴブリンが、果樹の木片を集めている。

 

(……まさか……)

 

 嫌な予感が背筋を這い上がる。

 そして、次の瞬間、俺はその意味を理解した。

 

(──投擲の嵐……!!)

 

 刹那、ゴブリンが、拾い集めた木片を勢いよく投げ放つ。

 しかも、ただの投擲じゃない。

 

 速度、精度、軌道──どれを取っても、尋常ではない。

 四方八方から、鋭い弾丸のごとく殺意を帯びた木片が襲い掛かる! 

 

(──ざっけんなっ……!!?)

 

 とっさに身を縮めるが、回避するには数が多すぎる。

 もはや逃げ場など、存在しない。

 回避不能の乱撃が俺を包み込んだ。

 

(────ッッッ!!!)

 

 必死に這い、跳躍し、飛び回る。

 だが、それでも足りない。

 

 木片に紛れ、牙や爪が飛んでくる。

 先ほど見た、鋭く尖ったコボルトの牙。

 砕かれたゴブリンの爪。

 それらが次々と飛び交い、俺の身体を引き裂いていく。

 

 赤い血が、空間を染める。

 

(避けろ、避けろ、避けろッ!!)

 

 死ぬ気で捻り、歪め、身をよじらせる。

 だが、攻撃は終わらない。

 

 ──そして、限界は訪れる。

 

(────カハッッッッ!!!?)

 

 轟音と共に、視界が揺れた。

 一瞬、音が消え、思考が断ち切られる。

 

 次の瞬間、猛烈な痛みが全身を駆け抜けた。

 

 視線を落とせば、正面から木片が深々と突き刺さっている。

 

(──────ッッッ!!!!)

 

 喉奥がひりつく。

 込み上げるものを抑えきれず、大量の血反吐を噴き出した。

 どくどくと流れ出す体液が、草木を真紅に染めていく。

 

 そして。

 

 ゆっくりと。

 

 俺の眼前で、隻眼のゴブリンが膨張した肉体を揺らしながら歩を進めてくる。

 

 嗤うような目。

 貪るような足取り。

 もはや単なる獣ではない。

 

 確かな意志を持った狩人の姿が、そこにはあった。

 

(……このままじゃ……死ぬ)

 

 直感した。

 否、確信した。

 

 肉体は既に限界を超え、意識は今にも断ち切れそうなほどに揺らいでいる。

 

 ──だから、

 

 俺は渾身の放電をぶちまけた。

 

 考える余裕などない。

 このままでは、間違いなく喰われる。

 

 副作用? 

 ──そんなもの知るか。

 

 痛み? 

 ──どうせ、もう感覚すら曖昧だ。

 

 ただ、本能のままに、全身から雷撃を迸らせた。

 

(──がぁぁぁぁッッッ!!!)

 

 蒼白い閃光が洞窟を満たし、空気を灼く。

 

 運が良いのか悪いのか、

 俺が吹き飛ばされた場所は、なぎ倒された果樹や積もった枯葉の山だった。

 

 ──瞬間、

 

 放電の熱が、樹皮と枯葉に引火する。

 果樹に蓄えられていた水分は一瞬で蒸発し、代わりに残された樹脂が、地獄の業火の種火へと変貌した。

 

「ゴァッッ……!!?」

 

 初めて、目の前のゴブリンが声をあげた。

 驚愕と、明確な痛みを孕んだ声。

 

 ──それもそうだ。

 

 俺にとっても、ぶっつけ本番の奇策。

 初めて放電によって引き起こした業火の嵐だ。

 驚いてくれなきゃ、こっちが困る。

 

 そして──次の瞬間、

 

 洞窟内の空気が一気に燃え上がる。

 火の手は四方八方へ広がり、出入り口を塞ぎ、緑に覆われていた空間は、まさに地獄の窯と化した。

 

 感覚が赤に染まる。

 熱気が肌を焦がし、火の粉が絶え間なく降り注ぐ。

 

 その中心で、ゴブリンの動きが一瞬、鈍った。

 その隻眼に、僅かながら焦りが滲むのがわかる。

 このまま焼け死ねば、言うことなしだが、そこまでは望むまい。

 

 俺が狙うのは、そんな不確かな希望じゃない。

 狙うべきは、確実な一撃。

 それだけだ。

 

 荒れ狂う炎の中、焼けた空気を無理やり肺に押し込む。

 焦げるような熱気が喉を灼き、意識が遠のきかけるが──

 

(……来い……!)

 

 ──待つ。

 俺は、熱と傷に朦朧としながらも、あえて動かない。

 

 このゴブリンは結晶を噛み砕くことに執着していた。

 結晶(それ)を求める異常な衝動。異常な欲求。

 それが奴の本能なら──

 

 俺も、その対象になるはずだ。

 

 俺の体に結晶があるかは分からない。確かめる術がない。

 だが、隻眼のゴブリンは俺を喰らおうとするはず。俺に触れようとするはずだ。

 この炎の中で焦りがあるなら、尚更。

 

 だから、待つ。

 

 ピクリとも動かず、死んだふりをして。

 

 焦れたように、隻眼のゴブリンが一歩ずつ、俺へと近づく。

 焼けた地面を踏みしめる度、微かに土が崩れる音が聞こえた。

 

(……いいぞ……そのまま……)

 

 気持ちが逸る。

 鼓動がうるさい。

 

 熱と痛みで意識が朦朧とする中、ただ、待つ。

 この一撃にすべてを懸ける。

 あと少し、あとほんの数歩。

 

 そして──

 

(────来い……!!)

 

 最後の一歩を踏み込む──はずだった。

 

 しかし──

 

 隻眼のゴブリンは、寸前で動きを止めた。

 

(……まさか……バレた!?)

 

 思考が警鐘を鳴らす。

 まるで俺の狙いを見抜いているかのように、ピクリとも動かない。

 

 喉が粘つく。

 このままでは……

 

(────ッ?)

 

 鋭い衝撃。

 

 感覚が跳ねた。

 

(────な……に、が……!?)

 

 意識が、一瞬、空白に沈む。

 

 そして──

 

 それ(・・)が何なのか理解するより早く、俺の体には新たな何か(・・)が深々と突き刺さっていた。

 

 ──体が、揺れる。

 

 思考が、崩れ落ちる。

 

(……投げつけられた木片が……俺の体を……宙に……)

 

 感覚が追いつかない。

 自分が何をされたのかすら、分からない。

 

 ただ、一つだけ確信できること。

 

 隻眼のゴブリンは徹底していた。

 

 決して、自らの手で俺に触れようとしない。

 必ず、投擲だけで獲物を屠る。

 その、異常なまでの、絶対の意志。

 

 ──空を舞う。

 

 時間が引き延ばされたかのような錯覚。

 重力が消え、意識が遠ざかる。

 

 そして、そのまま。

 俺は泥に濁った湧水へと墜落した。

 

 無慈悲な水の抱擁。

 切り裂かれた身体から溢れた赤い血が、泥濁りの水へと滲み広がる。

 

(……………………)

 

 静寂。

 いや、違う。

 俺の鼓動が遠ざかり、世界が音を失っていく。

 

 既に、触覚は機能していない。

 

 熱さも、冷たさも、痛みすらも──消えていた。

 

 それでも、俺は生きている。

 わずかに残る嗅覚が、ゆっくりと歩を進める隻眼のゴブリンを捉えている。

 

 水面の向こう。

 滲む影が、俺へと迫る。

 

 ──それでも俺は、抗うことすらできない。

 

 身体は沈むまま。

 意識は散るまま。

 

 そして、

 

 俺は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼』は確信した。

 

 ──勝負はついた、と。

 

 呆気無い程、あっさり。

 

 白の獲物(ヤツ)は沈んだ。

 湧水に、赤が滲む。

 そして、動かない。

 

 策を講じたおかげだ。

 今もなお、燃え盛る火焔のことは想定外だったが、

 今の『彼』には届かない。

 故に、何の問題もない。

 何もかも、計算通りだった。

『彼』は、隻眼の小鬼は強い。

 

 決して、自らの手で触れずに仕留める。

 これこそが、『彼』の狩りの流儀。

 投擲だけで、獲物を屠る。

 それが、勝利の確信だった。

 

「…………」

 

 感覚を研ぎ澄ます。

 だが、死の臭いはまだ満ちていない。

 

 慎重に、さらに木片を手に取り、湧水へと投げつける。

 

 水面が揺れ、波紋が広がる。

 しかし、ヤツは動かない。

 

 ヤツが動かなければ、それはつまり、

『完全な死』を意味する。

 

 策を尽くし、ヤツを狩り尽くした。

 

 安堵が広がる。

 そして、『彼』の中で、獰猛な衝動が膨れ上がる。

 

 この狩りは、ただの復讐ではない。

 これは『彼』の進化のための糧。

 ヤツを喰らう事で、さらなる力を手に入れる。

 それこそが、勝利の真の目的だった。

 

 同族の結晶を喰らい、進化を続けてきた。

 

 ならば、

 

 ヤツの結晶には、己をさらなる存在へと押し上げる力が宿っているはず──! 

 

 期待が止まらない。

 高揚が止まらない。

 だが、それすらも『憤怒(りせい)』で抑え込み。

 

『彼』は勝者だ。だからこそ、最後まで慎重に。

 

『彼』はゆっくりと歩を進める。

 湧水へと、近づいていく。

 

 水面は静か。

 揺れる波紋の奥、沈むヤツはもはや生命の気配すら感じさせない。

 

 これで終わりだ。

 もう、何も問題は無い。

 

 

 

 そう、思ったその時。

 

 

 

 ──ピリッ。

 

 微かに、

 肌を刺すような 違和感が走る。

 

(…………?)

 

 だが、それが何かを思考する前に、

 

『彼』の片足が、

 

 汚れた(・・・)水の中へと踏み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──終わった。

 

 そう思った。

 

 泥と血に塗れた俺の身体は、湧水の上にただ浮かぶ。

 まるで屍のように。

 

 全身が軋み、崩れかけた建物のように、微動だにしない。

 

 肺の奥に溜まる鉄臭い血が、喉を焼く。

 意識は遠のき、呼吸は浅く、酷く寒い。

 

(……ここで……終わるのか……?)

 

 皮肉にも、痛みすら薄れてきた。

 まるで、死が。

 死そのものが、優しく迎え入れようとしているかのように。

 

 ──その時、

 

 足音が響いた。

 重々しく、確実に俺を喰らうための一歩。

 

 隻眼のゴブリンが、ゆっくりと近づいてくる。

 

 それは王の歩みに似ていた。

 

 勝者の余裕。

 敗者への鎮魂歌。

 

 まるで、すべてを支配する者の足音のように。

 

(……………………)

 

 俺は、ただ、静かに、その足音を聞いていた。

 

(……………………)

 

 ──その時だった。

 

 明滅する意識の狭間に、『声』が響く。

 どこか幼く、脆く、それでいて酷く、物悲しい響きを帯びた声。

 

(……………………)

 

『諦めろ』

 と、その声は言う。

 

(いやだ……死にたく……ない)

 

『もう動けないじゃないか』

 と、その声は言う。

 

(違う……まだ……動く)

 

『何故そこまで足掻くのか?』

 と、その声は問う。

 

(生きているから……だろうが……!)

 

『じゃあ、君はどうするの?』

 

(たとえ……身体が動かなくとも……内臓が……『器官』が……まだ、動く……!)

 

『でも、それをしたら共倒れになるかも』

 

(それでも……! やらないよりはマシだ……!)

 

『本当に?』

 

(本当だ……! まだ、終わらない……! 終われない……!)

 

『…………』

 

(頼む……ほんの、少しでいい……力を……力を、貸してくれ……!)

 

 必死の懇願。

 もはや、『誰』に頼んでいるのかすら分からない。

 それでも、何かに縋らなければ、もう立ち上がれない。

 

 幻聴か。

 妄執か。

 それとも──

 

 けれど、その瞬間、確かに聞こえた。

 

 苦笑するような、どこか呆れたような。

 

『……しょうがないなぁ。それじゃ、僕も頑張ってみるから』

 

 諦めにも似た、柔らかい響き。

 

『あとは、よろしくね』

 

 ──瞬間、全身が爆ぜた。

 

(──────ッッッ!!!?)

 

 覚醒する。

 赤く濁った水の中、俺の意識はまだ途切れていない。

 否──むしろ、今この瞬間、俺は確かに『生きている』と実感している。

 

 限界を迎えたはずの身体に、微かだが確かな熱が宿り。

 焼け付くような痛みと共に、僅かに残された『力』が呼応するように脈動する。

 

 何が起きた? 

 どうしてまだ動ける? 

 

 そんな疑問も今はどうでもいい。

 それよりも、今の俺に残された唯一の『手』──

 

(……淀んだ水(・・・・)は……電気を伝える……!!)

 

 思考が閃光のように弾ける。

 

 身体は動かない。

 吸血で得た回復力も、とうに限界を迎えている。

 ならば、残されたのは、たった一つ!! 

 

 俺のすべてを賭けた、最後の一手──

 

 放電だ。

 全力の放電を!!! 

 

 だが、まだ早い。

 

 今ここで放っても、確実に仕留められるとは限らない。

 確実に『殺す』ために──もう少し、待たなければならない。

 

 隻眼のゴブリンが、あと一歩。

 

 あと一歩だけ、湧水へと踏み込むまで。

 

 その足が沈んだ瞬間、俺の勝ちだ。

 

 だから、もう少し。

 もう、ほんの少しだけ……! 

 

(…………っ!)

 

 勝ち誇った気配が、確かに伝わる。

 ヤツは完全に『勝利』を確信している。

 俺が動けないことを、もう抵抗すらできないことを。

 

(──それでいい……来い……!!)

 

 最後の言葉を、祈りではなく、確信として噛みしめる。

 全てを賭けた、一撃を叩き込む、その瞬間を待ちながら。

 

 そして──

 

 隻眼のゴブリンの片足が、湧水へと沈んだ。

 

 その刹那、

 

 俺は全身全霊の『放電』を解き放つ。

 

 否──

 

 もはや放電などという生温いものではない。

 

 轟く雷鳴、迸る雷光。

 

 一瞬にして感覚が白く染まり、激しい閃光が周囲を焼く。

 まるでこの空間そのものが、天空から降る稲妻に打たれたかのような──

 

 そして。

 

 水が伝導体となり、無慈悲な雷の刃が俺ごと(・・・)隻眼のゴブリンを貫いた。

 

 

(────う゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛っ゛っ゛!!)

 

「────グギャァァァァァァァァァッッッッ!!!?」

 

 互いの絶叫が空間を揺るがす。

 

 雷鳴の如き轟音。

 空気が震え、天井の岩が微かに砕ける。

 洞窟の奥深くまで響き渡る、魂が引き裂かれるような断末魔の咆哮。

 

 ──雷撃の奔流が、暴れ狂う獣のように水中を駆け巡る。

 

 四方へ弾け飛ぶ光の刃。爆ぜる雷音。

 焼け焦げる肉の臭い。蒸発する湧水。

 

 まるで雷神の裁きでも下ったかのように、池にある水は瞬く間に高熱の霧へと姿を変えた。

 

 電流に捕らわれ、肉が焼け焦げる。

 体内の水分が弾け飛び、全身から黒煙が立ち昇る。

 

 そして──

 

「……ガァ……グ……ゥ……!」

 

 それでもなお、隻眼のゴブリンは動こうとしていた。

 

 焼け爛れた肉体を引きずりながら。

 蒸気の向こうで、揺らめく影となって。

 

(…………ッ!?!?)

 

 まだ──生きているのか……!? 

 

 高温の霧が立ち込める中、ゴブリンは痙攣しながらも、俺へと手を伸ばす。

 

 焦げついた肉が裂け、焼けただれた筋繊維がむき出しになりながら、それでも──なお、前へと進もうとする。

 

 まるで「ここで終わるわけにはいかない」と言わんばかりに。

 

(……やめ、ろ……! くるな……くるなっ……!!)

 

 反射的に身を引こうとするが、体はもう動かない。

 痛みすら麻痺し、ただ、絶望の中で息をすることしかできない。

 

 ──そして、

 

 その指先が、俺に届く寸前で──

 

 ゴブリンの身体が、崩れ落ちた。

 

「……グギ……ャ……」

 

 呻き声が、霧散する。

 空気に溶けるように、儚く、無機質に。

 

 湧水が赤黒く染まり、ゆっくりと波紋が広がっていく。

 静寂が訪れた。

 

 ──そして、

 

 我が身をも焼き尽くした電流が収束すると同時に、黒く焦げついた隻眼のゴブリンの肉体が、音もなく水の底へと沈んでいく。

 

 無情なまでに。

 絶対的な死の静けさをまといながら。

 

 ──俺は、勝ったのか? 

 

 理解が追いつかない。

 思考がまとまらない。

 

 ただ、

 

 ただ、それを見届けた時、

 

 世界が闇に溶けるのを感じるだけだった。

 

 

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