柳ノ一刀


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作:シュシュら
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八振り目


 暴力の暴風。剛腕と剛力に物を言わせて、バイツの戦鎚は振り回される。

 その様は、宛ら嵐の如し。

 

「馬鹿力だな」

 

 粉砕された床から落ち乍ら、天元は冷静に状況を見定めていた。

 両者の戦力差は圧倒的。

 捕まれば一瞬で引き裂かれる腕力。表面を浅く切った程度では死なない耐久性。巨体でありながら常人には影も踏ませない速度。

 唯一、天元がバイツに勝るとすれば、ソレは技術だろう。

 

「ウオオオオオッッッ!!!」

 

 力任せに振り回し、それが技となって成立する理不尽。

 バイツ・レッドハウンドは、適正レベルよりも少し上のモンスターであろうとも挽肉に出来るだけの腕力があった。

 そして、その力を成立させるスキルを有する。

 

 血の猟犬(レッドハウンド)

 己の名を冠するそのスキルは、単純な自己強化である。

 その中身は、時間経過による半永久的な強化。車のギアを上げる様に、時間が経てば経つほどにその剛力は上がり続け、暴力性は増していく。

 デメリットは、暴走の可能性。過ぎた力というのは、滅びを与える。

 

 もっとも、このデメリットは1VS1の状況ではデメリットにあまりならない。強いて挙げれば、暴力性のままに相手を叩き潰してしまう事位か。

 

 ただ、

 

「…………」

 

 着地した天元は、暴れるバイツを中心として円を描くように駆け出した。

 横目に観察するのは振り回される戦鎚の動き。

 それは、最早黒い掠れた棒にしか見えない速度だが、目で追う事は実の所そこまで難しくない。

 天元が見ているのは、戦鎚を振るうバイツの腕、肩、肩甲骨。得物ではなく、得物を振るうために動かす体の各部位を見るのだ。

 

(振り下ろし)

「オオッ!!」

 

 振るわれる必殺の一撃を紙一重で躱す。

 

(横薙ぎ)

「ヌゥオオオオッ!!!」

 

 身を沈めて、これも躱す。

 

(突き)

「ゼアァアアア!!」

 

 戦鎚では珍しい攻撃で初見殺しである筈の攻撃も、躱す。

 ここまで見切られれば、バイツもまた気付く。

 

「…………どういうカラクリだ?」

「あ?」

「お前の動きは、見れば分かる。低レベルのソレだ。少なくとも、オレの攻撃をこうも躱せる道理はねぇだろう?」

 

 バイツの問いに、天元は眉を上げると鈍ら刀を右肩に乗せる。

 

「テメーらのその、れべる?至上主義みてぇなのは何なんだ?」

「なに?」

「確かに、テメーらの動きはスゲェさ。周りを暗くしたり?素人紛いの踏み込みでも、相当な速さだったりする。でもよォ」

 

 言いながら、軽く天元の体が左右に揺れ、直後急加速。

 これを、戦鎚を振り下ろす事で対応するバイツであったが、その一撃はまるで霞を打ったかのように手応えが無く、突っ込んでくる少年の体をすり抜ける様に外して血塗れの床をぶっ叩いた。

 その刹那の交差。バイツ・レッドハウンドの左脇腹が横一線に切り裂かれる。

 

「ぐぅぅおぉぉ……!?」

「雑なんだよ。テメーらの戦い方はよォ」

 

 刀の血を払って、振り返った天元は目を細めた。

 雑。これまでの戦いを経て、ヤギュウ・天元は相手の戦い方をそう評する。

 身体能力は確かに凄い。少なくとも、ただ鍛えるだけで到達できるような領域ではないと、天元は思う。だが同時に、その優れた能力に胡坐をかき過ぎてはいないか、と思うのだ。

 

 どれだけ速かろうと、鋭かろうとも呼吸(攻撃の間隙)は変わらない。出鱈目に動いているように見えても、実の所生物には一定のパターンが適用されている場合が殆どだ。

 

「テメーの動きは、もう慣れた。速くなろうが遅くなろうが、変わりやしねぇ」

 

 言いながら、天元は履いていた下駄を脱いで素足となる。

 どうしても、下駄は踏ん張りに欠ける。そもそも、天元としては格好など何でも良いのだ。

 トントン、と軽快にステップを刻んで、天元は走り出す。

 

「ガァアアアアア!!」

 

 力任せに、バイツの戦鎚が床を打つ。

 

(!すり抜けやがる!!)

 

 当たらない。

 下駄から素足へと変わっただけ。ただそれだけで、文字通り桁違い。

 今もそうだ。加速するバイツの暴威は、しかし何故だか手応えなく虚しくすり抜けていく。

 訳が分からなかった。

 確かに見えている。動きも速いが、それでも恩恵持ちほどではない。

 

 見えている、追えている。しかし、()()()()()

 

 ならば、とより一層腕の筋肉を隆起させて、バイツは渾身の力で床を叩き割った。

 既に、元々居た6階から、3階にまで落ちていたというのに、更に階層が減る形だ。

 バイツがこの暴挙に出たのは、天元の動きを制限する為だ。翼も何もない人間が、空中に投げ出されれば当然動くには難がある。

 

 ()()()()()

 

「…………は?」

 

 呆気にとられるというのは、正にこの事。

 ヤギュウ・天元は13歳の子供だ。年齢相応の体格で、体重もまたその年代の平均体重よりは重いかもしれないが、それでも子供の体重を外れる事は無い。

 重要なのは、天元の体は特別軽いという訳ではない、という点。

 

 バイツが瞠目したのは、ワンフロアを落ちる中での天元の行動だ。

 何と、この少年落ちる最中に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来、舞い散る木片など人一人の体重を支える様な力はない。それは、体重の軽い子供であろうとも変わる事は無い。

 だが、天元はあろう事か舞い散る木片を足場として宙を駆けてみせたのだ。その姿は、まるで体重が無いかの様な軽快さだった。

 その軽快さのまま、バイツの背後へと回る天元。当然、バイツは対応しようとするが、如何せん空中に投げ出されているのは彼も同じ。

 力任せに背後へと戦鎚を振り払うが、そんな単調な攻撃が天元を捉えられる筈もなく空を切った。

 

「ぐおっ……!」

 

 一閃。落ちる瓦礫を足場代わりに飛び出した天元の一刀が斜めにバイツの背中を切り裂いた。

 降り積もった瓦礫の山を巨体が転がる。

 最早、様子見は無し。着地と同時に、天元はその首を刎ね飛ばさんと駆け、

 

「ガァアアアアア!!!」

「!おっと」

 

 咆哮と共に振るわれた腕をバックステップで躱して、距離を取った。

 

「フー……!フー……!グルルルル………」

 

 バイツの様子が一変していた。

 前傾姿勢処か、両手を瓦礫の上について四足歩行に。犬歯が異様に伸びて鋭い牙となり、その目は血走っている。

 宛ら、獣だ。そして同時に、これこそが“牙獣”の二つ名を賜った理由でもあった。

 “血の猟犬(レッドハウンド)”のオーバーフロー。蓄積した力の増加と出血によって本能が理性を越えた状態。

 

「ガルァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 四足で、巨体が駆ける。その様は、体格も相まって大迫力。

 少なくとも、初見であるのなら面食らうのは必定。事実、バイツはこの状態を以て格上のLv5を仕留めた事もあった。

 だが、

 

「…………」

 

 天元は冷静だった。

 正眼に鈍ら刀を構えて、自分の周りを走り回るバイツを見据えつつ焦る兆しも無い。

 

 確かに、脅威だ。今の今まで人の戦いをしてた者が、急に獣のように暴れ回るのだから。

 

 しかし同時に()()()()()()

 

「アアアア!!!」

 

 天元の斜め後ろ。そこからその喉笛を食い千切らんと、大口が迫る。

 そこからは、コマ送りのようだった。

 残像を残して突き進むバイツに対して、天元は関節の可動域を活かしながら時計回りに反転しつつしゃがみ込み、そこから鈍ら刀を持つ右腕を己の首に巻き付ける様にして溜を作る。

 完全に後ろを向くのとコンマ秒のタイミング差も無く振り上げられた一刀は、床を切り裂きながら下から上への三日月を描いた。

 一閃。バイツの顔の真ん中に赤い線が一筋入ったかと思えば、水音を響かせてその巨体が左右真っ二つへと分裂。そのまま臓物と鮮血をまき散らしながら天元を挟むようにしてその体は瓦礫の上へと転がった。

 

 ()()()。そもそも、獣の動きといえば聞こえは良いが、その本質は駆け引きもへったくれも無いもの。

 隙という罠に簡単に飛び込んでしまう行動を起こしてしまいかねない諸刃の剣と呼ぶには、余りにも不安定な代物だった。

 事実、戦鎚を持って振り回している時にバイツの方が、天元にしてみれば戦い難い相手だった。

 

 本能だけで突っ込んでくる獣など、意図的な隙を見せれば勝手に食らいついてきて、その際にカウンターを入れる事など造作も無いのだから。

 

 とはいえ、天元の勝利は薄氷の勝利でもあった。

 ほぼほぼ一方的に押し込めたのは、バイツ・レッドハウンドの技術が拙く、身体能力のごり押しであったから。

 仮に、自分と同等か或いはちょっと下程度の技術があったならばもっと苦戦していた。具体的には、手足のいずれかを潰されていたとしてもおかしくない。

 何より、技術差を差し引いても一発喰らえば即死がほぼ確定する暴威の中へとその身に宿した技術一つで飛び込める者がいったいどれほど居るだろうか。

 

 鈍ら刀を肩に担いで、天元は上を見上げる。

 

「…………登るの面倒くさいな」

 

 ぽつりと彼は呟いた。

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