柳ノ一刀


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作:シュシュら
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七振り目


 人間は、情報取得の大半を視覚に頼っている。裏を返せば、視界を塞がれれば常人ならば一歩前に踏み出す事すら難しい。

 

「…………チッ」

 

 浅く切られた肩の辺りが熱くなるのを感じて、天元は舌打ちを一つ。

 如何に剣の鬼才であろうとも、見えなければスイカ割りも出来ない。

 だが同時に、ヴォーダンもまた攻めあぐねている。

 

(マジ、化物に御座るな。見えておらず、拙者も音を出さない動きをしているにも拘らず、負わせられたのは小さな傷ばかり。失血による行動不能を狙うのは難しく、かといって毒を使うにも拙者の手持ちには無い)

 

 長期戦。得物であるダガーナイフを逆手に持って、ヴォーダンは頭を回していた。

 麻痺毒の類は持ち合わせがない。そもそも、毒の扱いは難しいのだ。

 例えば、筋肉を麻痺させる毒ならばそのまま心臓の筋肉を麻痺させて殺しかねない。筋弛緩系の毒物も同じくだ。動きを奪うだけの都合のいい毒など持ち合わせがない。

 とはいえ、アドバンテージがあるのは自分の方。ヴォーダンは気を緩めず、緊張感を持って対象の無力化を狙い――――

 

「――――フッ!」

「っ!?」(な、にぃ……!?)

 

 驚愕に染め上げられた。

 闇の中で斬りかかったヴォーダンはだったが、何と天元はその動きに合わせるようにして刀を振るってきたのだ。

 狙いが甘かった為に躱す事は出来たが、ヴォーダンの頬には冷や汗が流れる。

 

(何故だ?拙者の動きは見えない筈。音消しが甘かったのか?それとも、偶然か)

 

 思考する。ジェ=ヴォーダンは、理性ある戦士であるから。

 試しに、足元に転がった瓦礫の一つを手に取り、コレを投擲。

 天元は飛んでくる瓦礫に対して、先程ヴォーダンを迎撃した以上の正確さを持ってコレを切断。同時に、瓦礫が飛んできた方向へと駆ける。

 突っ込んでくる天元に対して、バックステップで距離を取るヴォーダン。間髪入れず、先程まで彼の胴があった位置を横薙ぎの一閃が通り過ぎていく。

 

「……貴公、見えているので御座るか?」

「あ?何の話だ?」

「知れた事。拙者の位置を、こうも正確に分かるなど見えていると思わぬほうが無理な話では御座らぬか?」

「あー、成程?」

 

 闇の中で、天元は頭を掻いた。

 この状況が自分有利である筈なのに、相手が自身の想定外の動きを見せれば疑いたくもなるというもの。

 だが、真実は違う。そして、ヴォーダンが考える以上に、理不尽がそこにはある。

 

「見えてねぇよ」

「………」

「嘘じゃねぇって。でもまあ、何だ……見えねぇっていうこの状況に慣れたって所だな」

「慣れ、た……?」

「おう」

 

 ソレは最早、一種のバグ。

 慣れ。本来それは、長い時間をかけて体に染み込ませるようにして習得するもの。決して、直面して数分と掛からずに起きるものではない。

 

 だがここに、天才(バグ)は居る。

 

「さて、と。話は終わりだ。次は、斬るぜ?」

「ッ……!」(ありえぬ……!)

 

 音が出る事も厭わずに、投げつける手裏剣。

 これを、文字通り見もせずに切り捨てた天元は前へと駆け出した。

 その足取りに迷いはない。

 

(…………ああ、そうか)

 

 圧縮される時間の中で、ヴォーダンは理解する。

 

 神の恩恵を得て、偉業を達して辿り着いた、Lv3という領域。

 

 しかしそれは、あくまでも神々の掌の上で行われた物。言ってしまえば、世界の理の範疇に収まる出来事でしかない。

 無論、偉業は偉業。やり遂げた者は、英雄へと至れる力を有する証明に間違いはない。

 

 ただ、筋書き通り(神の想定内)であるだけで。

 

 迫る白刃に対して、ダガーナイフが間に合った。

 

 ()()()()()()()()()

 

「…………怪、物……」

 

 部屋に蔓延っていた闇が解けて、消える。

 崩れ落ちた黒ずくめ。その体から止まる事無く赤い血が、床を侵食するように広がっていく。

 その傍らには、刃が真っ二つに断たれたダガーナイフが転がり受け止めようとした斬撃の鋭さを物語ってた。

 

「俺もまだまだ、だな」

 

 鈍ら刀から血を払い、天元は溜息を一つ。

 最初からヴォーダンが殺すつもりで向かってきていたなら、結果は変わっていただろう。それこそ、一番最初から部屋を闇で満たして待ち受けていれば良いのだから。

 或いは、刃に致死性の猛毒を塗るのも手。そうすれば、相手の急所を狙わずとも掠らせるだけで後は自然と殺す事が出来ただろう。

 とはいえ、勝ちは勝ち。この部屋にも春姫がいない事を確認して、天元は次の階層へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血のニオイが漂う、シユウ・ファミリアの本拠地。

 その六階。そこで、二頭の獣は向かい合っていた。

 

「恩恵も無しに、よくもまあファミリアを半壊させる事が出来るもんだ」

 

 バイツ・レッドハウンドは、老酒の入った甕を片手に乗り込んできた少年を見やる。

 年相応の体格。だが、ズボンに覆われていない脛や羽織から少し出た前腕の一部などは年齢不相応と言わざるを得ないほどに鍛えられている。

 宛ら、鍛えられた鋼の様な体構造だ。

 

「二つの選択肢をくれてやる」

「あ?急になんだ」

「一つ、このままオレの下につく。うちを荒らした件も、それでチャラにしてやる」

「…………」

「二つ、このままオレに叩き潰された後に、軍門に降る」

 

 選べ、とバイツは甕を呷った。

 圧倒的な上から目線だ。だが、それが許されるだけの立場でもある。

 天元は、肩を鈍ら刀の峰で軽く叩いて、ため息を一つ。

 

「三つ目だ」

「ほう?」

「テメーをぶった斬って、帰る」

「…………わっはっはっはっは!!!良いぜ、来いよッ!!」

 

 切っ先を突きつける天元に、バイツは大口を開けて呵々大笑。

 甕を投げ捨てて、己の得物である大型の戦鎚を手に取った。

 両手でも片手でも振るう事が出来る、黒鉄の一振り。生半可な防御を許す事は無い。

 

 始まりの合図は、どちらともなく。

 

「…………ッ!」

 

 突っ込んだのは、天元。姿勢低く、駆ける。

 対して、バイツは動かない。戦鎚を肩に乗せて、突っ込んでくる少年を待つ姿勢だ。

 戦力差がある。Lv4というのは、それだけの高みに居る。

 そんな相手に、力任せな正面突破は本来成立しない。それこそ、上のレベルであったり同レベルでもステイタスで上回るなどしなければ不可能。

 現に、かなりの速さである天元の突っ込みをバイツは最初から最後まで目で追う事が出来ていた。

 そして、自身の間合いへと侵入し、

 

「フンッ!!!」

 

 戦鎚をその脳天に向けて正確に、ドンピシャのタイミングで振り下ろす。

 この動きを、天元は見ていた。見ていた上で、このまま跳び下がっても額を割られると判断し、前傾姿勢から更に下へと身体を倒す。

 戦鎚の軌道に沿うように、或いは先行するように前へ。

 

「ほう……」

 

 床へと叩きつけられる戦鎚。直立の姿勢から何かしらの長物を片手で振り下ろす場合、自然と柄の部分と下半身の間に隙間が出来る。

 バイツは大柄だ。2M近い身長と、筋骨隆々とした体格をしている。必然、振り下ろした得物により生じる隙間は大きかった。

 この隙間に飛び込む形で天元は居た。

 粉砕、陥没した床の上で少年が狙うのは、バイツの右足。

 しかし、この一閃は狙いを悟ったバイツが右足での前蹴りを狙う事で阻まれる。

 如何に天稟の剣を振るう天元であろうとも、そもそも剣が振るえなければその実力を十全に発揮する事は出来ない。そして、剣というものはただ触れるだけでは大した脅威ではない。

 

「チッ……」

 

 幾分か威力を振るった鈍ら刀で削いだ蹴りを敢えて受けて、天元は距離を取った。それでも骨身が軋む様な衝撃を受けたのだからレベルの暴力は馬鹿にならない。

 だが、バイツはバイツで目の前の少年を図りかねている。

 

(あの鈍らで、オレの体を斬れるのか?)

 

 ズボンの表面が破れ、バイツの脛の外側から一筋の血が流れ落ちていく。

 紙も切れない様な鈍ら刀が、モンスターの鉤爪も阻む自分(Lv4)の肌を浅くでも切り裂いたのだから。

 同時に、理解する。自分の部下たちが、いかにして目の前の少年に討取られてきたのか。

 

(レベルに因らない実力、か)

 

 オラリオでも見た事が無い怪物を前に、獣はその牙を剥き出しにして、凄惨な笑みを浮かべた。

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