「化物かよ……!!」
その呟きは、この場に居る者たちの総意でもある。
彼らシユウ・ファミリアの本拠地へとカチコミをかけてきた命知らずの大馬鹿者。その馬鹿を制圧するだけの簡単な作業であった筈だ。
ファミリアの団員はほぼ全員が恩恵を受けている。集団となれば、国の軍隊であろうとも敵ではない。
況してや、相手は一人。それも年端もいかない子供だ。
握っていた得物も、刃がボロボロの鈍ら刀。人を斬る事は愚か、その用途すらも果たせない様な代物。
だが、地獄はそこにある。
「歯応えがねぇな、テメーら。本当に、暴力でこの街を制圧しようとしてたのか?」
むせかえる様な金臭い血だまりの中で、頬に血化粧を施した天元が鈍ら刀を右肩の上に置いて呆れる様に溜息を吐いた。
既に二桁の団員が、少年の手に掛かり殺された。恐るべきは、その剣の腕前だろう。
実の所、神の恩恵を得た者たちの大半はそこまで技術を有していない場合が多い。
己のセンス任せであったり、実戦で培われた我流であったりと洗練された技術体系を身に付けている者はそう多くない。
理由は単純で、神の恩恵を得ていればそれだけで生物的な強者と成れるから。レベルが上がれば、ただそれだけで常人が体を鍛えるよりも早く、そしてより強くなれる。
故に、技術が伸びないのだ。そして、蔑ろにする者は少なくない。
だからこそ、天稟の剣を振るう少年の動きについてこれなかった。
天元は、十三歳の少年だ。その体は、しなやかで強靭な筋肉を有しているが、それでも恩恵持ちの身体能力には劣る。
それこそ、純粋な膂力、速度などでは後塵を拝す事だろう。
それらの差を埋めるのが、技だ。
「なっ、消え――――」
「フッ!」
今もそうだ。斬りかかった団員だったが、次の瞬間には目の前に居た筈の天元の姿を見失って、その直後に頭部を横に両断されてその意識は黄泉平坂を転がり落ちていった。
これは、人間の性質を利用した技術。
まず視覚。人の目は、上下左右の動きには強いがその一方で斜め方向への動きが弱い。これは物理的にモノと、無意識的な部分の二重の隙間だ。
もう一つは、無知の間隙。
人は、知らない動きに対して反応、認識が出来ない。イメージは、初見殺し大規模即死攻撃などだろうか。要は、分からん殺しである。
技術的なノウハウの無いステイタス頼りの団員が天元の動きに対応できず一方的に惨殺される主な要因がこれら二つ。
もう二つ、あるにはあるが、こちらはオカルトに半ば足を突っ込んでいる事だ。
遠距離から射かけられる矢を切り落とし、槍衾を真正面から切り刻む。
時間にすれば、五分ほどか。鈍ら刀で右肩を二度叩いた天元は息を吐き出した。
「さぁて、化物ってのは何処だろうな」
赤い二本線の足跡を床に刻みながら、天元は階段を登っていく。
春姫を助けに来たことは事実だが、しかし彼にとっての本題は雑貨屋の女主人から聞いた化物呼ばわりを受ける男との戦いを堪能する為。
例え、自分が瞬殺されたとしても、それはそれ。自分が弱かった、ただそれだけでお終いだ。
木目と下駄の歯がぶつかり合う音が暫く響き、やがて止まる。
場所は、泰山宝前の五階。建物構造としては階段室がそれぞれ左右の端に設けられており、扉を挟んでそれぞれの階層に出入りする形。
天元は下から順に階層を血塗れにしながら、只管に突き進んでいた。
一応、フォローを入れると春姫がどの階層に囚われているのか分からない以上、天元は虱潰しに動き回らざるを得ない。
そんな
扉の先は、広い空間だった。天元の視点から長方形に真っすぐ広がり、部屋のほぼ中央部の両側の壁からでっぱりが生え、柱の封入とそれから仕切りを出して部屋を二つに分けるための機構が見受けられる。
その他は何も無い。いや、あったのかもしれないが破壊されて瓦礫の様な有様となっている。
何より、部屋の中央。黒づくめが立っていた。
「来たで御座るな。一応、Lv2が混じっていたので御座るが……」
「斬る事には変わらねぇのに、そのレベルってのは関係あるか?」
「出鱈目で御座るなァ」
やれやれ、と黒づくめの声色からして男は首を振った。
改めて見ても異質な容姿だ。
全身黒づくめで肌の露出は完全に0。唯一確認できる目元も陰になっており、そこに赤い光が二つ浮かぶばかりで表情は愚か顔立ちも確認できない。
「まあ、良いで御座る。拙者の仕事は、貴公を主の元へと連れて行く事。口が利ける状態で生きたままと、中々に面倒な
「………どうでも良いが、変なしゃべり方だなお前。何だ?極東出身か?」
「フッ……拙者の出身は、西の方に御座る。これは、極東のNINJAをリスペクトしたもの故」
「いや、よっぽどじゃなけりゃ、そんな喋り方してる奴は居ねぇぞ」
「そうなんで御座るか!?」
コミカルである。異様な見た目でありながら、ショックを受けるその様は、実に滑稽。
男は、咳ばらいを一つ挟んで居住まいを正す。
「んんっ!ま、まあ、良いで御座る。とにかく、拙者は貴公を連れて行かねばならぬ故、大人しくついてきて来るで御座るよ」
「断る。テメーらの都合だろ、そいつは。俺が態々そっちに則る意味はねぇよ」
「………はあ、やれやれ。先の通り、殺さずに連れていくというのは存外面倒で御座るよ。手足へし折られても文句言わないでほしいで御座る」
「ハッ!そういうのは、テメーが殺されなけりゃの話だろうが」
正眼に構えられた鈍ら刀。戦闘狂でありながら、天元の構えは実にオーソドックスなものだ。
黒づくめの男はやる気の少年を見やり、再度大きくため息を吐くと纏う雰囲気を変える。
「拙者の名は、ジェ=ヴォーダン。『暗夜の狩りをお見せしよう』」
言うなり、部屋を黒が彩った。
@
視界を埋める、漆黒。
上も下も、右も左も、何一つ分からなくなるその世界の中で、ヤギュウ・天元は目を細める。
その闇に、声が響く。
「フッ、何も見えぬであろう?
「…………」
声が反響して、その大本は分からない。であるのなら、天元の動きは早かった。
振り返りながら、右手で背後の扉を切り裂き――――
「ッ!」
「ほう、良い反応だ」
その前に、自身の右側から襲い掛かってきた何かを勘に従って防ぎ、しかし踏ん張りの足りなかった体は面白いように吹き飛ばされて床の上を転がった。
起き上がり、衝撃の元へと切っ先を向けるが、生憎と天元の睨む先には既にヴォーダンはいない。
これは、彼の魔法によるもの。
魔法発動者のヴォーダンの視界のみ確保されるが、それだけ。絹連れなどの音や気配といったモノは全て彼自身の技能によって可能な限り抑えられていた。
使い勝手が悪い魔法だ。というのも、発動条件の一つがその場が密室である事なのだから。要は、部屋その物を箱としてその内側を塗りつぶす魔法だからだ。
屋外では使えず、室内といっても大聖堂の様な大規模建造物内でも真面に発動できない。
利点は、対人戦での圧倒的なアドバンテージと、それから魔法外への音が漏れない隠密性か。
「…………」
(…………凄まじい力量に御座る)
正眼から、八相へと構えを変えた天元を遠巻きに観察しながら、ヴォーダンは内心で舌を巻く。
最初の一撃で手足のどれかは使用できないようにするつもりであった。だが、蓋を開けてみれば奇襲は最小限で防がれて二撃目を入れるのをためらう状況。
暗闇の一戦が幕を開ける。