柳ノ一刀


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作:シュシュら
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二振り目


 

「わぁ………!」

 

 船の欄干に両手をついて、サンジョウノ・春姫は果てまで広がる広大な青い水面にその目を輝かせた。

 彼女の隣では、欄干に背を預ける様にして座り込み、鈍ら刀を肩に立て掛けて目を閉じるヤギュウ・天元の姿があった。

 既に日は高く昇っており、船が出港した港も水平線の彼方だ。

 本来ならば道を同じくする事は無かった二人が、こうして同じ船に乗っているのは今朝に理由を遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が、東より昇る光に追いやられる。

 

「夜が明けたか」

 

 持ち手代わりに焼きのりが付けられたおにぎりを片手に、天元は腰掛けた出窓から外を眺めた。

 二十四時間営業している茶屋の二階座敷。

 というのも、一括りに茶屋といっても様々な形態がある。

 単純に番茶を提供する茶屋。食事も提供する料理茶屋。そして()()()()使()()出合茶屋などだ。因みに、出合茶屋は表向きは食事処で、裏口から出入りするとそういう用途の部屋に案内される。

 天元がとった部屋は、旅籠も兼ねた二階部屋の一室。店の主人に金を握らせて軽食と風呂、それから朝までの休憩を頼んでいた。

 出窓に腰掛ける天元の一方で、畳張りの床に座布団を畳んで枕にした少女が丸くなるようにして横になっていた。丁寧に、その上には真っ赤な羽織が掛けられている。

 少女、サンジョウノ・春姫を見やり天元はある事を思い出す。

 

(貴族、だったか)

 

 戦闘狂だが、最低限の情報は自然と耳に入ってくる。寧ろ、そういうお偉いさんの護衛で有名な剣客が雇われたりするのだから天元にとって()()()()()()()()

 ただ、天元の関心はそこまで。彼の見立てではあるが、春姫は戦う人間ではない。寧ろ、そういう血腥い鉄火場から最も遠い存在だ。

 だからこそ、春姫は天元の庇護を一時的でも受ける事が出来ていたともいえる。

 

「んぅ…………」

「……起きたか」

 

 塩のついた指を舐めて、天元は出窓より立ち上がるとむずがる少女の方へと足を向けた。

 側にしゃがみ込み、汚れていない方の手できめ細かな頬を軽く叩く。

 

「おい、起きろ」

「んん…………まだ……もう少し…………」

「俺はお前の家のお手伝いさんじゃねぇし、そもそもここはお前の屋敷じゃねぇぞ」

 

 羽織返せ、と天元は春姫より紅い羽織を剥ぎ取った。

 途端にヒヤリと冷たい感覚が背を震わせ、サンジョウノ・春姫は瞼を上げた。

 寝ぼけ眼が自分の側にしゃがみ込んだ少年の姿を捉え、少しの間見つめたかと思えばパッと光が灯る様にハイライトが輝く。

 

「て、天元様!」

「おう」

 

 慌てて身を起こせば、天元は片手を挙げて応える。

 そして徐に、ズボンのポケットへと突っ込んでいた革袋を取り出して彼女の前に置いた。

 

「ここに幾らか入ってる。適当な路銀にはなるだろ」

「え……」

「主人には幾らか掴ませてるから、もう一日ぐらいなら泊まれるんじゃねぇか?まあ、そんだけだ」

 

 本当に、それだけ、後ろ髪引かれる様子もなく天元は立ち上がった。

 これに慌てたのは春姫の方だ。

 

「お、お待ちくださいませ!」

「…………んだよ」

 

 転ぶようにして足に縋りついてくる春姫に、天元は眉間に皺を寄せて応対した。

 蹴り飛ばすぐらいなら簡単にできるだろう。それをしないのは、偏に天元の慈悲に他ならない。

 

「お願いいたします!私を、天元様の旅路の供として連れて行ってください!!」

「はあ?何で俺が、んな事しなくちゃならねぇんだ」

「お願いいたします!!」

「だから…………だいたい、俺はこのままこの土地を出るって決めてんだ」

「お供します!」

「歩いて行くんだぞ?いや、海には船を使うが、基本は徒歩だ。御屋敷暮らしのお姫様が出来るもんじゃねぇ。だからって、疲れたから負ぶってくれ、なんて言われてもやらねぇぞ」

「弱音は、吐きません!甘えた事も言いません……!どうか………!」

「はぁぁぁ…………何だって、そこまで食い下がってくるんだ?」

 

 ガリガリと頭を掻いて、天元は呻く。

 

「私は、今まで何も成してきませんでした。何もできないと、そう言われて育ってきました……!変わらねばならないのです!お願いします、天元様!私に機会をくださいませ……!」

「…………お前、歳は?」

「十一となりました!」

「年下かよ…………」

 

 因みに、天元は13歳である。

 これで、春姫が年上、ないしは同い年であったならば放り出す事に一欠けらの躊躇も無かった事だろう。

 だが、箱入り娘で自衛は愚か、今日を生きる手段すら真面に無いであろう年下を放り出すというのは、一定の良識を持つ者ならば難しい。

 何なら、今日中に別の人攫い組織に攫われて、どこぞの好事家に売り飛ばされて手籠めにされるかもしれない。

 そんな未来が見えて、天元は眉間を揉んだ。

 

「はぁぁぁ………」

 

 その溜息は、白旗でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、根負けした天元は春姫を連れて船に乗った。

 この船は、極東にある廻船問屋が有する大型帆船であり金銭はかかるが一部を客船としても機能していた。天元たちが乗っているのはその二等船室に当たる部分。甲板は決められた範囲なら出入り自由だ。

 

「天元様」

「…………」

「天元様?」

「…………」

「天元様!」

「…………んだよ、うるせぇな」

 

 はしゃいで海を見ていた筈の春姫に声を掛けられて、天元は目を開けた。

 

「私たち以外にお客様は乗っておられないようですが……何故でしょうか?」

「あ?そりゃあ、この船が外国(とつくに)行きだからさ」

「?」

「好き好んで自分の生まれた土地を出る人間は少ねぇって事だ。特に、極東はその風潮が強い」

 

 閉じた土地だからな、と天元はあっさりと言い切った。

 外の世界へと足を踏み出すには勇気がある。況してや、自分の育った環境とは全く違う土地に移ろうと思うのなら猶の事。

 春姫は、成程と頷く。同時にもう一つ疑問が浮かんだ。

 

「では、天元様は何故外へと?」

「そりゃ、オメー。強い奴と戦いたいからだろ」

「戦い、ですか……」

「ああそうだ。だから、オラリオに行く」

「オラリオ?」

「ツエー奴が跋扈してる街だ。そこに行く」

「…………」

 

 唖然、という他ない。少なくとも、一般的で善良な感性を持つ春姫からすれば戦いに悦を見出す感覚というのが理解できない。

 まだまだ相互理解に遠い中、穏やかな海原に突如として轟音が響き渡った。

 突然の事に目を白黒させて頭頂部の耳を押さえる春姫。ゆらりと立ち上がる天元。

 

「な、何でしょうか………?」

「魔物でも襲ってきたんじゃないか?」

「ま、魔物!?」

「街中なら兎も角、ここは海の上。つまり人の手が届かない自然環境のど真ん中だ。生態系の頂点は人間様じゃねぇって事だな」

 

 説明しながら、天元は海を見やる。

 先程の轟音は、帆船に取り付けられた砲門による砲撃であった。

 その砲撃の先。巨大なナニカが船と並走する形で海中を突き進んでいる。

 影が濃くなり、水面を突き破って現れるのは青い鱗。

 

大海蛇(シーサーペント)だァ!!」

 

 船員の怒号が飛ぶ。

 体長は10Mを軽く超えているだろうか。海洋生活に適応した滑らかな青い鱗に、頭頂部と顔の左右についた水色の鰭、そして黄色い瞳が印象的なモンスターであった。

 

「ひっ…!」

 

 自分達の居る船側面の近くに現れた人間程度一飲みにしてしまいそうな大型モンスターに、春姫の喉が引き攣る。

 一方で天元は、

 

「何だ、雑魚じゃねぇか」

 

 言うなり欄干の上へと飛び乗った。

 そして、鈍ら刀の鯉口を斬ると鞘を甲板へと投げ捨てる。

 右手で緩く柄を握り首を一回し。当然、そんな目立つ動きをしていればシーサーペントも気付くというもの。

 チロチロと紅い舌を口内から覗かせて、無謀者へと目を向け――――

 

「――――緩慢、鈍間、だから雑魚だってんだ」

 

 次の瞬間には眼前に迫る無謀者。

 下駄を鳴らして細い欄干を駆け抜ける天元は、その勢いのまま甲板の上から鎌首を擡げるシーサーペントの顎の下をスライディングするように通過。

 同時に、銀閃が走り不自然にシーサーペントの動きが止まる。

 船が動き、蛇の目が白目を剥く。ずるりと、頭部と胴体の境目がズレて体は船の動きについてこれずに海面へ。残った頭部は甲板の上へと転がった。

 まさかの光景にあんぐりと口を開く船員たち。

 彼らを尻目に、天元は欄干を降りると船員へと目を向けた。

 

「どうするよ、この頭。捨てるか?」

「え………ああ、いや!大丈夫だ、こっちで処理をして置こう」

「そうか」

 

 処理しなくて良いのなら、話は終わり。天元は血払いを一つ行ってから目を丸くする春姫の元へ。正確には、彼女の近くに転がった鞘を回収し、鈍ら刀を鞘へと納める。

 

 少年の剣は、あまねく伝説の上を行く。

 天稟とは、正にこの事だった。

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