柳ノ一刀


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作:シュシュら
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一振り目


 その日は、月の輝く夜だった。

 

「ッ、放して……!放してください………!」

 

 夜陰に響くのは、か細い声だった。

 潮騒が聞こえ、べたついた潮風が嫌に際立つ夜の中で一人の少女が今、人生の岐路に立たされている。

 金の少女だ。月の光を集めた様な輝く金糸に、翡翠から削り出したかのような宝石の様な瞳。

 目立つのは、髪色と同様に金の毛並みを持った艶やかな尻尾と頭頂部に生えた一対の耳だろう。

 少女は、狐人族(ルナール)と呼ばれる種族であった。その中でも貴族の出身であり、存在そのものに大きく金がかかっている。

 尤も、今の彼女にはお付きはいない。それどころか、()()()()()()

 勘当され、当てもなく歩いて辿り着いたのが、この港町の一角であったのだ。

 

「っへっへ、狐人は高く売れるんじゃねぇか?」

「だな、さっさと売っちまって酒買おうぜ」

「その前に、ちっと楽しんじゃダメか?」

「馬鹿野郎!初物だから、高く売れるんだろうが。ヤりてぇなら、そこらの孤児にでも突っ込んでこい!」

 

 下卑た男たちだ。同時に、彼らの言葉はこの世界の不条理を表してもいた。

 種族が存在する。人類と一括りにしても、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、アマゾネス、小人、獣人等々。特に獣人は、その括りの中でも狐人や狼人、猪人など様々に分かれている。

 人攫いが非合法であろうとも職として成立するのは、買い手がいるから。

 高値で売れるのは、見目麗しい者が男女問わずに多いエルフ。続いて、珍しい毛並みの獣人など。好事家ならば小人を所望する金持ちも居た。

 

 今回彼らが手に入れたのは、エルフよりも高く売れるであろう金の狐人(ルナール)。子供である事も手伝って、()()()()()()()()()

 少女は恐怖した。しかし、だからといって何が出来るという訳でもない。彼女は、11歳の子供であるのだから。

 故に、この状況を打破するのは第三者をして他に居ない。

 

「――――あ?」

 

 下卑た男たちの声でも、少女のか細い声でもない。

 声変わり前の少年の、少し高い声色。

 男たちが慌てて振り返れば、彼らの立ち位置から数(メドル)ほど離れた場所に月明かりに照らされ一人の少年が立っていた。

 白いシャツに、七分丈の黒いズボン。足元は赤い鼻緒の下駄を履いており、シャツの上には真っ赤な羽織に袖を通している。

 何印象的なのは、その目。

 まるで爬虫類のように無機質で鋭い三白眼。顔立ちが整っていない訳ではないのだが、その目元が完全に悪人面へと舵を切らせていた。

 

 悪事を見られてしまった男たちは互いに顔を見合わせると、その内一人が舌打ち気味に少年へと声を飛ばした。

 

「見られちまったからにゃあ、仕方がねぇな。小僧、選びな。大人しく奴隷になるか、それともここで死ぬか、だ。おっと、変な気は起こすなよ?この人は、Lv2に到達した実力者だ。そんじょそこらのガキが敵う相手じゃねぇぜ?」

「へぇ………?」

 

 得意げに語る男だが、その一方で少年の目の色が変わる。

 への字口であった口角が僅かに持ち上がっていた。

 

「そいつは、ツエーのか?」

「あ?当たり前だろうが!テメェみてぇな餓鬼、瞬さ――――」

 

 瞬間、男の言葉が途切れる。代わりに、潮風を押しのけるようにして鉄臭さが辺りに漂った。

 崩れ落ちる男の体。その頭部、下顎骨より上が切り飛ばされ、つい今しがたまで饒舌に働いていたしたがびくびくと痙攣し、喉へと繋がる穴から呼気が噴き出る。

 

「ツエーなら、殺ろうぜ?」

 

 いつの間に距離を詰めたのか、この場で第三者であった少年の手には、いつの間にか一振りの刀が握られており、その刃には血糊がこびりついている。

 酷い刀だ。その刀身は一切の手入れがされておらず、刃がほとんど潰れ欠けており、刀身そのものにも錆が浮かんでいた。

 紙の一枚も切れないであろう鈍らだ。にも拘らず、少年は人攫いの一人を惨殺してみせた。

 

「シッ!」

 

 そこから更に銀閃が走る。

 たったそれだけで、瞬く間に新たな骸が幾つも転がった。

 

「ひっ……!」

 

 頬に飛んだ血飛沫に、少女の顔が青くなる。同時に、拘束していた男が骸となった事でその小さな体は地面に転がった。

 瞬く間に部下が死に、人攫いの首領は頬を引きつらせながら蟀谷に井桁を浮かべる。

 

「テメェ……!」

「さあ、殺ろうぜ?」

「ほざけっ!!」

 

 首領は、刃の広い蛮刀を抜き放った。

 刀身の肉付きが厚く、切れ味よりも強度に主眼が置かれた一品。力任せに振るう事こそが正しい扱い方だ。

 右手に握った蛮刀が掲げられる。対する少年は、凶悪な笑みでコレに応えた。

 

 この世界には、レベルという概念が存在する。それは、下界に降臨した神より与えられる恩恵による奇跡。

 レベルが一つ違うだけで、生物としての格がそもそも変わる。その差は、天と地と称しても過言ではない程に。

 

 首領の振り下ろしは、大ぶりだった。だが、それで良いのだ。それが良いのだ。暴力を前面に押し出した、技術も引っ手繰れもない力技だけで勝ててしまうのがレベル差であったから。

 

 ()()()()

 

「―――遅ぇ」

 

 少年の中にあったのは――――失望。

 迫る振り下ろしは、空を切り裂き確かな破壊力と鋭利さを持っているのだろう。

 だが、どれ程優れた攻撃も、優れた名刀も、卓越した魔法も、何れも()()()()()()()()()()()()

 振り下ろしてくるのなら、その振り下ろされる腕に刃を合わせればいい。

 ただそれだけで、相手は自動的に己の腕を己自身で切り落としてくれるのだから。

 

「なっ………ぎゃあああああああああああ!?」

 

 一歩詰めてきた少年の持ち上げられた鈍ら刀。

 刃を夜空へと向けて、柄に右手、左手を切っ先近くに添えて空中に置く様に構える。

 鎧は愚か、人体の肉すら真面に切れ無さそうな刃は、本来籠手を着けて且つLv2へと到達した首領にとっては何の障害にもならなかった筈だった。

 だが、今この瞬間、籠手は切られ、その中の腕の、皮膚、筋肉、脂肪、骨を切断する。

 右前腕の中ほどから先を切り飛ばされて、首領は絶叫を上げた。

 その次の瞬間には、その悲鳴も無くなる。

 カウンターで首領の右前腕を切り飛ばした少年は、そのまま右腕を跳ね上げて鈍ら刀を掲げて、

 

「フッ!」

 

 一息のままに、首領の体へと振り下ろした。

 脳天から股下まで一直線。

 銀が駆け抜けて、一瞬の間を挟んで赤が浮かび上がる。

 粘度の高い水音が響き、首領の体は左右真っ二つとなって地面に転がった。

 

「………やっぱ、雑魚だったな」

 

 刀身についた血を払い、少年は腰に差した鞘へと鈍ら刀を収めた。そして徐に、転がった男たちの死体の懐を漁り始めた。

 中身を確認し、金の入った袋を幾つか拝借。あの世に金は必要ないのだから。

 立ち上がった少年は、そこで漸く腰を抜かして呆然と座り込む少女に視線を向けた。

 

「あ?何だ、まだ居たのかよ」

「え……」

「そうやって一人でうろうろしてっから人攫いなんざに捕まるんだ。分かったら、さっさと家に帰れよ」

 

 今まさに誘拐されようとしていた少女に掛ける言葉ではない。だが、事実として少年は彼女への興味が無いのだ。

 そのまま立ち上がると、介抱する様子もなく少女に背を向け歩き出し、

 

「?…………おい」

「ッ、あ………」

 

 羽織の裾が引かれてその一歩が阻まれた。

 害意が無かった事も相まって、少年は眉間に皺を寄せて振り返る。しかし、睨まれた少女もほぼほぼ無意識でその裾を掴んだのだ。

 それが、天より垂らされた蜘蛛の糸である、とでも言わんばかりに。

 

「あの、その…………わ、私……行く、所が無くて…………」

「……で?番屋にでも駆け込めば良いんじゃないか」

「だ、ダメなんです!お、お家には帰れません!………私は、勘当されて………それで…………」

 

 涙目になりながらぽつぽつと語る少女。

 少年は苛立たし気に頭を掻いた。

 戦闘狂であるが、しかしだからといって社会的規範が無い訳ではない。寧ろ、戦闘が関わらなければ良識すらも持ち合わせていた。

 そんな少年の良識が、少女を見捨てるという選択肢に待ったをかける。

 

「はぁ…………」

「っ……!」

「お前、名前は?」

「え」

「名前だよ、名前。それとも、勘当されて名前も無くしたか?」

「え、あ、い、いえ!そんな事はありません!」

 

 少女は首を振り、慌てて立ち上がった。

 

「サンジョウノ・春姫と申します!」

「そうか」

「はい!…………あの?」

「んじゃあ、ついて来いよ春姫。少なくとも、朝になるまでは護衛してやる」

 

 そう言って、少年は歩き出す。その後を、春姫は慌てて追いかけていく。

 

「あ、あの………」

「あ?」

「ひっ………その、お名前を…………」

「天元。ヤギュウ・天元だ」

「ヤギュウ・天元、様………」

 

 止まる事無く離れる少年の背を再び追って、春姫は彼の三歩後ろをついていく。

 

 月光が二人の始まりを見下ろしていた。

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