デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
『トウカイテイオー 若駒ステークス1着!』
レース系の雑誌を開くと、そんな文字が踊っている。大きな文字だ。見逃すサイズではない。
オープン戦ともなればこうやってデカデカと紙媒体にも映るんだなぁ……。ネット記事だけじゃない。お年寄りから小さな子供まで、幅広い人達に周知されるわけだ。
主にトウカイテイオーが。そして時々、私も。
「ぁああー負けたぁー……」
ナイスネイチャ、成敗。そんな感じの文言も、たまーに記事の中に混じっている。
まあほとんどテイオーのことしか書いてないんですけどね。悪目立ちした私の走りについて言及してるようなのも、まあ結構ある。やっぱりみんなよく見てますわ。
とはいえ、うん。私についてはいいんだ。いくらでもヒール扱いしてくれていい。問題は私が負けたっていう事実。それが重くてね……。
「元気を出してください、ナイスネイチャさん。結果は惜しかったですが、いい走りでしたよ」
「ありがとうイクノ……でもいい走りで四着ってあぁあああー……」
「駄目そうですね」
「私は駄目なウマ娘ですぅー……」
そう、四着。四着なのだ。そしていい走りだったのだ。私は。
作戦は上手くいった。レース展開も最高だった。小細工もぶっ刺さりまくってた。はず。
が、最終的にずるずると抜かれ、追いつけずに四着だった。これが何を意味するのかと言うと、私が遅かったという無慈悲すぎる結論が出てしまうわけでして。
「結局トレーニングするしかないじゃぁああん! やっぱりそうなんじゃぁああん!」
「九割以上のウマ娘に当てはまる、当然の対策法ではあるんですけどね」
何が辛いって、運も技も全て最善に運んでこの結果だってことだ! この四着という結果は単純な私のスピード不足! 猛特訓するしかないんだよ! これはもう!
「えーなになに。“ナイスネイチャはレース中、些細な妨害とも呼べる小細工を幾度も繰り返したが、それによってトウカイテイオーに勝つことはおろか、三着に入ることもできなかった。最初から真面目に一位を目指していれば結果は変わっていたかもしれない”だってさ。うっさいわ! 真面目にやって一位が取れるなら私だってさっさと取ってるわい!」
雑誌をペチーンと床に叩きつける。ヒール扱いを気にしてないと言ったな。嘘ですわ。やっぱちょっと気にするわ。自分が気にしてることを逆撫でされるとやっぱりちょっとは心にきちゃうわ。
いや、こういうメディアにはあまり触れないようにしたほうが良いっていうのはわかってるんだけどね。初のオープン戦ということもあってちょっとエゴサしちゃったんだよ。もうやらないことにしよう。心の毒だ。
「……はぁー。トレーニングは積んだんだけどな。これでもまだまだ、届かないってことか……」
練習不足。トレーニング不足。
……それが結論だ。認めたくないけど揺るぎはしない。実力が伴っていなかったのは事実だ。
でも、私はこれでもレースの日までは真剣に、ずっと努力を重ねてきた。
故障には気をつけつつ、朝から夜まで延々と。効率よく効果的に。……それでもタイムは、あんまり伸びてくれないのだ。最初にぶつかった壁がまた立ちはだかってきた。どうすりゃいいってのよ、こんなの。
若駒ステークスはオープン戦だ。けど、ただのオープン戦でしかない。
トゥインクルシリーズにはもっともっと上がある。そこには、若駒ステークスで出会った相手よりも強いウマ娘がゴロゴロいるだろう。わたしがそこに切り込むには……まだ、何もかも足りていない。主にスピードが。
「大きな課題ですね」
「大きすぎて胃もたれしそう……」
「とはいえ、私には現状のナイスネイチャさんの方針が間違っているとも思えません」
普通ならもっと走り込みしろってアドバイスしか出てこないと思うんだけど、それでもイクノディクタスは私の現状のスタイルを否定はしなかった。
「……そう? イクノはそう思う?」
「ええ。確かにトレーニングは必要ではあるとは思いますが、ナイスネイチャさんの肉体的な限界……とは言わないまでも、伸びしろが晩成型で非常に緩やかである可能性はあります。だとすれば、無理に高強度トレーニングを続けて打開を臨むよりは、ナイスネイチャさんが得意とするレーステクニックを磨く方が活路は拓けているように思えてなりません」
「……人からそう言われると、励みになるなぁ。ありがとう、イクノ」
私に合ったやり方のほうが活路が拓ける、か。
……他人からそう認めてもらえると、嬉しくなっちゃうな。
イクノがチームメンバーでいてくれてよかったよ。本当に。
「なのでナイスネイチャさん。レースに出ましょう。とにかく何度も何度もレースに出て、実戦で技と勝負勘を磨くのです。それが一番だと思います。いっそのこと本番のレースを走り込みトレーニングだと思いこむくらい、場数を踏むべきかと」
が、イクノさんの出す結論はだいたいこんな感じの根性論に落ち着いてしまうから不思議だ。
分析とかデータ収集は得意なのにね。結局は滅茶苦茶トレーニングするか滅茶苦茶レースに出るかのどっちかになるよねイクノさん。
しかしレースに出まくる、か。
……乱暴っぽい理論のようにも思えるけど、案外悪くないかもしれない。
実際、私の牽制やトリックは前提として“真剣に走っている対戦相手”がいる状態で初めて真価を発揮するし、機能するのだ。小細工方面を伸ばすにしても、場数を踏んで腕を磨くのは今後必須になってくるだろう。現に私はそうやって小刻みにレースに出ることによって、妨害じみたテクニックを育んできたのだから。
「レースに出まくってスキルを磨く。ついでに身体も鍛える、か。……言うは易しだけど、私の場合はこれっきゃないかもね」
「おすすめします。場数を踏むことで初めて閃く発想もあれば、身につくスキルもあるでしょうから」
スキル……良い響きだ。スピードでもパワーでもない概念である辺り、私にとってはまだ希望がありそうな感じがする。
色々と試行錯誤をしてみるとしよう。一時的に速度を増すような小細工だって、見つかるかもしれないしね。
「……ところで」
「ん?」
「ナイスネイチャさんがレース中に、生徒会長の声真似をしたというのは本当ですか? 一緒に走ったウマ娘が噂しているようなのですが」
あらら。他の人も聞いてるもんなー。広まるよなーそりゃ。
「うん……まあ、最後のコーナーでね。テイオーのスパートを躊躇わせることができるかもーって思って。“勇往、邁進ッ!”……こんな感じ? 実はそんな似てないけど」
「いえいえ、似てますよ。びっくりしました。レース中では気付き難くもなるでしょうし。……どこかで練習をしたのですか?」
「うん。ダンスレッスンで一人で部屋を借りてる時にね。音は外に漏れない部屋だし、色々試してたんだ」
テイオーなら会長さんの声に引っかかってくれる可能性は高い。
引っかからないまでも、ほんの一瞬だけ躊躇ってくれるのでも値千金だ。二度通じる小細工じゃないけどね。
「……生徒会長が言いそうにない言葉を喋ってみてくれますか」
なんか神妙な顔でリクエストされたんだけど。まあいいけどさ。
「えーじゃあ……ゴホンッ。……“うむ、美味すぎて手が止まらない。パクパクだな!”」
「ぶふッ」
あ、ウケた。
いやでもさすがにもうレース中に声真似は使わないからね、多分。