親日国として知られ、南米で唯一、台湾と外交関係を持つパラグアイでも、中国が経済力を背景に影響力拡大を図っている。現地で中国の浸透工作を目の当たりにしつつ、日パラグアイ関係や日米台の連携強化を進めた中谷好江前駐パラグアイ大使に、在任中の取り組みを聞いた。
進む中国の浸透工作
ーーパラグアイは今、日本にとってどのような国か
「大使在任中にロシアによるウクライナ侵略やガザ紛争が起きて世界が変わり、どの国が日本の同志国かが鮮明になった。中国やロシアが法の支配に基づく国際秩序を覆そうとしていく中、パラグアイは民主国家として、ルールの順守の重要性を理解している。それを世界の中で進めていこうとする日本を無条件に支持してくれていることがはっきり分かった。日本にとってパラグアイの重要性は重みを増した」
「世界中に親日国はたくさんあり、南米ではブラジルはとりわけ日本と絆が強い特別な国だ。しかし、国連など国際場裏で日本が各種の決議案を提出したとき、常に支持してくれるとは限らず、反対はせずとも、棄権するなどその都度対応は変わる。ところがパラグアイはいつも無条件で日本を支持してくれる。例えば昨年12月に日本が国連総会に提出した核廃絶決議案の共同提案国となり、賛成した国は中南米ではパラグアイだけだった。日本と同じ方向を向いているという点で、中南米では一番だと思う」
ーーなぜ無条件で日本を支持してくれるのか
「民主主義、市場経済、法の支配の重視といった原理原則を共有していることもあるが、パラグアイの人々には、日本が長年ODA(政府開発援助)で支援し、日系人がパラグアイの経済を発展させてくれたという思いがある。日本人が海外を訪れると『チャイニーズ?』と言われることがあるが、パラグアイでは絶対そのようなことは起きない。皆さん日本人だと分かっていて、『日本の方ですか?』『日本にお世話になっています』といったことを話しかけられる」
「政府間の関係にとどまらない、二重三重の信頼関係の蓄積の上に、『どこまで行っても日本には裏切られていない』という思いがある。『日本を信じておけば世界から後ろ指をさされるようなことは起きない』という考えがあるのだと思う。世界情勢が変化する中でも、この揺るぎない信頼関係が堅固になっていると感じた。大使としてそれに応えなければならない。どうやって日本としてはこの友情、信頼に応えていくべきか。常に自問自答していた日々だった」
「パラグアイは穀物自給率が200%以上あり、電力は100%クリーンな水力。余剰電力は輸出しており、日本からみればうらやましい国である。政治、経済、治安が安定していることも踏まえ、日本企業には投資先としての高い潜在力に注目してほしい。日本とパラグアイは、相互が補完してウィンウィンの関係を築き、世界の安定と繁栄に貢献できるパートナーだ」
ーー昨年12月にパラグアイ政府が中国外交官を追放した
「国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産登録を審査する政府間委員会の会合に出席するため、中国の代表団はビザを申請してパラグアイに入国した。ところが中国代表団のトップを務めた外交官は、ユネスコの会議に出席せずに、パラグアイ議会に赴いた。議会から出てきたところを囲んだ記者に『一つの中国なのだから、台湾との国交という間違いは早く正して、正しい方向に行くべきだ』と訴え、現地で報じられた。パラグアイ政府はその中国外交官のビザを取り消した」
「理由がしっかりしていた。中国外交官がそうした発言をしたからではなく、ビザ申請時の目的と違うことをし、申請したホテルと違うホテルに泊まっていたことが取り消しの理由だった。これだと法的に誰も文句を言えないし、中国側も認めざるを得ない」
ーー新型コロナウイルス禍で中国はパラグアイをワクチン外交で揺さぶったのでは
「それは激しいものがあった。中国は国交がある国に優先的にワクチンを出したので、パラグアイは一時、世界で一番ワクチン接種が進んでいない国になってしまった。中国はわりと手ごろな価格で中国製ワクチンの供給オファーを出したが『その代わり外交関係は分かっているよね』と条件を付けた。パラグアイ政府が断固拒絶したら、中国は、今度はパラグアイの州政府に働きかけた。何人かの州知事は購入の意向を示したが、制度上はやはり国が購入する必要があったので、実現しなかった」
「そうした中で『大統領はパラグアイ国民の命を守ってくれない。ワクチンさえ入手できない。国民の命をないがしろにしている政府を変えよう』という反政府デモが起きた。現地では中国が関与したのではないかといわれていた。われわれ外交団も政府が倒れるのではないかと思うぐらいの大規模なデモだったが、パラグアイ政府はそれを乗り切り、中国に屈せず、自力でチリなどからワクチンを入手した。本当に立派な国だ」
日米と台湾の連携も
ーー現地では台湾の外交官とも情報交換していたか
「駐パラグアイ大使の特典は、台湾の大使と仲良くなれることだ。台湾を承認している国は世界に12カ国しかなく、台湾の正式な大使は12人しかいない。それだけ優秀な方が来ておられ、ものすごい情報力・分析力がある。中国がワクチン外交で攻勢をかけていたときは、米国、台湾の大使らと、ワクチンを得たいがためにパラグアイが中国と外交を結ぶような選択をしないよう、どうやって支えたらいいか、いろいろ話し合った」
「われわれがワクチンをすぐ送れなかったときは、米国は医薬品の提供に加え、軍が簡易療養施設のベッドやテントを設置し、台湾も医薬品や酸素ボンベを支援した。日本は国連児童基金(ユニセフ)と一緒に、ワクチンを保存するための大型冷凍施設などを供与し、ワクチン管理や予防接種計画などの面で人材育成を支援した。結果的に日米台で歩調を合わせて、パラグアイの保健衛生体制の強化を支援できたのも、パラグアイならではの外交活動だった」
ーー最近の中国と日米台の動きは
「中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)が進出している。パラグアイは今、第5世代(5G)移動通信システムを導入しようとしているが、価格や質の面でファーウェイに代替する日本製品もアメリカ製品も台湾製品もない。普通に入札するとファーウェイが落札する。そうなれば電気通信に関し、パラグアイ全土にファーウェイの設備ができる。入手した情報がどう使われるかは分からない。安全保障を理由に、きちんと入札をチェックするための法整備の支援などが重要だ」
首脳会談に同席できず
ーー近年は日本の首相と外相のパラグアイ訪問が続いている
「2021年1月に茂木敏充外相、23年5月に林芳正外相、昨年5月に岸田文雄首相(いずれも当時)が訪問した。これだけ見ても日本にとってのパラグアイの重要性が上がってきたのは明白だと思う。以前は首相や外相が南米を訪問するときは、ブラジルやアルゼンチンに行って終わりというパターンだったが、パラグアイまで足を伸ばすようになった。パラグアイはその意義を理解し、ものすごく感謝している」
「岸田首相との首脳会談で大統領は、ワクチン入手に苦労したことなどを念頭に『パラグアイは台湾支持にコストを払っているが、原理原則の問題で譲れないからだ。日本はそれを理解して、パラグアイを支援してもらいたい』という趣旨の話をした。その一つが日本によるパラグアイ産牛肉の輸入だった。18年に安倍晋三首相(当時)が訪問したときから求められているが、まだ実現していない」
「パラグアイは海のない内陸国だが、21年11月に日本を訪問した当時のアゼベド外相が、日本が実現を目指す『自由で開かれたインド太平洋』を中南米国の中で初めて公に支持を表明してくれた。日本がやってほしいことをやってくれるパラグアイに、われわれはどれだけ応えているのか、という思いはある」
ーー岸田氏が首相としてパラグアイを訪問した際に、大使にもかかわらず、少人数会談に同席できなかったことがあった
「東京の外務省から、訪問の直前に私が同席リストに入っていないと知らされたときは、卒倒しそうになった。パラグアイ側は『本国から見てその程度の扱いなら、日本の大使は別に大事にしなくていいか』と考える。本国から、大使である私の存在意義を否定されたと感じた。先方は、次期駐日大使の内定者が同席したので、カウンターパートである日本の駐パラグアイ大使が同席すべきだった」
「首相の訪問が終わった後、現地でフォローアップするのは大使だ。少人数会談の記録は後で共有されるが、ペニャ氏は、そのときどういう表情で発言したのか、身を乗り出して言ったのか、背もたれに身体を預けた姿勢で言ったのかによっても全然違う。それは現場にいないと分からない」
ーーなぜ、後ろから撃たれるようなことに
「誰が決めたかは分からない。ただ、外務省も内向きになっているところがある。要するに霞ケ関や永田町の考えが優先されるということだ。実は岸田氏に現地事情や大統領の人となりを直接説明する機会もなかった。コストをかけて在外に派遣している前線の指揮官の活用を放棄している現れだったと思う」
「特命全権大使は天皇陛下の認証が必要な認証官で、背負っているもの、先方の対応も特別だ。今回は極めて希な例外だったかもしれないが、政府、特に外務省が認証官の重みを理解していなかったとすれば残念だ」
ーー現地の日系人との連携も大切だ
「日系人という、世界中で中南米特有の外交的アセットを所与のものとせず、もっと大事にしないといけない。日系人の方々は『絶対日系人から犯罪者を出さない』という教育をしていて、現にパラグアイでは日系人の犯罪者は出ていない。日系人は本当に侍魂、日本の精神で、日系人であることを誇りに思って生きておられる。これだけ尊敬されている日系人、日本人のイメージを数年しか現地にいない私が壊すのは許されないと肝に銘じていた」
「日系人が大事だということを口だけでなく、体現されたのが安倍氏だった。安倍氏は18年12月に日本の首相として初めてパラグアイを訪問したが、それに先立つ16年、アルゼンチンで、地域の日系人・在留邦人との交流行事で集まった約1000人と握手をされた。予定されていなかったが、全員と握手したことはいまだに語り草になっている。安倍氏はその際、各国大使に日系人の活動に役立つことは何でもやるように指示し、働きが悪かったら自分に連絡してほしいと話した。このことは私が日系人と接する際の指針だった」(聞き手 原川貴郎)
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なかたに・よしえ 1983年、東京外国語大(スペイン語学科)卒業後、外務省入省。在メキシコ日本大使館一等書記官、在パラグアイ日本大使館参事官、外務省経済局漁業室長などを歴任し、2020年9月から駐パラグアイ大使。24年12月に退官。