石井苗子の健康術
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「嫌われることを恐れない」デヴィ夫人のすばらしい一面
(人は他人のどこを見て付き合うかで、生きる楽しさが変わります)
タレントのデヴィ夫人こと、インドネシアの故スカルノ元大統領夫人のデヴィ・スカルノさんは、テレビのバラエティー番組で何度かご一緒したことがあります。思ったことをズバッと言う才能は天下一品だと感じていました。人がどう受け止めようが私は構わないという覚悟が彼女にはあります。その点を良く評価する人ばかりではないでしょうし、あらゆる感想を彼女にぶつける視聴者もいることでしょう。
私にはその彼女にすばらしいと思える一面があります。
たとえどんな高級なものに囲まれた生活を体験したことがあっても、昔の苦労を決して忘れない、ひがんでもいないという強さがある。いざと言う時に強いのはこういう人なんだろうなと私はうらやましくさえ思っていました。
9月29日に亡くなられた山崎豊子さんの小説「不毛地帯」に登場する紅子は、デヴィ夫人がモデルではないかと言われていますが、もしそうだとしたら、「修羅場のような現実」をくぐりぬけてきた人なのではないか、そう思って彼女を眺めていました。
先週、そのデヴィ夫人から、私にチャリティーバンケットの招待状を頂きました。
当日、控室で、たくさんの芸能人やVIPゲストの間を行き来している彼女を眺めながら、天才的な気配りを感じ取っていました。テレビに出ている彼女とは違った側面でした。彼女は、人のお世話をすることが心から好きなのではないかと思ったぐらいです。そのガムシャラな気質が彼女の身体の中で今も燃え続けている。それが原動力となって何百人という人の前でも恐れずに、自分の日舞を披露させてしまう、そう思いました。
彼女を悪く言う人がいるかもしれませんが、あれだけ何かを一途にやってみろと言われたら、私にはとうていできません。
「来るものを拒み、去るものを嫌い、人に嫌われることを恐れる」という欠点がコンプレックスである私に、彼女から「無用な悩みだ」と言われているような気がしました。誤解を恐れずに言えば、戸惑いを真っ向から否定できる強さを持てと言われている。遠慮や奥ゆかしさなんて、やるべき人がやって初めて美しいのであって、そうでないものがぐずぐず理由をつけて何もしないのは、努力を休む言い訳にすぎないと、デヴィ夫人に言われているような気がしました。
チャリティーだと聞いて、私は福島県のプロジェクトを宣伝しに行こうとすらしていましたが、会場はデヴィ夫人のファンであふれ、写真1枚撮ることもできずに終わりました。
でもその日、どうしても彼女に伝えなくてはいけないことが私にはあったのです。
商社マンを父親に持った私の友人が小学校の時に、家族とインドネシアで暮らした経験があり、その時のデヴィ夫人に対する思い出があると言われていたことです。
当時のインドネシアは貧富の差が激しく、車でなくては危なくて学校に通えなかった生活の中で、ある日、「やすお宮殿」という日本語の名前がついた宮殿が建ち、美しい日本女性が大統領夫人になってそこに来るという話を聞き、子ども心にその日本女性の存在が心の支えになったというのです。「『デヴィ・スカルノ』という名前は私にとって大切なものですとお伝えください」と、私はその友人から頼まれていました。
最後の最後にやっとメッセージを伝えると、「いつかその方がどなたか教えてください。商社の方とは深いお付き合いがありました」と夫人が返事をされました。
インドネシアがすべてと決心して、家族を日本に置いて走った自分がその国で暮らす日本の小学生の心の支えになっていたと言われたら、最大の称賛の言葉なのではないかと、私はそう思いました。私も残る人生を人から嫌われることを恐れずに生きていきたい、そう思うことができた1日でした。
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