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思文閣 Ginza Curator’s Room #001 山本浩貴キュレーション「石を探して」より展示風景
Photo: Tadayuki Minamoto

山本浩貴ーアートの価値を社会の仕組みから考えてみる

アートは美術史や美学的価値として語られることが多いが、社会を形成する一要素として、社会学の視点からアートの役割や価値を捉えてみるとどのようにみえるだろうか。そんな新しい視点をわたしたちに投げかけてくれる研究者であり批評家であり、キュレーションや作品制作もおこなう山本浩貴さんにお話を聞いた。


ー山本さんは、社会文化研究という広い視野から、アートに関する書籍の執筆、ご活動をおこなっておられますね。

山本:私は社会学の、特に文化を語ることによって社会を分析する(※1)カルチュラル・スタディーズのスチュアート・ホールやアンジェラ・マクロビーなどの研究者から影響を受けています。最初に社会学を勉強し始めて気づいたのは、社会問題は目に見えないかたちのものが蓄積され、だんだんと人々が認識できるようになって視覚的に見えるようになるということでした。言説によって何か社会問題に切り込んでいく方法は、それはそれで重要なのですが、ビジュアルから入って来る視覚芸術に興味をもちました。視覚という意味ではファッションやデザインなどもありますが、なかでもルールの縛りが少ないアートを勉強したいと思い、英国の芸術大学の修士課程と博士課程に学びました。

現在、美術批評家という立場を明確にとっているわけでなく、キュレーターとして展覧会を企画したり、あるいはアーティストとして作品を制作したり、美術史を研究・解説したりとさまざまなかたちで活動しています。

※1 カルチュラル・スタディーズ(アートスケープ:アートワード)より

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山本浩貴著「現代美術史―欧米、日本、トランスナショナル」中公新書、2019年
山本さんのデビュー作は多くの反響を呼んだ。


ーアートには確かにルールの縛りがない、評価軸が明確でないところがありますね。それが面白さであり、わかりづらさでもあるのだと思うのですが……。

山本:あらゆるかたちのアソシエーション(つながり)にはなんらかのルールがあり、そこに参入するための最低限のルール、ある種の作法みたいなものがあると思います。アートマーケットの面白い部分は、論理っていうのがきちんとあり、それをある程度はわかってないといけない、ある程度そこに従って行かなきゃいけないのですが、そのロジックみたいなのを越える、ルール自体を更新していくようなダイナミズムみたいなのを備えているということが、そこで長く続いて残っていく条件なのだと思っています。

拡大とともに複雑化するアート・マーケット

山本:かつてアートにも王侯貴族や、教会、アカデミアなどルールメーカーがいた時代がありました。これを1981年にジャネット・ウルフという社会学者が「芸術の社会的生産(邦題は「芸術社会学」)」(※2)で紐解いています。彼女は、それまでの芸術は天才の創造物で、人知を超えたある種のロマン化された神話みたいなものと格闘し、社会学的な視座から分析的に芸術を眺めた先駆者のひとりです。

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※2 ジャネット・ウルフ「芸術社会学」玉川大学出版(笹川隆司訳)2003年 第二章
現在でも、アマゾンや紀伊國屋などで手に入れることができる。

その後、資本主義の発展とともにマーケットっていうものが生まれ、プレイヤーの数も様々な種類が出てきて複雑化していったのですが、現代アートとマーケットの強固な結合の契機のひとつがタクシー会社のオーナー、ロバート・スカルが1973年におこなったスカル・オークション(※3)だったのではないでしょうか。ジャスパー・ジョーンズやロバート・ラウシェンバーグなど同時代作家の作品というのが、レオナルド・ダヴィンチなどマスターピースと同じように高く(もちろん、とはいえ価格に開きはありますが)売れたんです。

このあたりからグローバル・アート・マーケットの中で活躍をする現代アーティスト達っていうのが増えてきた。それ以降、「成熟」といえるかどうかはわかりませんが、少なくとも高度に複雑化し多様化していったといえるでしょう。


ーグローバルではプレイヤーが多様化していくなか、日本ではどうなっているか?どうなっていきそうですか?

山本:僕が欧米と日本を比較して少し違うなって思うところで、かつ日本でも少しずつ変わってきている点のひとつとして、コレクターの役割をあげたいと思います。
海外のコレクターは、美術史など、美術やマーケットで必要な知識をかなりもっていて、発言も含めてプレイヤーとしての意識が高い。

日本でも作家のことや、作品のコンセプトを知ることはあったと思いますが、近年では新進のコレクターのなかで勉強会など開かれていて、私も時々呼ばれます。
そこでよくテーマとなる「なぜこの作品は評価されているのか」「なぜこの価格なのか」などを彼・彼女らは知りたがっています。ですが、今売れてるいもの、人気なのは何かと言うだけではなく、自分自身で何か新しい価値観を創造していく、見つけていく能動的なコレクターの方がもっともっと増えてきた時、日本のマーケットはより豊かになっていくと感じています。



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※3 映画『アートのお値段(The Price of Everything)』(監督;ナサニエル・カーン)でも触れられていたスカル・オークション。さまざまなアートシーンに関わる人々が登場しているので、アートにつけられた価格の意味を考えることができる。現在DVDで鑑賞できる。


ーアート・マーケットだけでなく、アート作品もさまざまな形態が生まれてきましたね。

山本:近代化のなかで明治期は、「美術」はおもに目で捉えられるもの=(すなわち)可視的物質という認識が生まれましたが、コンセプチュアル・アートが芸術表現の一形態を担うようになって、アートは必ずしも物質的(可視的)である必要はなくなりました。

マーケットと、私の専門に近いアートプロジェクトとかアートアクティビズムが分けて考えられることが多いのですが、つまりマーケットの方がメインストリームで絵画や彫刻などの物質的なもので、それに対してアートプロジェクトとかアクティビズムがオルタナティブでソーシャルでポリティカルで…と思われていますが、その二項対立が今は融合しつつある時代なのではないかなと感じています。

パフォーマンスがアートフェアで1日かけて行われたり、アートプロジェクトが映像化されてコレクションされたりしていますから。

山本的アートフェア東京での楽しみ方のススメ


ーこれだけ幅広い表現が生まれ、アートフェア東京はさらに古美術、場合によっては縄文土器も出品されています。何を見てよいかわからないという方もおられますが、何かアドバイスはありますか?

山本:本当に地球の歴史に比べたら古美術と現代美術の長さの幅って、そんなにたいしたことはない(笑)。古美術と現代美術っていうのを貫くような視点で接続するっていうのはできると思うんです。

例えば思文閣にキュレーション頼まれた時(※4)に、本田健や長谷川由貴ら現代の存命作家と、片岡球子や徳岡神泉といった明治生まれの作家、さらにもっと前の狩野芳崖の掛け軸など古美術に近い領域まで広げて展覧会を企画しました。

思文閣銀座 Ginza Curator’s Room
ゲストキュレーター山本浩貴 企画展「石をさがして」
https://www.shibunkaku.co.jp/exhibition/list/ginza-curators-room/
作家:本田健、長谷川由貴、熊谷守一、片岡球子、徳岡神泉、小川待子、狩野芳崖、浦上玉堂、北山寒厳

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Photo: Tadayuki Minamoto

確かに日本ってジャンルの違いが強いと思うんだけれども、既存のすみ分けがあるから越境っていうのが面白いものとして感じられるし、細分化があるから統合に意義が出てくるみたいに、裏返してポジティブに捉えることができると思います。逆にいえば、今の日本のアート界っていうのはそういう可能性に満ちてるんです。

アートフェアは自分がキュレーターになれる場所

山本:アートを楽しむには、美術史っていうものを学ぶ一つの意義だとも思うし、ある作品や運動がどういう歴史的なファクターの複雑な絡み合いのなかで登場してきたかっていうものが見えると当時の社会とか政治っていうものも見えてくるし、それはすごく知的にとてもエキサイティングな営みなんじゃないかなと私は思います。

美術館の展示でキュレーターの方とか専門家の方の知識や見方に沿って美術を学んでいくって私はすごく面白いと思いますが、一方でアートフェアの場合、そういう「導き」が少ない。だから逆にもうちょっとフラットな目で作品そのものを見ることができます。文脈に縛られている美術を、まずは作品を見て自分なりに楽しんで見るっていう事が出来たりもします。

その中から自分なりの見方を獲得ができるような場所だったりする。だから、自分の美術の見方とか、ある種のテイストみたいなものっていうのを探っていくっていうような場として、そういった楽しみがあるのがアートフェアというものかもしれませんね。

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山本浩貴+高川和也《証言》2020年
山本さんにはアーティストとして創作に関わる一面もある。



山本浩貴(やまもと・ひろき)

1986年千葉県生まれ。文化研究者、アーティスト。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学博士課程修了(PhD)。2013年から2018年までロンドン芸術大学TrAIN研究センターに博士研究員として在籍。韓国・光州のアジア・カルチャー・センター(ACC)でのリサーチ・フェローを経て、2019年まで香港理工大学デザイン学部ポストドクトラル・フェロー。東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教を経て、2021年より金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻講師。主な著作に『現代美術史——欧米、日本、トランスナショナル』(中公新書、2019年)、『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022年)。