「令和」を書く仕事 揮毫のプロ、辞令専門職とは【政界Web】

2023年11月03日13時30分

 政府内で筆を振るって文字を書く揮毫(きごう)を担う「辞令専門職」をご存じだろうか。普段はあまりなじみがないかもしれないが、2019年4月1日の新元号発表の際、菅義偉官房長官(当時)が掲げた「令和」の墨書を手がけた「毛筆のプロ」だ。知られざるその実態を探った。(時事通信政治部 三谷大知)

【目次】
 ◇年間約1万枚
 ◇辞令専門職の1日
 ◇繁忙期は内閣改造
 ◇デジタル化の中で

年間約1万枚

 辞令専門職は、内閣府(旧総理府)の人事課に所属する国家公務員。小渕恵三元官房長官の「平成」を書いた河東純一氏、「令和」を書いた茂住修身氏も、同府の職員だった。

 主な業務は①官記②表彰状③位記―への揮毫だ。官記は、首相、閣僚や特命全権大使ら認証官、再就職等監視委員会委員長ら国会同意人事を任命する際の辞令のこと。揮毫された官記は、宮中で授与される。

 表彰状は、プロ野球の長嶋茂雄さん、フィギュアスケートの羽生結弦さんらに授与した国民栄誉賞、史上初めて将棋の八大タイトルを独占した藤井聡太八冠に授与する方向の内閣総理大臣顕彰が該当する。ノーベル賞の日本人受賞者や東京五輪・パラリンピックの日本選手団、今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝した日本代表「侍ジャパン」など、多大な功績を上げた個人・団体への感謝状も含まれる。

 位記は、従三位などの叙位が記載された証書。これらの揮毫は年間で約1万枚に上り、現在は2人の職員で手がけている。

 職員には、大学や専門学校で書道を専攻していた人物を中心に採用。実務経験や経歴も考慮する。選考は書類審査や面接だけでなく、実際に揮毫してもらう実技試験もある。正職員として採用の場合、定年まで勤めることができる。

辞令専門職の1日

 辞令専門職の日常はどうなっているのか。ある日のタイムスケジュールはこうだ。午前8時半ごろに登庁すると、まず墨をすることから始める。その後、すぐに「本番」となるわけではない。準備運動として毎日30分程度の「練習」は欠かせないという。午前中は人事調査の担当者らから依頼された揮毫をこなす。

 午後に入ると、午前中に書いた揮毫に間違いがないかチェックする。書家の目から見て「イマイチ」だと思ったら書き直すこともあるそう。間違いなどがなければ押印して完成。担当者を通じて式典などで授与される。

 退庁は午後5時ごろ。人事課によると「一般の職員と同じ勤務体系で、好きな時間に揮毫し、好きな時間に帰っていいわけではない」。実際に筆を振るうデスクも通常のフロア内にある。ちなみに、令和の揮毫では元号発表の前夜に自宅で5時間かけて墨をすったという。

繁忙期は内閣改造

 辞令専門職にとって一番忙しいのが内閣改造の当日だ。官房長官が閣僚名簿を読み上げてから宮中で認証式が行われるまでの数時間で「多くの官記を仕上げる」(人事課)ことが求められる。

 そのため、誰が選ばれるか分からない中でも、閣僚の名称などは事前に書いておくなど、時間短縮に工夫を凝らす。準備に掛ける期間は毎回1カ月ほど。新聞やテレビなどで改造時期に関する情報を収集。それを踏まえて夏季休暇などの計画を立てることもあるようだ。

デジタル化の中で

 政府がデジタル化の推進を掲げる中、永田町や霞が関ではペーパーレス化が進んでいる。政府は最近も、140年の歴史を持つ「国の機関紙」である官報について、従来の紙版からインターネット版(デジタル版)への移行を図る方針を決定した。公文書として国立公文書館に保管された令和の墨書も、ウェブサイトのデジタルアーカイブから自由に閲覧可能だ。

 いずれは官記などもデジタル化されるのか。「(この時代に)筆で書くということが日本文化の伝承になるのではないか」。ある内閣府幹部はこんな見方を口にした。

(2023年11月3日掲載)

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