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「官製ファクトチェックにつながる懸念」にどう答えるのか、総務省検討会の座長・宍戸教授に聞く(前編)

政府が「偽情報対策」を急いでいる。

その中心にいる総務省は、2023年11月に「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」を設置すると、毎月2回という速いペースで会合を開催。2024年7月の会合では、とりまとめ(案)を公表し、8月20日を締め切りとするパブリックコメントの募集を開始した。

災害のたびに虚偽情報がSNSに流れることなどを理由とし、偽情報対策の法制化を目指しているとみられるが、政府が言論空間に介入することについては、「政府やその意を受けた団体が情報真偽の裁定者になるのではないか」「官製ファクトチェックにつながる恐れがある」という批判も強い。

総務省検討会の座長を務める宍戸常寿・東京大学大学院法学政治学研究科教授(憲法学)は、情報空間をめぐる今の動きをどう考えているのだろうか。日本国憲法が保障する表現の自由と偽情報対策の兼ね合いをどう捉えているのだろうか。東京大学の本郷キャンパスを訪ね、じっくりと話を聞いた。

フロントラインプレス

プラットフォーマーによる「削除」は表現の自由に抵触するか

――最初にお尋ねしたいのは現状認識です。例えば、デジタル空間ではプラットフォーム事業者が「適切な情報空間をつくる」などとして、すでにユーザーのコメントを削除することなどを手掛けています。「コメント投稿のガイドラインに反する」というざっくりした説明はあるにしても、投稿者からすれば自分のコメントのどの部分がガイドラインのどこにどう反したのか、詳しく説明されるわけではありません。事業者によるこうした“自主的”な行為は、憲法が保障する表現の自由に抵触しないのでしょうか。

宍戸:印刷メディアや放送メディアが新たに出てきたときもそうですが、言論の自由は、メディア環境の変化に応じて、市民社会やメディアの自律性だけには任せておけない事態が生じることがあります。すると、「市民の自由に任せておけない」を名目にした国家介入の危険を考えなければいけなくなる。そういったことが繰り返されてきました。

それが言論市場の歴史だと思うし、今は、その3周目か4周目だというのが私の認識です。

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総務省検討会の座長を務める宍戸常寿・東京大学大学院教授(撮影:フロントラインプレス)

今はインターネットによって形成されたデジタル空間において、偽情報がネット上で氾濫するなど非常に深刻な問題を引き起こしています。それは、海外の事例を見ても明らかで、対応策に特効薬はありません。

しかし、これまでは既存メディアやジャーナリズムが担ってきたファクトチェックという機能を、その部分だけ取り出してデジタル空間に置き、それに期待するという社会的要請は存在すると思うんです。

しかし国家がスポンサーとなって、ファクトチェックの名の下で科学的な知見なども含めて言論を封殺するなどはあってはならない。ファクトチェックを魔女狩りの道具に使うようなことはあってはならない。私はそう思っています。

ファクトチェックへの国家の介入の懸念は

――総務省の検討会では、ファクトチェック団体の位置付けについても議論が行われていました。この議論がもとになって、ファクトチェックに対する国家の介入が容認される懸念はないのでしょうか。また、ファクトチェック団体が国の関与を受けつつ、結果的に「情報やニュースの正確性の裁定者」となってしまう恐れはないのでしょうか。いずれであっても、憲法で保障されている表現の自由が脅かされる懸念があるように思えるのですが。

宍戸:ご指摘の通り、リベラル・デモクラシー(自由と民主主義)の国の言論は、国家から自立して、市民社会、メディア、言論人が議論していくのが基本です。それは変わらないし、変わるべきではありません。

総務省の検討会がいわゆる「官製ファクトチェック」につながっていくのではないかという懸念が出ているのは承知しています。しかし、はっきり言えば、官製ファクトチェックのようなものは、あって然るべきではありません。今の納税者意識、社会の意識からも、とうてい認められないでしょう。

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――では、総務省の検討会はいったい何を目指していたのでしょうか。

宍戸:政府も結論ありきで検討会を作っているわけではないと思いますし、ファクトチェックの問題だけではなく、総合的な対策を議論してきました。ただ、対策の一部について今後は「こういう法律を作りたい」となっていくかもしれない。検討会の成果を踏まえて具体的な法案を作るとか、法律を作るために別の研究会を立ち上げるとか、特定の方向に向かうモードになるのかもしれません。

しかし、とりまとめ(案)を公表した今の段階では、私にはそこまでは見えていませんし、こうして関心を喚起したことも含めて、現状は健全だと考えています。

――具体的に言いますと?

宍戸:検討会の前半の議論では、偽情報やリテラシーの問題も含め、現在の情報空間をどう考えるかという全体像を描くことが目的でした。ですから、プラットフォーム事業者だけでなく、いろんな方に加わってもらい、意見をいただいたわけです。その中では「政府にファクトチェックのことなんか議論させていいのか」という議論も出てくるでしょう。それでいいんです。すでに活動している、日本ファクトチェックセンター(JFC)を批判的に報道してもらうのも、ありがたいことなんです。

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日本ファクトチェックセンターのサイトより 宍戸教授はこの団体の監査委員長も務める

ただ、検討会の後半の議論で出てきた大きな問題は、ファクトチェックよりもSNSの詐欺広告や有名人になりすました広告です。それについては、モニタリングや制度的対応を検討しないといけないことは、明確になってきました。

「大手SNS事業者に偽情報対策の整備を求める。その制度化を検討」

――7月に検討会が公表した「とりまとめ(案)」は全部で350ページ近くあります。座長として内容をかいつまんで言ってもらうと、どのような内容なのでしょうか。

宍戸:私は、「とりまとめ(案)」の分量がすべてだと思っているんです。つまり現状認識と課題、総合的な対策という形で全体像を見せると、これだけの量になってしまうわけです。まずはこの分量のそのものをお見せして、社会の批判やご意見を伺うため、問題提起をするしかない。逆に言うと、依然として結論は決め打ちしていないということです。

一方で、現在の偽情報の流通などに対する一定の対策を行うための体制整備を大手SNS事業者に求めるという方向性は、具体的なものとして示しています。これについては強いご批判などがなければ、今後は制度化に向けて詳細を検討していくことになると思います。その前提として官民協議会のようなものを設置すべきだ、ということにも触れています。

この制度化についても、深掘りしていくなかで課題が出てくるでしょう。それも含めて、現状の認識、課題を「とりまとめ(案)」で提示し、総合的な対策のイメージを示したのであり、多くのご意見、ご批判をいただくことが必要だと思っています。それが今の「とりまとめ(案)」だという認識です。

「政府による実質的な検閲、介入は常にリスクとして内包。その懸念も報告書に盛り込んだ」

――「とりまとめ(案)」は、官製ファクトチェックへの懸念を払拭するものになっているのでしょうか?

宍戸:検討会の場でもその点はご指摘をいただいていており、懸念は相当程度、払拭できていると思います。官製ファクトチェックが現実のものにならないようにするという点で、学識経験者ら検討会の構成員の意見は一致していると思います。

ただ、政府と表現の自由の関係では、実質的な検閲、介入は常にリスクとして内包されています。行政規制でなくても、名誉毀損などの名目で偽情報に対応するなどということが始まれば、かえって危ない部分もある。そうしたことが政府の公開の検討会で懸念として指摘され、それが報告書の形で残ったわけです。今後さらに検討会や報告書に対して批判をいただくことが大事だと思っています。

――検討会では、総務省による「インターネット上の偽・誤情報対策技術の開発・実証」事業について報告もありました。この事業が官製ファクトチェックにつながる懸念も指摘されています。

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「インターネット上の偽・誤情報対策技術の開発・実証事業」について総務省の資料より

宍戸:実証事業はこの検討会とは別に政府が行っているものですが、検討会でも、事業者の選定や事業の内容の情報公開が不十分ではないかという指摘もありました。これについては今後も事業の説明、報告をしていただき、公開の場で繰り返し議論を続けていくことが、官製ファクトチェックの可能性を防ぐ上で大事なことだと思います。

(後編はこちらのリンクから)

スローニュースでは、『独立性は保たれるのか…「官製フェイク対策」の下請け化要請にファクトチェック団体が反発』としてファクトチェックの在り方を問う記事を配信しています。


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