ピラミッド大好き連合の首魁。最強と最恐に並べて覇を競い合った強豪。オシリス・ファミリア。かつてセトやセベクと共に頂点に喧嘩を仕掛けて主力は死亡または生死不明の散り散りとなり事実上の解散となった今では殆どのものが知らない派閥である。そして、オラリアからも追放処分が生きている。
ルインがそこに所属しているのはかつての縁から。副団長の座に任命されているのは空いた穴を埋める為。団長たるメルティもレベル7であるものの今尚行方不明である。
要するに置いて行かれた。ということである。
ルインがオシリス、即ち闇派閥と関係があることは明白である。が、それでも放置されることには理由がある。一つはルイン自体が破壊活動に対して消極的であること。彼は恵まれた容姿から下界の歪んだ欲望の数々を幼少の頃から叩きつけられた。それ故に思考は諦観を前提としたものであり、殺し殺されなどという日常茶飯事なものを今更自分の手で起こしたくない。これまでの階位昇格も騒動に巻き込まれたのが原因である。
奴隷経験、7回。戦争遊戯の商品経験、36回。
奴隷の持ち主変更は毎度必ず殺傷沙汰、戦争遊戯に関しては何柱か天に返ったという実績持ちである。精神が荒み切るのは当然と言えるほどの経験であった。魔性の風貌、神から言わせれば【傾国】の異能は下界の未知であり自分たちにも制御できない問題の種だという。
もう一つは、純粋に目立つから。悪巧みをするというのにそれほどに目立つ眷属を連れて歩けば何もかもが筒抜けになるだろう。レベル7もの特級戦力だろうと謀を行うことすら出来ない状態にされるくらいなら放置する。なんなら目立つ場所に置いておけば状況を掻き回すくらいする。そんな予測から。
そんな雑な理由でオラリオに捕まったとはいえ置き去りにされたのだ。
とはいえ彼は、そんなにそのことを気にしていない。だって人はあまり好きではないから。ましてや喧しい神々など余計にである。
彼らの目が嫌いだ。自分を見るたびに下卑た視線を向ける。彼らの声が嫌いだ。熱のある声は生暖かく気持ちが悪い。何度感じても受け入れられないこの感覚を無理して抑えている。だって現実は思い通りに行かず、癇癪は人生を悪化させるばかりだから。よって上位冒険者になるほど我が強くなるというのに彼は他と比較してかなり話を聞くし他所を尊重する方だ。いるだけでトラブルを生むという現実から目を逸らせば。
そんな彼が英雄の都に解き放たれた。
彼は元々、裏で暮らしていた。ならば、生活の中の抜け道なんて完璧に把握しているのは通りである。なんだかんだ、強大派閥の副団長でもある故。
案内を頼んだガネーシャの眷属は言葉で言うことを聞かせてデメテルのファミリアまでの道のりを教えてもらった。過去に知っている場所や景色が今では全然違う。栄枯盛衰、覇権の取り合いが常日頃から行われる英雄の都オラリオが彼の認識である。勿論、争いごとも多い。だとすれば建物が一新しているのも当たり前だろう。今尚面影があるのはダイダロス通りくらいではなかろうか?
そうして、人は追い出し道は教えてもらった。後は世話になる場所に挨拶に行ってもいいのだが……
現状、持ち物が全くない。
それは十数年捕まっていたのだ。しょうがないだろう。ノームの貸金庫に貯めていた財産もギルドに没収されているだろうし本当に文無しだ。今から世話になる場所に行ってこんな状況だからお世話して〜と頼むのは彼の人としての心が苦しむ。
彼は人は嫌いだ。だが人は尊重する。
だって、己を害されたくないから。自分で自分を責められる理由を作りたくないから。こちらが向こうに対して真摯に対応して出来る限りの応対をすれば自分は被害者でいられる。被害者として扱ってもらえる。それは生活する上で大変有利だ。何度も何度も騒動を経験してきた彼からすればこれまでもこれからも行ってきた常識である。
まぁそんな生き方をしているから周りも「……アイツ、俺のこと好きなんじゃね?絶対そうだ!」と勘違いするのだし騒動の種をばら撒いていることになるのだが。それのおかげで冒険者という反乱分子だというのにギルドの名の下に拘置所で捕らえられたいたことにも繋がるのだが。普通、冒険者なんて危ない自立兵器は殺処分が普通のところ、その在り方故に檻に収めるだけで済んでいた。
ということで稼ぎに行く。今から世話になりますという挨拶と自分の【魔性】対策の為に。
実は今、朝だというのに少なくない人が彼の容姿を見る為に足を止めていた。実はこういうことは良くある。だから現役時代は魔法道具で何とかしていた。認識阻害、印象操作。沢山の身分偽証系のものを使い工夫して外に出ていたのだが現在すっぴんである。あぁ、今人が倒れる音がした。
ということでやることである。
まず一つ目に、金稼ぎ。
二つ目に、魔法道具の調達。
そして、早めにお世話になる場所への挨拶である。
さっさと出来るだろうか?時間がかかってしまうかもしれない。かつてのツテも使えるだろうか?もう誰も自分を覚えていないかもしれない。
そんなことを考えつつ、彼の第一魔法で喧騒を掻き消し迷宮の方へと歩き出した。いつだってバベルは目印になる。
「…………!?風が、
金の髪を持つ美麗な少女がバベルに向かって目を向けた。
金稼ぎ。
神々がいうマネーロンダリング?はとても楽である。
迷宮の入り口であるバベルには数多の見張りや油断ならない神々が存在するが高速移動可能なレベル7であるルインには意味がない。なんなら音を消せる為、見られないことを前提とした隠密行動はそれなりに得意な方でもある。
まぁ、そこがどれ程厳重だろうと闇派閥のみが出入り可能な別の入り口を使うという手もあるが。今の段階から自分の知らない闇派閥の長に首輪を付けられるのはちょっとNG。面倒くさいことになるのは確定なのだ。このオラリオ、数多の権謀術数が絡まっている為輸出・輸入に関する抜け穴がそこそこ存在する。貴重な資源である魔石や珍しい怪物を外に出したり外からの暗殺者を手引きしたりなど、外部の権力者がお忍びでやってくる為のルートなんてのもある。これもそれも暗黒期で基盤がグラグラになった為である。
都市の憲兵だろうが、勇名轟かす【勇者】だろうが全てを管理するなんて無理筋である。表向きには戦力を持たないギルドなんて以ての外、現在の都市最強の【猛者】なんて悪知恵働くタイプでもないので一番無理。
案外、力さえあれば生きやすい場所である。オラリオ。
そんなこんなで迷宮の中に侵入する。これから始めるのはリハビリにも満たないステータスによる蹂躙、ブランクを埋めることさえ出来ないお遊びだ。全く戦わなかった日々からようやく目覚めたとはいえ技量は眠っている状態。怪物の寝返りでプチプチとモンスターは死んでいく。
魔石すら砕いて。
「……あぁ」
金稼ぎに来たのに自分で自分の稼ぎを潰してしまうことに、ルインはやらせなさを覚えた。こんなに弱かったっけ?と思いながら以前の感覚を思い出そうとする。
目的地は下、どんどん降りなくては日が暮れてしまう。
ギルドの差し押さえがキツいならギルドの影響が届かない奥地へ。目指すはリヴィラ。ぼったくりの貸し倉庫の場所へと。その後は