シル・フローヴァを前にして、あなたの中に
あなたは、シル・フローヴァが一体何者なのか、そして、正体を知っている。
あどけなく純粋そうな顔をしたウェイトレスの少女は自らの正体を言い当てられたらいったいどのような反応を見せるのだろう?
そんな好奇心と悪戯心に突き動かされ、あなたは初対面のシル・フローヴァへ向けて、その一言を言い放った。
あ、フレイヤさまだぁ〜!
「え!? フレイヤさまって、あのオラリオ最強と言われている【フレイヤファミリア】の主神をしている美の女神様!?」
驚くベル。
そして、あなたのフレイヤさま発言を聞いて、キョトンとした顔をしているシル・フローヴァ。
「……えっと、冒険者さん。なにか勘違いをされていませんか? 私は、フレイヤさまじゃないですよ?」
「え、そうなんですか?」
「はい。それに、そもそも私、神様でもありませんし……。私は、そこのお店、豊饒の女主人の従業員で、シル・フローヴァと言います。見ての通りのただの街娘ですよ?」
街娘が自分のことをわざわざただの街娘って言っている時点で……。とあなたは、内心、失笑した。
えーと、どういうこと──? と今度は、あなたの方に目を向けるベル。
あなたは、自分の頭の横に手をやり剽軽な態度で……
あれぇ、おっかしぃなぁ。確かに、フレイヤさまだと思ったんだけど……。ごめん、ベル、どうやら──*1の見違いだったみたい。
イケシャーシャーと、女神を前に『嘘』をついた。
「なんだ──の見間違いかぁ。びっくりした〜。あ、僕、ベル・クラネルっていいます! 見ての通りの新米冒険者です」
ベルは、ほっとした表情を浮かべた後、苦笑し、名前を聞いたなら自分も名乗るのが礼儀だとでも思ったんだろう自己紹介をした。いや、ベルも言うんかい笑
あなたもベルに倣って自分の名前を名乗り、見ての通り〇〇*2です。とシル・フローヴァへ自己紹介をした。
「ふふふっ、面白い冒険者さん
くすくす可愛らしく笑うシルさん。可愛い。
「あの、シルさん、僕たちになにか用でも?」
「あ、そうでした! はい、これ落としましたよ」
そう言って、シル・フローヴァは、手のひらに乗せた『魔石の欠片』をベルに差し出した。
その後の展開は、あなたが知る原作の通りである。
ベルは魔石を受け取り、シルさんに拾ってもらった事を感謝して、ベルが朝ご飯がまだであることを知ったシルがお弁当(もといバスケット)を用意して渡してくれた。
もちろん、タダでというわけではなく、今晩は豊饒の女主人で食事をとってくださいね♡というあざとかわいい上に強かな条件を、ベルがお弁当を受け取って断りにくい状況を作り上げた上で提示されたわけであるが……。当然、ベルは断らなかった。
「──さんもどうぞ」
なんと、シルさんはあなたにもお弁当を手渡してくれた。
「今晩、お弁当の『感想』、聞かせてくださいね?」
シルさんは素敵な笑顔で、
その笑顔は色々な意味が含まれていそうだ。
そして、それは間違いでは無かった。
あなたは、ダンジョンに向かう道すがら、バスケットの中身を確認した。
そこには、シルさん特性の
──さん、もし私の正体を他の人にバラしたりしたら、その時は【フレイヤファミリア】の団員さんたち全員があなたを本気で拉致りに行きます♪ そしてその後──さんはと〜ても酷い目に合うことに……。だから私のことは、絶対に誰にも言っちゃメッですよ?
神に『嘘』は通じない。
こんな手紙を寄越したということは、シルさん、もといフレイヤさまは、あなたが『娘』の正体を確信していると判断したらしい。
あなたも流石に拉致られて拷問されるのは遠慮願いたい。今晩豊饒の女主人に行った際にはきちんとシルさん秘密は誰にも言いません!と上手いこと伝えるとしよう。
□□□
ダンジョンから帰還後、拠点(ホーム)にて。
「えええええっ!! 神様これ間違っていませんか!? 熟練度上昇トータル160オーバーだなんて!! ──も見てこれ! 初めてだよこんなの!!」
ベルが自分の【ステイタス】が記載された用紙をあなたと神様に嬉しそうに見せてくる。
ヘスティアさまはベットの上で胡座かいて仏頂面をしている。
(ベルくんの急激な成長には例のスキル【
「えっと……神様?」
舞い上がっていたベルも、ヘスティアさまの様子がおかしい事に気づいたようだ。
あなたは、この後、ベルがヘスティアさまに、どうしてこんなに急に数値が伸びたのかと聞き、見事に地雷を踏み抜いて、ヘスティア様が半泣きして拠点を飛び出すのを知っていたので、無理やり割り込む。
まだあなたは【ステイタス】を更新してもらっていないのだ。今、出て行かれるのは困る。
ヘスティアさま、──*3も【ステイタス】更新お願いします。
「……ああ、そういえばまだキミのはやってなかったね……──くん、上の服を脱いでベットに横になっているくれたまえ。……で、ベルくんはいつまでベットの上にいる気だい?」
「えっ、ごめんなさい!」
(やっぱり神様なにか怒ってる? 僕、なにかしちゃったのかな……。──の【ステイタス】の更新が終わったら、神様にちゃんと事情を聞いて謝ろう)
そう思ったベルであったが……。
「えええええ!! ──、熟練度上昇トータル120オーバー!? 神様、僕たちどうしてこんなにいきなり成長したんでしょう?」
ベルくんんんんんんんんんんんっ!!!!
あなたの更新された【ステイタス】の内容を知り、結局は地雷を踏み抜いたベル。
不機嫌だった神様は、地雷を踏み抜かれて、当然、ブチ切れた。
「知るもんかァっっ!!」
そして、バイトの打ち上げがある云々とあなた達に説明して、ズカズカと足音を鳴らし、いかにもボクは今不機嫌だよっ! という雰囲気を纏って、拠点から出ていってしまった。
□□□
豊饒の女主人の店内は、ほぼ満席で、客層の大半は冒険者たちが閉めていた。
彼ら彼女らは、ダンジョンでの冒険、武勇伝、成果を肴にして酒をのみ身内同士で盛り上がっている。
シルさんとの約束を果たすべく、ベルと共に豊饒の女主人へと訪れたあなた。
接客してくれたシルさんにカウンター席に案内され、ふたり仲良く並んで座る。
そして、注文したパスタの量の多さに圧倒されたり、頼んでもいない料理を店主のミヤさんに出されたり(×2)、それで料金足りるかなぁとヴァリスの計算をしてベルが顔を青くしていると、シルさんがあなたたちに話しかけてきた。
「どうです? 楽しまれてます?」
あなたは、とても楽しんでいる旨を伝える。
「圧倒されてます……」
「ふふっ、ごめんなさい。私の今夜のお給金も期待できそうです」
「……よかったですね」
「この店色んな人が来て面白いでしょ? 沢山の人がいると沢山の発見があって……私、つい目を輝かせちゃうんです」
本心からの言葉なのだろうと思った。
店内の客たちを見渡す、シルさんは、ホントに楽しそうである。
「ところで、私が作ったお弁当どうでした? お二人の感想を聞きたいなぁって」
「えっと、独創的……オリジナリティに溢れてて良いなぁって思いましたよ?」
あのなんとも言えない味を思い出しているのだろう若干顔を引き攣らせてながら答えるベル。
あなたはこんな考察を思い出した。
ベルが攻撃を1回しか受けていないのに耐久値が30近くまで伸びていたのは、スキルの力だけではなく、シルさんのお弁当の
「──さんはどうでした?」
求められているのは、あの手紙の『感想』の方だろう。
あなたは答えた。
言葉にするのははばかれるような、というか言葉にしたくても到底できない味だった、と。
「ちょっ──!?」
「ふふっ、そうですか。今度作る時は──にも美味しいと思ってもらえるように頑張りますね」
シルさんは笑顔でそう言った。これで【フレイヤファミリア】に拉致られる心配はないだろう……多分……きっと……だったらいいなぁ。
「ニャ、ご予約のお客様ご来店ニャ!」
茶髪の
それを聞いたあなたはダンメモのガチャを引きたくなったかもしれないし、開いた扉の光は何色だ!?と扉の方へ反射的に目をやったかもしれない。
扉を潜ってやってきた集団はオラリオでも最強の一角をなす【ロキファミリア】の御一行である。
その中にはもちろんアイズ・ヴァレンシュタインも居て、ベルの視線は自然と彼女へと引き寄せられていく。
□□□
【ロキファミリア】の遠征から無事帰還を果たした事を祝う宴が始まってしばらくたち、遂にあの話題がやってきた。
ベート・ローガはテーブルに木製ジョッキを勢いよく置く。
「ヨッシャー! アイズ、そろそろ例のあの話、みんなに披露してやろうぜ!!」
「……あの話?」
そして、ベートは嬉々としてトマト野郎の話を語る。
「それでだぜ、そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって、うちのお姫様助けた相手に逃げられてやんのアハハハ情けないったらねぇぜ!」
「……あの状況なら仕方がなかったと思います」
「いい加減にしろベート。そもそも十七階層でミノタウロスの逃がしたのは我々の不手際だ。恥をしれ」
リヴェリアに咎められても、酔ったベートは止まらない。
「嗚呼? ゴミをゴミと言って何が悪い! アイズ、お前はどう思うよ。例えばだ! 俺とあのトマト野郎ならどっちを選ぶってんだーおい!!」
「ベート、君酔ってるね……」
やれやれと肩を竦めるフィン。
「聞いてんだよアイズ。お前はもしもあのガキに言い寄られたら受け入れのか? そんなはずねぇよなぁっ!!」
「自分よりも弱くて軟弱な雑魚野郎にお前の隣に立つ資格なんてありやしねぇ。他ならないお前自身がそれを認めやしねぇ! 雑魚じゃ釣り合わねぇんだアイズ・ヴァレンシュタインにはなぁアっ!!!」
そこまでが限界だった。
「あ、ベルさん!?」
ベルはダっと勢いよく立ち上がり、店から外へと駆け出した。
行先は、わかっているダンジョンだ。
貶められて、屈辱だったことだろう。恥ずかしかったはずだ。しかし、何より、ベル・クラネルはなんの努力もしていないのに夢を見ていた自分自身を許せなかった。
ベルは自分自身に激怒したのだ。
あなたはさてどうしたものかと考える。