『世界三大秘境』の一つ、そして、『三大冒険者
階層構造上となっている天然の地下空間、数多のモンスターが生まれ棲息する魔窟。
各ファミリアに所属する『
一層から十二層までが「上層」、十三階層から二十四階層までが「中層」、二十五階層から、三十六階層までが「下層」、それ以下は「深層」とされている。
《ダンジョン上層 五階層》
カーンッと鉄の音が反響する。
あなたが左手に装備した鉄製丸盾が、小柄な人狼型モンスター、コボルトの爪を防いだのだ。
「グルルアアア!」
苛立たしげに吠えるコボルト。
あなたは、盾を構えながら、一歩前に踏み込んで、距離を詰め、右手にしている獲物、スモールソードを右斜め上段から振り下ろした。
振り下ろされた
『グルルアアアアアアッ!!』
だが、まだ倒すまでには至らない。
コボルトは苦痛から悲鳴にもにた咆哮をあげると、自身に傷を追わせたあなたへ怒りと憎しみに満ちた赤い眼光を向け、あなたの盾に鋭い牙を突き立てた。
いきなり至近距離まで
けど、あなたは一人じゃない。この場には、頼もしい
コボルトの死角から白髪の
「はっ!」
気勢の声と共に、銀の一線が、直線上の軌跡を描く。
ベルの放った短刀の刃による突きの一撃は、コボルトの心臓部分へと突き刺さり、そこにあった魔石に罅を入れた。
『グルアッ!?』
間の抜けた鳴き声を漏らしたコボルトは、バグったゲームのようにピタリと静止したかと思うと、肉体が崩れ、四散し、ただの灰となった。
同時、ポロリと紫根の魔石が地面に転がる。
「ふぅ……」とベルは小さな息を吐いて、呼吸を整え、短剣をレッグホルスターの鞘へと収める。
あなたもそれに倣って、剣を鞘へ納刀した。
ベルはしゃがんで、地面に落ちた魔石を拾う。
ポーチからパンパンになった皮袋を取り出し、魔石をその皮袋の中へと入れ、あなたの方へと振り向き……
「ねぇ見て──! 魔石がもうこんなに沢山!!」
そう言って、ベルは喜色満面という言葉が似合う笑顔を浮かべた。
あなたは、利き手の手で親指を立てて、やったね、とベルと喜びを分かちあった。
あなたが迷宮都市オラリオで目覚め、今日で、五日が経つ。
ベルと英雄譚を語り合った翌日から、毎日、二人でダンジョンに潜るようになった。
「──がダンジョンに初めて潜ったその日のうちから、五階層まで行こうって言い出した時は、正直、びっくりしたけど……。もう四日連続で五階層のモンスターを問題なく倒せてるし……案外、僕たち才能があったりして!」
冗談ぽく、しかし僅かな期待をもった声色でそう言い、若干頬を緩ませるベル。
あなたは、あんまり調子に乗りすぎるとエイナさんに叱られるかもよ? とやんわりと、ベルくんに釘を刺しておく。
あなたが、ダンジョン初日から五階層を目指したのにはちゃんと
というのも、この「だ、だよねー。えへへ」と可愛らしく笑っているベルは、
そう、『今』は、原作開始前だった。
ベルがミノタウロスに追われ、アイズ・バレンシュタインに助けられるのは五階層。ベルが冒険者になって半月の頃だ。そのイベントを経て、ベルは、スキル
原作のベルが一ヶ月とそこらで最速でLv2になったのも、アビリティオールSなんて前人未到の成長ができたのも、神の魅了が効かないのも、全てはそのスキルがあってこそ……。
ベルが英雄になるための切符ともいえるスキル、
もしもベルが
他にも多くの者が悲惨な末路を辿ることになる。なんなら、最悪、オラリオが滅ぶ。
なればこそ、ダンまちが好きなあなたとしては、ベルくんが英雄になれないなんて√を絶対に辿らせるわけにはいかないのだ。
「……? ──、どうかしたの?」
あなたは、いや、なんでもないと返答する。
それより、どうする? 先に行って、もう少しの間狩りを続る? それとも地上に帰る?
と、ベルに、選択を委ねる。
あなたはダンジョン初日から毎回、ベルに先に進むか、地上に戻るか決めさせるようにしていた。
運命を引き寄せるのも、壊すのも、ベル・クラネルの選択が大きく左右すると、ラノベ、アニメ、ゲーム、漫画、色んな媒体で、ベルの英雄譚を見てきたあなたは知っているからだ。
「実は、今日は何時もより調子がいい感じがして……。──さえよければ、もう少し先に行ってみない?」
あなたの答えは決まっていた。
オーケー相棒。行こう!
あなたとベルは、ダンジョン五階層の道を先に進んで行く。
──そして、ミノタウロスに追われる羽目になった。
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【ベル】
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?
可愛い女の子と親しくなりたい、綺麗な異種族の女性と関わりたい。
子供の頃、お爺ちゃんの書庫で読んだ数多の英雄譚から抱いた憧れ、──と語り合った男の浪漫。
ダンジョンに出会いを……ハーレムを求めるのは間違っているだろうか?
結論、僕が間違っていた。
『ヴモォォォォオオオオオオオオ!!』
「 「ほぉああああああああああああ!!」」
中層に居るはずのモンスター、牛頭モンスター『ミノタウロス』に追いかけられている。
Lv1の僕たちじゃ傷ひとつ与えることが出来ない化け物に食い殺されそうになっている。
詰んだ。どうしようもなく、詰んでしまった……。
──、ごめん。僕が調子に乗って、先に進もうなんて言ったせいで、こんなことに!!
運命の出会いに憧れていた僕が馬鹿だった。
ダンジョンで、一攫千金ならぬ、一攫美少女だ! なんて……夢を見過ぎていた。
「ル……ベル!! 気をしっかり!」
──の声がしてハッする。声がした隣を見れば──が僕より少し後ろで走っている。
神様にちょっと似ている黒髪と青い瞳、中性的な容姿と体付きをしている性別不明の
そうだ。ミノタウロスに食い殺されてしまう前にせめてちゃんと謝っておきたい。
「ごめん──、ごめん! 僕のせいで!!」
「──*1も、同意したんだから責任は一緒だよ! 今は兎に角、生きるために、逃げないと!!」
ああ、 ──は優しいなぁ。擁護が身に染みる思うだよ。
逃げ切れるだろうか?
チラッと後ろを振り返る。
牛頭の化け物との距離はどんどん縮まっている。
……うん、ダメだこれ☆*2
ミノタウロスが筋骨隆々な巨大な右腕を振り上げる。やばいッ!
『 ヴモォオオッ!!』
「ッ! ──、左側後ろから攻撃が来っ!! でぇっ!」
「きゃっ!」
ミノタウロスの蹄が、地を砕き、丁度、僕たちの足場を巻き込んだ。
なんか、直撃は免れた。でも、僕たちは、足をとられ、仲良くダンジョンの地面を転がる事になった。
僕は尻餅をついた。あ、腰が抜けた……。そのままの体勢で、必死に腕の力を使って、後ずさりする。
ドンッと背中に硬い感触、壁……行き止まり。
……ぁ、終わった。
歯が勝手にガチガチ鳴る。涙が溢れてくる。
ミノタウロスの生暖かくて臭く荒い鼻息が、僕の肌を殴る。
自分よりも一回りも、二回りも大きいミノタウロスのドデカイ筋骨隆々の身体を見上げる。
……ああ、結局、女の子との運命の出会いは訪れなかった。
それどころか──まで巻き込んで……。
ごめん──。
ごんなさい神様。
ごめん、お爺ちゃん。僕、ハーレムの夢、叶えられなかったよ。憧れた英雄譚の英雄のようにはなれなかった。
でも、せめて、仲間の命だけでも!!
ガチガチと鳴る歯を噛み締めて──無理やり止め。息を吸い込み、叫んだ。
「──、逃げでぇえ゛え゛!!!」
ミノタウロスの意識は今、僕に向いている。今なら、もしかしたら、──だけなら僅かな可能性ではあるけど、逃げられるかもしれない。
そう考えての叫びだった。
ベル・クラネルの人生最大にして最期の見せ場。
鼻声で、濁りまくってた声の叫び。ああ、なんてダサいんだ。最後まで格好がつかないとか。
その上、まだ、女の子との運命的な出会いに未練を捨てきれないなんて……!!
チクショウ!! どうせ最後に見るなら、牛頭の顔なんかじゃなく、金髪ロングの美少女エルフがよかった!!!
……お爺ちゃんも最後、こんな事を考えていたんだろうか? あ、でも多分、お爺ちゃんのは、黒髪の美少女を思い浮かべて死んでいったのかも、子供の頃、いつもお爺ちゃんと金髪美少女と黒髪美少女はどっちがいいか論争してたなぁ……懐かしい。
……あの世に行って、お爺ちゃんが僕の事を待っててくれたら、聞いてみるのもいいかもしれないな……。
そう僕が死を覚悟して、走馬灯を見かけた時だった。
──銀の閃光が見えた。
「え?」
『 ヴモォ?』
間の抜けた僕とミノタウロスの声。
更に銀の線が次々にミノタウロスの身体のあちこちを走り、切り刻んでいく。
『グブッ、ヴモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!?』
断末魔が反響する。
切られた部位事に、ミノタウロスは崩れ落ち、僕は血のシャワーを全身に浴びた。
牛の怪物に代って現れたのは、女神と見紛う程の美少女。
腰の辺りまで伸びた美しい金髪。青い軽装に包まれた綺麗な肢体。胸の膨らみを抑え込むエンブレムの入った鎧。
蒼い装備を身に纏う、金髪、金眼の美少女。
駆け出し冒険者の僕でも知っているような迷宮都市オラリオでの有名人。
【ロキファミリア】に所属する第一級冒険者、【剣姫】アイズ・ヴァレンンシュタイン。
「あの……大丈夫ですか?」
大丈夫なわけが無い。
今にも爆発しそうな程高鳴っている僕の心臓の鼓動が大丈夫なはずがない。
顔がかーと熱くなる。
これは、そう、
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?
ダンジョンに女の子との出会いを求めた僕は間違っていたか? 否、否、否!!!
再結論、僕は、間違っていなかった!!
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あなたは人が恋に落ちる瞬間に、運命が動き出す素晴らしい瞬間に立ち会った。
この素晴らしすぎる光景をまじかで目にした圧倒的な感動は、筆舌に尽くし難い。
しかしその感動はあなたのその胸に確かに刻まれ、
感動の余韻に浸っていた、あなたの前に選択肢が現れる。
さぁ、──、あなたの選択は?