いつからだろうか。
彼のことを考えるようになったのは。私の
でも、多分。明確になったのは、きっとあの時。
深い暗闇の奥底の、凍てつく氷の中で、ボロボロになって、私の醜い心の内を聞いて、昔のことを聞いてなお。帰りたいと、一緒にみんなの場所へ行かせてほしいと言われたあの時。明確に、この心を自覚した。
それからは必死だった。お母さんとお父さんみたいに幸せで、心がぽかぽかして、安心するような関係になりたくて、すごく頑張った。だって彼の周りには、私なんて比較にならないほどに女の子としての魅力に溢れてる子達がたくさんいたから。結果的には、ただの杞憂に終わったけれど、これでよかったとも思っている。だって、そのおかげで、より彼に相応しい人になれたような気がするから。
とある
「まったく、ただでさえ好かれているのにそれに気づかずあそこまで努力するなんて⋯そのせいで、リリ達の勝ち目が更に薄くなってしまったではないですかっ!」
とある
「私は悲しいです、選ばれなかったことが。でもそれがあの人の幸せに繋がるのなら。この私めは、精一杯尽くしたい。」
とあるエルフが言った
「ええ、私もです。つい最近、彼に正式に振られてしまいました。もう少し夢を見ていたかったですが⋯また新たな人を見つけられる日が来ることを祈りながら、彼を支えるとしましょう。」
とある女神が言った
「悔しいなぁ、まったく。悔しくて悔して、今すぐにでもベットに篭って、みっともなく泣きたいよ。それなのに、ここでベルくんを祝福することしか出来ないんだから、損な性分だよね、まったく。でもまあ、おめでとう。ようやくだね。」
彼の周りの人物は個人差はあれ、自分と同じ感情が成就しなかったことを悲しんでいた。だが、それでも祝福してくれた。それが嬉しくて、ありがたかった。嫌味にしか聞こえないだろうけど、自分なら、みっともなく泣きじゃくって、困らせてしまうだろうから。自分たちの前では、冷静でいられることに尊敬の念を抱いた。
今日、私と彼は互いの
家の中は、お互いが住みやすいように、を念頭に作った。
「ベル」
「どうかしましたか?アイズさん」
これから言うことが彼を困らせるとわかっている私は、少しの間言い淀む。やがて意を決して、
「そろそろ敬語、外して?」
「ぇ」
ギョッとした顔になるベル。まあ、女性に呼び捨てするなどベルの性格を考えるとしたことないだろうし、当然と言えば当然ではあるのかな。
「い、いきなりですね。」
「ずっと前から思ってたんだよ?それこそ、付き合い始めた時から」
「うっ」
自覚はあったのか、申し訳なさそうな顔になるベル。
「でも、多分呼び捨てとかしたことないだろうし、仕方ないかなぁって思って、しばらくは待ってたの。でも、ずっとしてくれないから⋯」
「うぐっ?!」
「だから、お願い。そろそろ外して?」
ロキに教わった渾身の必殺技、上目遣いをしてみる。効果は抜群だ。ベルの顔が紅潮して、あたふたとしている。かわいい。
「わ、わかったよ。アイズs⋯アイズ」
「ん」
心が満たされた。在るべき場所になかったものが今、在るようになった。
そして、ふと思いついた言葉を口に出す。
「お父さんとお母さんみたいだね。」
何気なく発したその言葉は、彼の動揺を誘うには充分過ぎたようで、
「あ、アイズ?!」
と、家の中にベルの叫びが響いた。
「そうだ、あ、アイズ」
「ん?なに?」
しばらくの間ゆっくりとふたりの時間を過ごしていると、ベルが声をかけてきた。
「これから、食材を買いに行こうと思ってるんだけど、一緒にいk」
「行く。ちょっとまってて」
「はや?!ゆ、ゆっくり準備すればいいからね?」
ドタドタと部屋へ走っていく私の後ろから、そんな声がした。
それから十数分後、支度を終えた私達は、街の商店街へと繰り出していた。
「まだ昼前だから、結構人多いね」
歩きながら話していたら、そんなことをベルに言われた。
(これ、チャンスなのでは?)
アイズが、ロキに教わった技2を実践しようか迷っていると、目の前に美人が現れた。纏う雰囲気からして、神様だろう。あれは⋯
「あ、デメテル様!こんにちは!」
「こんにちは」
デメテル様だった。すごい大きい⋯。
「あら、ベルじゃない。久しぶり。また農作業手伝いに来てくれてもいいのよ?」
「はい!落ち着いたらまた行かせてもらいます!」
「あら、ありがとうね。貴方みたいな子がいると、早く終わって助かるってみんなも言ってたから。それじゃあ、またね?」
「はい!また!」
なんだろう、面白くない。ベルは全く悪くない、それは分かってるのだ。街を歩いている訳だし、誰かしら女神様とは遭遇するだろう。でもなんだか、ベルが盗られているような気がして、おもしろくない。
(これは、迷っている場合じゃない!)
心の中の
「あ、アイズ?」
「ん?なに?」
本当に分からないと言った具合でキョトンとしている。かわいい。ってそうじゃなくて!む、胸が
「あ、当たってる」
「当ててるの」
一瞬理解が追いつかなかった。突然言われたこともそうだが、急にこんなことを言われて、心を落ち着かせろというのが無理な話だ。
(ど、どうしてだろう)
なにかしてしまっただろうか。朝はこんな風じゃなかったし⋯。あ、もしかして
「もしかして、デメテル様と話したから?」
「⋯わかんない。でも、盗られそうで不安だったから⋯」
なるほど、つまり嫉妬。え?かわいすぎるんですけど。僕の心臓バクバク動きすぎて過労死しそうなほど動いてますけど。でも、不安にさせてしまったのはよくない。
「僕はアイズ一筋だよ。美の女神の魅了すら耐え抜いたんだから。」
「⋯反応しずらい。でも、ありがとう。⋯もう少しだけ、このままでいていい?」
「いいよ。」
おそらく無意識の内に不安だったのかもしれない。今まで僕は、愛情表現を照れ臭さからあまりしてこなかったから。
(好きな人を不安にさせるなんて⋯僕はダメダメだな⋯)
なら、少しでも不安を取り除くために。僕は、僕の殻を破ろう。
「アイズ」
「?どうしたの?」
少しでも、僕の気持ちが伝わるように、感情を込めて。
「愛してるよ」
そう言った後、彼女は今までにないほど、表情を変えて驚いた後に微笑んで、
「私も」
と、溢れんばかりの愛を返してくれた。
あぁ、僕は幸せ者だ。だってこんなにも愛しくて、こんなにもかわいらしい人がここにいる。僕を愛してくれている。ここまでが