廃エルフ


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作:破門生
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逃亡先の誘拐


 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!」

 

走った。必死に、走った。

 

「はぁっ…はぁっ…!」

 

肺が痛くとも、頭が痛くとも、心臓が痛くとも、“耳が”いたくとも、それでも彼は走り続けた。

まだ聞こえない。だがいずれ迫り来るはずの足音に恐怖して、ただ只管に走り続けた。

握りしめ、くしゃくしゃになった地図がさらにぐしゃりと音をたてる。全身から血が滲むのではないかと思うほど息苦しい。

 

「はぁっ…はぁっ…!」

 

どれだけ走り続けたのだろうか。数分、数時間、はたまた日を跨ぐ程か。その小さな歩幅で懸命に腕を振る彼は、そうして木漏れ日から抜け出た。大きく広がる、青空の元へと。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「…うちは孤児院じゃないんだ。よそ行きな」

 

長い前髪の間からチラチラとこちらを覗く翠眼が気味悪く、男はそう言い放って勝手口を閉じた。痩せこけた体と擦り切れた衣服も、その要因だったのかもしれない。おぼつかない足どりで細い細い路地をすり歩く。壁を支えに歩いていく。

やっとここまで、漸くここまで辿り着けた。その達成感とは裏腹に、後悔の念が頭を駆け抜ける。頭を振り、それを否定した。

 

「ここの…方が…」

 

声を発して自分を鼓舞する。後悔なんてないのだと。けれど、足掻きも虚しく、とうとう彼はへたり込んでしまった。

長く伸びた髪が顔を覆い、しかし滴る涙が表情をしめす。

ギルドにいけば、自分の身分を明かせば、命は助かるだろう。しかし、それでは意味がない。ここまで逃げてきたというのに、またあの森へ逆戻りになってしまう。だから、それだけは、それだけは絶対に嫌だった。

さりとて体は限界。苦しい胸を抑え、背中が丸まり倒れ込みそうになる。

 

「…やだ…よ……」

 

突然、肩を掴まれた。誰かが顔を覗いてくる。顎を持たれて無理やり顔をあげさせられ、されるがままに前髪をかきあげられ、ニヤリと笑う気味の悪い顔が、鼻先が触れるほど目の前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐへへへへ、かわええ子みーつけた」

 

るんるんと鈴がなりそうな雰囲気で、ねっとりとに絡みつく声色を向けられた。

抵抗する余力があるはずもなく、何も出来ずに意識を失った。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「………」

 

下着を除いて、裸。目を覚まして彼が最初に認識したのはそれだった。汚れの落とされた体。かきあげられゴムで縛られた長髪。ねぼけ眼で順々に視界にとらえ、ふと我に返り思い出す。

 

僕は、拐われた。

 

「………」

 

その事実に恐怖で肩が震えだした。掠れた声で、おもわずぽつりと零す。

 

「なに…されるん…だろぅ…」

 

痛いこと、苦しいこと、様々な思考が巡り目に涙が溜まる。こんなはずじゃなかったと、なんで僕が、なんでなんで…。

どんどんと沈み込む思考は表情も淀ませ、突然の陽気な声ですべてを断ち切られた。

 

「なーんにもせーへんよ。とりあえずこれ着てみ」

 

開けっ放しだった扉から、赤毛で糸目の女性がひょっこりと姿をあらわした。怖い人が現れるだろうという予想に反し、明るい雰囲気の女性が出てきたことに目を丸くする。

 

「ほらほら似合うと思うで、これ」

 

柔らかく笑うその顔を見て、気づけば震えは止まっていた。手渡された服に視線を落とし、もう一度女性を見やる。本当に着てもいいのか戸惑い、相変わらずニコニコと笑顔を浮かべられる。いわれるがままに服を着るしかなかった。

 

「……?」

 

「ん〜っ!やっぱり似合っとる!!わざわざ買ってきた甲斐があったわ!」

 

着せられたのは、ワンピース。真っ白で肩が露出するとっても可愛らしいデザイン。

見たこともない服に少年は首をこてん、と傾げ、その仕草に先程から興奮気味だった女性はさらに歓喜する。

そこへコンコンコンと、開けっ放しの扉を律儀にノックする音が聞こえた。

 

「ロキ、何を騒いで……」

 

「っ!!」

 

緑髪のエルフ。整った身だしなみと風格から気品が溢れ出る、美しい女性。誰もが見惚れるであろうその人に目を向けた彼は、ビクリと肩を跳ね上がらせ後ずさり、ベットから転がり落ちてしまった。

恐怖が、不安が、再び津波のように押し寄せる。潤む瞳は自ずと涙を零し、震える手足で必死に床を漕いだ。

 

「ど、どないしたん?大丈夫か?」

 

「?誰だ?」

 

「さっき拾ってきてん」

 

「…はぁ。またお前は」

 

ロキと呼ばれた女性が慌てて近寄る。それに伴ってエルフの女性も近づいた。

尚も怯え続ける彼は体を小さく縮こませ、懸命に後ずさり、壁へと縋り付く。見知らぬ子どもの様子にエルフの女性は困り顔を浮かべ、耳に巻かれた、痛々しく赤に染まりきった包帯に目を見開いた。

 

「やだ…!やだ!!こないで!!!」

 

尋常ではない。弱々しくも大きく、生気のない張り上げられた声に、二人の動きが止まる。壁の向こう側へ行ってしまいそうな程に、たどたどしく退行し続ける見知らぬ子どもに、それ以上近づくことは出来なかった。

 

「…リヴェリア」

 

「…後で説明しろ」

 

「すまん」

 

踵を返し、リヴェリアは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

ばたりと扉を閉め、いつも会議に使う部屋へと向かいながら色々と思案する。

明らかに自身に怯えていた。しかし、同じ女性であるロキには、少なくとも自身が部屋へと顔を出す前までは特段怯えていなかった。つまりはエルフ故の何かか、はたまた自分が誰かに似ていたのか。少なくともあのような幼いエルフに出会った覚えはない。

 

「それに…」

 

耳。人間にしては長く、エルフにしては短い、血濡れの耳。それが何をあらわすのか。

道すがら、ふと、そこで脱衣所、その水洗い場に見慣れぬ服を発見した。別に、リヴェリアがここに住まう全員の服を管理しているわけでも、記憶しているわけでもないのだが、明らかにその服だけはおかしかった。繊維の奥まで染み付いているような汚れ、穴だらけでもはや使い物にならない程の擦り切れ具合い、立ちこめる匂いは獣のそれと同位に思える程。

思わず眉を顰めてしまう。だが、その表情はすぐに変わった。

 

「この服…どこかで…。……っ!」

 

目に付いたのは装飾されたとあるシンボル。エルフが象られた、銀色の紋章。それは間違いなく、エルフ、その最上位血族であるハイエルフ、つまり王族のみが着ることを許された服の証。

驚きのあまり呆然とそれを見つめていると、コツコツと廊下を歩く音が耳に届いた。はっとした思考を切り替え、持ち上げた服をたたむ。

 

「…どうかしたのかい?」

 

「フィンか」

 

偶然通りかかった小人族の男性、フィン。品性あふれるたたずまいの彼は、リヴェリアとドワーフ族のガレスとともに、ここロキ・ファミリアを取りまとめている人物のひとり。

 

「…お前はロキが連れてきた少女のことを知っているのか?」

 

「少女?」

 

数瞬の間をおき、首を振られた。その返答に彼女はまた考え込む。

 

「またロキが厄介ごとを持ってきたくちか」

 

「…恐らくな。普段の金遣いといい酒といい…」

 

「はは…まぁ彼女も彼女で心労はあるだろうし、多少はこちらも目を瞑らないとね」

 

「それはそうだが…今回の件に関しては目を瞑る瞑らない以前の問題だろう。そう易々と子どもを拾ってこられて、しわ寄せが来るのはこちらだ。アイズも入団してそこそこだというのに。これが神の試練とでも言うのか?」

 

「…それもそうだね。今回は拾ってきてしまった以上仕方ないにしても、今後もこのペースで増えていくとなるとさすがに手に余る」

 

呆れ顔を浮かべるフィンに大きく頷いた。少なくともしばらくあの主神の酒の量は減らす。絶対に。

 

「...しかしあの少女、何故か私に怯えていた。それが私に対してなのかエルフという種族に対してなのか、それとも他人の空似か…どうにも…」

 

畳んだ服に視線をやりながら呟く。

ガチャりと、会話の途中で扉が開く音が鳴った。フィンがそちらを向き納得したような顔をした。先の話に出てきた当人がいたのだろう。と同時にリヴェリアは少し焦る。鉢合わせるのはまずい、と。

 

「お、ちょーどええところにいてくれたわ。フィン、この子食堂につれてったってくれへん?」

 

だんだんと、足音が近づいてくる。その数ふたつ。

 

「...了解した。ただ後で説明は頼むよ」

 

ばれてはいけない。またあの少女が怯えてしまう。動けない。声を出せない。

 

「わかっとる。それと」

 

「リヴェリアならそこだ」

 

水洗い場の入口ギリギリで、フィンがリヴェリアの方向へ指を指す。

わかっていたなら最初にそれを言え、とでも言いたげな表情でフィンを睨んだ。当の本人は何処吹く風だが。

 

「…エルたん、ちょ〜っとあっち向いててな」

 

「は、はい」

 

エルと呼ばれた少女の後頭部がリヴェリアの目の前を通過していった。エルとは彼女の名前だろうか。

 

「ほなフィン、頼むわ」

 

「ああ、じゃあ行こうか」

 

少女はフィンと手を繋ぎ直し、ロキはリヴェリアの元へと歩いていく。

 

「僕はフィン・ディムナ、ここの団長を務めている。君の名前を聞いても?」

 

「…エルエラ…エルエラ・リヨス・アールヴ…です」

 

「!!」

 

「……なるほど、よろしく」

 

「は、はい…よろしく…おねがいします」

 

ふたつの足音が遠ざかる。一方目の前まで来たロキは、眉根を寄せていた。リヴェリアの表情も険しい。

 

「…どういうことだ」

 

「…いちから説明すると長なるから、今は手短に言うとな」

 

こちらを見つめ、真剣な表情で口を開いた。

 

「あの子…自分の弟やと」




今後の展開を考えていない。
どうしましょうか。
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