与野党に人脈「選挙の神様」藤川晋之助氏死去に関係者衝撃 デヴィ夫人「新党は予定通り」

講師に招いた首相就任前の石破茂氏(左)と写真に収まる藤川晋之助氏=昨年5月22日、東京都千代田区(藤川選挙戦略研究所提供)
講師に招いた首相就任前の石破茂氏(左)と写真に収まる藤川晋之助氏=昨年5月22日、東京都千代田区(藤川選挙戦略研究所提供)

選挙プランナーで藤川選挙戦略研究所代表の藤川晋之助(本名・藤川基之)氏が11日未明、東京都中央区の聖路加国際病院で死去した。71歳だった。関係者によると、心臓病や感染症で2月19日から入院していたが容体が急変したという。与野党ともに幅広い人脈を築いていただけに、関係者に衝撃が走っている。

藤川氏はタレントのデヴィ夫人ことデヴィ・スカルノ氏が夏の参院選での国政進出を見据えて設立した政治団体「12(ワンニャン)平和党」の選挙対策委員長。デヴィ夫人は取材に対し「かなり疲れている印象があり、入院して心配していた。持ち直したという話を聞いて安心していた矢先の訃報だった」と驚きを隠せなかった。

「参院選に向けた12平和党のスケジュールに変更はない」としており、12日に都内で開かれる同党のイベントも予定通り行うという。

不遇の時期経て脚光

藤川氏は昭和28年、大阪市生まれ。高校時代から民族派学生運動に関わり、国士館大を中退した後、自民党田中派の山本幸雄元自治相の秘書になり、12年務めた。

自民から大阪市議補選に出て落選。その後当選し、政治改革を掲げて離党した小沢一郎衆院議員に共鳴し、新生党に合流した。しかし、2期目の途中で出馬した衆院選や三重県名張市長選で落選し、政治家の道を断念した。

昨年8月の取材で「投資や事業の失敗もあって、借金が1億8000万円あった。山奥にこもって小説を書いたこともあったが、うまくいかなかった。ひともうけしようと東南アジアを放浪して、インドネシアのアチェ紛争に巻き込まれそうになったので帰国した」と、不遇の時期を振り返っていた。

12平和党設立の記者会見に臨んだ藤川晋之助氏(左)=2月12日、東京・永田町(岩崎叶汰撮影)
12平和党設立の記者会見に臨んだ藤川晋之助氏(左)=2月12日、東京・永田町(岩崎叶汰撮影)

民主党にいた小沢氏から「選挙を手伝ってほしい」と言われて永田町に戻った後、小沢グループや減税日本、みんなの党、日本維新の会などで事務局長や選挙参謀を務め、「選挙の神様」の異名をとった。

令和4年に藤川選挙戦略研究所を設立。勉強会には首相就任前の石破茂氏ら政界の大物を招いていた。昨年の東京都知事選で165万票余りを得て2位になった前広島県安芸高田市長、石丸伸二氏の選対事務局長を務めたため、メディアへの露出が増え、与野党の候補者から選挙プランニングの依頼が相次いでいた。

都知事選後は石丸氏と疎遠になり、ネット上では藤川氏を批判する石丸氏の支持者の投稿も目立っていた。選挙期間中に行った集会のライブ配信に関し、公選法が禁じる報酬の支払いを制作会社側に約束したとして石丸氏が刑事告発された件では、取材に対して関与を否定していた。(渡辺浩)

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