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03 バナナ・トリップ

 盛大な音楽が鳴り響く中、客席の照明が落とされた。

 五千名規模のお客を収容できるステージであるが、こういった手順はライブハウスと同様であるようだ。鞠山花子から手渡されたバックステージパスを握りしめながら、めぐるはひそかに胸を高鳴らせることになった。


 ステージは、ライブハウスと比較にならないぐらい広々としている。

 野外音楽堂のステージを、さらにひと回り大きくしたぐらいであろうか。幕などは存在せず、現在はステージ上も暗がりだ。そこでいくつかの人影が蠢いているのが、うっすらと見て取れた。


 いっぽう客席のスペースは、相変わらず閑散としていたが――それでも百名や二百名は入っているのかもしれない。何せ五千名を収容できるスペースであるため、それでも閑散と見えてしまうのだ。


 そんな中でイベントのトップバッターを務めるのは、浅川亜季がおすすめする『バナナ・トリップ』なるバンドである。実力は確かだが、ステージパフォーマンスが乱暴すぎて数々のライブハウスから出入り禁止を言い渡されているという、いわくつきのバンドであった。


(まあ、わたしは演奏の出来で判断するしかないけど……いったいどんなバンドなんだろう)


 めぐるがそのように考えたとき、いきなりステージが眩い照明に照らし出された。

 それと同時に、さまざまな音色が爆発する。その勢いに、めぐるは思わず息を呑んでしまった。


『お疲れサマー! 「サマー・スピン・フェスティバル」、いざ開幕じゃー!』


 爆音の狭間から、可愛らしい女性の声が響きわたる。

 なおかつ、バンドメンバーのすべてが女性だ。めぐるがその事実を見間違うことはなかった。


 それは何故かと問うならば――それらのバンドメンバーが、水着を着用していたためである。彼女たちはおおよそ、ビキニのトップスにショートパンツという姿でステージに立っていたのだった。


 ヴォーカルは黒髪にピンクのカラーを散りばめた頭をポニーテールにして、ショッキングピンクのトライアングル・ビキニを着用している。


 ギターはショートヘアーのインナカラーが鮮やかなブルーで、ひらひらとしたフレア・ビキニとギターのボディもブルー系の色彩だ。


 ベースはグリーンのカラーを散りばめた頭をサイドテールにして、エメラルドグリーンのタイサイド・ビキニを着用している。ただし、ベースは真っ黒であった。


 ドラムはスパイラルヘアーにレッドのカラーを散りばめており、ヘアーバンドでパイナップルのようにまとめている。水着は真っ赤なホルターネック・ビキニで、ひとりサングラスを装着していた。


 そしてもう一名、ネオンイエローを散りばめた頭をツインテールにした女性は、黄色いラインが入った白いスクール水着で、その上からショート丈のオーバーオールを着込んでいる。ただし肩のベルトは片方しか引っ掛けていないため、スクール水着もしっかりあらわにされていた。彼女が担当しているのは、ギターのように抱えられるショルダータイプのキーボードである。


 メンバーの総勢は、五名。その全員が水着姿で、けっこうな面積の素肌をさらしている。

 しかしめぐるはそれよりも、乱暴に放出される音色のほうに気を取られていた。


 まだ曲を始めたわけではなく、思い思いに楽器が鳴らされているのみである。しかしその華やかな音色は、極彩色の奔流のように世界を駆け巡っていた。


(それに、ベースはいないって話だったのに……ベースの音が、すごく格好いい)


 すると、ピンク色のヴォーカルが再び可愛らしい声を張り上げた。


『ウィー・アー・「バナナ・トリップ」! この名前、忘れんで帰ってなー! ほいじゃあ、一曲目! 「サイケデリック・サマー」!』


 ドラムの軽やかなるタムのロールから、楽曲が開始された。

 その瞬間、めぐるの心がさらに震わされる。極彩色の奔流が、その勢いのままに規則性を帯びて楽曲のていを成したのだ。


 ドラムは、きわめて軽妙である。シャッフルのリズムではないのに、すべての音色が跳ね回っているかのようだ。

 それに絡み合うベースはどっしりとした重みを備えつつ、ドラムに負けないぐらいの躍動感を秘めている。その心地好い音色こそが、めぐるの心をもっとも震わせていた。


 しかし、エッジの立ったサウンドにコーラスをきかせたギターも、ピコピコとしたサウンドで弾け散るキーボードも、きわめて心地好い。音作りとしてはまったくめぐるの好みではなかったが、それらの音色も楽曲を彩る重要な一因であったのだ。


 そしてさらに、新たな音色も響きわたった。

 ヴォーカルがスタンドに立てかけていたガンメタルカラーのサックスをつかみ取り、それを吹き鳴らしたのだ。その音色が、まるで歌うように響きわたって最後の調和をもたらしたのだった。


(すごい……『ヴァルプルギスの夜★DS3』に負けないぐらい、すごい……一曲目のイントロから、こんなに呼吸がぴったりなんて……)


 バンドの完成度という意味では『V8チェンソー』を凌駕して、『ヴァルプルギスの夜★DS3』の域に達していることだろう。

 なおかつ、テクニック的には奇抜なことをしておらず、それでいて荒々しい。ギターもキーボードもドラムも軽妙な雰囲気であるのに、居場所を取り合うようにガツガツと衝突しているのだ。その果てに生み出される猛々しい調和が、めぐるの心身を震わせるのだった。


 そしてそこに重厚さをもたらしているのは、ベースである。

 他の楽器が高い音域で跳ね回っているため、ベースの重低音が際立っている。しかし決して調和を乱すことはなく、他の楽器に負けないぐらいの躍動感も加えているのだ。もしかしたら、ベースに関心の薄い人間の耳にはとまらないのかもしれないが――めぐるの心は、最初からその心地好い重低音にわしづかみにされていた。


「……まさかまさかの展開だね」


 と、和緒がめぐるに囁きかけてくる。

 その言葉の意味を理解できないまま、めぐるはベースの女性に視線を定めた。


 中肉中背の、まだ若い女性だ。

 ヴォーカルやキーボードは小柄でやんちゃな小学生のような愛くるしさであるが、こちらの女性はプロポーションがいいのでもっとも色っぽい。

 そしてその女性ははしゃぐメンバーを横目に、黙々とベースを弾いており――そのベースは、ピックガードを除くすべてが黒い、サンダーバードに他ならなかった。


(ああ、サンダーバードをピックで弾いてるから、こんなに格好いい音が――)


 そこでめぐるは、また愕然とすることになった。

 そちらの女性がショートパンツのベルトに引っ掛けている黒縁眼鏡の存在に気づいたのだ。


 それは、轟木篤子であった。

 かつてはめぐると同じ高校の軽音学部に所属しており、宮岡たちとともに『イエロー・マーモセット』というコピーバンドを組んで、果てには栗原理乃と町田アンナを引き抜こうと画策した、不愛想で口の悪い先輩ベーシスト――轟木篤子が、色っぽい水着姿でステージに立っているのである。


 めぐるがその事実を理解しきれずにいる間に、長いイントロが終了した。

 次に響きわたったのは、歌声だ。

 キーが高くて、子供のように幼げな声――しかしその声が町田アンナにも負けない迫力でもって、めぐるの胸に食い入ってきた。


 無邪気で、乱暴な、町田アンナに似たところのある歌声だ。

 声量や勢いは、町田アンナのほうがまさっているかもしれない。しかし彼女は町田アンナよりも軽やかにメロディを操っており、しかも、全身で躍動していた。華奢な体で激しいダンスにいそしみながら、いっさいぶれることのない歌声を披露していたのだ。


 演奏力に引けを取らない歌唱力である。

 キャリアの浅いめぐるにも、その事実が実感できた。彼女は正確にメロディラインを辿りながら、人間らしい情感と生々しさをこれ以上もなく爆発させていた。


 その周囲では、ショルダーキーボードの演奏を取りやめて両手でマラカスを振り始めたツインテールが暴れ回っている。

 勢い余ったそちらのツインテールが背中に衝突しても、歌声はまったく揺るがなかった。


 そうしていっそう軽妙なBメロに突入して、その終わり際にマラカスを放り捨てたツインテールが首から下げていたサンバホイッスルを吹き鳴らす。

 その高らかなる音色を追いかけるようにして、さらに鮮烈な歌声が響きわたった。


 演奏も、いっそうの渦を巻いている。

 ツインテールのメンバーもキーボードの演奏に舞い戻り、ピコピコとした電子音で栗原理乃にも負けない速弾きを披露した。


 めぐるは『孵化ハッチング』のサビに、おもちゃ箱をひっくり返したようなイメージを抱いていたが――彼女たちは最初から最後まで、それと同じ狂騒を保っていた。また、おかしな身なりで暴れ回る彼女たちは、外見からしておもちゃの国の住人のようであった。


 間奏ではドラムが鼓笛隊のようにスネアをロールさせて、またのびやかなるサックスの音色が吹き鳴らされる。

 ギターは軽妙なるカッティングで、ベースは堅実ながらも躍動感にあふれるプレイで、それを支えた。


 そして、床のマラカスを拾いあげたツインテールのメンバーは、冷蔵庫のように巨大なベースアンプによじのぼろうとしている。

 それに気づいた轟木篤子が何かわめいたようだが、それは魅力的な演奏によってかき消されている。マラカスの片方をオーバーオールのポケットに突っ込み、もう片方を口にくわえたツインテールでスクール水着のメンバーは、猿のような身軽さでベースアンプの天辺に到達してしまった。


 そして、それに気づいたヴォーカルもサックスを吹き鳴らしながら、ギターアンプのもとに向かう。ギターアンプはベースアンプよりも小ぶりであったので、ポニーテールのヴォーカルは片手を支えにして簡単に飛び乗ることができた。


 ただ、つくりが小ぶりである分、足場にするには不安定なはずである。

 しかしヴォーカルはアンプごとひっくり返ることもなく、そのまま素晴らしいサックスのプレイを披露した。

 いっぽうベースアンプの登頂に成功したもうひとりは、嬉々とした表情でマラカスを振っている。轟木篤子もまた地獄のように不機嫌そうな面持ちで、魅力的な重低音を鳴らし続けていた。


 やがてBメロに舞い戻ったならば、ヴォーカルは首に引っ掛けていたマイクで歌い始める。

 その最後では、またサンバホイッスルが吹き鳴らされて――それと同時に、アンプの上の両名が跳躍した。


 ギターアンプはともかく、ベースアンプは成人男性よりも背が高い。そこから飛び上がったツインテールのメンバーは着地に失敗して、さまざまな楽器ごと床を転がることになった。

 その間、床に触れたキーボードの鍵盤が不協和音で調和を乱す。

 が、すぐさま起き上がったツインテールのメンバーは、満面の笑みで速弾きのプレイを披露した。


 めぐるは、まったく情緒が追いつかない。

 視覚と聴覚の双方から心を揺さぶられるという意味では、『ヴァルプルギスの夜★DS3』と同様であった。

 しかし、その本質は正反対と言ってもいいだろう。重厚で、凶悪で、幻想的で、計算しつくされた演劇のような『ヴァルプルギスの夜★DS3』に対して、『バナナ・トリップ』は軽妙で、奔放で、華々しく、その場の勢いまかせであった。


 しかしめぐるは『ヴァルプルギスの夜★DS3』と同じぐらい、この『バナナ・トリップ』から衝撃を受けている。

 それだけは、まぎれもない事実であったのだった。


                 ◇


「いやぁ、ベースが加入したおかげで、もともとの完成度が爆上がりだったねぇ。あたしもみんなにおすすめした甲斐があったよぉ」


『バナナ・トリップ』の演奏の終了後、浅川亜季はのほほんと笑いながらそう言った。オーディション枠の演奏時間はわずか二十分であったので、あっという間に終演を迎えてしまったのだ。


『バナナ・トリップ』のステージは、いちおう無事に終了した。ツインテ-ルのメンバーがドラムセットのマイクに蹴躓いて一時的にバスドラの音が聞こえなくなったり、ヴォーカルが客席に向かって缶ビールを噴射してスタッフに咎められたり、マラカスのお手玉に失敗したツインテールが客席にマラカスを落として、それを拾いにいこうとしたところをまたスタッフに咎められたり――そんなアクシデントを随所にはさみつつ、とりあえずはステージを全うしたのだった。


 それだけやんちゃなステージパフォーマンスを披露していれば、各所のライブハウスから出入り禁止をくらうのも納得の話である。

 ただ、演奏の完成度だけは本物だ。めぐるよりも遥かに高い鑑識眼を持つであろう面々も、その一点には文句のつけようもないようであった。


「しかもあのベースって、例の先輩さんだよねぇ? 音楽で食べていくために理想のメンバーを集めるって話だったけど、まさか『バナナ・トリップ』に加入するとはなぁ」


「うんうん! ウチ、二曲目に入るまで気づかなかったよー! 見た目もプレイも、ぜーんぜん違うんだもん!」


「あの子は器用そうだから、新しいバンドにプレイとサウンドを合わせたんだろうね。新メンバーとは思えないぐらい、がっちりハマってたもん」


 そのように応じたのは、ハルである。やはり轟木篤子を以前から知っている人間ほど、驚きはひとしおであった。


「あのベーシストが『KAMERIA』の先輩だったとは、なかなかの運命の悪戯だわね。ダークサイドじゃなく無印のヴァルプルだったら、スカウトしたいぐらいの力量だっただわよ」


 そのように語りながら、鞠山花子はめぐるとアリィの姿を見比べた。


「まあそれはともかくとして、ミサキに激励をお願いするだわよ。転換の時間は三十分しかないんで、うかうかしてられないんだわよ」


「じゃ、あたしらはここで待ってるねぇ。サードのほうもスタートするけど、そっちは拝見するかどうかボーダーラインのバンドだったからさぁ」


 というわけで、めぐると和緒、アリィとナラの四名は、鞠山花子の導きで楽屋を目指すことになった。

 ステージの横合いまで歩を進めると警備のスタッフに視線を向けられたが、バックステージパスのおかげで声をかけられることもなく、無事にドアを通過する。そうして関係者専用の通路を踏み越えて、楽屋のドアを引き開けると――とたんに、険悪なわめき声が響きわたった。


「だから! アンプには絶対に近づくなって、何度も何度も念を押したでしょうよ! どうしてあんたたちは、たったひとつの約束も守れないんだよ!」


 わめいているのは、轟木篤子であった。

 まだ上半身は水着の姿で、肩からビーチタオルを羽織っている。サイドテールはほどかれて、セミロングの髪が乱雑に垂れていた。


 その正面ではソファの席に、四名のメンバーたちがくつろいでいる。そちらもみんな、ステージ衣装のままであった。


「ステージに上がったら、そんな細かい話は二の次なのだ! てゆーか、そんな約束してたのだ? ミーはまったく覚えがないのだ!」


「ロッキーがなんか騒ぎよった気はするけど、覚えとらんわ。うちらにゃうちらのルールがあるけんね」


「ルールってなんだよ! あんたたちには、一番似合わない言葉だろ!」


「ルールはひとつ、ライブを全力で楽しむことよ。じゃなきゃ、バンドを組んどる意味もないけんの」


 無邪気な笑顔でそのように答えたのは、ピンク髪のヴォーカルである。いっぽうツインテールのキーボードは、したり顔でうなずいていた。


「ステージの上では、楽しければ正義なのだ! 今日はアンプをひっくり返したりもしなかったし、なおさら怒られる筋合いはないのだ! ロッキーこそ、いつになったらその無駄にでかい肉塊を引っ込めてくれるのだ? たとえ素っ裸になっても色気を武器にしないというのがミーたちの鉄則なのに、ロッキーこそルール破りまくりなのだ!」


「あ、あたしだって、好きでこんな格好をしてるわけじゃないよ! こんなもんを押しつけたのは、あんたたちのほうだろ!」


「だってロッキーはまんべんなく肉付きがいいから、フレア・ビキニだとファッティに見えるのだ。ギーナを見習って、どうにかするべきなのだ」


「……あたしは、こういう体格なんだよ。骨格のせいもあるんだから、しかたないだろ」


「それは、甘えなのだ! あばらを抜くなり骨盤を削るなりすれば、どーにかできるはずなのだ! 努力もしないで言い訳とは、士道不覚悟なのだ!」


「そもそも、こんなステージ衣装にしてなければ――」


 そこで和緒が、轟木篤子の肩にぽんと手を乗せた。


「……先輩も、苦労されてるんですね。積年の恨みが一部解消された心地です」


「な、なんであんたがこんなところにいるんだよ!」


 轟木篤子は愕然とした面持ちで、ビーチタオルの胸もとをかき合わせる。

 すると、缶ビールをあおっていたヴォーカルがまん丸の瞳を輝かせた。


「おー、ぶちかわいこちゃんがそろうとるわ! だれだれ? 紹介しんさい!」


「あたしらは、通りすがりの後輩です。かつての先輩の寄る辺ない姿に、つい口を出しちゃいました。所用がありますので、失礼いたします」


「そうだわね。挨拶は、こっちの用件が済んだ後にお願いするだわよ」


 鞠山花子に急かされて、一行はその場を通りすぎることになった。

『バナナ・トリップ』のメンバーに余計な騒ぎをもたらしてしまったようだが、まずはミサキをどうにかしなければならない。ミサキは楽屋の隅に座り込んでおり、残るメンバーに左右をはさまれていた。


「おー、やっと来たか。あたしはセッティングがあるんで、あとは任せたよ」


「和緒ちゃん、めぐるちゃん、ひさしぶりぃ。ステージが終わったら、ゆっくりおしゃべりしようねぇ」


 ギターの7号こと樋崎真子と、ドラムの10号こと原口千夏である。両名ともに黒地に赤いフリルがそよぐ魔法少女のいでたちで、どちらも元気そうであった。


 そして、同じ格好をしているミサキは、泣き笑いのような表情で立ち上がる。確かにミサキは、いつになく消沈しているようであった。


「み、みなさん、本当に来てくれたんですね。ボクなんかのために、どうもすみません」


「そりゃああんたがしょんぼりしてるなんて言われたら、黙ってられないだろうさ。ライブ前に緊張するなんて、あんたらしくないじゃん」


 まずはアリィが口火を切ると、ミサキは「はい……」と肩を落としてしまう。


「た、たぶん自分のバンドだったら、ここまで緊張することはないと思うんですけど……サポートの身で、しかもこんな大舞台で失敗しちゃったら、取り返しがつきませんから……」


「ヴァルプルの屋台骨はまりりんさんが自分でがっしり支えてるんだから、周りのメンバーは普段通りに演奏すればいいんだよ。ちょっとしたミスぐらいは、他のメンバーがどうにかしてくれるしね」


 アリィの言葉に、ナラは無言のままこくこくとうなずいている。

 そして、アリィの糸のように細い目が横目でこちらを見やってきたように感じたので、めぐるもおずおずと口を開くことになった。


「ミ、ミサキさん。わたしもこの前の周年イベントで『V8チェンソー』にゲスト参加したとき、すごく緊張しちゃったんですけど……ベースの音を鳴らしたら、すぐに指が動いてくれたんです。だからきっと、ベースを弾いたら緊張も解けると思います」


「でも、ボクは……めぐるさんみたいに、立派な人じゃありませんし……」


「わ、わたしは立派なところなんて、ひとつもありません。このかずちゃんが、一番よくそれを知っています」


 和緒は「そうだね」とめぐるの頭を小突いてから、肩をすくめた。


「でもやっぱり、このプレーリードッグとミサキさんは似た者同士なんじゃないですか? 自分のバンドでは緊張しないでゲストやサポートでは緊張するなんてところまで一致してるとは、お見それしました。それだけ似た者同士なら、きっとプレーリードッグのアドバイスも有効に働きますよ。それにミサキさんは何よりベースを愛する変態性欲者なんですから、うだうだ考える前にベースを弾くべきだと思います」


「うん。いざ演奏が始まったら、あんたはきっといつも通り大暴れするんだろうからね。実のところ、あたしはそうまで心配しちゃいないよ」


 と、アリィがにわかにミサキの手を取った。


「おお、冷たい手だ。緊張で、血行が滞ってるね。……でも、あたしがマッサージするより、ベースに触ったほうが手っ取り早いだろうさ。もうおしゃべりは十分だろうから、さっさとセッティングを始めちゃいな」


 すると、ナラも無言のまま、反対側の手を取った。

 二人のメンバーに手を握られながら、ミサキはまた泣き笑いのような表情を浮かべる。


「ありがとうございます、アリィさん、ナラさん……めぐるさんも磯脇さんも、わざわざすみません。まりりんさん、ボクもセッティングを始めます」


「オッケーだわよ。ステージは暗いだわけど、闇堕ちの仮面を忘れるんじゃないだわよ?」


 そう言って、鞠山花子は黒いフードつきマントをばさりと脱ぎ去った。

 その下から現れたのは、ミサキと同じく黒と赤の魔法少女のコスチュームだ。シルバーアッシュに染めなおされたウェービーヘアーが、豪奢にきらめいた。


「皆々も、ご苦労だっただわね。感謝の思いを込めて、今日も最高のステージを披露するだわよ。あんたたちも、心して見守るんだわよ」

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